2008/11/30

いちご白書(’70)  アメリカ

先週水曜放映録画を見たスチュアート・ハグマン監督作品。子供の頃シングル盤を買った「「いちご白書」をもう一度」以来、ずっと気にはなりつつ未見だった作品。この曲での「いちご白書」という映画のイメージ、がある種神聖で、見るのを無意識に避けていた、という面もあった。遅まきながら、ではあるけれど、この放映を機にやっと。

原作はジェームス・クネンの体験記、’68年アメリカのコロンビア大学での学園紛争、その渦中にいたボート部の学生サイモン(ブルース・デイヴィソン)と女子大生リンダ(キム・ダービー)との恋愛、学生運動の高揚を描いた青春物語。

冒頭と最後に流れたバフィ・セント・メリーの「サークル・ゲーム」はいつか聞いて知っていた。ジョニ・ミッチェルの作った曲で、本人バージョンもあったのだった。この明るいテンポにのせて、無常な時の流れを歌う曲が、微妙な切なさ的に、絶妙にマッチ。その他挿入曲も、女性シンガーでの「天国への扉」、その他曲名は浮かばないけれど聞き覚えが、というメロディがちらほらと。

作品もコロンビア大学かと思ったら、サンフランシスコ舞台だったのが意外、後でサイトで大学はカリフォルニア大学のバークレー校がロケ地、と見かけた。コロンビア大学は以前N.Y.の旅で立ち寄って、作品は未見でも、ここが「いちご白書」の舞台、という感慨もあったのだった。撮影許可が下りなかったそうだけれど、映画の舞台、ではなかったのがやや残念。SFも別の時行ったけれど、バークレーまでは足を伸ばさなかった。

大学当局が、近所の公園に予備将校訓練ビルを建てようとした事が発端の、学生達のストライキ。学校に立て篭もり、熱く語る学生達、壁にはチェ・ゲバラの大きなポスターが何枚も。折に起こる警官達との衝突。最初は見かけたリンダの方が気になり、興味半分で参加したサイモン、2人の間に生まれる淡い恋、運動に対しても、大学の腐敗、アメリカ自体の状況を憂えていながらも、破壊活動への嫌気も示し、距離を置いた態度。

でも友人が暴行を受けたり、という体験の中、警察は戦争屋じゃなく、平和を叫ぶ市民を暴行している、等と憤り、次第に理不尽さへの意識が高まっていく変化。でも彼らの活動自体、高揚を楽しんでもいるような、一種の若さの中のお祭り、それでも純粋な正義感という筋を内に持つ健気な行動、という印象があったけれど、

終盤、学生達が講堂で幾つもの輪を作って座り込み、床を叩きながらジョン・レノンの「Give Peace a chance」を歌うシーンは、何だか最近の「アクロス・ザ・ユニバース」での「Let It Be」等よりも、臨場感あってインパクト残り、深く響いてきた。

乱入してきた警官が放つ白い催涙ガス、殴られ、棒で叩かれながら引き立てられていく学生達、容赦ない、露骨な”夢”の終わり、血に染まったリンダの顔、そして警官を振り解いて階段から飛ぶサイモン、のストップモーション。このラストは、「いちご白書をもういちど」('76)という本で、知ってはいたのだけれど、久方に何か、熱っぽく込み上げて来るものがあった。実際こういう作品だったのだ、と。

ドキュメンタリータッチでもあり、キム・ダービーの無邪気な瑞々しさ、メガネのブルース・デイヴィソンの、はにかんだような笑顔と若い一途さ。やはり日本でも学生運動を体験した世代だと、この作品に、何処かリアルな感慨あるようで、私はその後の世代だけれど、前から、そういう時代に生まれ、傍観するのではなく学生運動に加わってみたかった、等と思ったりする。

そういう中で、もしかしたら、挫折もあったとしても、もっと違う自分になれたのではないか、とか、もっと真剣な恋愛も、出来たんじゃないか、とも。それは結局蜃気楼を追うようなもの、かも知れないけれど、青春の中で価値がない、とも思えない、何だかそういう苦め甘酸っぱさも残った作品だった。

単行本「いちご白書をもういちど」は、曲の提供者ユーミンと歌ったバンバン編著の、曲と同じ頃の本で、いまだに手元にあり、レコードはもうないけれど、曲自体、やはり改めて懐かしく、「学生集会」とか「雨に破れかけた街角のポスター」とか、ある時代のある層の青春(の風景)、をユーミン的に斬った名曲の一つだった、と。

