やっと片付けもひと段落、時折散歩に出かける余裕も出てきました。
那珂川のゆったりした流れと広がる田園風景、街を隔てる山があり静かな時間が過ぎていきます。
家の庭には果実を付ける木々(キウイ、イチジク、栗、柿、アケビもあったな)が植えられ季節を感じさせてくれます。
難を言えば広すぎる畑かな?今までにキュウリ、茄子、ネギ、トマト、プチトマトそれに不本意ながらピーマンなどを作ってみました。二人では食べきれないほどです。それでも使う畑は10分の1程度・・・今は冬の鍋に備えて白菜を植えてます。
残りの畑はこの夏、草刈りに追われました。作物を作るわけではないのですがそのままにしておく事もできないので一応、耕しています。近所の方には「除草剤をまけば?」などと言われるのですが、できるだけ今までの環境を維持していきたいと考えています。
家も外観はそのままで中だけを二人仕様に変えていこうと思ってます。今の所表側の和室は残し、裏側の二部屋をフローリングにしました。
母屋の他に納屋と駐車場、それにもう一軒の離れがあります。
納屋は半分を大家さんが使うのでそのまま、駐車場は物置だった部分を片付けて工具等を置いてドアを付け、ガレージ風の秘密基地に改良しました。離れはかなり痛んでいるのでまだ手付かずですが、もう少し経済的に余裕ができたら来客が自由にできる空間を作りたいと考えています。土間と囲炉裏、部屋は二部屋あります。基礎と屋根は多少手を入れれば今のまま使えそうなので土間・囲炉裏を生かし部屋はフローリングの広いワンルームにしたいな?
私の人生もゆうに折り返しを過ぎ、残りの方が少なくなってしまいました。
ここにきて思うのは今までの反省よりもこれからの人生を有意義に過ごしていきたい。
やりたいことはすべてやってきたように思います。その性で残すものは何にも作れませんでした。でも、それで良かったかな?これまでに逝ってしまった友人・知人や父や母、記憶は残っていてもそれだけです。多分自分のときも周りにはその程度のことです。それならこれからも自分の生き方を貫いていきたい!!
当然、妻より先に私でしょう。そこで私がいなくなったら?と聞いてみました。「こんなところに一人で住みたくない!」・・・ま、当然の返事でした。
現在友人たちの子供達は小学校低学年や幼稚園。親と一緒に遊びに来てくれるのも中学生くらいまでかな?とすれば数年から長くても10年ほど???それくらいなら何とか私も頑張れるかな?私が元気なうちは子供達が「楽しく遊べる田舎の家」と思ってくれて遊びに来てくれるような家に家にしたい。勉強は教えられないけど楽しみ方は伝えられそうだし、自然との付き合い方も学んで欲しい。
縁あって手に入れたこの環境、生きているうちに有意義に活用させていきたい。自分が逝くときに「良い人生だったな」と思えるような・・・・・
庭を眺めながらなんだか全身の力が抜けてゆったりしている自分を感じています。

0