2007/11/30

遠い空の向こうに(’99)  アメリカ

先月放映の録画を見たジョー・ジョンストン監督作品。原作はのちにNASAのロケット・エンジニアになったホーマー・ヒッカムの自伝小説「ロケット・ボーイズ」。ウエスト・ヴァー二ア州の炭鉱町で、小型ロケット打ち上げを目指した若者達のドラマ。

一部先日のSFトピックのように、’57年ソ連が最初の人工衛星打ち上げ成功、それに影響された高校生が自らロケット打ち上げ、という夢を持ち、打ち上げ花火のような装置の出来に一喜一憂、夜空を行く人工衛星の光を見上げて感動、そういう憧れのあった時代の空気。父の炭鉱の仕事、という土地でのルートから外れる摩擦、自分の跡継ぎとして期待する父との葛藤もありながら、自分の可能性を信じて進む姿に周囲も温かく応援、科学コンテストへ、という、特に意外性のないサクセスストーリーではあるけれど、

昨年「ブロークバック・マウンテン」以来の若い頃のジェイク・ギレンホールに、主人公のピュアな性質が似合っていたような。見守る少女達もいたものの、ロマンスは交えず。自分の範疇外のものは受け入れない偏狭な校長、に対して理解を示して応援するローラ・ダーン演じる病魔に冒された教師、彼女との絆が描かれていたり、地味ながら安定感ある青春もの。一昨日「SONGS 小椋佳・五輪真弓」は録画し損ね、再放送で。(http://www.amazon.co.jp/%E9%81%A0%E3%81%84%E7%A9%BA%E3%81%AE%E5%90%91%ブロークバック・マウンテン(’05)

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2007/11/29

SONGS CHEMISTRY  音楽

先週の「SONGS」はCHEMISTRY、歌ったのは「PIECES OF A DREAM」「My Gift To You」「アシタヘカエル」「約束の場所」「最後の河」。

このデュオは、以前オーディション番組「ASAYAN」の男子ボーカリストオーディションで選ばれた過程を見ていて、デビュー当時注目だった。この番組は三井のリハウスガールとして池脇千鶴が市川準監督に選ばれた時も覚えあったり、モーニング娘。や鈴木亜美等、今も活躍中の出身スターは少ないけれど、色々悲喜こもごも思い出のシンガー、グループ、曲も。

CHEMISTRYの時も何千人もの中から絞られ、恒例の、素顔が垣間見える合宿審査等経て5人になり、この2人よりも個性が目立つ候補者はいて、他の3人もその後デビューしたようだけれど、何というかタイプは違ってもどちらもマイペース型、川畑要の方は、各ペアでの歌審査の本番で大ミスした相手への、ふと映った態度がサラリと寛容だったのが印象に。マイベストはデビュー曲「PIECES OF A DREAM」。久方だったけれど余り2人のムードは変らない感触。(http://www.nhk.or.jp/songs/archive/index.html

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2007/11/26

ETV特集 21世紀を夢見た日々〜日本のSF50年〜  分類なし・本

先月放映の録画を見た、日本のSFの歴史を辿る番組。SFの第一世代、小松左京、筒井康隆、星新一らの各分野への功績が改めて。SFマガジン編集者でもあったのだった福島正実、というのも、特にどの作品が、という訳ではないけれど、懐かしい名前。近年SFはご無沙汰、でも、この各氏の作品は、馴染みが。

マイベスト日本のSF本は小松左京「青い宇宙の冒険」で、これは余り映像化は見たくない、本の世界で結構イメージが広がった作品。ゲストの作家折原みとがドラマ化「タイムトラベラー」を挙げていたけれど、やはり「時をかける少女」も映像化含め愛着あり、小松氏等もだけれど筒井氏自身の姿は今まで覚えなく、小椋佳ではないけれど、これが「時を・・」を書いた人、というのか今更ながら、ややイメージが違った。

SFは当初純文学からは異端視されて、少年少女誌に掲載されていた旨。ゲスト達も話していたように、日本に何も土台がない所から、創り上げた、という価値。筒井作品「パプリカ」映画化の今敏監督が、異端、オタクと軽視されていたSF、アニメの隆盛に「誰に、という訳ではないけれど、ざまあ見ろと言いたい」と。そういう夢のアピール力を秘めていたジャンル。

