ミッキーの進学に向けて、学校からは
県内の様々な学校の案内(パンフレット類)が
配布されています。
その中に、公立高校なのだけど、
ここ数年、大学進学のための進学校として
有名になりつつある、某高校の資料がありました。
その学校案内の中にご丁寧にも昨年度の大学合格者名の
掲載された紙が入っていました。
ざっと、300数十名の名前が載っておりましたが、
何度も同じ名前の人が出てくる
(要するに複数受験でいろんな学校・学部に受かっている人がいる)
ので、ためしに娘と二人で、
同じ名前の人を消していくと合格者数は
ざっと3分の1程度になりました。
案内には(昨年度)「145名の卒業生で合格総数335名」
とありました。
単純にこれだけを見れば一人2校以上の合格と
錯覚してしまいそうな数値です。
横には縦書きで「国公立大学合格83名」
と記載されていましたが…
けど、実際にはこの国公立大学に合格できた人が
滑り止めに受けたであろう、私立大学へ合格した数が
相当数含まれていて、
結果的に大学に進学できた人は学年の半分程度というわけです。
じゃぁ、それ以外の残りの半分の人の
卒業後の進路はどうなっているの?
残念ながら、学校案内には、そのことは一言も
触れられていませんでした。
おそらく残りの人は専門学校へ行ったり、就職したり、
あるいは浪人した人もいるでしょうけど…
なぜ、そのことをきちんと数として表わさないのでしょう?
おそらく、中学を卒業してこの学校に入学した生徒の多くは
たった15年ほどの人生の中で、挫折することをしらず
いつもトップクラスにいた子供たちです。
でも、そういう子供たちばかりを集めたこの学校の中で
当然のことながら1番の子がいれば、必ず
学業成績がビリになる子も出てくるわけです。
けど、こんな優秀な人ばかりを集めた中で
かりに落ちこぼれたような存在になったとしても、
それが社会全体から見た落ちこぼれになるわけでもないでしょうに
どこの社会においてもそうでしょうが、社会の原理として
優秀な人間だけを集めた集団の中でも優秀でいられる人と
そこでは優秀ではいられない人が存在します。
逆に優秀ではない人ばかりを集めた集団の中では
その集団の中の基準で、優秀な人、そうでない人が
必ず出てくるのです。
そのことを、入学する本人も親もきちんと理解して
その学校に入るなら、それはそれでいいと思いますが…
大学の合格者数ばかりに目を奪われて
その学校に入ればあたかも国公立大学への合格が
約束されたわけではないということを自覚しなければ
いけないんだと思います。
もっと、極端な言い方をすれば
自分が、あるいは自分の子供が落ちこぼれになってしまう
可能性だってある
ということを自覚しておく必要がありますよね。
その時に、自分(の子供)の将来を立て直し、
自分らしい生き方を見つける度量を身につけられていないとしたら
この学校には行くべきではないな…とよ〜く理解できました。
そういう意味では良い学校案内だったかも!?
えっ?家ですか…?
もちろんこの学校に行かせる気持ちは毛頭ございません。
というか、学力的に無理!です。
ははは…
諺にもございますでしょ…
「鶏頭となるとも牛後となるなかれ…」
って…
何も、必死に勉強して、ビリになるような人生を
子供に歩ませる必要性もないでしょう…
けど…せめて、大学合格しなかった生徒たちの進路ぐらい
表記してくれたっていいと思う。
これじゃ、大学行けなかった人はまるでだめ人間!
みたいじゃないね…
ええ、私は高卒人間です…それで何か不都合でも?

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