2008/12/31

’08年度ベスト10作品 AOLブログトークスレッド  映画

アクセス数:516
投稿日時 2008/12/31 10:00:09
更新日時 2009/1/29 14:00:14

毎年年頭に、前年劇場鑑賞した中から個人的年間ベストを挙げてきましたが、新規スレッドを立てられるのも今日までなので、ケジメとしても今挙げておきたいと。AOLメッセージボード時代から、当面、これが私が立てる最後のスレッドになるかと思います。

今年は特に後半、市川準監督追悼で旧作を追っていたり、余り食指の動く新作がなかったりしましたが、振り返ると、やはりベスト1に浮かぶのは「崖の上のポニョ」、思えば昨年度(’07年度ベスト5作品)ベスト1もフレンチアニメ「アズールとアズマール」でした。

1崖の上のポニョ
金魚の時のポニョが好感、初めて海が舞台、絵本のようなタッチの宮崎アニメ。

2マイ・ブルーベリー・ナイツ
初のアメリカ舞台のカーウァイ作品でしたが、何処かカーウァイ的色彩、レトロ感の味わい。

3赤い風船
パリの街舞台、赤い風船と少年の交流が微笑ましい、シネマ・ポエムと呼ぶのが似合った感の珠玉短編。

4大いなる陰謀
派手さはないものの、レッドフォードの久方の姿もあり、結構見入ってしまった硬派ドラマ。

5WALL・E/ウォーリー
ロボットのウォーリーとイヴの仄かな恋、宇宙、巨大宇宙船の未来都市スケール等、見応え感。

6タカダワタル的ゼロ
健在の頃の「タカダワタル的」に続いて、伝説の高田氏のオーラがスクリーンから。

7魔法にかけられて
お伽の国のアニメ+ニューヨーク舞台では実写、でのファンタジックな王女物語。

8サーフズ・アップ
主人公ペンギンは渋めでしたが、架空の島のエキゾチックさ、波や海中のリアルさがインパクト。

9王妃の紋章
豪華スケール、金や赤の色彩煌びやかな映像+愛憎劇を演じたコン・リーの美しさ。

10ざ・鬼太鼓座
太鼓パフォーマンス迫力+四季の自然美が織り込まれ、少し新鮮だったドキュメンタリー。

その他、歌唱賞:エヴァン・レイチェル・ウッド(「アクロス・ザ・ユニバース」で「If I Fell」等熱唱)、動物賞:「ミーアキャット」の主人公コロの兄、アーティスト賞:ヘンリー・ダーガー(「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」の画家)、スポーツ賞:ブラック・ジャック(「燃えよ!ピンポン」)等でした。

上記作品(群)についてや、独断と偏見のベスト10、5、3、1、〜賞、印象に残った俳優、キャラクター等.あれば自由にどうぞ!(投稿でもメールでも結構です)<修・訂正、TB送受信の度に更新に。ダイアリー表示ではコメント欄クリックで感想等投稿欄に。>



7 >6 続き

投稿者:Autumn 投稿日時 2009/1/29 14:00:14
更新日時 2009/1/29 14:00:14

以上、やはり、こうして挙げてみて改めて、嗜好で音楽ものが多い、という事と、’06年冬から並行して、ダイアリーへの旧作感想も記録してきたのでしたが、全く個人的な枠のブログとは違うのは、その時々の、メッセージボード、ブログトークの様子が重なって、この作品の時は、ああいう事があった、とか、同時に記憶に残っている場合も、割とあったりする点だったかと思います。

現各自スレッド保存はしましたが、終了後は、ブログトークと共に前MBも、ついに本当に閲覧出来なくなるのか、どうなのか、AOL側からは以前、’05年末ブログトークに移行後、まもなく消滅、とは聞いてましたが、いまだに生きているし、なってみないと判らない、という所で、折に関連作品感想中、リンクしたりもしてきたので、私は残る事を、願いたいのですが。

何にしても、この5年間の私の生活の軌跡の一部、と思います。改めて、ですが、自分のスレッドに投稿、トラックバック下さった方々、他のスレッドマスターだった方々、アクセスして、自なりにしか書けませんでしたが感想を読んで下さった皆さん、どうも有難うございました。

(訂正:3の4つ目ジョぜと虎と魚たち→ジョゼ・妻夫君→妻夫木君、4の4つ目プリンス&リンセス→プリンセス)



6 >5 続き

投稿者:Autumn 投稿日時 2009/1/29 12:58:14
更新日時 2009/1/29 12:58:14

★アズールとアスマール’07年9月鑑賞:
’07年度個人的ベスト1作品。独特なタッチの色彩で描かれた、イスラム世界の渋味アニメでした。

★エディット・ピアフ 愛の讃歌’07年10月鑑賞:
マリオン・コティヤールが、波乱の歌姫人生を、情感豊かに再現してました。

★マイ・ブルーベリー・ナイツ’08年3月鑑賞:
やはりアメリカ舞台でも、レトロな味、カーウァイ色、を感じた作品。

★タカダワタル的ゼロ’08年5月鑑賞:
高田氏が’05年逝去、再びライブ映像等でのオーラ。「生活の柄」等、やはりある意味生活テンポの指針、とも。

★崖の上のポニョ’08年7月鑑賞:
’08年度個人的ベスト1作品。ポニョ、というコケティッシュなヒロイン、海舞台、絵本タッチ、何にせよ、この宮崎アニメが昨年マイベストになったのでした。