手塚治虫氏らもSF作家クラブに所属、映像的な広がりから映画やTVアニメへと影響して、今の日本アニメの世界での高評価のルーツ、とも。主題歌は浮かんでも内容の記憶はないけれどモノクロの「鉄腕アトム」「エイトマン」「鉄人28号」「スーパージェッター」、ピグモンという小怪獣の覚えがある「ウルトラQ」「ウルトラマン」映像等、郷愁が。

70年代の大阪の万博にもSF第一世代が関与、というくだりもあり、万博自体、2回程行って、薄っすら視覚的に残っているのは、巨大シャンデリアだったスイスの光の木。子供時代の、何か未知との遭遇的ノスタルジックな思い出。

人類月面到着直後のあの頃未来への夢、があったのが、徐々に現実が科学的進歩でSFに近付いて、未来への危機感を示す小松氏の「日本沈没」「復活の日」等も。進歩は、ある面後退、でもあるとはよく思うけれど、SFでよく言われるというsense of wonder(驚きを持つ心)を作り出すのが今、難しくなったのは確か、とは。(http://www.nhk.or.jp/etv21c/update/2007/1021.html

番組中、星新一・福島正実原作で円谷英二氏が特撮監督の「マタンゴ」(’63)の映像があって、これを機会にSF作家クラブと円谷プロが親しくなった、というくだりがあったけれど、昨日の朝日新聞に、「手作り特撮 どこへ」のタイトルで、円谷プロが、経営難で映像製作会社の傘下に入り、制作費がかさむミニチュア撮影から撤退、CG中心に、という記事が。

今後CGとミニチュアの共存も目指して、とのことではあるけれど、時代の波での合理化の一抹の寂しさ。でも、子供時代以降、ウルトラマンシリーズは離れて知らなかったけれど、逆に、ヨーロッパ等でなく日本で、過去の貯金があったにしても円谷プロが、ミニチュアにこだわりながら今まで、よく生きながらえていたのだった、とも思った。(http://www.bunkatsushin.com/modules/bulletin/article.php?storyid=14770

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2007/11/26

Music Lovers ELT   音楽

先々週の「Mラバ」はEvery Little Thing、持田香織の声は嫌いではない、というグループ。歌ったのは「Time goes by」「For the moment」「恋をしている」。持田香織は今までのトーク番組や、いつか大晦日のライブでステージからざわめく観衆に、「聴けよ!」と怒鳴っていたりして、歌のイメージやルックスよりはバンカラな印象。

マイベストは「fragile」、以前フジTVの「あいのり」の主題歌。今は見ていないけれど、素人の男女がピンクのバンで世界中旅して、メンバーが入れ替わりながら恋が成就したり、失恋したりのライブ番組、少し沢木耕太郎「深夜特急」ヒントでの「進め!電波少年」の幾つかの旅企画、のような興味で見始めたのだった気が。

帰国後実際ゴールインしたカップルもあるそうだけれど、参加者達が全くカメラを意識していない訳でもないのだろうし、一時の旅空間でのお祭り趣向、でもヘタなドラマよりは、それぞれの生の感情の揺れが、微妙にリアルに伝わる時があって、背景の各地の風物もスパイスで、一時期まで結構毎回見ていた。やはり一途・軽い、ラフ・真面目、要領がいい・悪い、気持を伝えるのが器用・不器用なタイプがいて、傍目に切ない時も。もう終わったと思ったら、まだ放映中だった。昨夜「みゅーじん アグネス・チャン」等録画。 (http://www.ntv.co.jp/mlovers/b_number/071118.html

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2007/11/24

クロッシング・ザ・ブリッジ(’05)  その他

日本では昨年公開のドイツ・トルコ合作のファティ・アキン監督作品。夏に新作DVDリリースの時レンタルしたものの、多忙で未見で返却していて再度。音楽担当のドイツのミュージシャン、アレクサンダー・ハッケがイスタンブールの色々な音楽シーンを辿っていくドキュメンタリー。

東西文化が融合するエスニックな活気の街を背景に、8分の9拍子という独自のリズム、ヒップホップ、「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」でも見られた伝統的な旋廻舞踊セマ等ともリンクする、トルコ音楽の多様性。元々東西の対立、というのはソ連崩壊後危機感を作るためアメリカが煽ったもので、世界の東西の境界など本来不明確、という象徴的な感のコメント。

