「左翼・右翼は思想政治運動をやっている人たちの「自己認識」と考えたほうがいいかもしれませんね」
その他
定義の意味が理解できません。
共産的な思想を持っているものが左翼ですか?
それに反対の立場が右翼ですか?
それとも、反戦的な立場にある平和主義者は左翼でしょうか?
それに対するとしたら、好戦的な破壊主義になってしまいます。
何分、学がないので、皆様がサヨだの、ウヨだの仰る言葉に
ついていけないのです。どなたかご教授くださればありがたいのですが。
ネットで調べても、いまいち理解できそうにないので、、
幼稚な質問で申し訳ありません。
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今となっては、左翼・右翼は思想政治運動をやっている人たちの「自己認識」と考えたほうがいいかもしれませんね。投稿者 あっしら 日時 2004 年 11 月 03 日
18世紀から20世紀初期にかけてなら、急進改革派を左翼、保守改良派を右翼と色分けできたのでしょうが、ロシア革命後は共産主義国家社会を保守するという新しい保守主義も生まれたので境界が曖昧になっています。
イメージ的には、左翼は反資本主義・国際主義・非国家主義・リベラルで、右翼は国家主義・反国際主義・非資本主義・歴史的規範の尊重と分けることができます。
現在の日本共産党が左翼か右翼かと問われれば、国家社会構造を保守しつつ漸進的な改良を実現することを基本とし、民族国家の独立性を尊重し規範を重視していることから右翼と答えます。
その一方で共産党員は自身を左翼と考えている人が多いはずですから、左翼と右翼という識別符はほとんど意味を持たなくなったと言えます。
さらに言えば、グローバリズムを信奉し市場原理主義的改革を推し進めようとしている勢力は、左翼っぽい位置にあるとも言えます。(反資本主義を除けば左翼のイメージに合致する一方で、とうてい右翼の範疇に入れることはできない)
「近代」のメインストリーム勢力がそのようなポジションにあることから、左翼と右翼は軸足が異なる反対派(反体制派)と見ることもできます。
左翼と右翼という対立構造は既に崩壊したと思っているので、反近代勢力として両者が相互に認め合い新しい地平を切り開くことを期待していますが、両者の歴史的確執は重いようですね。
思想政治運動をやっている人たちが自分の立場を左翼や右翼と「自己認識」している限り、左翼・右翼という言葉を使う意味はあると思っています。
Re: 右翼と左翼の本質的な違い投稿者 あっしら 日時 2004 年 11 月 04 日
>右翼と左翼の本質的な違いは何か。なぜある人は右翼的になり、他の人は左翼的になるのか(勿論、どちらにもならない人は大勢いる)。
思想や政治にこだわって生きている人はそれほど多くないはずですが、それでも、「近代」はそれまでの時代に較べると思想や政治に関心を持つ飛躍的に増加させました。
公的学校教育の普及がその基礎的条件ですが、「近代」がそれだけ強く諸個人を政治的国家に縛り付けているからとも言えるでしょう。
いわゆる左翼になるのか右翼になるのかは、内的価値観のバランスの微妙なゆらぎ(こだわり)によるもので、それぞれが自覚しているほどの違いはないと思っています。
右も左も「近代政治思想」であることに変わりはなく、自由競争的資本主義や貧富格差を嫌うことについても左右にそれほどの違いはなく、その解消ないし緩和手段が違うだけの話だと思っています。
>思うに、両者には隔絶とした社会観なり人間観があるのではないか。右の人々は個性とか個人主義を嫌い同質性を重んじる傾向がある。逆に左の人々は、まず個我の確立ありきでその個々人の集まりが社会であると規定しているように見える。
“左”がリベラルで“右”が規範尊重という傾向は確かにあると思っています。
(“左”は理論尊重で“右”は行動尊重という傾向もあります。“左”は抽象的なもっともらしいことを言って人々を惹き付けようとし、“右”はそのような言動を胡散臭く感じる。ケリーとブッシュに対する評価の分裂はその一つの象徴かもしれません)
しかし、「個性とか個人主義を嫌い同質性を重んじる傾向」は、被支配者を手段として見る支配層(統治者)が抱く特質であって、いわゆる“右”の特質ではないと思っています。
ファシズムや日本型国家社会主義を信奉する人たちは、国家や集団のなかに“不活性”で没個性的な個人がだらだた生きている状況を忌み嫌うはずです。(生の哲学は、リベラリズムよりもずっとリアルな個性にこだわる価値観です)
そして、コミュニズムやアナーキズムも、社会的関係性を重視していますから、無秩序で無軌道な共同体(国家社会)を忌み嫌います。
いわゆる「共産主義国家」があのような醜態をさらしたように、“左”も、権力を掌握すれば支配層の特質から、「個我の確立」よりも国家社会の統治(秩序や安定性)を優先したからです。
また、“左”の人たちの多くは、歴史決定論(唯物史観)や「人はかくあるべき」という理念型に囚われているので、根っ子のところでは個人主義や自由主義ではないと見ています。(これが、“異質な”人たちを精神病者としたり強制収容所に送る支えにもなっていたと思っています)
「左右」の政治勢力は、メインストリームである近代世界の支配層がうまくことを推し進めるためのバランサーのようなものだと思っています。
>共産党が右翼との認識は間違い。
>日本国家の社会構造を保守しようなどとは考えていないよ。
護憲・資本主義維持・民族国家独立・規範意識尊重を掲げる共産党は口先だけの自民党よりもちゃんとした右翼です。

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