2017/2/17

LOVE SMAP  ひとりごと

 朝起きて真っ暗じゃないって、やっぱりいいな。

 今週は、バレンタインデーがあったので、LOVEについて書いてみようと思う。いつもチョコレートと花なんかをくれるから今年もそうだと思っていたら、おしゃれなシャワージェルやら、バスクリスタル、ボディローション等のセットをいただいた。こういうのぜんぜん持ってないから、くれたんだろうな。これまでは使わないから買わなかったんだけど、肌の乾燥はだんだん無視できなくなってきているから、これからは少しは手入れをしよう。

 私はベルトとシェービングフォームと本とピスタチオをあげたよ。ちょっと前にシェービングジェルをフォームと間違って買ったら怒られたんだよね。

 あれ?SMAPのはなしじゃないの?って?ちょっと待って。

 つまりね、私にとって大切なのは、LOVEな人たちというのは、やっぱり家族、そして友人なわけ。誰でもそうだよね、だいたい。それらの人たちがいて、元気にしていることが幸せだと思うし、そうじゃなかったら、ほかの事を気にしている余裕はないって思う。

 最近の私はありがたいことに、その余裕が少しあって、家族や友人以外で一番好きなこと(人、人たち)について考えることができている。



 それが、SMAP。

 同じ時代を共に生きてきたSMAPが、2016年12月31日をもって、多くの人たちに本当に多くの人たちに惜しまれながら、解散。さまざまな情報が流れる中、彼らは解散について語ることなく、静かにそれぞれの道を歩み始めた。

 私はもともと、10代のころからジャニーズに所属するグループが好きだった。それでもSMAPは特別だといえる。たった一言で、あるいは簡潔にその理由を述べるなら、こうだ。


 「SMAPには、嫌いなメンバーがいない」


 これって、すごいと思う。誰とは言わないけど、どのグループにも一人や二人は嫌だなーというメンバーが私はいる。

 例えば、町で、空港で、駅で、どこかでばったりメンバーの一人に出くわしたとする。SMAPは、誰に遭遇しても「ハズレ感」がまったくない。お気に入りはいるけれど、誰に出くわしてもとんでもなくうれしい。誰であっても、ハズレじゃない。

 特別じゃない?すごくない?これ。全員好きなんだよね。



 ちなみに、彼らのことは「夢がモリモリ」時代から好きだったけど、6人から5人になってさらに良くなったというか、より好きになった。森君がだめとかじゃなくて、何でも出来て格好いい森君がいなくなったから、誰もサボれなくて、手を抜けなくなって、5人それぞれのベストが引き出された、5人全員が輝くことが出来たって思うから。

 だから、森君、ありがとう。勇気を持って夢を追ってくれて。


 最後に、最後の話し。


 スマスマの最後のありかたについて、いろんな意見があった。私は言葉は発せられなかったけれど、5人それぞれから無限のメッセージが送られていると感じた。

 中居くんがラジオで言ったこと。「誰も悪くないんです」が全てなんだと。誰も誰のせいにもしない、誰のせいでもない。これがSMAPだと思った。

 私の願い。

 いつか、また、5人がSMAPの歌を一緒に皆の前で歌う日が、来て欲しい。何年先でもいい、何十年先でもいい。だって、SMAPの歌は、心に響くから。それが永遠に失われることほど残念なことはないから。

 求めすぎかな?
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2017/2/10

「もったいない」という精神。  ひとりごと

 さーむーいー。雪がうっすら積もったヨークシャー。日本は今冬雪が多いみたいね?



 さて、先日胃を小さくする手術をして減量中の女性Dさんのことを書いた(1月20日の記事ね)。

 ちょうど今週何人かで雑談中に、Kちゃんという若くてスリムな子がバナナを食べ始めたのね。で「誰か半分食べるー?」って聞いたけど皆「いらないー」って返事した。Dさんもその一人。私はあんまりバナナ好きじゃないからいらないっていったんだけど、Dさんは「ここまでしてやせるって決めたんだもん、以前の私には戻らないわ」と言って断った。

 しばらくして、Kちゃんが「あーやっぱだめ、半分しか入んない」といって、残りの半分をゴミ箱に捨てようと立ち上がった…その瞬間。



 「捨てるんなら、私がたべるわよ」



 その声の主、誰でしょう。はい、Dさんでした。

 このとき、私ピーンときちゃったね。これこれこれこれこれこれーって。

 

 「もったいない精神」だ。



 太る人と太らない人の違いのひとつに、これがあると思うんだよね。残すのがもったいない、捨てるのがもったいないって、自分の分はもちろん、人の分とかもおなか一杯でも食べちゃう人は太る。残すもの捨てるのも平気な人、だっておなか一杯なんだもんって人は太らないんだ。

 ちなみに私は前者で、残すのも捨てるのも嫌で食べて太る人。これ、始まったのは主婦になってからだけどね。だって実家に住んでいたころは母がこの役目してたから(笑)。今は子供たちの残したものとか、「もったいないから」って食べるんだよね。

 Dさんもそのタイプなんだねぇ。私との違いは、私は他人の残したものは他人様の支出なので残そうが捨てようがまったく気にしないってところ。用は、自分でお金を払ったものは絶対一切無駄にしたくないという「もったいない精神」。それに対してDさんは自分のお金かどうかとかが問題じゃなく「食」全般に対する「もったいない精神」なんだろうと思う。「世界には食べ物がなくて餓死する人がいるのにね」って以前話していたのを覚えている。