印象的だったのは、長い間迫害、制圧を受けてきたクルド民族の音楽には、挽歌が多く、哀しみを歌ったものが多いとのことで、女性シンガーの浪々と響く歌声。トルコ語での歌の方が、英語の歌詞よりも感情が湧き出る、という旨の女性のコメントもあったけれど、日本では演歌ジャンルになるのか、何とも言えないエキゾチックな哀愁。

クラリネットに似たもの、琴のような母体を両手の細い棒でたたくもの等、独自の音色を出す楽器類も味があった。2本あるはずのトルコのシンガーのテープは行方不明のまま。折あれば探そうと。(http://www.alcine-terran.com/crossingthebridge/「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」

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2007/11/22

バベル(’06)  アメリカ

先日新作DVDリリースのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作品。モロッコ、メキシコ、東京の世界各地でのロケと役所広司出演、菊地凛子がアカデミー助演女優賞にノミネートされ受賞は?、という事でも注目で、何度か書いてチェックしていた作品。

初めてじっくり見た菊地凛子は、登場序盤はそう目立った印象はなかったけれど、繊細かつ大胆、余り類の思いつかないタイプの若い女優かも、と。母の死という心の傷、聾唖者である少女の押し込められた感情、折にストレートな性的挑発の形でそれが湧き出る演技。彼女や役所さんとブラピやケイト・ブランシェットらとの共演も興味の一つではあったけれど、絡みはなかった。

モロッコ辺境での素朴な山羊使い兄弟が銃を手にする規制のなさ、医療機関のなさ、メキシコからのアメリカ不法入国者問題を象徴するような、乳母が砂漠をさ迷う姿、東京という物質的には満たされた華やかな都会で、少女が聾唖者という事が示すかのような、真の言葉(心)の通じなさ、精神的孤独、のような各地の社会問題も交えて、

春に放映があったイニャリトゥ前作「21グラム」でも、一つの心臓を巡って、普段接点のない3人の運命が交錯する、地味ながら渋い後味で、今回も、ラストは何だか、これで終わり?という感ではあったけれど、文化の違う土地で暮す人々が、ある銃を巡って時空を越えてリンクする、趣向自体が味の作品でもあった。昨夜「SONGS ケミストリー」を録画。(http://babel.gyao.jp/21グラム(’03)

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2007/11/22

ベルト・モリゾ展  文化・芸術

火曜母と出かけた折帰りに、気になっていた損保ジャパン東郷青児美術館で25日までのこの展示会に。ここへ一緒に来たのは初めてだけれど母のお陰でやはり無料。約60点の作品展示。

春に「美の巨人たち」で取上げられた時書いていて、折に美術展で数点見かけるけれど、単独では覚えがなかった割と好みの印象派女性画家。そう数多くはなかったものの、やはり1枚1枚、柔らかな女性らしい色彩、タッチで家族や身の回りの世界を描いた作品。

1階ロビーでのDVD映像で、技術的には他の印象派画家達同様、浮世絵の影響等にも触れていたけれど、ある時から、その繊細な神経を傷つける、あらゆるものから身を遠ざけ製作に没頭した、旨の解説もあり、女性画家にとって身動き取り難い時代ながら、狭い世界でも自分の才能を発揮して残す静かな場所を持てた、改めて、内心の意志の強さもあったろうけれどある意味幸運な女性とも。

今回カードを買ったのは、チラシにも使われている、娘ジュリーが白い色調の部屋で佇む「コテージの室内」、母と娘がボートに乗っている絵、夫ウージェーヌ・マネと娘ジュリーが緑の中座っている絵。(http://www.sompo-japan.co.jp/museum/exevit/index2.html美の巨人たち ベルト・モリゾ

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2007/11/19

ニューヨーク・ストーリー(’89)  アメリカ

先々週月曜深夜放映の録画を見た、マーティン・スコセッシ、フォード・コッポラ、ウディ・アレン監督によるN.Y舞台の3つのストーリーのオムニバス。最初のスコセッシ作品は、懐かしいプロコルハルムの「青い影」で始まり、劇中でも流れたり。中年の画家と画家志望の若い助手の恋人との、バトル的な愛、破綻の経緯で、「グラン・ブルー」の頃のロザンナ・アークエットの「グラン・・」より弾けた存在感もあって、ダイナミックな味。

