【絵文録ことのは】から。平成18年3月7日18:30〜20:00に永田町・自民党本部で開かれた第3回「メルマガ/ブログ作者との懇談会のレポートが興味深い。憲法九条改正についての舛添自身の本音が見える。この実感のレベルで九条改正が行われようとしている所に注意。日本の国際的自立という基本柱を軸に憲法改正が行われているように思うが、とりあえずチェックしておいた方がいい。
http://kotonoha.main.jp/2006/03/08jimin01.html
http://kotonoha.main.jp/2006/03/08jimin2.html
http://kotonoha.main.jp/2006/03/08jimin3.html
この松永という管理人は鋭い質問をしている。
>>今の現状ですと、たとえばイラクにおいてフセイン政権が、っていうことになった場合、これはある意味アメリカの判断ということになってると思うんですけれども、じゃあたとえば中国で人権侵害があるといった場合に、アメリカは認めますが中国は認めません。そうすると国連の判断を基準にするわけにもいかない。そうすると、北朝鮮なんかでも、反対する国があるかもしれない。こういった場合に、どこからどこまでが圧政や人権侵害なのかということが、どういう基準になっていくんだろうかと、これが第一点です。
>>「公共の福祉」という言葉を「公益及び公の秩序」という言葉に変えられた。「公共の福祉」という言葉を「公益及び公の秩序に反しないように」という、そういう形で変えられたわけですけれども
それに対して舛添氏は『それはもう子供のころから「公共の福祉」でずっときていて、こういうもんだと思ってるんだけれども、私たちぐらいの感覚でいうと「公共の福祉って何だろうな」と思って育ってきたわけですよ。そうすると、公益=みんなの利益っていうことと、それとやっぱり公の秩序と。これ書いた方がいいだろうと。』福祉と利益ということを同じ意味合いだとすり替えているように思える。goo辞書では
『ふくし 2 0 【福祉】 〔「し」は「祉(ち)」の慣用音。「祉」は幸福の意〕幸福。特に、社会の構成員に等しくもたらされるべき幸福。「公共の―」「社会―」「―事業」』
『りえき 1 【利益】(名)スル(1)もうけ。得(とく)。収入から費用を引いた残り。利潤。「―をあげる」「―金」(2)役に立つこと。ためになること。「公共の―」「知っておけばなんらかの―になる」「国家を―する為めの経済策/社会百面相(魯庵)」
精神分裂病から統合失調症と名称をすり替えて、イメージを変換しようと下やり方に似ていると思うのは俺だけだろうか。福祉から利益への意図的な読み替えは、社会民主主義的な方向性から利益誘導型の市場原理/強者のための論理への転向を示唆するものだし、憲法九条改正もこの延長線上にあるのは明らかだ。俺自身の立場を明確にするならば、自分自身が他者を殺すこと、他者から殺されることを徹底的に拒否するし、事態がそうならない状況を作る為に最大限に労力を払うことこそが重要だというスタンスである。思想的な信条や信念に関係なく、生活者として、宗教心をもった一人の人間として、そして心を扱う一人の臨床家としてのスタンスのつもりである。
対象関係論に依拠すれば、人間の成長発達において、初期の良い/悪いという二項対立の攻撃/報復の時期を統合し、安定調和のとれた自己に成熟する為に必要なのは、良い/悪いの二項対立を超えた<ほどよい>母親/環境であり、二項対立に巻き込まれない、愛情と知性によるものだからである。我々の臨床ではつねにこの問題に直面する。治療者/患者は自らの怠惰さや、怒りから安易に闘争逃避的状況へ展開して行く。この状況を打破する為には、自らを客観視し、巻き込まれ過ぎない為のバランス感覚が必要とされる。そして闘争逃避的状況に対して諦めず、発展的解決(work groupとして機能)するための努力が要求される。治療と国家を同列に論じるのは乱暴かもしれないが、俺自身は社会もある種人間の成長発達に相似した成熟のプロセスを有していると思うし、個人の成長発達と集団の心性の変化が非常に良く似たプロセスをたどるとことを、治療の中で実感している。
最初の質問に対して舛添氏は
>>しかし、私たちはやっぱり理想としてはそういうことをやろうという、まあ理想の表明です。だから、現実的な社会ではどうというところには触れていない。
と応えているが、この一連のレポートを読んでみて、そして
憲法改正案を見てみて思うのは、理念の欠如、現在ある状況に対応する為の憲法改正にしか見えないことだ。理念の表明どころか、舛添氏自身の発言からも、今後の日本を期待を持って推し量れるようなビジョンは伝わってこないように思う。
軍事評論家=佐藤守のブログ日記
新憲法制定推進本部

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