病気の母がいる
もう治らないそうだ
もう治らないからまもなく死んでしまうそうだ
しかし母は普通に家にいる
特殊な病みたいで不意に死が訪れるそうだ
不意に死が訪れることを抜きにすれば母は誰とも変わらない
不意に死が訪れることを抜きにすれば母はごく自然に年を重ねる母だ
だから、いまいちピンとこない
いまいちピンとこないから、朝起きれば、「おはよう」と言い合い、「これ洗って」と、急な洗濯を頼み、「明日絶対7時に起こして」と言付けして寝る
結局何も変わらない
もっと言えば、確かに始めのうちは、母はショックでぐったりし、何もしなくなった
しかし、不意に訪れるらしき死は、不意に訪れることがなかったため、それに飽きた母は、ある日突然、然るべき母に戻った
僕もずいぶん心配したが、やがて母と同じように有るべき僕に戻った
ただ唯一変わったことといえば、突然死んだふりをするという笑えない母のジョークが生活の一部になってしまったことだ
そのジョークを気に入った母が、気心知れた奥さん仲間といる時にもやるようになったことだ
大ウケする周りの奥さんが、朝のニュース番組の小さなコーナーに投稿したところ珍しい病ということもあり取り上げられ出演したことだ
その出演がきっかけで視聴者からのメールが殺到したことだ
「病に負けることなく笑い飛ばす勇気に感動しました」
「私の息子は難病を抱えているのですが、是非会ってやって下さい」
そして母の顔つきがタレントになったことだ
母は、地方に赴き、講演し、テレビにも多数、ほんとに多数出演したことだ
アメリカも視野にいれたことだ
英語を習い始めたことだ
ずいぶん周りの状況が変わり始め、バタバタしだしたころ、母の病気は治った
母の病気は治り、アメリカはもちろん、テレビなども全て嘘みたいになくなり然るべき母に戻った
母はちょっと寂しそうだった
なんか、ちょっと残念そうだった
母は、3日ほど部屋から出てこなかった
3日後、だいぶデカイ声で、「よし!」と聞こえてきた
台所に行くとエプロンをつけた母がいた
安心した

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