★赤い風船’08年9月鑑賞:
意外と余り古さを感じなかった、瑞々しいパリの風船+少年のファンタジーでした。

★WALL・E・ウォーリー’08年12月鑑賞:
記憶に新しい、ロボットながら(なり)の感情表現、スケール感あるCG映像堪能でした。

★ザ・ムーン’09年1月鑑賞:
先日見たばかりで、やはり、この時期の締めの作品、として良かった、とつくづく思う作品でした。



5 >4 続き

投稿者:Autumn 投稿日時 2009/1/29 12:55:46
更新日時 2009/1/29 12:55:46

★ニライカナイからの手紙’05年6月鑑賞:
’05年度個人的ベスト1作品。沖縄発、蒼井優の繊細な魅力と、作品のてらいない優しさでした。

★四月の雪’05年10月鑑賞:
ヨン様+ソン・イェジンの抑え目ラブストーリー。時が経って、もう一度見てみたい気もする作品。

★春の雪’05年11月鑑賞:
三島由紀夫世界を、大正時代の背景、妻夫木君のナイーブさ+竹内結子の優雅さ、で映像化。


〜ブログトーク期(’05年12月〜現在)〜

★ダ・ヴィンチ・コード’06年6月鑑賞:
作品、というより、原作に意外にはまり、当時MBにいた方と「映画しりとり」でシリーズ化もありました。

★フラガール’06年8月鑑賞:
’06年度個人的ベスト1作品。蒼井優達のフラダンスシーン+人情テイストで、久方の感涙作でした。

★リトル・ミス・サンシャイン’06年10月鑑賞:
映画祭で見て、ラストのアビゲイル嬢のパフォーマンスには、やはり久方に可笑しく感涙しました。

★ウインターソング’06年12月鑑賞:
これは、見た当時より、時が経って、意外と叙情性が良かったのでは、という気がした作品。

★マリー・アントワネット’07年2月鑑賞:
マリー・アントワネットというテーマを、コッポラが華やかに斬った、徹底した絢爛さ。



4 >3 続き

投稿者:Autumn 投稿日時 2009/1/29 12:49:07
更新日時 2009/1/29 12:49:07

★ロスト・イン・トランスレーション’04年8月鑑賞:
スカーレット・ヨハンソンとビル・マーレイが、まったりと東京を漂うムード、「風をあつめて」も使われました。

★千の風になって’04年8月鑑賞:
オムニバスの、天国への手紙、形式作品。歌のブレイク前で、ひっそり上映、という感じでした。

★スウィング・ガールズ’04年9月鑑賞:
ラストのステージに盛り上がっていく、上手くはないけれど、生徒達が楽器に取り組み健気な演奏ぶりでした。

★プリンス&リンセス’04年9月鑑賞:
いまだに壁にパンフレット兼大判ポスターが張ってある、影絵の素朴なタッチのアニメ。

★オーバードライヴ’04年10月鑑賞:
柏原収史や、三味線演奏家達の、迫力津軽三味線パフォーマンス。

★岸辺のふたり’04年12月鑑賞:
DVDも買いましたが、たった8分間の珠玉の短編アニメ。’07年春、「春のめざめ」と共に再度劇場で見られたのでした。

★清河への道’04年12月鑑賞:新井英一が、叩きつけるように歌い上げる、カツ入れ曲でした。

★イブラヒムおじさんとコーランの花たち’05年12月鑑賞:
オマー・シャリフの懐深く渋い存在感+エスニックなトルコ舞台の作品。



3 AOL時代の総括として

投稿者:Autumn 投稿日時 2009/1/29 12:45:19
更新日時 2009/1/29 12:45:19

明後日で終了になりますが、5年間投稿してきた、AOL時代の総括として、色々と具体的に回顧し始めたら、様々な思いも、キリがありませんし、とりあえず、今、振り返って、何らかのインパクトの残り香ある劇場で見た作品を、ベスト〜という事ではないですが、鑑賞順に、感想を書き込んだ現状のスレッドと共に、ここに挙げる形でしておきたいと思います。

私は’04年の2月に、AOL前メッセージボードの映画カテゴリーに「KYOKO」というスレッドを立てて参加して、自分で作品スレッドを立てたり、他の方のスレッドに投稿を始めたのは、その5月頃からでした。以前のものからピックアップしてきて、切りよく30作品にしました。


〜メッセージボード期(〜’05年11月)〜

★花とアリス’04年5月鑑賞:
’05年度個人的ベスト1、蒼井優のバレエシーンや、トーンの柔らかな映像の「宝石箱」のような作品。

★タカダワタル的’04年5月鑑賞:
高田渡氏健在の頃、上映後、初めて体験の同氏のライブ付きでした。

★スクール・オブ・ロック’04年6月鑑賞:
ジャック・ブラックの破天荒ロック教師が、炸裂はまり役、の可笑しさ。

★ジョぜと虎と魚たち’04年6月鑑賞:
ジョゼはサガン作品のヒロイン、池脇千鶴+妻夫君の、気丈で切ない恋模様でした。

★永遠のモータウン’04年7月鑑賞:
チャカカーンの「What’s Going On」等、迫力のモータウンサウンド。

★下妻物語’04年7月鑑賞:
ロリータ深田恭子+ヤンキー土屋アンナの、ミスマッチコンビの友情の疾走感。



2 リンク訂正

投稿者:Autumn 投稿日時 2009/1/6 10:00:04
更新日時 2009/1/6 10:00:04

上記の、1「崖の上のポニョ」のリンクが、「’07年度ベスト5作品」スレッドの方リンクになっていました。

正しい該当スレッドは⇒崖の上のポニョですので、こちらに訂正しておきたいと思います。



1 訂正、編集機能終了にあたってお知らせ

投稿者:Autumn 投稿日時 2009/1/1 12:00:18
更新日時 2009/1/1 12:00:18

上から6行目「アズールとアズマール」⇒「アズールとアスマール」です。訂正編集しようとした所、再保存が効かず、先程AOLにも確認したのですが、新作スレッド作成終了と同時に、編集機能も終了したようなので、こちらに、と。

スレッドのレスやTB削除の管理は出来るようで、試してみると、TB受信も大丈夫なようですが、何分編集が効かないので、こちらからのTB送信等は出来なくなりました。現状1月中こちらからTB送信の場合は、代わりに、コメントで、又はダイアリーに記事を写して等、何らかの形で出来れば、と思っています。
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2008/12/29

チャン・イーモウ 北京五輪を語る  分類なし

昨夜放映の一部録画一部オンタイムで見た番組。北京五輪開会式について、映像を交えながら、チャン・イーモウ監督に香川照之がインタビュー。

当時見たのはダイジェストだったので、今回初見の演目もあり、最初の方に映った、最もこだわった、という、昔紙代わりだった「竹簡」という竹の用具を持った、大きな羽のついた髪飾り、古風なチャコールの長い裾の着物姿の人々が掛け声と共に踊る演目、も新たに見たかもしれない。

イーモウ監督と香川照之は初対面のようで、中国映画で主演した事もある、と紹介され、多分「故郷の香り」('03)ではなく「鬼が来た!」('00)の事かと思うけれど、そういう経験もあってインタビュアーに起用されたのか、思えばイーモウ作品には日本人では高倉健が出たのみだけれど、香川照之にはあなたの作品を見た事がある、と言っていた。

香川氏が、五輪開会式、というより、イーモウ監督のフィルモグラフィーに加えるべき1本の映画、として堪能した、と語り、同監督は、自分のバレエやオペラ演出の仕事の経験も役立ったけれど、映画100本分の困難があった、悠久の歴史を、古いやり方でなく最新技術で表現したかった、等とコメント。

1万5千人の出演者皆が、耳にイヤホーンを付けていて、そこからは、音楽でなく号令が流れ、それに合わせて動いていた、と、多くの生の”人”を使った、あたかもコンピューターグラフィックのようなプログラムの裏話も。

一番印象的だった、活版印刷の文字が躍動する演目では、それぞれの漢字の四角のプレートの下に、人が入って動かしていたのだったけれど、2人共最も好きな演目だった、とのことで、香川氏は、機械で動かしているかグラフィックだと思い、人が入っていたとは思わず、そう判った時、思わず鳥肌が立った、と語り、

同監督は、あの演目だけで1年半練習、一人で千回の動作を絶え間なく続け、号令はかけるけれど、中の人間は何も見えないし、とても複雑な演出だった、と。演じたのは人民解放軍兵士達で、1つの活字の重さは18キロあり、波がうねる様な動きは至難の技、とナレーション。やはりあのダイナミックな演目の裏話でちょっと興味深かった。

子供時代、国民党員の父は満足な仕事がなく、家族は迫害され、文化大革命で「下放」され、18才の時から3年間農村で働き、貿易工場で働いた後、28才で国立の映画学校(北京電影学院)に入学、ようやくチャンスを得た、等の略歴の紹介。

この、自分の主張を持てず、個性の許されなかった10年間の苦い時代、人間や社会の悲劇を体験した事が、自分の財産で、人生の考え方が変わった、やはり自分の映画作りの原点は、農村での体験、とのことで、「あの子を探して」('99)の映像も少し出たけれど、

その頃のモノクロの青春、の反動で、今カラフルな色彩に満ちた作品を作っている、失った個性を取り戻そうとしている、等の「HERO」「LOVERS」等のテイストに関するコメントもあり、この五輪イベントがその凝縮ハイライト、になったかもしれない、とも改めて。

農村や学校での友人談で、よく働いていた、とても勉強家で普通の人より数倍努力しており、いつ眠っているのか不思議だった、等の話。本人は、この五輪でも、これだけ条件が良ければ成功するのは簡単、等と言われたけれど、3年間携わってきて1日たりともリラックス出来た事はなく、常に努力が必要だった、自分は中国で一番優れた監督、などと言う勇気はないが、一番勤勉だとは自信を持って言える、等と語っていた。

批判があった、少女の口パクの件については、それぞれ演技、歌の上手い2人の少女と5ヶ月練習を共にして、どちらかだけを選ぶ、という事はしたくなかった、というやや口を濁したようなコメント。CG花火については、当日、スタジアムまでの足型花火は打ち上げたのだけれど、それをヘリコプターで追う映像が、追いつかないため、一部リハーサルの時の映像を使った、等という説明。

