2006/10/13

アイランズ・イン・ザ・ストリーム(’04)  サーフィン映画

近頃見た「エンドレスサマー」「ステップ・イントゥ・リキッド」等、サーフィン映画の名門ブラウン一家の3代目、ウェス・ブラウン監督のドキュメンタリー作品。

42分の短い内容で、サーフィンのメッカの一つタヒチの海で波を満喫する5人のサーファー達の変化自在のライディング、柔らかい映像での美しい島の自然、カラフルな魚達の泳ぐ海中の透明感、また、特典で付いていた、男性2人デュオのギター弾き語りでの、作品挿入歌「Rest in Peace」という曲のミュージック・ビデオが、サーフシーンや夕暮れの海の風景に穏やかなフォーク、カントリー調の旋律、ソフトなボーカルが溶け込む感で、印象的。(http://www.yodobashi.com/enjoy/more/i/cat_1107_244_27193954/36776895.htmlエンドレスサマー(’66)ステップ・イントゥ・リキッド(’03)

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2006/10/13

アメリカの旅<3>  旅行

’90.4.21〜22 ナイアガラの滝

友人宅に別れを告げ、いよいよバス旅行に。でも日本で期間中乗り放題の周遊券を購入済みのグレイハウンドバスが、何とストライキ中、とのことで、何とか動いてはいるものの、幹部が代わりに運転し(おかげでマイアミだったか、道に迷い乗客がナビゲートする顛末も)、タイムテーブルも出鱈目、果たして大丈夫?と思いつつ出発。やや緊張の面持ちながら、隣の席の子連れの婦人がお菓子を分けてくれたり。

途中のバス・ディーポ(停留所)で、看板を持ったスト中の人々にバスを囲まれ、なかなか出発出来ないアクシデントも。結局、その後一度前触れなく乗り換えさせられたり、ということはあったものの、(元々適当なのかもしれないけれど)タイムテーブルが出鱈目だった以外はさして混乱はなく、このバスで周遊し終えたけれど、この時が最も不穏と言えば不穏な経験。

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レインボー橋を渡り、カナダに入国。ナイアガラは、天気は余り良くなかったけれど、感覚的には”海が、落ちる”スケールの2つのカナダ滝、アメリカ滝を目の当たりに。3つの名物タワーに登ったり、滝の近くの広々とした公園のような所を歩いたり。昔何人か樽に入って滝を落ちる冒険?をして、無事生還者もいれば、失敗者もいたとのことで、確かタワーの一つにその樽のいくつかの展示が。また、ナイアガラ川両岸に張った綱の上を棒でバランス取りながら渡る、という試みもあったようで、その名残か、道路の上に、綱と渡ろうとする人形の姿がある装飾の場所も。

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アメリカの旅<2><4>
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2006/10/13

アメリカの旅<2>  旅行

’90.4.4〜4.20 サウスベンド・シカゴ

サウスベンドは確か車でシカゴから2、3時間程の街。広い敷地、スッキリしたデザインの集合住宅の一棟のお家に自分の食費等は出し家事を手伝ったりしながら居候。近所の母子や友人の英会話の先生の女性と交流したり、近くの大学、図書館、スーパーに行ったり、基本的に移動は車。

ショッピングモール内の劇場で友人の長男君(当時2、3才)も好きだったカメ忍者のキャラクター「忍者タートル」の映画が上映中で、見はしなかったけれど日本円で800円位、安い、と思った覚えが。一度一家と車でシカゴまで出かけ、余り記憶に残っていないけれど、上の方は霞で見えなかった世界一の高層ビルシアーズタワーに登ったり、写真を見ると、ミシガン湖畔でくつろいだようで。

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長い旅の前、友人宅拠点でアメリカに馴染む準備が出来たのは良かった、と思う。彼女は学部は違うけれど同じ大学出身、別の支店ながら同じ職場で知り合った。大柄で芯の強いおっとりタイプ、帰国後、一時期一家が湘南に住んでいた頃に、2度目のドルフィンには彼女と行った。今は奈良にいて、3児の母。最近会ったのは数年前、昨年幼い面影しかないお子さんが大学生になった、とか。

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アメリカの旅<1><3>
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2006/10/13

アメリカの旅<1>  旅行

「ワールド・トレード・センター」スレッドにアップしたWTCの写真の元のアルバム、また「ワールド・・」で見た(主にテロ前の)NYの風景でも、16年前の私の国内外合わせて一番長期の旅、アメリカを2ヶ月程全米網羅のグレイハウンドバスで廻った旅のことが思い出され、記憶が薄れている部分も結構あるけれど、この機会に、おそらくもう2度としない、出来そうにないであろう類の、不思議なバイタリティのあったあの旅の記憶を辿ってみようかと。ルートはシカゴ郊外から時計回りに東海岸を下り、ニューオリンズを経てロスが終点。

確か一時期派遣社員だった頃の仕事の切れ間、丁度主婦の友人2人がそれぞれご主人の仕事の関係でシカゴ郊外のサウスベンドとボストンに滞在中、可能なら遊びに来るよう誘いを受けていた折もあり、20代後半、それまでの海外旅行経験は数日間ずつのグアム島と台湾、アメリカ本土は小田実の「何でも見てやろう」等も脳裏にあった気もしないではなくて、漠然と憧れがありつつ未踏のままで、タイミング的にもこの時しかない、と思い立って実現。

宿泊はその友人宅以外は最終地ロスでホテルに泊まった以外ほとんどユースホステル、どうせなら沢木耕太郎「深夜特急」(’86〜)の旅的な、地上で大陸を行くバスか列車での旅がしたかった、というのもあるけれど、国内での飛行機移動は行きのNY〜サウスベンドのみ、結局日割りにすると安いツアー並の出費ではあった気がするものの、基本的にエコノミー志向の旅だった。

’90.4.4 大韓航空で成田〜ソウル〜アンカレッジ〜NYで一泊、翌朝USエアーでサウスベンドへ。

アメリカの旅<2>

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