「功名が辻第33回「母の遺言」・第34回「聚楽第行幸」」
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長い間更新出来ず申し訳ございませんでしたm(_ _)m。
今回は合併号という形をとらさせていただきます。
今回は(前々回放送〜次回放送?まで)、流れが一気につながっていそうな雰囲気ですが。
前々回と前回とのつなぎ目は一豊邸になぜか捨てられていた赤子。その子を千代が育てる事になったのですが、どうなるんでしょうか、気になります。
前々回は、一豊と康豊の間で意見が食い違う事で少しもめていたのだが、母の死を知りその遺言からお互い助け合おうという話が前半(九州攻めに参加出来ず、秀次の宿老としての役目に少し腕が鈍った?一豊??)
。「戦ばかりが功名ではございませぬ」康豊の意見と、戦で手柄を立て続けた一豊との食い違いは確かにあるのですが、しかし、宿老会議で中村堀尾両氏に負けないいい意見。ありがとうございます「八幡名物をつくってはいかがと?」。
千代も、一豊の母の死に、つい昔を思い出して辛い・・・・・・。
後半は、バテレン追放(九州攻めが終わったが、キリシタンの脅威に気づいた秀吉が実行)→城の普請(実は
茶々に与える淀城、ここから淀殿と・・・・・・)→康豊、嫁もらう→千代、赤子を拾うの展開に。
玉は「ガラシャになりました、味土野のことは・・・・」。まさかだと思いますが、康豊、内心は・・・・・・。
まさか(ぉ)?
三成も茶々の事を半分あきらめきれない??のか??康豊同様婚儀は決まったようですが(ぉ)。
赤子を拾うから「拾」って、後の秀吉の子、秀頼も幼少は「拾」・・・・・・。なんか一波乱ありそー。
前回は子を拾ったところから。その後、新右衛門の反対を押し切り、千代は育てる事となったが・・・・・・。
聚楽第にミカドを向かえる事となり、天下の権威を示したい秀吉。その接待役として一豊も。蹴鞠も今一つながらもなんとか役目を尽くそうとするため練習している一豊。そして、茶の練習(?)で三成と偶然出会い、いろいろと教わるのだが・・・・・・。
実は、「利家とまつ」の時に、九州攻めで手柄を立て、その後肥後を治める事となった佐々成政が領民に無理矢理統治させようとしたため、反乱が起り、肥後を召し上げ尼崎で切腹となった場面をご存知でしょうか?実は、その前後に、加藤清正等の鎮圧もあって、その手柄もあり清正に肥後北半国を(南半国は小西行長)を与える事となったのですが、なぜか、ここでは北政所との話の中で。
「
側女に城を与えるのなら、虎之介(清正)に肥後一国ぐらい」「それでは他の家臣達も納得せんJARO(ぉ、一応シャレで・・・・・・)」。
清正肥後半国でも、接待役放棄して腹痛の仮病をしてしまった一豊氏は・・・・・・。拗ねるな!!千代に言われて気にしてこっそりと来るようなみっともないまねは(以下略)。
しかし、ミカドに権威を示しても「日本はち〜さいの〜〜」と北政所と寝床で申す秀吉(ぉ)、虎之介と行長を肥後でにらみ合わせた上で、朝鮮も明も狙うとは・・・・・・。
御陽成天皇様、裏で北政所様が千代につくらせた打掛に非常にお気に入り遊ばされましたが、どうも、この打掛を
茶々様も欲しいと仰せになられた模様です。
しかし、
茶々様は前々回と前回を見る限りではダイエットCMの「before/after」を見ているぐらいの豹変ぶり?演じているのか、なり切っているのか(←同じじゃん!)。
そういえば、秀吉が和歌を持って
茶々の元へ向かう日を大蔵卿局に報告するときのずっこけぶりと、
茶々に子が出来たときの北政所の2度もキレる(というか悔しがる)とき。笑えましたが、確かに廊下ではいろいろな事が起りますね(ぉ、そういえば、忠臣蔵の時の事件の舞台も松の
廊下でしたね、コジツケで・・・・・・)。
茶々に子が生まれようとしていると聞いた秀吉はいてもたってもいられないようで・・・・・・。一方、北政所は悔しがって、というか、秀吉との間に子が授からない事を無念に思い、大政所も「うちの息子がたわけですまないの〜」と北政所をねぎらっておりましたが・・・・・・、そいえば、大政所はあれ?家康の元にいたんじゃないの??(前回放送の最後に副田殿も針売りになっておりましたが、ここでの役設定だと思いますが、どうなるんでしょう?)