何らかの事情はあったのかも知れないけれど、ヘリコプターを本番で1機しか使えない、という制限があったとも思いにくいけれど、実際花火は打ち上げたものの、伝えられる映像には手が加えられていた、という真相。やはり見る側にすれば、TV通してであっても、映画とは違い掛け値なしの一度きりの本番セレモニー、のつもりではあって、やや微妙、に思えたコメントだった。何にしても今年のビッグイベントの一つだった、と思い出された番組だった。(http://www3.nhk.or.jp/hensei/program/k/20081228/北京五輪開会式ハイライト報道ステーション イーモウ監督インタビュー故郷の香り(’03)王妃の紋章単騎、千里を走る

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2008/12/26

クリスマスの約束  音楽

昨夜クリスマス恒例の小田ライブ、一部録画一部オンタイムで。ブルーグレイの毛糸の帽子姿、歌ったのは「こころ」「愛を止めないで」「たしかなこと」「さよなら」「生まれ来る子供たちのために」「言葉にできない」「ラブストーリーは突然に」「もう歌はつくれない」、メドレーで「夏の終わり」「眠れぬ夜」「やさしさにさようなら」「between the word & the heartー言葉と心ー」、松たか子・佐橋佳幸とのセッションで「おやすみ」「今日もどこかで」、「東京の空」「さよならは言わない」。

昨年還暦を迎え、今年史上最年長のドームツアー、今回最初の方で各地でその名所に出かけた”ご当地紀行”の映像も。自然や建築物に感動したり、体力作り兼ねて走ったり、地元のファンとざっくばらんに接したり、呟いたりする様子。

ファンの希望で小田さんのひざに乗ったり握手した赤子が泣き出し、「親は良かったね、とか言うけれど、子供は嬉しくねえんだ」と苦笑い、また中学生か女子高生位の子から、通りで母が好きなんです、とサインを頼まれ、カメラに向けて「(ファンは)お母さんだと思ったよ」等とこれも苦笑い、等のシーンも。

ゲストは今回松たか子と佐橋佳幸夫婦のみ。松たか子は一昨年も出演、この夫婦は今回初めてツーショットで公の場に出たそうで、佐橋佳幸は松たか子のライブでもバックにいたと思うけれど、じっくり姿を見たのは初めて、もう少し長身2枚目系、と思っていたけれど、背は松たか子よりやや低く、どちらかと言えばずんぐり体型だった。

松たか子の初めての小田提供曲「本当の気持ち」、は元々小田さんと接触あった佐橋氏が、小田さんに書いて欲しいと頼んだ、という経緯だったのだった、と。松たか子にとって、音楽について、その場で素直に判らない事を聞けるプロデューサーだった、等のコメント、仲は良さ気でステージを去る時も、手を繋ぎ、肩を組んで、の姿。

松山市では伊丹十三記念館を訪ね、宮本信子が迎え、憧れだった人、ということで初対面だったのかもしれない。伊丹さんにはあちこち影響されている部分があるように思い、好きだったので、感慨深いものがあり、是非お会いしたかった、等と語っていた。小田さんと伊丹作品、というのはユーミンと市川準作品、等に比べるとやや意外な繋がり、ではあった。

例年より、オフコース時代の曲も割と多かった。小田版「眠れぬ夜」は多分初耳、毎年思うけれど、ゲストに鈴木さん(出来れば他の元メンバーも)登場で、一時でも再結成実現、はないだろうか。今回もやはりハンカチで目頭を押さえる女性達の姿もあった。

やはり一番インパクトは「ラブストーリー・・」、いまだにイントロで反射的に「東京ラブストーリー」のシーンの幾つかが浮かぶし、久方に聞いてDNA的切なさが掘り出されてしまう褪せない曲。この曲でステージから下りていって、観客にマイクを向けて小刻みに歌わせるシーンもあった。(http://www.tbs.co.jp/program/christmaslive_2008.htmlあの歌がきこえる「言葉にできない」フィルム空の鏡(’97)あの歌がきこえる「生まれ来る子供たちのために」’06クリスマスの約束’07クリスマスの約束

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2008/12/25

初恋(’06)  日本

月曜夜放映の録画を見た塙幸成監督作品。原作は中原みすずの同名小説、日本犯罪史上最大のミステリー、と言われる’68年の3億円強奪事件の実行犯は、18才の女子高生だった、という設定、その視点から事件までの日々、実行、その後を描いたミステリー。

やはり実際の迷宮入り事件題材、そして宮崎あおいヒロイン、とのことで気になってはいた作品で、この機会に。この事件自体は、グリコ・森永事件と共に時効になった謎の大事件、という伝説、の感触、劇中もあった指名手配のモンタージュ写真の印象はおぼろげに残っている。

この主犯者である岸(小出恵介)が、’60年代の権力への抗いの空気の中、話を持ちかけたみすず(宮崎あおい)に、自分も権力を憎んでいる、石を投げても角材を振り回しても、権力は痛くも痒くもない、頭で勝負したい、等と語っていたのだけれど、

東大生で、溜まり場のジャズ喫茶Bで一人詩集を手にしているインテリ、父が政治家、という背景は伺えても、そこまでの大事件を起こすよう、駆り立てられるまでの経緯が、どうも唐突な感だった。事件後、共犯格のバイク屋の老人(藤村俊二)を亡き者にし、岸を世間から遠ざけたのは、政界の影のようだけれど、何かの手掛かりで嗅ぎつけたとしても、岸が大臣の息子だった、という理由だけで、事件を闇に葬ろうとしたのも、不可思議だった。

まだ納得出来たのは、現行犯を頼まれ、引き受けたヒロインみすずの心情。あえて描かなかったのか、父が死に、母が兄だけを連れて出て行き、身を寄せた叔父の家は一切登場せず、また学校の教室でもポツンと一人だけ。離れていた兄(宮崎将)が現れ、渡されていたマッチのジャズ喫茶Bを見かけ、仲間入りし、そこの若者以外とは、一切交わるシーンがなく、やさぐれた、違う世界に住む感の兄とも血の通った兄妹愛、という場面はほとんどなく、孤独な風情漂う少女。

彼女自身に、体制への反抗、大事件の意義、等の意識は皆無、無垢に見え、ただ普段自分を気にかけてくれる青年から、自分が必要とされている、という一点のみで、現行犯を引き受け、相手と共にする、ある種のお祭り的イベント、の感覚で、実行してしまう。

それゆえ罪悪感、というものも皆無で、事件後大学受験に合格、でも岸の世話したアパートで、戻らぬ岸を待つ孤独、岸の自分への想いが綴られたノートを目にして涙する、その大事件とは裏腹なピュアな”初恋”の切なさが残った物語。ラストのテーマ曲は元ちとせだった。この役のやや影ある宮崎あおいは、「害虫」での彼女が重なったりした。実兄でもある宮崎将は、余り馴染みなかったけれど「EURIKA(ユリイカ)」でも共演していたのだった。

実際、実行犯が無免許者、というのは有り得ても、女子高生、というのは、その声が、現金輸送車に乗っていた数人の内、誰かは若い女、と気付きそうではあるし、やはりファンタジー的仮想物語、とは思うけれど、

それが恋愛絡み、でなくても、ある人間、集団から自分の存在価値を認められる、という、他人からすれば単純な原点で、若者が世間でいう”犯行”に走るのは、感覚的に判る気がするし、この事件は、一切人を殺めなかったけれど、ふとオウム事件が過ぎったりもした。

昭和の時代を感じさせるモノクロ風景、人物写真、折に流れた「ブルー・シャトー」「スワンの涙」「白い色は恋人の色」等の曲、流行りだしたミニスカート、首都高開通、アポロの月面着陸、等のニュース、アームストロングの「この一歩は・・」のコメントに、みすずが部屋で寝そべって「月まで行っても、歩くのか・・」等と呟いたりしていたシーンもあったけれど、

