2008/3/20

転校生 さよならあなた(’07)  日本

昨年公開の大林宣彦監督作品。82年版のリメイクで、郷愁の新旧尾道3部作の中では印象は薄かったけれど、何か和み系を、という折もあり、見ておきたかった作品。ある時体が入れ替わってしまった幼馴染みの少年・少女の青春ファンタジー。(思えば音楽で触れた性同一性障害と同時になり、ずらそうか迷ったけれど意識的でなく偶然なので)

小林+尾美のオリジナル、ストーリーも記憶薄れているけれど、舞台を長野に移し、久方の大林作品、やはりやや鼻につく部分も入り混じったほのぼの感、先日の「犬神家・・」と比べると、リメイクとして新たな切り口、という印象はあったけれど、後半の展開は、病気から生死が絡み、何だか本来のテーマが壮大に広がりすぎ、もったりとした後味。

新人蓮佛(れんぶつ)美沙子はピアノ+透明感ある歌声も。(昔の石田ひかり+一色紗英)÷2のような物腰。森田直幸との、ファンタジーにしても、今時の中学生にしては多分ピュア過ぎ反応、でも身体と精神の男女の違いの問題もあって、特に前半可笑しくも切ない、思春期のアクシデントへのとまどいと奮闘ぶりだった。教師役の石田ひかりも久方、「ふたり」から結構年月が経った。録画した「アンナと王様」中断して途中。(http://www.amazon.co.jp/%E8%BB%A2%E6%A0%A1%E7%94%9F-%E3%81%95%E3%82%)

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2008/3/20

受け入れて/一青窈  音楽

一昨夜ZEROというニュース番組で、チベット関連の後、一青窈の「受け入れて」という曲の背景の紹介で一部オンタイム、一部録画で。バックのキーボードで垣間見えたのは武部聡志。性同一性障害を持つ友人がきっかけで作った曲、とのことで、その人も出演。

ある時期から意識した、男の心を持ちながら、女の体のぬいぐるみを着ているような、という苦しみ、それは打ち明けたお父さんが、ありのまま受け入れてくれた事で救われたけれど、自分自身を受け入れるか、さもなければ死ぬか、と悩んだ、と。先日確か「Mラバ」で共演していた中村中もその障害者、一青窈自身、幼い頃日本人の母が台湾人の父の親族から差別された経験が、との事で、この曲が、とも。

検索していて、このPV映像が「絶対善の押し付け」として批判も、という記事を見て、絶対善なら、喜んで押し付けられたい、等、感じ方も色々のようで、私はこれを押し付けとも特に感動的とも思えなかったけれど、今となって真摯に筋の通ったものは不要な摩擦なく認めたいし、不当な揶揄には吐き気がするし、

今回本人が「・・悩んでいる本当の気持は判らないけれど、どこまで寄り添えるかが重要と思うので、近づける所まで近づきたい」旨言っていて、やはり作品、という正当な形で人にアプローチ可能なアーティストならでは、というのか、

日常の中で、配慮の上でも、半端に人に寄り添おうとする、されることでかえって傷つけたり傷ついたり、という事も少なくない(のだろう)、それでも億劫でも諦めない姿勢がある場面で肝心なのだろうけれど、私は一青窈という人は、何度か触れた曲だけれど「もらい泣き」だけで消えていたとしても、価値があった、彼女のファン、と言うにはこの曲だけが強すぎ、で、これは寄り添う、というよりもスルリと入り込んで内側から震わすような、やはり近年一番インパクトあった曲、と思うし、

この「受け入れて」含め、それを超える曲はないけれど、「ハナミズキ」にしても、この人なりに、伝わり方は様々でも、楽曲で人(の痛み)に寄り添おうという姿勢、を感じた短い特集だった。俳優としては「珈琲時光」で見たきり、だけれど、やはり行く道はシンガーかとは。

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