次のコッポラ作品は、留守がちなフルート奏者の父、仕事で忙しい母と超高級ホテルに住む多感な少女ゾイがヒロインで、少しこましゃくれたキュートなへザー・マコブはこれがデビュー作で、「あのころ僕らは」にも出ていたのだった。ソフィア・コッポラも脚本に参加していたようで、少しファンタジックな風味。

最後は、自分を子ども扱いする母に悩む弁護士を演じるアレンの、軽妙、情けなさを漂わす熟練の味、巻き起こる超次元現象、でのテンポあるコメディ。N.Yという都会を背景としたそれぞれの監督色での、コンパクトな作品集。(http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%

(昨日追記分と共)先週水曜夜「SONGS 夏川りみ」録画、金曜夜「プレミアム10 恋歌」は今金曜がやや忙しないせいもあり先週の松たか子同様録画し損ねて、ユーミンや徳永英明等出演でチェックしていたのに、問い合わせても再放送予定も今はないそうで無念。昨夜「TRICK2」「Mラバ ELT」等録画。

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2007/11/18

椿山課長の七日間(’06)  日本

先週木曜に放映録画を見た河野圭太監督作品。原作は未読だけれど浅田次郎の小説。脳溢血のため突然死した中年サラリーマンが、美女になって3日間だけ家族の元へ舞い戻る、というファンタジードラマ。

”黄泉がえり”ストーリー自体さして珍しくないけれど、西田敏行→伊東美咲というミスマッチペアの合体がコミカルで、伊東美咲は「Life 天国で・・」以来、この人情系コメディが意外に、今まで見てきた中一番躍動感あったかも。妻と部下の関係を知り、詰め寄るシーン等、切なくも可笑しさが。死後皆が集うホールのような場所の空気は、様相は違ったと思うけれど「ワンダフルライフ」を思い出したりも。課長のエピソードに、一緒に姿を変えてよみがえった少年、ヤクザの話も絡み、その少年や複雑な状況の自分の息子を気遣う、美女姿での課長の優しさ、が印象的。

突っ込み所はあるけれど、前触れなく突然逝った者、遺された人々に、こういう形でのメッセージ期間があれば、ややシニカルではあるけれど、知らなくても済む事まで知ってしまう辛さ、もあったとしても、どんなにか双方の心も穏やかに、という余韻の癒し系浅田ファンタジー。椿山課長の父役桂子金治、元恋人役余貴美子等がいい味だった。(http://www.amazon.co.jp/%E6%A4%BF%E5%B1%B1%E8%AA%B2%E9%95%B7%「Life 天国で君に逢えたら」

「映画」を書いてスレッドにもして、何だかずっとモヤモヤ胸が塞がっていたのが少し、スッキリした。他の事に時間を使うのが好きでその事を語ったり共感を求めたければ、場所は他に幾らでもあるけれど、私は映画・音楽が好きで時間を過ごしてきて、今こういう風にここに書いている、という事、自分の足元の確認になったとは。

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2007/11/17

SONGS 槙原敬之  音楽

先週の「SONGS」は槙原敬之。特に好きでも嫌いでもない人。歌ったのは「SPY」「どんなときも。’07」「Green Days」「赤いマフラー」「世界に一つだけの花」。

今ケミストリーへの提供曲の「銀河鉄道999」のセリフの盗用疑惑で、松本零士氏と揉めているとかで、以前も覚醒剤事件とかあったけれど、この人の先天的、というか(したたさな)ナイーブさ、柔らかい言葉選びは嫌いじゃない。飼っている犬達とたわむれる姿、一匹が死んだ時の悲しみを語るシーンも。少年時代、YMOに衝撃を受け「体中のほとんどがYMOだった」とのことで、ラブレターを書くように曲作りを始めたという話。マイベストは双璧で「どんなときも。」「SPY」。