 つまり私の「もったいない精神」は金銭面からくる精神で、Dさんのは食物面からくる精神なんだな。




 と、プチ分析を勝手にしてみたところで、大笑いした話しを。

 まぁ、女子の話って、ダイエットのことが多いわね。最近の話題No.1は「おやつ、あるいはデザート」。

 ダイエット中にどんなおやつ、どんなデザートを食すかっていう話しで、あれがいいだのこれがいいだの、まー出てくる出てくる。

 そんな中Vさんが「私○○は、だめだったわ、あれはおやつとして失格」。「なんで?」って聞いたら答えがこれ。


 「だって、ダイエットしてるような気になる味なんだもん」


 ここで数人爆笑。「えーVさんダイエットしてるんじゃん?それの何が悪いの?」

 Vさん曰く、おやつやデザートは、ご褒美なんだとか。ほかのメインの食事でがんばっているんだから、そのご褒美は、ダイエットしてると感じさせないおいしさ、リッチさでないとだめなんだとか。ま、一理ある気はするけど…。

 ちなみに私はダイエットをしてるわけではないけど、デザートは特に食べるって習慣がない。ちょっと体重コントロールしたいなって時は、一番好きなものを少し減らすようにしている。

 それ何かって?

 炭水化物よー(ずっと前に「LOVE炭水化物」って題で記事書いたくらい)。
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2017/2/3

ほめてあげたい。  ひとりごと

 お日様は、どこにいらっしゃるの?なヨークシャー。

 以前、義理父のことを書いたことがある。2015年10月2日の記事「B家の一族、第一話」だ。ここで、私は「買い物は介護の始まり」と書いたと記憶している。

 我が家は今でも週一で食料を運んでいる。変わったことといえば、義理父のお金関係(支払い等)をすべてMr.Bがするようになった。だって、歩けないとかいうくせに(これが買い物をまかされたきっかけ)近所のお店でワインとかたくさん買ってあるお金全部使ってしまうから。これでは、3ヶ月に1度のガス代が払えない。

 こうしてお手伝いをし始めてから、良くなった点は、きちんと適度に食べるようになったことと、ワインの量が減ったことだ。ま、ワインは「予算の都合」と言い聞かせて無理やり減らしたのだが。食べるようになると、やはり活力が多少戻ってくるようで、顔色が良くなった気がする。

 ちなみに、タイトルの「ほめてあげたい」のは義理父のことではない。

 良くない点は、もう買い物もお金の管理もやってもらって当たり前という感覚になったことだ。これが欲しい、あれが欲しいと注文をつけてくるようになって、先日もルームランプが壊れたとき「新しいのを今日中に持ってきてくれ」とさらっと言った。車で片道40分かかるところに土曜日に時間を割いていっているのにまた来いとはどういうことか、とちょっとあきれた。

 「今日は無理、うちにだって予定はある、来週の土曜になる」と答えたらぷりぷりしだすではないか。それでは困る、とかなんとか。いや、部屋の電気はつくんだし、ほかの部屋全部電気あるから、部屋の小さなランプくらい1週間待てるでしょ?といっても、なんか機嫌が悪い。

 思わず「私たちは私たちに出来ることを出来る限りしている」といってやった。

 ちょっとカチンときたのよね。なんでって?


 日本の父(じじ)のことを思い出したから。

 母が他界して10年がたった。その間、うつっぽくなったり、体調を崩して心配な時期もあったけれど、たった一人で少ない年金でがんばっている。掃除、洗濯、料理、身だしなみ、庭の手入れどれも感心するくらいきちんとしていて、偉いなって思う。もちろん、お友達や近所の皆さんの支えもあってやってこれたけれど、その支えが得られるのは、父の人徳というか、人となりのなせる業だと思う。

 孫の誕生日には必ず電話してきてハッピーバースデイを歌ってくれるし、たまに里帰りしたときには、季節はずれのお年玉をくれる。

 そんな父が、今回年末から年始にかけて、ちょっと弱気になっていた。10年必死にがんばってきてふと、気が抜けたのかもしれない。あと、つらいときにいつも様子を観に来てくれていた友人が病気で入院したというのもあるだろう。初めて「寂しいなぁって思った」と電話をしてきた。出来ることならすぐにでも会いに行きたいと思った。一緒にすき焼きを食べたいなって思った。ちょっと涙が出そうだったけど我慢した。

 「じじは、えらいぞ、本当にえらい、よくやってるよ」とだけ、いえた。



 こんなことがあったすぐ後だったから、義理父には、カチンと来たのだ。助けてくれる家族が何十人も傍にいて、年金だってじじの2倍くらいもらっているのに、あの有り様。そりゃ、皆去っていくよ。なんて、人はそれぞれだから比べちゃいけないって思っても、つい比べてしまう。

 会うたびに「何も出来なくて、ごめんな」というじじ。

 会っても何をしても「ありがとう」の一言もない義理父。

 Mr.Bも「じじは、偉いよな」とぼそりといったことがある。きっと実の父親を見て私と同じようにじじのことを思い出したのだろう。



 なんだか、愚痴っぽくなっちゃったけど、本当に言いたかったのは、書きたかったのはこれ。


 「じじは、偉いぞ」ってほめてあげたい。

 
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