今回、ばんばひろふみの大人しい印象の相方の名が何だったろうと、検索していて、今井ひろし、と判ったけれど、この曲のブレイク前、高山厳もバンバンのメンバーだった、とは初耳だった。「いちご・・」の一発ヒット、だったけれど、次の「霧雨の朝突然に」も買い、サビのフレーズが、あるクラシックの曲に似ていた覚え。あとシングルはさだまさしの「縁切寺」もあったのだった。また検索中、全く内容は関係なさそうだけれど、同名「いちご白書」という小田茜、安室奈美恵等が出ていたドラマがあった、と見かけたり。

本は、おそらくユーミンが書いたらしき短編小説、後は筆者名が出ているのは東京キッドブラザーズ東由多加のみ、その他バンバンの2人以外にも複数筆者はいるようだけれど、そこら辺は不明、色々と「いちご白書」もたまに絡んで、60〜70年代の頃をラフに回顧しているエッセイ集。

あとがきで、「いちご白書」再映を見たユーミンが、「当時としては、ずいぶんソフトだと感じていたものの、やはりニューシネマの雰囲気が色濃く漂い、今となっては”あせた”という感はまぬがれず、内心心配でした。でも、ラストシーンになった時、私はしばらく忘れていた本当の感激を、本当の涙を取り戻せた気がしました。」等とコメントしていた。

本の中に、「「いちご白書」をもう一度」という映画を作りたい、という文章があって、主役は泉谷しげる、相手役女の子は「同棲時代」で脱ぐ前の由美かおる、監督は黒木和雄さんか藤田敏八さんで、68〜70年代の青春を!ということだけれど、

冒頭の(多分)ユーミンの小説は、昔の知り合いの男女が大学で先輩後輩として再会、カップルになり、歌の通り、授業を抜け出して「真夜中のカウボーイ/いちご白書」を見に行き、ラストで涙ぐむ彼女、正月に急に冬の海が見たい、と言い出し、2人で始発で茅ヶ崎に行ったり、等のくだりが印象的な純愛モードで、彼の方の就職活動もあったり、自然に離れていくのだけれど、別れ際の駅での切ない描写とか、少し読み返してみたけれど、やはり結構好ましい珠玉作、の感触。

小説も知る限りこの1編だけ、本人は小田さんや桑田佳祐のように映画を作る、という意志はなさそうだけれど、昭和回帰ブームの今日、曲自体の色は霞んでいたけれど「22才の別れ」映画化もあったりしたし、先日のこの「いちご白書」放映を機に、誰かが触発され、(出来ればこのユーミン小説を原作に)映画化企画、とか持ち上がらないだろうか、等とふと思ったり、ひっそり深夜放映でもあったし、まず有り得ないだろうけれど。でも一応配役を考えてみたりして、どうも誰もしっくりこず、あてがうなら誰かイメージの真っ白な新人カップルで、と。

そういう曲や本の絡みもあって、何かと思った作品ではあるけれど、タイトルの「いちご白書」は、学生運動に対して大学当局が、それはいちご(”赤”の共産主義色のニュアンスも)を欲しがるようなものだ、という声明から、という事を、劇中の科白で今更かもしれないけれど知ったのだった。そう言えば「アクロス・・」で「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」が流れ、絵の具や苺の赤が散乱したりして、ベトナム戦争の悲惨さを現すシーンだったけれど、そういう含みもあったのだろうか、等と今になって思い返したりもした。木曜「風のガーデン 第8話」昨夜「美の巨人たち ドガ」等録画。(http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD754/アメリカの旅<5>いちご白書をもう一度(’75)

★12/5追記:この原作はどんなものか読んでみたい、と思い、角川文庫になっているようで、余り本は増やしたくないし、図書館で数日で取り寄せが出来て今日手元に。当面「ホームレス中学生」があり「クライマーズ・ハイ」も途中のままなのだけれど。コロンビア大学の学生だったジェームス・クネンが19才の時に書き、その後の著作はないようだけれど、当時若者のカリスマ的存在になった、と。背表紙に写真と短い紹介があり、’48年生まれで、今60才位のはず。

本文の後に、作品中、現時点から見れば差別的で不適切と思われる語彙・表記があるけれど、作品が書かれた時代背景や作品の持つ文学性を考慮し、原文のままとした、と但し書き。昨夜「風のガーデン 第9話」録画。(http://www.amazon.co.jp/%E3%81%84%E3%81%A1%E3%81%94%E7%99%BD%E6%9B%B8%

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