2006/10/27

アート・オブ・クライング(’06)  ヨーロッパ

東京国際映画祭、渋谷Bunkamuraオーチャードホールで上映、デンマークのペーター・ショーナウ・フォー監督作品。雰囲気自体、のどかな北欧の街の自然の背景、子供や老人の着ているセーターの色合いや模様等も北欧らしい・・などと序盤で思っていたら、なかなかシビアな、ある家族に潜む問題を子供目線でえぐり、展開していく、一筋縄でいかない、という作品。

心が弱く妻に見放されており、その代償に娘にスキンシップの慰めを求め、交際相手に嫉妬する父。心を病んでいく娘。そんな父と姉を見つめ、”彼なりに”彼らを個々に励まそう、救おうとする11才の息子。幼い顔に黒ぶちメガネをかけた彼の容貌、その恐れを知らぬ純粋さゆえの行為が、何ともシニカルな空気も生み、家族間の距離、というものの危うさが、淡々と描かれていく。

上映後、監督、ディレクター、父役のイェスパー・アスホルト出席でのティーチ・インがあり、その流れもあってか、上映終了後、結構な数の拍手が起こり、ある意味鑑賞し応えのあった作品、であったのは確かながら、拍手、というのは、どこか違和感を感じてしまったりも。

ティーチ・インでは、これはデンマークの”ドグマ”という撮影方法には則らなかった作品であること、自伝的原作があり、それを(ラストは脚色したものの)忠実に再現したかった旨等の監督談、イェスパー氏はデンマーク作品「ミフネ」(’99)にも出演しており、折あれば日本映画出演への意気込みも、というような話も。

ここでも、質問に対して監督が語っていた、愛を受けてこなかった者が、家族に独断的に振舞い、その子供が自我を育てる時間がないまま成長して、家族を持った際に同じ事を無意識に繰り返してしまう、という悪循環。この作品では、子供にとって性的虐待、という形でも。

親子間の愛着と自我との衝突、という複雑さは、折に仕事でも間接的に関わる問題で、そのための距離、というのはなかなか計りがたいけれど、外から見えにくく介入し難い、いわば家族という密室でのエスカレート具合は危険性を含み、言葉にするのは容易いけれど、子供(周囲の人間)を自分のはけ口にしない大人のエスプリが必要、と、改めて。

明日予定の「リトル・ミス・サンシャイン」も家族の物語のようで、アリゾナ〜カリフォルニアのロードムービー、とのことでも楽しみ。(http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=1リトル・ミス・サンシャイン(’06)

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