2017/5/23  13:32

この子の「存在の願い」を私はかなえる(その3)  無条件の肯定的態度と相互性・応答性のある暮らし



この子の「存在の願い」を私はかなえる(その3)


《大事にされていると感じること》



自分が何者かわからないときには、大事にされていることはわからない。
自分が何者かわからないときは、相手が何者かもわからない。


大事にされていることが、分かるということ。
大事にされている自分を、感じるということ。
それは、自分が何者であるかを、感じる「主体感覚」が育つということ。


初めに大事にしてくれるのは親や家族とそして友だち。

その「自分」と、自分を大事にしてくれる「世界と人間」を感じること。

社会への信頼、人間への信頼を手に入れるということ。

成長し、確立されつつある自己と、信頼できる他者の存在。

それによって、子どもはこれから先の長い人生を恐れないで生きていける。



《子どもが安全を感じること》

親から捨てられ、虐待され、大事にされないことが、子どもに何をのこすか。

子どもが失うのは、親と住む家と食べ物だけじゃない。
大事にされる存在である自分、恐れなくていい出会いと社会への信頼に、つまづく。


信頼できる学校の仲間がいることの、贈り物。
幼く未熟だった自分を信頼して、「子ども社会=学校」に送り出す

そこで子どもが安全に感じること、一人の子どもとして大事にされていることが、自分の障害と向き合うための一歩でもある。


子どもが安全に感じることは、自分の恐れや不安と向き合うための必要条件なのだから。


「いまは恐れないでいられる」
そのことが、どれほど大切なことか。

「大事にされている」
そう感じられる環境に子どもが一人でたどり着くことが、どれほど大切なことか。


障害とか虐待とか貧困とか、本当に必要な支援は、「大事に思われている」と子どもが感じられること。




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