2008/11/6

フェルメールの暗号〜光の芸術画家の作品と生涯の謎を解く〜  文化・芸術・映画

月曜夜放映「世界芸術ミステリー」特番を録画で。稲森いずみと加藤雅也がオランダ、パリ、フィレンツェ等ヨーロッパ各地からレポート、フェルメールの作品に込められた暗号や生涯を紹介。今東京都美術館で開催中の「フェルメール展」は見に行きたいと思っており、4年前フェルメール関連で「真珠の耳飾りの少女」('02)「オランダの光」('03)を見たりしていたので、興味もあって。

「真珠の耳飾りの少女」が「北欧のモナ・リザ」と言われている、という関連もあってか、最初「モナ・リザ」のモデル探求から。「ダ・ヴィンチ・コード」の時も、モナ・リザ=ダ・ヴィンチ本人説まであったり、色々諸説見かけたり聞いたりしたけれど、今年冬か春頃の新聞で「「モナ・リザ」モデル判明」として、新資料の発見で、やはり有力説の通りフィレンツェの商人ジョコンドの妻リザだった、という記事があって切り抜いていた。

「真珠・・」のモデルについては後半触れられていて、やはり公開の時話題だったように、諸説あるようで、映画(原作同名小説も)では使用人少女、特定のモデルはいない、とか、フェルメールの14人の子供の中、幼くして亡くなった娘で、その面影を絵に込めていた、という説等。

映画では、フェルメール役コリン・ファースと少女役スカーレット・ヨハンソンの間の純愛と敬意の狭間というか、何とも言えない微妙なムードだったけれど、ゲストの高橋克典が、誰かは判らないにしても、画家はこのモデルに絶対恋してる等と言っていたけれど、それが恋愛か、娘への思慕か、その無垢にも見える表情から改めて、何らかの愛情、というものは漂っているような。

フェルメールの絵は、最低1度は見た事が、と思ってカード類を探してみたけれど見当たらず、映画「真珠・・」の当時のMB欄を見直してみると、その時期上野でやっていたフェルメール展を見逃した、とか書いていて、少なくとも近年は見ていないようだった。

画家自体も30数点の寡作、43才で夭折、肖像画も残っておらず、謎が多いけれど、今回映った故郷デルフトという小さな街の水辺、オレンジの屋根と白い壁の家々のこじんまりした街並み、運河の多いアムステルダムと共に、「オランダの光」でのように地平線、水平線の低さから穏やかな光の豊かな土地、の風景が印象的。

17世紀にこの街で画家を目指すようになったフェルメールは、当時人々が家の壁に飾っていたのが、庶民の日常の風俗画だった、という風潮からか、絵も肖像画中心の小品が多いようで、改めて今回、ゲスト達が透明感、と言っていたけれど、独特の淡い”光”や、「真珠・・」の少女も頭に巻いている布のラピスラズリという鉱石からの、淡く鮮やかなブルーがインパクト、そのブルー+黄色のコントラストが印象的、とも思った(「牛乳を注ぐ女」)。

ヒトラーが、画家への道に挫折、ウフィツィ美術館を訪れダ・ヴィンチやボッティチェリの作品に感銘、故郷に大美術館を、と野心を抱いて、是非欲しがったのがフェルメール、というのが、そういう画風からして意外だったけれど、

強く欲しがったというという「絵画芸術」という作品は、画家の視線の先には、モデルではなくその背景の地図の中のフェルメールのサイン、というのが、世界の中心は自分、という強烈なプライドと野心、というのも、そう聞けばなるほどとも思うけれど、絵自体は珍しく縦横1mを超える大作、でも強いアピールというより地味な印象だけれど、何か引き付ける強烈なものがあったのかと。

そういう絵の暗号解きは、TV欄解説にやや「ダ・ヴィンチ・・」を意識しすぎ、ともあり、「ダ・ヴィンチ・・」上映時にはこういう絵の謎解き的番組も多かった、と。今回、絵の背景の地図=17世紀当時大航海時代隆盛だったオランダが世界の中心、30数点の中、6点に描かれていた手紙=オランダで世界で初の郵便制度が整えられ、識字率の高さ、という誇示、

絵の中の果実=堕落や誘惑の象徴、耳飾の真珠=虚栄心(浮気と共に大罪)の象徴、なので絵の中で女性が書いたり読んだりしている手紙は愛の手紙で、女性がよくまとっている黄色いガウン=フェルメールの妻のもの、で、妻の不貞を疑っている説等、夫が船乗りで不在が多い当時のオランダの風俗を描いた、等、ややこじつけ的な気もするけれど、秘められたスキャンダル的に人気だったそうだけれど(「手紙を書く女」

星野知子が、そういう求められる題材を描きつつ、本当に描きたかったのは”光”だったのでは、と言っていたけれど、そうだとしたらいち早い印象派、のコンセプトのようでもあり、それは音楽にしても、ラブソングでありながら、実は表現したかったのは、美しい一瞬の風景だったり、というような主旨にも重なるような。

20世紀前半ファン・メーヘレンという、フェルメールの贋作画家、というのも、かなりの技術を持って、いかにも宗教画風と風俗画の隙間の時代の、その中間、というような「エマオのキリスト」という絵をも描き、題材、微妙な光の使い具合、青と黄色の服等、いかにも、という作品で、鑑識家も騙し感動させた、というある種、その寡作につけこみ混乱させた、まさにフェルメール自身にすりかわりかねなかった、筋金入りのフェルメールフリーク、と。

また、没後歴史に埋もれていたフェルメール、ふと見た「デルフト眺望」という風景画に衝撃を受け、200年後、表に出したのは美術批評家トレ・ビュルガーで、クールベやミレー、フランス印象派をいち早く評価し世間に発表した人物だった、と。それまで他の画家の作品と言われていた「絵画芸術」をフェルメール作品、と断定、それが後に、ヒトラーやメーヘレンのドラマを生んだり、という絡みが言われていたけれど、

でもそれ以前に、そもそもこの人物が目に留めていなかったら、単なるオランダのローカルな、30数点残しただけの一風俗画家、だったという、芸術が(正当に)日の目を見る砂浜に混じった一粒のダイヤ発見のような確率、も思ったりで、番組中、今回来日中の作品は余り取り上げられなかったらしいけれど、そこそこ興味深く見られた番組だった。(http://www.tbs.co.jp/program/vermeer_code.html「ダ・ヴィンチ・コード」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%

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