アルバムが出るらしい時期で、先日ふと見た「Mラバ」「堂本兄弟」等でも見かけ、「堂本・・」で深田恭子が「SPY」が好み、と言っていた。2人ともバレーが嫌いで、槙原敬之は自分のミスで負けるとずっと恨まれそうだから、深キョンは皆で一緒に同じ事をするのが恥ずかしかったから、とのコメントがそれぞれキャラクターに合っているような。「どんなときも」は、故郷の家族に自分の音楽を認めてもらいたい気持ちがストレートに出た曲だった、とのことで、今回久方に聞いて少ししみじみ。保存録画に。(http://www.nhk.or.jp/songs/archive/index.html

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2007/11/15

映画2  分類なし

やはり書き出すと色々あるトピックで、あと思うのは、自分にとって映画とは?と振り返った時、大学の下宿生活や、故郷にいた期間等省いて、ありきたりだけれど大まかに言って、かれこれ20年程になる自分の「一人暮らしの友」でもあると。どちらかと言えばそれは劇場よりも、部屋でのビデオ(最近では大方DVD)やTV放映の録画。多忙でかなり疲れている時も(最近は割とあっさり寝てしまうけれど)、気分転換の方が大事で、眠い目をこすり、見た作品の数々。

何だか女一人レンタル店へ、という図は、索漠としたイメージ?でもあり、幸福、という感でもない気もしつつ、あえて体裁をつけて言えば「何かを求めて」借りて見たビデオ・DVDは何本になるだろうか。その時間を、別の事に使っていれば、人生も多少変わっていたのかもしれないけれど、人と見た時もあったけれどほとんど一人で、そうして幾つもの夜を、しばし作品と共に過ごしながら、やってきたのだった。そういう積み重ねの結果、今こうして映画MB・ダイアリーに書き込んだりもしている。

劇場は、一人でも行くけれど、本当は近年特に余り好きじゃない。誰かと行く方がまだ気分的に落ち着く。無論スクリーンの方が味わい的に正道、でも、どちらかと言えばカウチポテト型。DVD・ビデオは私には実質、ふと聞き漏らした科白、見逃したシーン(細部)等、プレイバック可能なのが利点にも思える。

劇場も小さい方が好みで、そういう所で見た作品の方が、印象に残っていたりする。最近気に入ったのは、昨年末オープン時「市川崑物語」を見た新宿の伊勢丹向かいの新宿ガーデンシネマ2。座席数60程の小さな所で、大劇場よりは、あの作品のテイストにも似合っていると思った。同じ岩井作品「花とアリス」を見たのも、この界隈にあった小劇場で、やはり感触がフィットした。

それと「英語教材」としての映画では、「カサブランカ」「オズの魔法使い」のビデオと対訳シナリオ本は買って取り組みはしたけれど、どちらも半ば。リスニングは苦手で、映像やストーリーに集中して、字幕頼りで聞き流すせいもあるのだろうけれど、学習者から良く聞くように、作品自体を聞き取り練習には、実質していない。たまに面白い表現、と思ったり、字幕に違和感を感じる程度。

一昨年の「アビエイター」で、ハワード・ヒューズ役のディカプリオと飛行機デートの際、キャサリン・ヘップバーン役のケイト・ブランシェットの”take the wheel"というセリフが、「私がそばにいるわ」と「私が操縦する」というようなニュアンスで、場面によって訳し分けられていたのが面白かった、というような事を、最新に書き込んだ覚えがある位。

あと、基本的に別物、で、満足・不満はあるけれど「原作本の映像化」としての味わいという場合、逆に作品が気に入って原作を読んで、割愛されていた細部が判り納得、という楽しみの時も。最近読書も減ったし、なかなかこれ、というケースは少ないけれど、それは自分の映画(ドラマの場合も)の楽しみの中の1パターンだったりする。少し改まった言い方をすれば、本当に切り口の多い総合芸術、だと。映画ファンの方のそれぞれの楽しみパターンも?

