★連載NO.349
梅雨明けを待っていたかのように、温度計はウナギの勢いで水銀を押し上げている。
7月7日―小暑。19日―土用。21日―海の日。22日―大暑。24日―土用の丑と暑い季節用語を揃えている。それもそのはずで、旧暦が四季を動かす亜熱帯沖縄は、新暦7月3日に旧暦6月に入った。この6月のことを特別に「真6月=まるくぐぁち」と言い、1年で最も熱い月としている。4月後半、初夏を告げるデイゴの花の咲くころまでは、暑さは感じるものの春風の名残りがあって過ごせたが、梅雨が明けて真6月に入るや灼熱の太陽は、容赦なく人間イジメにかかった。いやいや、イジメと受け取るのは、冷房生活に慣れきったわれわれのヒガミかも知れない。

街中で友人知人に出会う。ほかの季節ならば、それなりの挨拶を交わし、1、2分程度の会話をするのが普通だが、真6月の街頭ではそうはいかない。おたがい眉間にシワを寄せ、口をへの字に結んだ状態では、声を発するのも億劫。挨拶や会話は[いずれ涼しい所で]と、アイコンタクトをとってすれちがう。親しい立ち話しはしておれないのであり、それをあえてしないのが真6月の常識である。
夏の感じ方、夏の会話にも世代感が見え隠れする。冷房の効いた会社の喫茶室に、まさに照りつける太陽に翻弄されてきたばかりのご老体が入ってきた。おしぼりを使い、冷たいお茶を一気に飲んだご老体は、フーッと息を吐いて言った。
「家んかい坐ちょーてぃん 暑さんどぉ=家の中にジッと坐っていても暑いぞ、昨日今日は」
それを受けて、同席の若い女性が目を丸くして発して一言。
「へッ?お宅にはクーラーが入っていないのですか!」
そうではないのである。「家の中にジッと坐っていても暑い」と言うのは、それほどの猛暑だから[キミたちも、真昼の外出はお気をつけなさい]との先輩のやさしいメッセージ。その言下にある[思いやり]を察知しなければならないのである。「お宅には、クーラーは入っていないのですか?」とは、いまどき何と失礼なッ!」
先輩方との会話は楽しい。
「真6月ですが、ウクタンディんサーイみしぇびらに」と挨拶をする。「ウ」は[御]の敬語。「クタンディ」は疲労の意。「サーイ」は差し障り・不調。ほかにも妊娠もサーイである。つまり「酷暑の日々。何の障りもなく過ごしていらっしゃいますか」と、声をかける。すると、返答はすぐに返ってくる。
「いい。ニフェーどぉ。汝達ぁん子ん叶てぃ歩っちゅみ=はい、ありがとう。お前さんとこも(健康でありたいという願いは)叶うて元気にしているかい」と、本人はもちろん、家族の息災まで気遣ってくださる。
カナイについては、古語に「願い叶い=にがい かない」があって、ものごとは先ず願いに始まり、その達成に向かって努力をすれば[叶う]とする考え方が古くからある。優れ者、強者、働き者には「カナヤー」と言い、願いを聞き努力のさまを見とどけた神が与えた称号のように思える。言い換えれば「カナヤー」は努力によって、ものごとを望み通りに叶えることのできた人物なのだ。
ついでに、夏の琉歌を1首。
♪夏ぬ夜ぬ習れや 語れ尽くさらん 思い云言葉ん 残る恨みしゃ
〈なちぬゆぬ なれや かたれ ちくさらん うむい いくとぅばん ぬくる らみしゃ〉
歌意=夏の夜は短い。彼女と逢って愛の言葉や思いのたけをすべて語ったつもりでも、まだまだ言い尽くせない思いが残っている。短夜が何とも恨めしい。
さもあろう。恋人たちにとっては、時間はいくらあっても足りないだろう。よしんば明け方まで語り合ったとしても、今度は暁を告げ、別れを促す鶏を恨むことになる。
夏の夜のデートの場所はどうか。昭和30年半ばまでは、青い月夜の浜辺、松風騒ぐ村ハジシ〈はずれ〉や橋の上・下が定番だった。しかし、私なぞ1度ならず約束の場所へ蚊取り線香を持参したものだ。なにしろ、浜辺のアダン陰や村はずれの松の下、橋の辺りは、ガジャン〈蚊〉が集団で出没。いやさ、室内でも彼らの嫉妬に狂った攻撃を受けざるを得なかったからだ。
いまどきの恋人たちが羨ましい。街中にデートスポットがいくらでもあり、人目を避けて村ハジシに行く必要もない。クーラーは夏をよそごとにし、蚊取り線香の世話にもならずにすむ。
沖縄の夏はこれからだ。真6月が過ぎても猛暑はおさまらない。つぎにやってくるのはタナバタティーダ[七夕太陽]。旧盆に演じられる念仏踊りエイサーの太鼓に煽られたわけでもあるまいが、旧七夕〈今年は新暦8月7日。立秋〉前後が[1番暑い]とされる。真6月も1番暑く、沖縄には[2番の暑さ]はないのである。旧盆を終えて、村々のエイサー太鼓の音が遠のくころの朝夕一瞬、気持ちばかりの涼風を感じることができるが、それでも残暑は10月までつづく。
夜8時。ガラス窓を叩くものがいる。ジージャー〈蝉〉だ。明かりに向かって飛んできたのだろう。外には地熱が残っている。彼もわが家のクーラーの恩恵に浴したいらしい。
次号は2008年7月24日発刊です!
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