溜まり場ジャズ喫茶Bの退廃的な何か閉塞感、ラストで語られた、それぞれの若者の、故郷で実家の商売を切り盛りしている、というユカ、以外は、皆夭逝、の末路。その一人から生まれた「3億円事件」、と思えば、これはタイトルからしても、この事件をモチーフにした純愛作品、のテイストかもしれないけれど、”時代”が生んだあの大事件、というコンセプトなら、やはりそこに密かに渦巻いていた個人レベルの憤り、がもっと描かれていれば、とは思った作品だった。(http://www.amazon.co.jp/%E5%88%9D%E6%81%8B-%E3%83%97%E3%83%AC%E3%http://www.hatsu-koi.jp/

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2008/12/23

カンパニュラの恋/ノクターン(’08)  音楽・映画(ドラマ)

「風のガーデン」のテーマ曲だった平原綾香の「ノクターン」、毎回最後に流れ、特に強く気に留めていなかったのだったけれど、最終話で日本語歌詞版の「カンパニュラの恋」が劇中、札幌のチャペルコンサートで歌われるシーンで聞いて、初めて哀愁帯びた割といい曲、と思った。

元々「ノクターン第20番 嬰ハ短調 遺作」が原曲、史香という人が英詞を付けたけれど、「カンパニュラの恋」の日本語詞は平原綾香だった、と。出だしの「Love true love・・」の部分は同じだけれど、それ以外は余り忠実に和訳した訳でもないようだった。この日本語版は、第10話で、エリカ(石田えり)の店でラジオから流れてきて、白鳥(中井貴一)が耳を傾けた、というシーンは記憶に新しいけれど、その前にも第5話で茜(平原綾香)が歌っていた、と某サイトで見かけたけれど、どうもそういうシーンは思い出せず、

自分の感想を見直してみると、第5話はモチーフの花がカンパニュラ、で、病院を去り富良野に行く決心をした白鳥が、旅立つ事を茜に告げに行った回で、これからレコーディングする、と言って「カンパニュラの恋」の譜面を見せたりしていたのだった。その後、短くてもそういうレコーディングシーンがあったかもしれない。

第2話で2人で北海道に来て、茜の部屋で、茜が白鳥に、ショパンの曲が元の曲を歌うことになった、と告げていて、その時一部聞かせて流れていたのはショパンの原曲だったと思うけれど、原曲の事で、ショパンの恋人を亡くした悲しみ、等を話していた覚えがあったけれのだけれど、

検索中、「ショパンの死後26年もの間、封印されていた遺作で、祖国ポーランド(ワルシャワ)を去る1830年に作曲された作品である。妹を若い時期に亡くしたショパンの胸のうちが投影されているかのよう。」等という記述を見かけ、恋人でなく妹の事を話していたのかもしれない。「風のガーデン」は今となって、保存録画にしておけばよかった、と。抑えたメランコリックなメロディで、病魔に冒された主人公の残された日々、という物語の大筋には似合っていたテイスト、の感が。

最終話では、ルイから白鳥の死を聞かされた茜が、悲しみと動揺を抑えながら、チャペルコンサートでピアノバックにこの曲を切々と歌う、というシーン、途中からルイが歩く夜の札幌の街の雪景色にも、割とフィットしていた。何だか何度か書いていたように、霞のような恋模様、ではあったけれど、相手の死を知った、その静かで哀しい終焉、というニュアンスだった。

カンパニュラの花は何種類かあるようで(正式名不明だけれどこれも↓)、最終話で白鳥が、ルイ(黒木メイサ)を通して、茜にと手渡した押し花は、カンパニュラ・プンクタータ・ウェディングベル、第5話では鈴蘭の大粒のような白い花だったけれど、今回淡い黄色がかって見えた。貞三(緒形拳)の花言葉は「孫娘を嫁に出す日」で、昔、蛍を採った時、その花弁の中に入れていた、という事から、日本語名は「蛍袋」だった、等と語っていた花だった。

平原綾香は女優としては、今回本職であるシンガー役だし、テーマ曲も担当、というイメージ効果とかも加わって、終わってみて無難というのか、未知数な気がした。この人のクラシック原曲の曲、と言えば、ホルストの「組曲「惑星」/木星」原曲の、スケール感ある「Jupiter」もだけれど、マイベストはやはり平原バージョンのユーミン曲「晩夏(ひとりの季節)」、この2曲辺りは、久方に聞くと一時でも心洗われる。昨夜「初恋」録画。(http://www.fujitv.co.jp/garden/index.html風のガーデン〜第5話カンパニュラ風のガーデン〜最終話ナツユキカズラSONGS 秋川雅史・平原綾香

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2008/12/22

風のガーデン(’08)〜最終話ナツユキカズラ  日本

先週の最終話録画で。冒頭内山(伊藤蘭)が白鳥(中井貴一)からの、最後の手紙を読んでいるシーン、その後富良野の貞三(緒形拳)の所へやってきて、何とか白鳥に会えないか、役に立てないか、と訴えた。

白鳥とは携帯も繋がらず、連絡が取れなくなった、と言っていたけれど、白鳥が前の携帯を地中に埋めた後、後片付けに上京した時、自宅で彼女に会っていたので、連絡を絶とうとしたのは、彼女でなく茜(平原綾香)の方だと思ったし、内山には薬等を送る時の気付に富良野のエリカ(石田えり)の理髪店の住所を渡していたり、その気になれば方法はあったはず、等とは思った。

白鳥の意志、そしてルイ(黒木メイサ)が世話をしており、これまでバラバラだったし、家族だけで、他の方の申し出はお受けしたくない、と穏やかに告げる貞三。

内山が以前の白鳥の妻の事件の背後の女性、という事は、貞三も知っていたと思うけれど、そういう、そもそも家族の亀裂の因縁、また、白鳥のためなら、病院の看護婦長の座はどうでもいい、と言ってはいたけれど、白鳥のために全てを投げ打ってきた、という訳でなく、現に友人の妻という立場、を思っても、家族が世話する白鳥の最期に立ち合う、というのは、このドラマでは、実現していたとして、どうも違和感あった気もする。

実家の元自分の部屋に戻った白鳥、ルイに偽装結婚は判っていた、もう芝居はやめよう、と告げ、芝居の報酬に修(西野勇樹)に、と、キャンピングカーの鍵を渡したけれど、あのキャンピングカーは、元々、二神(奥田瑛二)から、娘(国仲涼子)を通して、同病である事を告白した白鳥へ、無言で贈られたもので、それが、また死期迫った白鳥から修に、という男同士の、ある種のエールを伝えるバトンのようなものになった。

二神は前回同様、白鳥の夢枕に幻の形で登場、生前のキャラクターには余り似合わないけれど、あちらでは花畑が本当に綺麗だ、ナツユキカズラが満開で、突然枯れるし、早くしないと見れなくなってしまう、等と天国に誘っていた。

自室のベッドで、時折貞三やルイにギャグを呟きながら、痛みと戦う白鳥、思えばこの最終回で、初めて本当に病人らしい姿、ではあった。昔、自室にテレビを買ってもらい、一人でドリフターズを見て、一人でゲラゲラ笑いながら、ふと寂しくなって泣いた、思えばそれが、自分が家族を捨てた瞬間だった、等と、何か心に引っかかっていたのであろう思い出を語ったり、医師としての思いを、搾り出すように語ったりしていた。

貞三は、これからの白鳥の最期の戦いを見守ろう、とルイに告げていたけれど、その最期も、現実的な末期の姿は避け、ソフトな扱いで、旭川で花の世話をする岳(神木君)への、白鳥の呼びかけ、ナツユキカズラの花言葉を尋ねる空耳、のような形だった。

