2006/9/29

楽聖ショパン(’44)  アメリカ

\500クラシック映画DVDで、チャールズ・ヴィダー監督作品。クラシック音楽家の伝記は多分「アマデウス」以来。ショパン、と言えば、反射的にガゼボの「I Like Chopin」をカバーした小林麻美の「雨音はショパンの調べ」(’84)も、懐かしくメロディが頭に。

もともと「別れの曲」というショパンの伝記映画を脚色、映画化した作品のようで、パリへ出て、リストや、男装の女流作家ジョルジュ・サンドとのマジョルカ島での世間と隔離した日々、ロシアの圧力を受ける故国ポーランドのため、彼女の元を去り疾患をおして演奏旅行に出るくだり等、39年の生涯の伝記。

彼のポロネーズの一つに魅了されたリストと共に演奏したり、最近ではフジ子・へミングの伝記ドラマで演奏されているのを聞いた、やはり「さびしんぼう」(’85大林宣彦監督)の映像を思い出す、サンドとのテーマ曲的に折々流れた名曲「別れの曲」、マジョルカ島で作曲するノクターン等、全編に流れる彼のピアノ曲の数々をバックに、天才ながら、音楽に没頭するのみならず、祖国への正義感、思いも強い人間的な側面も描かれた作品。(http://www.kouichirou.com/frt/frt135.html雨音はショパンの調べ(

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2006/9/29

あの歌がきこえる「海を見ていた午後」  音楽

録画を見た今回の「あの歌がきこえる」は、「海を見ていた午後」。ユーミン荒井由実時代の2枚目のアルバム「MISSLIM」(’74)<収録曲>の中の曲。

今回の視聴者は、カナダ在住時に友人からこの曲のテープを渡されて気に入り、失恋の思い出が絡んだ曲になった女性。振り返ると自分の場合は少女期、ラジオのFMで流れた「MISSLIM」を何気なく接続した録音機で録り、決して録音状態も良くなかったそのテープを繰り返し流している内に”中毒状態”に陥り、それが(揶揄的に言われることもある)ユーミン教徒、となった頃。イージーリスニング的、ながら耳に残る新鮮で心地よいメロディ+歌唱力云々という以前、感性の震えが伝わるボーカルが広げる絵画的世界。当時LPレコードのこのアルバムを買い、ファンクラブにも入会、まだユーミンブレイク前、会員No.397で、数回投稿が載った素朴な会報は今も手元に。

以降、少なくとも朝A面、夜寝る前にB面をヘッドフォンで聴く生活が、1枚目「ひこうき雲」(’73)<収録曲>、3枚目「コバルト・アワー」(’75)<収録曲>等含め、どれ位続いたか。とにかく貴重な思春期の中の多大な時間を、これらのアルバムに浸って過し(てしまっ)たことは、後悔しても仕方のない事実。

「MISSLIM」の中の曲は、「瞳を閉じて」が五島列島の奈留島の高校の愛唱歌として作られたことや、「やさしさに包まれたなら」「魔女の宅急便」(’89宮崎駿監督)の主題歌になったり、その他折にカバーされたりドラマに使われたり、その影がいまだにメディアに現れる、参加ミュージシャンのさり気ない豪華さからしても、ニューミュージック、という肩書きはさておきユーミンの圧倒的な個性が静かに煌いた永遠の名盤、と色んな意味で距離が出来た今でも思う。

「海を・・」は粒揃いの「MISSLIM」の中でも上位のインパクトの曲で、「瞳を閉じて」同様、海の映像が鮮やかなイメージ。「白い船」感想でも書いていたけれど、関西の片田舎に住む子供にとって、「山手のドルフィン」は手の届かない”聖地”で、とにかくこの曲の雰囲気を求めて海沿いや高台の灯台の喫茶店を汗をかきつつ自転車で訪れてはソーダ水をオーダー、思えばピュアな憧れのなせる健気な行為。

実際の山手、ならぬ根岸のドルフィンに行ったのは、20才過ぎ頃で、お洒落な店、とは思ったけれどさほどの感慨はなかった。やや遠目の海の景観含め、長年のノスタルジックなイメージの結晶よりは思ったより都会的に洗練された普通の店、というか。でもお決まりのソーダ水で、そこそこ満足。で、確か20代後半にもう一度訪問。恋の思い出、というのではないけれど、”ソーダ水の中を貨物船が通る”が殺し文句、だった気もする多少こそばゆい、まさに思春期のロマンの結晶の一断片。(http://www.nhk.or.jp/anouta/あの歌がきこえる「魔法の鏡」

(↓サイトで見かけたこの曲のイメージのイラスト、縮小出来ず)クリックすると元のサイズで表示します
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