2006/11/28

千の風になって(’04)  音楽

一週間前の11月21日は、4年前に他界した自分の唯一の兄弟姉妹で3つ違いだった妹の命日。当日に、けじめにこのことを書こうと思ったけれど、一応FAXしておいた、出来ればアップしたかった本の表紙の掲載許可の連絡が今日出版社から入った折も。

その日は例年通り法事も何もない、母と私で形見の品等持参で、外食。後でポツリポツリと当時の事を話したり。妹は嫁いでいて、その家とは現状交流もなく、こういう形でこの日を迎えている。

趣味や好みが合っていたわけでもないけれど、ふとした時に同じ本を読んでいたり、同じ曲や絵や映画が好きだったり、ということが判ったりしたものだった。子供時代のふざけ合ったりした思い出は尽きないけれど、成人してからは姉妹、というより気のおけない友人関係、といった方が近かったかもしれない。関東と関西、主婦と独身者との距離もあり、自分には自分の生活があり、何かと気にはなりつつ疎遠になっていた頃、突然、逝ってしまった。

痩せぎすで体が丈夫なわけでなく、内向的というわけでもなかったけれど本好きで神経が細い所もあった。夢かうつつか、の霊体験話等も折に聞いた。でも独身時代ずっと仕事もしていたし、他愛ない事にコロコロ笑い、一人でパリ旅行してくるバイタリティもあった。恋愛期間を経ての相手との結婚数年後、うつ病で通院を始めていた。

15年前結婚の当初からの様々な経緯、他界直後の様々な混乱もあり、母も私も当面妹の嫁ぎ先の仏事には参加していない。交通事故死等の場合とは違い周囲の誰もが”加害者”という呵責も覚え同時に”被害者”でもあるという中、慎重に労わり合わねばならなかった状況であったはず、ながら。そんな詳細をここに吐き出すように書くことも、意味があるとも思えないし、止めておこうと思う。

ただ、映画関連のこともあり書いておこうと思ったのは、3年前の11月21日、丁度一周忌の命日、その日はけじめというか、本人も自分達もクリスチャンではないけれど、近くの教会のミサに母と参加、謝礼をして礼拝の際名前を読み上げてもらったりした。そしてその夜、見るともなしにつけていたTV「筑紫哲也のニュース23」で、ゲストの新井満さんが「千の風になって」という曲について語っており、その曲を歌うのを聞いた。番組後、インターネットで歌詞を確かめた。

まさにその日の夜、というタイミング、いつも見る、というわけでない番組、詞の内容からして、余り根拠のないものの存在を頭ごなしに信じる方ではない私も、とっさに、これは目には見えないけれど妹からの、こういう状況の自分へのメッセージだ、と感じ、その時初めて無防備にホロホロと涙が出てきた、と思う。人に気配りするような所もあった。また、この歌のことを取り上げていた薄っすらと記憶にあった朝日新聞「天声人語」の記事が、その年の丁度8月28日、私の誕生日だったことも後日わかったり。(http://www.twin.ne.jp/~m_nacht/2001/2003.html

それらは物理的に単なる偶然、だろうけれど、自分にとっては出来すぎ、な出来事で、この偶然によって、実際失くしたものが戻って来はしない悔いや喪失(感)は同じだけれど、どれだけ心に積もっていた理不尽なわだかまりが解消されたことか。そういう事は、あるものだと。

そのCDと関連本を買い、その詩と元の英詩、「天声人語」の記事、歌の録音等を、事情を知る友人、親戚等に渡したり送ったり、その翌年夏、映画化された作品「千の風になって」(’04キム・スギル監督)も母を連れて見に行った。実話ベースの「天国への手紙」の趣旨のオムニバス作品で、終わって横を見ると、普段めったに感情を表わす、ということをしない人が、ぽろぽろ泣いていてやや驚きでもあり、折々一緒に映画も見るけれど、それは知る限りその時だけだった。

また、当時のAOLの日記・小説・創作欄に、左記にリンクの、たまに妹が書いていた文章や詩のうち一応最も形として評価されたショートストーリー「遍路」を、ボツボツ書いていたのもこの頃で、投稿を期待してのつもりではなかったけれど、少ないながら頂いたコメントは、本当に嬉しいものがあった。

それらはいわば自分なりの”供養”で、私自身の生活にも一言で言いにくい波紋のあった、出来れば経験したくはなかった事だけれど、改めて、1日1日を些細な事に心煩わされず悔いなく過していきたい、と思う。「千の風・・」の歌そのものは、新井満氏が、故郷のおさなじみの奥さんが亡くなった際に、英詩を訳し、曲をつけたものだそうで、当時様々な追悼の場で取り上げられ静かに広がっている、ということだった。(字数オーバーなので下記に)(「千の風になって」

(C)講談社
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2006/11/28

千の風になって  

「千の風になって」(訳:新井 満)

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

あの大きな空を
吹きわたっています


I AM NOT THERE

Do not stand at my grave and weep
I am not there
I do not sleep

I am a thousand winds that blow
I am the diamond glints on snow
I am the sunlight on ripened grain
I am the gentle autumn's rain

When you awaken in the morning's hush・・・
I am the swift uplifting rush
of quiet birds in circled flight
I am the soft stars that shine at night

Do not stand at my grave and cry
I am not there
I did not die

(Author Unknown)

               朝日新聞 [天声人語] より転載

だれがつくったかわからない一編の短い詩が欧米や日本で静かに広がっている。愛する人を亡くした人が読んで涙し、また慰めを得る。そんな詩である。 

英国では95年、BBCが放送して大きな反響を呼んだ。アイルランド共和軍(IRA)のテロで亡くなった24歳の青年が「ぼくが死んだときに開封してください」と両親に託していた封筒に、その詩が残されていた。

米国では去年の9月11日、前年の同時多発テロで亡くなった父親をしのんで11歳の少女が朗読した。米紙によるとすでに77年、映画監督ハワード・ホークスの葬儀で俳優のジョン・ウェインが朗読したという。87年、女優マリリン・モンローの25回忌にも朗読されたらしい。

日本では、95年に「あとに残された人へ 1000の風」(三五館)として出版された。最近では、作家で作詞・作曲家の新井満さんが曲をつけて、自分で歌うCD「千の風になって」を制作した。
私家盤で、友人らに配っている。新井訳の1.2番を紹介する。

(省略)

作者をめぐっては、19世紀末、米国に渡った英国人、30年代の米国人、米国先住民の伝承など諸説ある。いつどこで生まれたのかわからない、風のような詩だ。

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