前回予告で、茜(平原綾香)もやってきて、白鳥と再会かと思ったら、白鳥の死後3ヶ月位に、札幌のチャペルコンサートに来ていた彼女に、ルイが連絡、喫茶店で、白鳥の死を告げ、頼まれていたカンパニュラの押し花が渡される、という流れだった。

茜も、携帯が繋がらなくなり、白鳥と連絡が取れなくなった、電話番号を変えたようで、と言っていたけれど、それは、どちらかと言えば、浅い関係の知人、友人の一人、的で、やはりHPの人物関係図に載ってる通り、”恋人”という立場であって、心の繋がりの積み重ねがあったなら、

何らかの理由で突然彼が去った、としても、平気な程には自立していた、かもしれないけれど、最後に会った時も普段通り、ではあったし、何か身に起きたのでは、という場合も考えられるし、その後、何かの形で手掛かりから彼を探そうとしたと思うのだけれど、そこら辺は語られていなかったけれど、”恋人”が突然消えても、マイペースで普段の生活を続ける位、だからこそ、大ブレイクのシンガー、になれたのかも、等と思えたりも。

富良野の街角で、大画面に映った歌う茜を見かけ、白鳥がしばらく眺めて微かに微笑んだり、というシーンもあったけれど、ルイと会った後のチャペルコンサートで、押し花を胸に、今日はダメなんです、大事な人が死んだもので、1曲だけで、と断わって「カンパニュラの恋」を歌い、冬の札幌の街の、何処となく東京等よりはソフトな感のイルミネーションの風景、に溶け込んで、

白鳥と家族が、それなりの形で、和解の時間を重ねたのに対して、やはり今時の、人間関係の希薄さを出しているのかもしれないけれど、現実的で生々しい、というよりやや浮世離れした儚い淡い恋模様の美しい終わり、の演出、という気がした。癒しのミューズ的シンガー、で平原綾香の女優デビュー役、と思えば、この位が無難だったかもしれない。

ラストは、ガーデンの近くに見つけた犬を、岳が追いかけ、ルイが続き、その先は、以前白鳥が植えていた、ルイが好きなエゾエンゴサクの紫の花が一面咲いていて、その光景の俯瞰、で終わった。エンドロールは今回「乙女の祈り」の旋律。

今回のモチーフ花はナツユキカズラ、花言葉は「今年の冬に降るはずの雪」。番組最後に「緒形拳さんありがとうございました 心よりご冥福をお祈り致します」というテロップが出た。緒形さんの訃報と重なって、という事情の話題もあって始まった番組だったけれど、何だか、ある期間の終了、でもある気がして一抹の淋しさも、感じたりする。

連ドラも久方だったけれど、やはり北海道舞台の倉本作品、ストーリーとは別に、特に後半四季の豊かな自然の風景や、思ったよりも多彩な、ガーデンの花々、そのナイーブ、ユニークな花言葉含めて、一時楽しみ、潤いにもなった、珍しいドラマではあった。(http://www.fujitv.co.jp/garden/index.html風のガーデン(’08)〜第1話スノードロップ風のガーデン(’08)〜第2話エゾエンゴサク風のガーデン(’08)〜第4話ゲルニウム風のガーデン(’08)〜第5話カンパニュラ風のガーデン(’08)〜第6話デルフィニウム風のガーデン 感動の後半突入SP風のガーデン〜第7話サボナリア風のガーデン〜第8話クロッカス風のガーデン〜第9話ラムズイヤー風のガーデン〜第10話ユーフォルヴィア

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2008/12/21

宙船(そらふね)(’06)  音楽

先週の「SONGS」はTOKIO、歌ったのは「青春」「AMBITIOUS JAPAN!」「あきれるくらい 僕らは願おう」「宙船(そらふね)」「雨傘」。彼らの歌はどうも馴染み、というのか、今まで聞いた覚えなく、割愛しようかとも思ったけれど、

中島みゆき作品「宙船(そらふね)」は、インパクトあったので。一昨年日テレのドラマ主題歌としてTOKIOが歌い、中島提供曲、としては研ナオコの「あばよ」以来のオリコン1位になった曲だったのだった、と。今回長渕剛からの「青春」、椎名林檎からの「雨傘」等も提供曲だったけれど、やはり重量感が違う、という感が。

長瀬君は、俳優としては映画では「真夜中の弥次さん喜多さん」や、ドラマ「白線流し」等印象に残っていたり、浜崎あゆみ関連で浮かぶ位、ボーカリストとして、というのもほとんど意識なく、今回イメージよりは骨太、と思ったけれど、

「宙船(そらふね)」は、先月この番組で工藤静香も歌っており、本人版(「宙船(そらふね)」)がやはり真打ち、にしても、他のシンガーが歌っても、曲自体に言霊、というか、幾度となく挫け倒れかかっても、筋を通して一歩一歩歩いてきた、歩いていく(べき)一筋の道、が根底にあるカツ入れ曲、という感触も。今この曲を聞いた、というのも、何か偶然でもないのかもしれない。(http://www.nhk.or.jp/songs/archive/index.htmlSONGS 工藤静香

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2008/12/20

ハロー・ドーリー!(’69)  アメリカ

「WALL・E/ウォーリー」劇中で使われていたジーン・ケリー監督作品。近隣店でDVD在庫見かけたので。原作はワイルダーの「結婚仲買人」、ブロードウェイミュージカルの映画化。ウォーリーが住処の倉庫で、お気に入りビデオとして見ていて、そこへやってきたイヴも見入ったりしていた作品。

結婚斡旋業の未亡人ドーリー役はバーブラ・ストライサンド、ひたすら「追憶」('73)がインパクト。今年春ドラマ版「眉山」でバーブラ歌入り曲「追憶」が流れ、やや鼻白む感あったのだった。それより4年前の出演作のようだけれど、さすがの声量と歌唱力、やはり正統派美人、という訳ではないけれど、コケティッシュ+したたかさ、の女っぷりヒロイン、ではあった。

飼料工場経営者の無骨なホレス(ウォルター・マッソー)に相手の紹介はしたものの、自分が彼に好意を抱くようになって、その縁談話の邪魔をするため、彼の店の都会や恋に憧れる若者達に手を廻したり画策し、恋の取り持ち役もしながら、奔走するコメディ。

舞台は1890年ニューヨークとその郊外の海沿いの街で、馬に引かれてゆっくり走る市街電車、等も背景に見えた。バーブラ達が身にまとう、腰が細くスカート部の広がった色とりどりのドレス、飾りの多い帽子、洒落た小振りな日傘、踊っている時に見えるぺチコート等レトロなファッション、幾つかの恋模様も絡んで、賑やかな歌+ダンスの作品だった。

「WALL・E・・」で映っていた、向かい合うカップルは、バーブラとウォルターだったか、ウォルターの姪と恋人の画家達の方だった気もするし、両方のシーンがあったのか、はっきりと記憶と重ならない。

「WALL・E・・」劇中、「バラ色の人生」が流れたルイ・アームストロングは、終盤レストランのシーンで、オーケストラの指揮者役で登場、渋いダミ声で、バーブラとデュエットしていた。歌ったのは、ミュージカル版の方の挿入曲としてヒットしたらしい「ハロー・ドーリー」、これはラストの教会の結婚式のシーンでも皆が合唱、エンドロールでインストだけが流れていた。昨夜「ラスト・プレゼント」保存録画。(http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8F%E3%83%AD%E3%83%BC%WALL・E/ウォーリー眉山(’08)

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2008/12/19

ストレイト・ストーリー(’00)  本・映画

村上龍氏の書きおろした「ストレイト・ストーリー」が、図書館に在庫あり、先日劇場への往復の電車内、と昨日で読んだ。「いちご白書」が途中ではあるけれど、はまのゆかのラフなタッチのイラストも折々挟まれた絵本形式、でもあり、予想通り、同氏作品の中でも読みやすかった。