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2007/11/13

映画  分類なし

DVDや録画を見たものはあるけれど、今更でも、自分にとって「映画」とは、と少し立ち止まってみた。初めての映画体験は小学生の頃、故郷の劇場での「ロミオとジュリエット」。今思えば質素な劇場、家の前に上映中の作品のポスターを張った板の看板があった。友人達や家族と折に見に行った。記憶の残片にあるのは怪獣映画のおどろおどろしさ、マーク・レスターが出ていた「卒業旅行」、栗田ひろみの「放課後」等の甘酸っぱい感触。やはり原点はロマン、だったと思う。

その後、音楽や読書の方が好きで、その時々の学生、OL時代等思い出の映画作品、というのもあるけれど、特に映画好き、という訳でもない青春時代で、就職も、音楽か本関係志望で、結局大阪有線放送社に入社、リクエストを聞いてレコードをかけるモニターをしたかったけれど、大卒だから、とのことで放送所の事務員に。そこでの3年間程は、仕事的にやりがい、という職場ではなかったけれど、10人程のアットホームさで、好きなレコードをダビングし放題、という特権があったのだった。

本関連は、上京して塾講師以外の仕事を模索時代、派遣社員、添乗員等を経て新聞広告で見つけて応募した、日本紹介の英字雑誌「THE EAST」を出版する南麻布の同名出版社に、’90年頃日本語の原稿書きの編集部員として1年半位、これが最新の正社員時代。翻訳担当の日本人と外人社員はいて、英語が必要な事は少なかったけれど、津田梅子、上村松園、伊藤若冲etc資料を図書館で探して記事を書く作業自体は苦痛ではなかった。

やはり社員7,8名のこじんまりさで、作家井上靖氏の弟さんにあたる、という年配の編集長との折り合いは普通だったけれど、伝統文化中心の内容の中、ある号でユーミントピックを提案して結局1Pの記事にはなったけれど、そういう事等で女性幹部からの圧力・摩擦もあったり諸事情で、退社。その内社員の人との交流も途絶えた。その後、状況もあってやはり塾の仕事に戻ったのだった。何冊かAssistant Editorとして自分のクレジットがあるバックナンバーがいまだに手元にある。検索してみると、六本木に場所を移して健在のようで、覚えある名前も。

かなり昔のような気がして、今はその雑誌を見ても何も感じないけれど、やはりその頃メンタル的ストレス解消というか、結構ビデオを見たり劇場に行ったと思う。余り系列なく、ただある歌手が出ている等、というだけで見たマイナー邦画も多く、ある作品が感触的に気に入ればその関連・同監督作品、俳優が気に入ればその出演作を辿ったり等。自営になった駆け出しの頃は余り気分的に余裕はなかったけれど、家にいることが多いし、時期的に波はあるけれど、仕事の後、ビデオを見たりというパターン。

何だか過去を辿っていて、自分のケースで自然と仕事の事に絡んで触れていたけれど、特にそういう趣旨ではなかった。環境的に仕事をする、しない、何をする、どう捉えるかは、個人的な事、ここでは余り関係ない事で。

近年色々あって映画も離れていて、本来単純な人間とは思うけれど、自分にとってやや複雑なある話題を話した何人かとの、徐々に身に沁みた、どうしようもない感覚の違いのしこり・ショックもあって、それは話した自分の甘えや迂闊さもあって仕方のない事かもしれないけれど、余り人と積極的に言葉を交わす状況ではなく、気分転換的に5年前PCを買って、購入店で勧められたAOLに加入してMBを見つけ音楽欄に書き始めた。

その内映画欄の方が交流も出来て、そういう事自体生活のある楽しみ・慰みの一部になって、投稿するために、という事でもないのだけれど、映画(DVD、ビデオ)が身近に戻ってきたのだったけれど、AOL以外の場所には進出していないし意志もなく、そういう交流も減ったこの頃、私にとってそもそも映画は、何なんだろう、と。

何を基準に映画好き、愛好者と呼ぶか、それは規定のない事とは思うけれど、自分は、近年特に、大まかに言って、現実逃避と現実への手掛かり、に使ってきたと思う。最近紛れもない真実なら、甘んじて、という感覚でドキュメンタリーも見るようにはなったけれど、やはり、それも含めて人生の中の2時間程を割いて、何らかの別空間体験を、という事。

現実世界が充実していて息がしやすい人は、そういうもの(映画等)があえて必要ではなく、幸せかと思う。でも、映画の中で位、存在、通用する純粋、美、正義、爽快、妖艶、芸術性etc、そういうものを見たいし、ある場面で、フィクションではあってもこういう感覚もあり、というヒントになったりする事もある。

日々自分の場所で一応仕事はしていて、遠方でも電話で話したりたまに会う友人も近くに母という家族もいるけれど、村上春樹の「ノルウェイの森」にそんな表現があった覚えで、そこだけ書くと陳腐かもしれないけれど、自分がシャボン玉の中(か外)にいるような、人の中にいても薄くモヤがかかっている感の外界への、(音楽や英語等と共に)手掛かりの一手段、という所。だからその記録としても、MBの延長の意味と同時にここに書いてきた、と思う。

余りコアな映画ファンの友人等もいず、そんな話をした事はなかった。そう肩に力を入れることでも、という所かもしれないけれど、他の映画ファンの方は、どうなんだろう?

