5月3日小田原
「北條五代祭り」を見物!今回が2度目。

北條五代とは、
北條早雲を始とし、
氏綱、
氏康、
氏政、
氏直の五代にわたる戦国大名をいう。鎌倉北條(前北條)と区別し、小田原北條(後北條)ともいう。
今から八百数十年前の治承四年(1180)小早川弥太郎遠平が初めて館を構えたとされ、その後応永二年(1395)公方足利持氏に依り大森氏が支配するが大森藤頼の頃、伊豆より北條早雲が東上し、小田原を平定。
早雲は四公六民の善政を施き民百姓を大事にし、諸国の武将が骨肉争う戦国時代にあって、氏綱、氏康、氏政、氏直と親子兄弟争うこともなく五代約百年の間、教育文化の高揚と海運を活用し、商工業などの振興を図り、関八州を掌中に治めた。
天正十八年(1590)豊臣秀吉は全国制覇最後の対戦として、四月全国諸武将二十二万余、さながら戦国武将万博の大事をもって小田原城を包囲。
その間、笠懸山に有名な
石垣山一夜城を築くなど、三ヶ月余に及ぶ戦国史上最大の攻城戦となるが、七月五日、城下の住民を巻き込む戦いを避け、無血開城を決める。
初代早雲の希い、関東平和独立国の夢と共に城を開け渡し北條五代百年の幕を閉じる。
小田原市 かわら版より
安全祈願の巫女舞から始まり、役所のエコカー先導でスタート。


銅門内の出陣式の気勢、馬の足音、観客の見守る前を五社の神輿が各々苦心の見せ場を披露して盛り上げます。


次はチアダンス(何グループかの中の一番可愛い幼児組)


自衛隊音楽隊が通り過ぎると銅門開門で鉄砲隊が準備。手作り甲冑隊、忍者隊、馬廻衆などの通過。鉄砲合図で初代、早雲現れる。


早雲公は小田原出身でふるさと大使で俳優の
「阿藤 快」が扮し大盤振る舞いの愛嬌で観客を喜ばすが二代氏綱公の市議会議員は少々むっつり顔。


武者の後には其々の姫様隊が続きます。最後は五代目の北條氏直公、鉄砲の音に馬が吃驚しました。
この祭りには韮山城主北條氏規隊、八王子城主北條氏照隊、川越城主北條綱成隊、鉢形城主北條氏邦隊や寄居民謡会の友好参加でした。


城内の催事を見たりしての帰路、市内パレードの武者行列隊に出会うと皆さんお疲れのご様子で足取りが重そう。なのにただ一人、早雲公の阿藤快さんは流石、俳優さん、出陣時と変わらずに両手を振って笑顔のサービスを続行され感心。お馬さん共々お疲れさま〜