映画作品の原作、またその翻訳、でもなく、作品から小説化、村上氏の作家としての感想文、という感もするけれど、120年前埋葬されたアメリカの森林インディアンの霊魂、の視点から物語を語る内容。

展開は作品に忠実で、プラス、もう少し登場人物の背景や、各シーンでの心情を掘り下げた記述があったり、科白が加えられていたり、アメリカの社会や歴史、人生観等に触れていたり。後ろに英訳が載っており、かなり細かい字で、拡大コピーしておこうと。

劇中、冒頭ストレイト父娘の隣人の太った中年女性が、シェアしている庭のデッキチェアーに寝そべって、ピンクの果実のようなものを食べていたりした姿が、いかにもアメリカの田舎の日常の風景らしく、インパクトあったけれど、

小説もその風景から始まり、女性のドロシーという名は、「オズの魔法使い」を見て感動した両親がその名を付けた、とか40年代「オズ・・」のハリウッドでのプレミアショーから、舞台のアイオワ州ローレンスの田舎の映画館まで来るのに、当時5年かかった、等の内容が加わっており、

「オズ・・」は、小学生の頃愛読、作品もビデオも買って愛着あるし、当時のアメリカでそういう名付け方、もいかにもありそうで、村上龍と「オズ・・」自体は、余り結びつくイメージはなかったけれど、リンチ作品を通して、とやや意外な接点で少し感慨も。

その他、アルヴィンの娘のシシー・スペイセク演じるローズの話し方が、吹替えでも、ややたどたどしい印象だったけれど、小説では、吃る習性があったのだった、と。劇中、昔、彼女が地元の集会に出るため、息子を預けた知人宅が火事になって、息子は大火傷を負い、児童福祉事務所から、親として不適任、と引き離され、それっきり、という秘めた過去に少し触れていたけれど、

小説では、吃音はその過去と関係あり、当時、別れた夫が子を取り戻そうと裁判を起こし、彼女は負けてしまい、それ以降余り喋らなくなり、長い時間かけて明るさを取り戻したけれど、吃るようになってしまった、という、考えられるような背景の記述が。

最初の方、アルヴィンを連れて行った病院の待合室で、壁にあった鳥の絵を指し、そこにいた女性に、自分はブルーバードの巣箱を作っている、と話しかけ、売っている店を告げ、その女性が微笑ましげに応対して、今度覗きに行く、と答える、という何気ない会話があり、思えばややぎこちなくも思えたシーンだったけれど、

小説ではそのシーンに、ローズが、吃音がひどくなって以来、人に話しかけるのが億劫になり、大変なエネルギーがいるけれど、努めて自分から話しかけるようにしている、自分の中に閉じこもってしまうと、辛い思い出やコンプレックスが渦巻き、どこにも出て行かないので危険だから、というような、内面を掘り下げた、密かな孤独な闘いの描写等も印象的だった。

村上作品アメリカロードムービー小説、と言えば思えば手元にある「KYOKO」('95)以来、でもあったけれど、メインのアルヴィンの道中、折々の、自信の揺らぎや不安、これまでの人生の反省、等、一人旅でありそうな、心の揺れが書かれていたりしたのも、ローズと共に、村上氏が見た、劇中の各シーンの登場人物の語られていなかった心情の、作家としての洞察や解読、と思えば興味深い気もする。一昨夜「SONGS TOKIO」昨夜「風のガーデン 第11話」録画。(http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%ストレイト・ストーリー(’99)

(C)集英社
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2008/12/17

風のガーデン(’08)〜第10話ユーフォルビア  日本

先週の第10話録画で。白鳥(中井貴一)の夢の中で、天国へと誘う二神(奥田瑛二)が久方に登場。生前は富良野には縁がなかったけれど、ガーデンに微笑んで立っている姿も。

久方と言えば、歌だけだけれど、白鳥がエリカ(石田えり)の理髪店にいる時、ラジオから流れてきた、茜(平原綾香)の歌「カンパニュラの恋」、番組テーマ曲の「ノクターン」と同じメロディで、これは歌詞が英語だけれど、流れた曲は歌詞が日本語の部分が多そうだった。エリカも知っていて、いつのまにか、大ブレイクの歌手、になっていた。

この茜は、もう白鳥に絡むような登場はないかと思っていたら、「風の・・」は次回がもう最終回のようで、その予告では、彼女も登場、どうやら富良野にやってくるようだった。

富良野では、白鳥がルイ(黒木メイサ)の花嫁姿を見たい、という意向をくもうと、エリカが、ルイと修(西野勇樹)の偽装結婚式、を発案、修に説明、当初、「騙すなんて出来ない」と戸惑うルイ、「茶番だし、すぐ見抜かれる」と言っていた貞三(緒形拳)も結局同意、彼から白鳥にその旨が伝えられた。

でもやはり白鳥は、偽装だと気付いたけれど、皆の好意に合わせようとする様子。もし今気付かなかったとしても、結婚式は9月3日、その月半ばには、修は家の養蜂業の関係で富良野を離れる、という、偽装には好都合もあるにしても、白鳥の命は、今年一杯持つか、という所、という事だったけれど、冬まで、という期間の間には何かぼろが出そうな、という感もする計画、

式までに、ルイも本当に修に好意を抱くようになって、以前の冗談めかしたプロポーズを真面目に受ける、という流れになっていたら理想、とは思うけれど、それには時間がなさそうで。

貞三の判断で、岳(神木君)は、父の死、偽装でも姉の結婚、という彼にとって酷すぎる現実から遠ざけるため、年内旭川のファームに行く事に。ガーデンで、「大天使ガブリエル」として別れる事になった白鳥、自分も天国へ帰る、と伝え、岳が、祖母達に好きだった花を渡してほしい、と摘んでいるうちに精神不安定になり駆け出し、追いかけて「大丈夫」、と抱きしめてなだめていたのが、最後の父らしい姿、になるのだろうか。最後に「乙女の祈り」を弾いてほしい、と頼む白鳥。

その曲が流れる中、森の塀に座った白鳥と、旭川へ向かう車中の岳との、顔の両側で両手の指を動かしての合図、というのか、これっきりだとしたら、現実的に父娘として接触、和解した白鳥とルイ、に対して、何だかやはりちょっと切ない寓話的な、父子の再会、別れだった。

今回のモチーフの花はユーフォルビア、菜の花のような黄色の花、ガーデンでいつものように岳が花言葉を教えている時、白鳥が、(岳の)父が好きな花だ、と指していた花で、花言葉は曲タイトルと同じ「乙女の祈り」だった。

次回で終わるけれど、やはりテーマ的に主人公の末期の病魔、という背景もあるかもしれないけれど、後半特に優しい展開、登場人物同士が、障害を持つ岳、余命少ない白鳥、に対する気遣いで、余り現実的な生身の摩擦は避けていて、人間臭さ的に「北の国から」とはややテイストが違う、という感も改めてしたりする。(http://wwwz.fujitv.co.jp/garden/index.html風のガーデン(’08)〜第1話スノードロップ風のガーデン(’08)〜第2話エゾエンゴサク風のガーデン(’08)〜第4話ゲルニウム風のガーデン(’08)〜第5話カンパニュラ風のガーデン(’08)〜第6話デルフィニウム風のガーデン 感動の後半突入SP風のガーデン〜第7話サボナリア風のガーデン〜第8話クロッカス風のガーデン〜第9話ラムズイヤー


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2008/12/16

ストレイト・ストーリー(’99)  アメリカ

ニューヨークタイムズに掲載された、実話を元にしたデヴィッド・リンチ監督作品。数年前期間限定ビデオ店舗で買っていて未見だった作品。主人公は73才の老人アルヴィン・ストレイト。10年間仲違いしていた兄が脳卒中で倒れた、と聞いて、アメリカのアイオワ州の町から500キロ離れたウィスコンシン州の町まで、小型トラクターを引く芝刈り機に乗って会いに行く、という物語。

