久間防衛相は、ソ連が北海道を占領せずにすんだのは、広島、長崎の原子投下があったからであり、止む得ないものであった。国際情勢、戦後の占領状態などから判断して、良いことではないが、原爆投下という作戦もあり得るのであると言っているようです。
原子爆弾という無差別殺人兵器に対しては、使用することは絶対に認められないという人と、必要悪として核兵器の使用を認める人に立場が二つに分かれると思います。久間防衛相の発言は、どう見ても必要悪としての核兵器の使用を認める立場にたっての発言ととられてしまいます。
日本は、戦後唯一の被爆国として、核廃絶を訴え、非核三原則を標榜してきました。久間発言は、この戦後一貫してきた国の政策を土台から崩してしまうものなのです。だから、核廃絶を訴えてきた人々には衝撃が走ったわけです。
安倍首相は、「アメリカの立場を解説したのだろう」と他人事のようにコメントしていましたが、日本の防衛大臣がどうしてアメリカの言い分を述べるのでしょうか。やはり、日本の政治家の意識は、アメリカの属国になってしまっているのかもしれません。原爆がなければ、ソ連が北海道を占領してしまったかはわからないと思いますし、アメリカは当時原爆を実際に使用したい事情があったかもしれないのです。そのようなことを推測で言ってもしょうがないことです。
久間発言は暴言ではない、アメリカではごく普通の考えだとか、被害者意識から感情的に言い過ぎていると擁護する人もいるようですが、そういう人たちは、核兵器を必要悪として容認する立場に立っているのでしょう。日本の大多数は、核兵器の使用は認められないと考える人々であるはずです。防衛大臣の発言としては不見識もいいところではないでしょうか。
久間防衛相が発言した事実は、撤回しても消えることはありません。安倍首相は、核廃絶に向かって努力してくるものと思っているとか述べていましたが、二枚舌と見透かされてしまうと思います。久間防衛相は、自ら辞任されるのが一番良いけじめなのではないかと思うのです。
久間防衛相の発言要旨 東京新聞 2007年7月1日 朝刊
久間章生防衛相の発言要旨は次の通り。
日本が戦後、ドイツのように東西で仕切られなくて済んだのはソ連が(日本に)侵略しなかった点がある。当時、ソ連は参戦の準備をしていた。米国はソ連に参戦してほしくなかった。日本との戦争に勝つのは分かっているのに日本はしぶとい。しぶといとソ連が出てくる可能性がある。日本が負けると分かっているのにあえて原爆を広島と長崎に落とし、終戦になった。長崎に落とすことによって、ここまでやったら日本も降参するだろうと。そうすればソ連の参戦を止めることができると(原爆投下を)やった。幸いに北海道が占領されずに済んだが、間違うと北海道がソ連に取られてしまった。その当時の日本なら取られて何もする方法がない。長崎に落とされ悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている。それに対して米国を恨むつもりはない。勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうかという思いは今でもしているが、国際情勢、戦後の占領状態などからすると、そういうことも選択としてはあり得るのかなということも頭に入れながら考えなければいけない。
原爆容認は無知の露呈 防衛相発言 東京新聞【社説】2007年7月2日
どのような意図であれ核兵器使用は許されない、というのが被爆国日本の立場のはずだ。「国際法違反」との司法判断もある。原爆投下を「しょうがない」という政治家に自衛隊はゆだねられない。
広島、長崎に平和の祈りが満ちる盛夏を前にして、原爆の犠牲者を追悼し、核兵器廃絶を願う人々の心を踏みにじる発言が飛び出した。
久間章生防衛相が講演で、先の大戦における米国の原爆投下を「しょうがない」と語ったのである。
防衛相は、勝利が確定的なのに米国があえて原爆を使ったことへの疑念や、被爆者への同情を示しながらも、当時の国際情勢からみて「しょうがないなと思っている」「選択肢としてはあり得るのかな、ということも頭に入れながら考えなければいけない」と話した。
投下した米側の論理そのものであり、被爆者や広島、長崎の市民などから悲しみ、憤る声が上がったのは当然である。二つの原爆では二十数万人の命が奪われ、いまなお二十万人以上が苦しんでいる。久間氏はそれらの人の墓前、面前でも「しょうがない」と言えるのだろうか。
核兵器の残虐さを身をもって知る日本人には、核廃絶を求める国際世論の先頭に立つ責務がある。幅広い市民が被爆者とともに「どんな理由があっても核兵器は許されない」との思いで努力してきた。
被爆国閣僚の今度のような発言はこうした核廃絶運動の足を引っ張りかねない。ただでさえ米国追随が指摘される中での原爆投下容認は、国際社会で「なにもそこまで」と冷笑されるのではないか。
そもそも「しょうがない」「選択肢としてはあり得る」という認識自体が無知をさらけ出している。国際司法裁判所は一九九六年、「核兵器による威嚇とその使用は一般的に国際法に違反する」という勧告的意見をまとめている。
その際、日本政府は「核兵器使用は人道主義に反する」とはっきり述べた。こんな基本的事実も久間氏は知らないようだ。
事実上の国会閉幕で気が緩んだためという見方もできるが、軍事を司(つかさど)る人物だけに見過ごせない。防衛相が原爆を受け入れる考えでは、日本の国是である非核三原則も国際的に信用されまい。
久間氏をかばって、問題を直視しない安倍晋三首相の政治感覚は国民のそれから遊離している。内閣としてけじめをつけるべきであり、最低限、本人のきちんとした陳謝、大臣辞任が求められる。一日に行われた記者会見は単なる言い逃れだ。

0