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2007/11/11

コウノトリの歌(’01)  アジア

先週月曜深夜放映録画を見た、ベトナム・シンガポール合作のジョナサン・フー、グエン・ファン・クアン・ビン 監督作品。ベトナム戦争を、ベトナム兵の若者達に焦点を当てて描いた作品。

折に実際の映像フィルムも織り込まれて、ドキュメンタリータッチでもあり、エスニックな風景の瑞々しい映像もあったり、この戦争のアメリカ側からの作品はあっても、ベトナムの生身の若者の友情、結婚、家族、国内の動乱、戦場での様子が描かれた異色作の価値、ではあるけれど、前半が従軍カメラマン、後半がそのマッサージ師の当時のスパイ活動生活の回想で、少し散漫な気がしたり

前半の生き残った映像作家と元米兵が、木の下で、ヘリコプターから銃撃した側とされた側の立場、互いへの気持等語るシーンが、印象深くはあったけれど、それが丁度半ばに入った構成がどうも落ち着かなく、映像作家の現代の街での回想の姿と共に、ラストの方が、とは思った。先日「SONGS 槙原敬之」「椿山課長・・」録画。一昨夜「プレミアム10 松たか子」はし損ね後半を見たのみ。昨夜「さよなら、さよならハリウッド」保存録画。(http://www.amazon.co.jp/SONG-STORK-%E3%82%B3%E3%82%A6%E3%83%8E%E3%83%

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2007/11/10

SONGS 山崎まさよし  音楽

先々週の「SONGS」は山崎まさよし。特に好き嫌いはない人。歌ったのは「セロリ」「One more time,One more chance」「M」先日手嶌葵も歌っていた「Daydream Believer」「さらば恋人〜Respect」。

一昨年、主演した韓国作品リメイク「八月のクリスマス」を見に行き、オリジナルのハン・ソッキュのソフトさに比べて、病魔に襲われた主人公役、にはやや線太すぎな印象で、ミュージシャン役だった「月とキャベツ」('96)やJamFilmの短編「けん玉」の方が似合っていた気がしたけれど、この人はやはり生業的に俳優というよりシンガー、では、とは。

マイベストはデビュー曲で「月とキャベツ」挿入歌「月明かりに照らされて」だけれど、今回「One more・・」は、初めて聞いた訳ではなかったとは思うけれど、繊細な詞と曲がマッチして意外にしみじみ名曲だった、と。(http://www.nhk.or.jp/songs/archive/200710.html「8月のクリスマス」

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2007/11/9

Little DJ 小さな恋の物語(’07) AOLブログトークスレッド  日本

「Little DJ 小さな恋の物語」

 スレッドマスター:- BLOG
アクセス数:1516
投稿日時 2007/11/9 10:20:39
更新日時 2008/3/7 10:15:20

「作品スレッド・・」で紹介頂いた「Little DJ 小さな恋の物語」(←関連サイト)は来月15日(土)公開のようで、ほのぼの音楽系で、少なくとも私は劇場かDVD鑑賞はしそうな作品で、スレッド立てておきたいと思います。

原作は鬼塚忠の実話ベースの小説、’77年、函館が舞台、海辺の病院で入院生活を送ることになった少年が、院内放送のDJを任され、初恋のときめきもあったりしつつ、患者を勇気付けていく、という切なくノスタルジックな内容のようで、

大作ではないかもしれませんが、子供にとって本来狭く辛い病院、という限られた世界で、正当な形で自分の任務を見つけ、周囲の人々と音楽、という楽しみを分かち合う時間を持った、ある意味幸せな少年の物語、でもあるでしょうか。