とま、秀吉に子が授かって一番立場として困るのが秀次。一豊とともに使いに参るのだが、「儂の後を誰が継ぐのじゃ」「後見人は誰じゃ」と難問の連発。鶴松君が生まれて、官兵衛も自分の地位が危ういと感じたのか隠居したいと考えているが、秀吉はそうさせないようです。今後とも関白様に振り回されそう・・・・・・。
あらすじ(
第33回/
第34回)→
公式ページより
第33回「母の遺言」8月20日放送
秀吉(柄本明)は九州攻めに自ら兵を率いて出陣、秀次(成宮寛貴)は留守居役を命じられ、宿老である一豊(上川隆也)たちも大坂に残ることになった。槍働きができず、いらつく一豊は、些細なことで弟の康豊(玉木宏)と衝突を繰り返す。見かねた千代(仲間由紀恵)は、法秀尼(佐久間良子)の元を訪れた。だが、法秀尼は病に倒れ、布団に横たわっていた。驚き看病にあたる千代。夜になり、一豊・康豊が法秀尼の庵に飛び込んで来た。二人が見たのは、顔に白い布をかけられ横たわる母の姿だった。脱力する兄弟に、千代は法秀尼の遺言を口伝えした。『山内家が間違った道を歩まぬよう意見を戦わせよ。そして互いに学び合え』。兄弟は泣き、どちらもこれまでの不徳を詫びた。千代の脳裏に、幼い頃の法秀尼との出会い、一豊に嫁いだ日の事が鮮やかに蘇るのだった。
一方、秀吉は突如バテレン追放令を発布。切支丹である玉(長谷川京子)を秘かに慕う康豊は打ち壊された南蛮寺を訪ね、ガラシャと名乗る玉と再会する。そして大坂城では秀吉がいよいよ茶々(永作博美)を側室にしようとしていた。茶々は三成(中村橋之助)と結び権勢を伸ばそうと企み、これに対し寧々(浅野ゆう子)は『わたしが許さぬ』と、豊臣家中は二分するのだった。
第34回「聚楽第行幸」8月27日放送
千代(仲間由紀恵)は、屋敷の門前に捨てられていた男の赤子を見つけ、拾(ひろい)と名づけて育てることにした。一豊(上川隆也)もそれを認めるが、表情は冴えない。帝の聚楽第行幸の世話役に任じられたのだ。千代は千代で、寧々(浅野ゆう子)から得意の裁縫で打掛を作るよう命じられる。その打掛を豊臣家の宝として飾りたいという言葉に驚き、固辞する千代だが、寧々は、『これは上意じゃ』と譲らない。一豊は慣れない蹴鞠の練習をしたり、同じ世話役の三成(中村橋之助)に儀典について一から教わり、千代は選りすぐった唐織を材料に打掛を縫い上げる。
そして行幸の当日、秀吉(柄本明)によって案内された後陽成天皇(柄本時生)は、千代の打掛の前で足を止め賞賛、行幸は大成功のうちに幕を閉じた。
そして懐妊していた茶々(永作博美)が無事に男児を出産。秀次(成宮寛貴)付きの宿老である一豊は秀次に随い祝いに訪れるが、茶々が産んだ赤子を豊臣家の跡取りに決めたと言わんばかりの秀吉の言葉に危惧を覚えた。これまで、跡目は秀次様とされてきたはずだが……。

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