日本語吹替え版だったのが惜しかったけれど、冒頭、田舎町でアルヴィン(リチャード・ファーンズワース)と一緒に暮らす娘ローズ(シシー・スペイセク)の間柄が、日本語だと「とうちゃん」と呼んでいるのが余り違和感ないざっくばらんなムード。リチャード・ファーンズワースは、白髭をたくわえて、頑固さ+人情味のしゃがれた味わい、「赤毛のアン」のマシュー役だったのだった。シシーはどうも、やはり目の辺りが大貫妙子似、という感がした。

車の免許もなく、腰が悪いので歩くのに両手に杖が必要、という身でありながら、自分一人で行かなければ意味がない、と頑固なこだわりで、まず家の芝刈り機で出発するものの、途中で故障して、トラックに載せてもらって舞い戻り、

中古芝刈り機を買って再出発、時速8キロのスローペースで、のどかに広がる緑や黄金色の畑の中の道を行くのんびり旅、途中で出会う人々は、奇妙な旅人の老人に大体好意的、ヒッチハイクしていた身重の訳あり女性と、焚き火で焼いたソーセージを食べながら、家族観について話したり、自転車レース中の若者達に混じって歓談したり、旅の終盤、病人として兄を知る神父に出会い、「カインとアベル」のようで、と、その仲違いについてや和解したいという思いを語ったり、

途中トラクターが坂道で故障、修理の間いた町で、誘われて近所の老人とバーに行き、互いに残る戦争の心の傷跡を語り合い、戦争後は、それを忘れたいため酒びたりになった、とか、射撃の名手だったけれど、夜敵と間違え味方を射殺してしまった、という自分だけが知る悔恨の秘密をこの老人に打ち明けたりするシーンが印象的だった。

途中ミシシッピ川を渡るシーンがあったけれど、馴染みのように茶色でもなくそう広くもない川幅、後で地図で確かめたら、アイオワ州、東隣のウィスコンシン州は五大湖の西側で、かなり米北部だけれど、ここが上流部で、延々河口のニューオリンズまで、大陸縦断して続いているのだった。

ラスト、やはり歩行器を使って家から出てきた兄との再会自体は、「あれに乗ってきたのか」とポツリという以外余り言葉もなく、見つめ合う静かな和解。やはり、内面的にはその行動(への決意)が全て、その実際の道中を描く、ややユニークなゆったりロードムービーだった。

リンチ作品は「エレファントマン」、それと現実と幻想の交錯、の印象、昨年放映とDVDで見た「マルホランド・ドライブ」が最新だったけれど、この作品では、そういう部分は、嵐の夜の光の映像とか、シャープな印象はあったけれど、

幻想的というと、アルヴィンが旅立つ前の夜、ローズが眺めている庭で、過去の事故で引き離されている息子、らしい少年が、白いボールを取りに来て、闇に消えて行く、というシーン位だった。やはり覚えある中では、「エレファント・・」は別枠として、この「ストレイト・・」が一番馴染みやすいというか、好感持てた。

それと冒頭とエンドロールが星が散らばる宇宙の映像、劇中でも、アルヴィンがローズや行きずりの女性と満天の星空を見上げる、というシーンがあったけれど、以前見かけた夜空のイラストの本の表紙と印象が重なり、村上龍がこの作品を元にした小説を書き下ろしていて、未読だったのだった。村上龍は、映画化を聞いた「半島を出よ」が上巻途中のまま中断、だったけれど、やはり内容的にはこの「ストレイト・・」の方が、断然とっつきやすそうな気がする。(http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%A4%http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%マルホランド・ドライブ(’01)ストレイト・ストーリー(’00)

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2008/12/15

美の巨人たち ドガ  文化・芸術

昨日最終日の「巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡」に。同時開催のサントリー美術館の方のピカソ展は、チケットがあり少し前に行っていて、こちらも気にはなっていたので。これは後日にで、絵画関係でこの番組3回前の録画が未見だった。ドガは、手元にカード3枚。もう少しある気もするけれど、見当たらず。特に強く好み、という程でもないのだけれど、前に「PARIS 1874」という展示会での「バレエの舞台稽古」の大判ポスターを壁に貼っていた時期があった。

印象派の中でもやや異質、と思っていたら、銀行経営の家のブルジョアで、余り他の画家と意見が合わず、また網膜の病気の関係で、外の日差しに耐えられず、他の印象派の画家のように、野外での創作で光を描けず、その代わりオペラ座のバレリーナ達に興味を向けたのだった、と。

ドガが画材としてパステルを使ったのは、油絵のように、乾くのを待たなくても色を重ねられるので、製作が早く進んだからで、それは、ブルジョア育ちだったドガだけれど、亡くなった父が残していた莫大な借金、それを返すために絵を早く描き、大量に売りさばくため、という意外な背景も。

そういう苦難の中でも描いたのは、今までなかった、バレリーナ達の動きで、「動きの印象派」の画家、だと。今回の「エトワール、又は舞台の踊り子」の踊り子の背後にの黒い服のパトロンは、当時そういう庇護が必要だった踊り子の日常の姿、でもあり、ドガはバレリーナの待遇の改善を劇場に訴えたりしていた、とのことだけれど、

番組中、今バレエ教師で元オペラ座のエトワールの女性が、ドガは当時のクラシックバレエの美しさをきちんと描いており、バレエを芸術として守ってくれた、今世界中の人が抱くバレエのイメージは彼が作ってくれた、彼が描かなかったらバレエは今のようではなく単なる見世物のようなイメージ、だったかも知れない、等と言っていたけれど、絵の中のパトロンの姿は、そういう風に芸術家としてバレリーナを見つめた自分の姿、という解釈も、と。

そういう風に、一人の画家の視線によって、バレエが芸術として育ってきた、というのは驚きでもあり興味深い気がした。バレエ自体は私は習ったりする縁がなく、バレエ漫画「アラベスク」「SWAN・白鳥」とか結構好きで全巻読んだり、映画の印象深いバレエシーン、といえばやはり「ジェレミー」('73)で主人公ジェレミーが初めてレッスンしているスーザンを見かけた所、等。最近見た印象深いバレエ映画、と言えば、劇場ではロバート・アルトマンの「バレエ・カンパニー」('03)、DVDでは「オーロラ」('06)だった。(http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/data/081129/ジェレミー(’73)オーロラ(’06)

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2008/12/14

銀の街から(’08、12月)  分類なし

先日の朝日新聞第2火曜の沢木映画コラムは、今週末公開らしい「ラースと、その彼女」で、今回アカデミー脚本賞ノミネートのアメリカ作品。

アメリカ中西部の小さな町が舞台、生まれた時母が死に、気難しくなってしまった父との暮らし、というトラウマを抱え、孤立して暮らす若者ラースが、兄夫婦の元へ連れて来た”彼女”は、等身大の「ラブドール」、そこから流れていく「奇跡の物語」だと。ラース役は「きみに読む物語」のライアン・ゴズリング。

別コラムで、この物語が、フランソワ・オゾンの「まぼろし」('01)を思い出させる、と書いていたコメントも見かけ、これは夫が海岸で突然失踪、シャーロット・ランプリング演じるヒロインは、喪失、という現実をにわかには受け入れられず、その夫の幻影と共に過ごしていく、という割と印象に残っている作品、そこでは彼女一人だけの孤独な幻覚、だったけれど、

沢木さんは、この作品では、町の女医の「ラースと話を合わせなさい」という助言もあって、町の人々が、そのラブドールを恋人「ビアンカ」として認めようとする、「受容」の態度によって、不思議な流れが出来、心理学的テキストの枠に押し込めて、強引に物語を作っていこうとはせず、ラースの心のわだかまる何かがうっすらと消えかかるプロセスを優しく描いている、と。