主演神木隆之介君、その他初恋の相手役に福田麻由子嬢、広末涼子、光石研、原田芳雄、日本のDJの草分け小林克也氏等。自分の好きだったシュガー・ベイブの「SHOW」やフィンガー5、その他QUEEN、サディスティック・ミカ・バンド、キャンディーズ等’70年代の懐かしい音楽が流れるようで、それも楽しみでもあります。

ご覧になった方、なる予定の方の率直な感想、批評、コメントある方等、自由にどうぞ!(投稿でもメールでも結構です)



2 >1 続き

投稿者:- 投稿日時 2007/12/19 11:30:25
更新日時 2007/12/19 11:30:25

終わった後、後ろの席の女性は鼻をすすっていて、母は、可愛すぎる話だけれど、周囲の人の心遣いは大事なものがある、等との感想でしたが、ラブストーリー的には、逃走劇とか確かに「小さな恋のメロディ」要素もあり、ヒロインが同じ病気だった「セカチュー」ジュニア版、という感も。不自然な突っ込み所はあり、70年代という時代柄、病院、という場所柄にしても、主役の2人もかなり純朴、周りもいい人ばかり、余りにピュアなお伽話、という感触ですが、

思いがけない場所、でも正当な形で、夢を叶えた少年のDJ体験は、やはり親御さんにとっても幸福な類の思い出ではあったと思うし、音楽、という共通項で様々な状況の人々が気持を共有して、「想いを伝える」という、真っ当すぎるようなコンセプト、作品の魅力・効用は様々で、こういうテイスト作品は、病気絡みのパターンにはやや辟易だったり、見るとしても最近大方DVD鑑賞でしたが、

情報の氾濫で、言葉の軽さ・希薄さが言われたり、無理が通れば道理引っ込む的な、世知辛さも多い現代だからこそ、日常の中、見えないものに心が疲れていたり、不透明で無意味な理不尽さにうんざりしたりした時、リセット浄化作用に、たまにはこういう作品もいいかな、というしみじみした後味、だったでしょうか。



1 函館発小さな命の純真物語

投稿者:- 投稿日時 2007/12/19 11:06:14
更新日時 2007/12/19 11:06:14

先週末公開され、昨日都合が合ったので久方に母と見てきました。観客はまばら、やはり若目の女性が主だったかと。病室も近年TVがあり、院内の音楽も、せいぜい有線放送のクラシック位かもしれませんが、まだ病院にまでTVが普及しきっていない頃、患者達が院内に流れる音楽に耳を傾けていた、という時代が偲ばれたりも。

中心の2人は、主役クラスで意識したのは初めて、神木君は、やや少女のエキスも入ったような、柔らかいナチュラルな魅力、病魔への恐れ、混乱はほとんど見せず、DJ任務に使命感を持って従事する、悟った天使のような心の象徴のような役がフィット、ちょっと今後注目、と。

福田嬢の方は、上手すぎ、というか、病床の彼を励ますべく明るいのは良かったですが、私には笑顔等やや作り過ぎのような後味が残りました。成長後のアクティブな広末涼子とのイメージのギャップは、そんなになかったのですが。

皆穏やかな物腰のいい人ばかりの中、心中は同様に彼を見守り好感を持ちつつ、一人やさぐれた世俗感漂わせていた村松重や、一言も話さなかった孤独な老婆、森康子等が渋い存在感。

レトロな曲の数々はやはり郷愁で、院内DJ活動第一曲目の「SHOW」は、病院で山下達郎、というミスマッチ感はありましたが、実際患者のメンタル効果的には悪くないのでは、と思えたりも。上記の曲の他、チューリップ「ブルースカイ」、クイーンの「愛にすべてを」等もこの頃だったのだった、と。ラスト〜エンドロールの「年下の男の子」の使われ方は、少々わざとらしくも、ベタに切ないものが。

函館は私は未踏、舞台の映画は「キッチン」等が浮かびますけれど、今回、2人の逃避行の背景の街の淡い異国情緒、函館山での夜景映像は今一つでしたが、朝の街を見下ろすシーン等印象的、元の実話は神奈川で、あえてこの街を舞台にしたようですが、全体のピュアなイメージ的には似合っていたかと。

またラジオという媒体の持っていた、一方通行のTVとは異質の、DJ含め人との連帯という包容力、というのもやはりノスタルジックなものが。
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