2007/11/13

映画  分類なし

DVDや録画を見たものはあるけれど、今更でも、自分にとって「映画」とは、と少し立ち止まってみた。初めての映画体験は小学生の頃、故郷の劇場での「ロミオとジュリエット」。今思えば質素な劇場、家の前に上映中の作品のポスターを張った板の看板があった。友人達や家族と折に見に行った。記憶の残片にあるのは怪獣映画のおどろおどろしさ、マーク・レスターが出ていた「卒業旅行」、栗田ひろみの「放課後」等の甘酸っぱい感触。やはり原点はロマン、だったと思う。

その後、音楽や読書の方が好きで、その時々の学生、OL時代等思い出の映画作品、というのもあるけれど、特に映画好き、という訳でもない青春時代で、就職も、音楽か本関係志望で、結局大阪有線放送社に入社、リクエストを聞いてレコードをかけるモニターをしたかったけれど、大卒だから、とのことで放送所の事務員に。そこでの3年間程は、仕事的にやりがい、という職場ではなかったけれど、10人程のアットホームさで、好きなレコードをダビングし放題、という特権があったのだった。

本関連は、上京して塾講師以外の仕事を模索時代、派遣社員、添乗員等を経て新聞広告で見つけて応募した、日本紹介の英字雑誌「THE EAST」を出版する南麻布の同名出版社に、’90年頃日本語の原稿書きの編集部員として1年半位、これが最新の正社員時代。翻訳担当の日本人と外人社員はいて、英語が必要な事は少なかったけれど、津田梅子、上村松園、伊藤若冲etc資料を図書館で探して記事を書く作業自体は苦痛ではなかった。

やはり社員7,8名のこじんまりさで、作家井上靖氏の弟さんにあたる、という年配の編集長との折り合いは普通だったけれど、伝統文化中心の内容の中、ある号でユーミントピックを提案して結局1Pの記事にはなったけれど、そういう事等で女性幹部からの圧力・摩擦もあったり諸事情で、退社。その内社員の人との交流も途絶えた。その後、状況もあってやはり塾の仕事に戻ったのだった。何冊かAssistant Editorとして自分のクレジットがあるバックナンバーがいまだに手元にある。検索してみると、六本木に場所を移して健在のようで、覚えある名前も。

かなり昔のような気がして、今はその雑誌を見ても何も感じないけれど、やはりその頃メンタル的ストレス解消というか、結構ビデオを見たり劇場に行ったと思う。余り系列なく、ただある歌手が出ている等、というだけで見たマイナー邦画も多く、ある作品が感触的に気に入ればその関連・同監督作品、俳優が気に入ればその出演作を辿ったり等。自営になった駆け出しの頃は余り気分的に余裕はなかったけれど、家にいることが多いし、時期的に波はあるけれど、仕事の後、ビデオを見たりというパターン。

何だか過去を辿っていて、自分のケースで自然と仕事の事に絡んで触れていたけれど、特にそういう趣旨ではなかった。環境的に仕事をする、しない、何をする、どう捉えるかは、個人的な事、ここでは余り関係ない事で。

近年色々あって映画も離れていて、本来単純な人間とは思うけれど、自分にとってやや複雑なある話題を話した何人かとの、徐々に身に沁みた、どうしようもない感覚の違いのしこり・ショックもあって、それは話した自分の甘えや迂闊さもあって仕方のない事かもしれないけれど、余り人と積極的に言葉を交わす状況ではなく、気分転換的に5年前PCを買って、購入店で勧められたAOLに加入してMBを見つけ音楽欄に書き始めた。

その内映画欄の方が交流も出来て、そういう事自体生活のある楽しみ・慰みの一部になって、投稿するために、という事でもないのだけれど、映画(DVD、ビデオ)が身近に戻ってきたのだったけれど、AOL以外の場所には進出していないし意志もなく、そういう交流も減ったこの頃、私にとってそもそも映画は、何なんだろう、と。

何を基準に映画好き、愛好者と呼ぶか、それは規定のない事とは思うけれど、自分は、近年特に、大まかに言って、現実逃避と現実への手掛かり、に使ってきたと思う。最近紛れもない真実なら、甘んじて、という感覚でドキュメンタリーも見るようにはなったけれど、やはり、それも含めて人生の中の2時間程を割いて、何らかの別空間体験を、という事。

現実世界が充実していて息がしやすい人は、そういうもの(映画等)があえて必要ではなく、幸せかと思う。でも、映画の中で位、存在、通用する純粋、美、正義、爽快、妖艶、芸術性etc、そういうものを見たいし、ある場面で、フィクションではあってもこういう感覚もあり、というヒントになったりする事もある。

日々自分の場所で一応仕事はしていて、遠方でも電話で話したりたまに会う友人も近くに母という家族もいるけれど、村上春樹の「ノルウェイの森」にそんな表現があった覚えで、そこだけ書くと陳腐かもしれないけれど、自分がシャボン玉の中(か外)にいるような、人の中にいても薄くモヤがかかっている感の外界への、(音楽や英語等と共に)手掛かりの一手段、という所。だからその記録としても、MBの延長の意味と同時にここに書いてきた、と思う。

余りコアな映画ファンの友人等もいず、そんな話をした事はなかった。そう肩に力を入れることでも、という所かもしれないけれど、他の映画ファンの方は、どうなんだろう?

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