そういう風に、自分の心を守るための幻影は、繊細な感受性の賜物、ではあっても、下手に現実に晒されると、ただ嘲笑され傷つくだけの極めて個人的な実体のないもので、「まぼろし」の幻影は、ヒロインだけの内面の密かな世界だったけれど、この作品では、周囲の人々がそれを知り認め、付き合って、ゆっくり見守る、というのは、忙しない現代社会の中のおとぎ話的、ではあるけれど人間味あるストーリー、とは思った。昨夜「ミューズの晩餐 中村あゆみ」録画。(http://lars-movie.com/

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2008/12/13

バッテリー(’07)  日本

先日「SONGS」でミスチルがテーマ曲担当とのことで、ドラマ版があったのを知り、8月に映画版放映を録画したままだった、と、見た滝田洋二郎監督作品。原作はあさのあつこの小説、剛速球を投げるピッチャーの少年が主人公の、スポーツ青春ドラマ。

幼い頃から黙々と自分を磨いてきた野球少年巧(林遣都 )。でもピッチャーとしての個人の力がありながら、小学時代のチームで、キャッチャーが自分の球を受けきれず、”振り逃げ”ルールのため、地方大会決勝で負けてしまったり、教える指導者もいなかったのか、変化球は知らず、ひたすら直球だけ、その性格も柔軟さはなく強気で強情。

両親がもっと強いチーム、彼を指導出来るコーチ、監督や、球を受けられるようなキャッチャーがいるチームを探すとか、中学も、野球の名門校への入学を探ったり、という熱意もなく、母は余り少年の野球を認めようとせず、病弱な弟青波(鎗田晟裕)のために一家で母の実家の岡山の田舎に引越したり、という家庭状況、そこで出会った、牧歌的のどかなムードの野球少年達。

その中、近付いてきた人懐っこい同級のキャッチャー豪(山田健太)も、能力的には、普段はなんとかついていって、という所。また、進学した地元の中学の野球部で、顧問の教師が巧の力を認めはしても、上級生の嫉妬から起きる暴行事件。

成り行きで対決した、中学全国大会準優勝校の4番バッターさえ三振させ、そういう全国トップクラスの腕を持ちながら埋もれている天才少年、というのもフィクションではあるけれど現実的に思えばやや不可思議、親の考え方や、弟の病気の事情、特に語られてはいなかったけれど、経済面もあって、という設定かもしれないけれど、

この作品ではそういう事が問題ではなく、彼が幼い頃から野球に打ち込んできたのは、弟に両親の関心が向けられていた孤独が原点で、孤高の少年、という鎧が、包み込むような大らかな性格の豪と出会い、徐々に解けていく心の過程、がテーマかと。

言ってみれば、豪も巧の本気の球にはついていけない現実、それでも、彼なりにプライドもあり、そのポジションゆえ、実質自分が捕れないのに、思い切って投げろ、と強気な姿勢を崩さないながらも、自分の能力故全力投球できない巧へのジレンマ。

過去の苦い経験もあり、そういう豪への巧が持つ不安とジレンマ、自分の球をちゃんと受けられてから言ってくれ、と言い放ってしまえばそれまで、とも思ったけれど、とにかく能力さておき、自分(の球)を全身で受け止めようとする鈍直なまでの姿に、開いていく頑なだった心。

野球が個人競技でなくチームプレイ、という性質、その核になる、ピッチャーとキャッチャーというバッテリー、というモチーフで描かれた思春期ならではの交流や、パターン的な気はしたけれど、病弱な弟の、無垢な野球への興味、それに打ち込む兄への思慕、というものが核になって、母の心も動かされていく過程、そうなるまでの、打ち込んできた好きなものを孤独でも諦めないでいる価値、というのもポイントなのだろうかと思った。

オーディションで選ばれたらしい林君は、野球歴もあってか安定した投球フォーム、本郷奏多君の眼光を鋭くしたような、久方にクールさが似合う少年俳優、を見た気がした。両親役の岸谷五郎、 天海祐希、「転校生 さよならあなた」以来の蓮佛美沙子等はやや存在感薄かったけれど、祖父役の、元甲子園監督、という過去を持つ菅原文太が温和な貫禄のいい味だった。(http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD10188/

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2008/12/11

岩崎宏美/Mr.Children  音楽・映画

先日の「みゅーじん」は岩崎宏美、特に好き嫌いない人。昨年阿久悠氏訃報の際、特番で見かけて以来。今年でデビュー34年、今50才だと。歌っていたのは、「思秋期」「聖母たちのララバイ」「シンデレラ・ハネムーン」「ロマンス」「すみれ色の涙」「万華鏡」等。

一時期商社マンと結婚、確かイギリスに住み芸能界から遠ざかっていて、その後離婚、というのは聞いた。19才と16才の息子がいて、一緒に暮らしている訳ではなさそうだけれど、今回コンサートを見に来ていて、初めて自分の歌っている姿を見せられた、と感涙のシーンも。

阿久悠氏特番の時も、同氏の詞が、自分の気持ちを判ってくれているような、と語っていたけれど、今回も、普段サバサバしているので、歌っている時だけは「私は女性なんだな」という気持ちなれる、歌っている時が一番幸せ、等とコメント。女優業等もほとんどなく、歌手一筋のようで。

7年前歌いすぎでポリープを患い手術、その後のどには人一倍気を使っている、と、楽屋に様々なケア用品があったり、週1回手術をした医師の所でチェックしたり、という様子。何処となく少女期の芯の強そうな風貌から、そのまま年を重ねて大人になった感で、気さくそうな物腰、コンサートスタッフから誕生日に歌のプレゼントされたり、等というシーンも。同期でまだ現役で歌っているのは、やはりバツイチになった森昌子位だろうか。

マイベストはやはり阿久+筒美作品の「ロマンス」、他のアイドルと性質の違った伸びやかな歌唱力、ルックスにそう華があった訳ではないけれど、健気なオカッパ頭での熱唱だった。今回「すみれ色・・」「聖母たちの・・」「思秋期」等も一部だったけれど、改めて名曲、と。

一部オンタイム、一部録画だったけれど丁度「最後の戦犯」を見た後で、主人公が追い詰められたシビアな内容の後、「聖母たちの・・」等特に、傷口を包み込む様な少し安らぎ、のような感触だった。そう言えば火曜サスペンス劇場とかのテーマ曲だった覚え。

近年フィルハーモニーと共演、「見上げてごらん夜の星を」を歌っていたり、やはりオーケストラをバックに妹岩崎良美と共演、「夢で逢えたら」を一緒に歌うシーンも。妹良美の方も姿は久方、「赤と黒」はインパクト、作詞なかにし礼だったのだった。「タッチ」テーマ曲もあったのだった。(http://www.tv-tokyo.co.jp/m-jin/onair/081207.htmlプレミアム10 ありがとう阿久悠さんく

また一昨夜「SONGS」はMr.Children、歌ったのは「HANABI」「エソラ」「GIFT」「少年」。「GIFT」は北京五輪のテーマソング、で前に特番で聞いた。「少年」はドラマ版「バッテリー」のテーマ曲だと。

大分前、結構ファンの女子高生がいたけれど特に思い入れのないグループ、割愛しようかと思ったけれど、先日の「私は貝になりたい」テーマ曲(「花の匂い」)担当だったので。やはり劇中の音楽が久石譲だった、という方が強く、エンドロールの曲自体は、そう作品の後味とマッチ、という感触もなく、余り印象残ってなかった。改めて少しYou tubeで聞いてみて、あの作品の最後を締める曲としては、もう少し抑えたボーカルのさり気ない曲だった方が、と思ったりもした。昨夜「風のガーデン 第10話」録画。(http://www.nhk.or.jp/songs/archive/index.html私は貝になりたい

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