2008/12/3

春、バーニーズで(’04)  本・映画

先日見た市川作品の原作、吉田修一の短編集。短編だし読みやすいかとも思い、図書館に在庫もあったので。あっさりした黒地に銀文字の装丁。「春、バーニーズで」「パパが電車を降りるころ」「夫婦の悪戯」「パーキングエリア」「楽園」の5編で、最後の「楽園」以外は作品と同じ登場人物で、流れや取り上げられていたエピソード内容もほぼ同じ。

違いは、ドラマで栗山千明が演じていた瞳の妹の画家紗江、はいなくて、代わりに筒井の以前の恋人の回想や、マクドナルドで筒井と息子文樹が同席する女性、が短く登場したり、「楽園」は作品では筒井と紗江の間の、自分の理想の楽園とは、という話題として折りいれられていたけれど、新宿に住むサラリーマンと別れた恋人、との間の会話、だった。

それと、逃避行的に日光東照宮に向かったのが、浅草から東武線ではなく、車で東北自動車道を通って、で、いつもの通勤でなく、川崎での仕事に向かう途中、衝動的にハンドルを切って、という出来事で、運転しながらの逡巡も描かれていたけれど、どちらかと言えばこの主人公のキャラクター的には、日常逸脱方法が、自分でハンドルを切って、というより、電車で運ばれて、の作品の方が、しっくり来た。

また、作品で日光で筒井がいたホテルが、クラシックな老舗、の風情ではあったけれど「日光金谷ホテル」だったのだった。そこがロケ地だったかは確かではないけれど、ロビーに座った筒井の傍にあった大きな振り子時計への思い、とか小道具の絡みも割と忠実で、そこら辺原作の雰囲気を汲み取ろうとしている感だった。

それと改めて、突然消えた夫から夜かかってきた電話に、妻瞳が「・・うん」と答えた後、第一声は作品だと「文樹がね、今晩ハンバーグを食べたいって」、小説だと「文樹がね、今日幼稚園できゅうり食べたって」だったけれど、内心の混乱さておき、複雑な瞬間にそういう風に対応できる妻だからこそ、その懐への甘えからふと失踪もしたくなり、失踪出来てしまったり、また、その元に帰れたり、ということもあって、

取り乱して泣き責め立てるストレートな相手だと、失踪もしなかったかもしれないけど、してしまったとして、果たしてすんなり戻れただろうか、というのも微妙で、今回の寺島しのぶはそういうバランス的にはやはり似合っていた感だった。

筒井家の設定も、同じ聖蹟桜ヶ丘に住み、京王線で通勤、郊外に住み都心に通うサラリーマン一家の生活、やはり、冒頭の筒井と遭遇した昔世話になったオカマとの過去も、詳細に語られ、先に作品を見たこともあり、夫婦役や義母、息子と共に、オカマ=田口トモロヲのイメージも、そう違和感なかった。

吉田作品は初めてだったけれど、文体は読みやすく、これはドラマでは登場しなかったけれど、文中、昔の写真がはさんであった本が「羊をめぐる冒険」下巻、だったりして村上春樹を好きでその系統の作家、という感触もして、そういう所から「トニー滝谷」系列で市川作品原作として目に留まったのかもしれない、とも。

本の感想の中に、「地方から東京に出てきたものの、都会の洗練さになじめきれなく、かといって地方の生活には戻れないような。それでも現実と折り合いを付けて、それなりに東京で生きている。地方出身の東京人が読むと妙な親近感を覚えてしまう」旨書いている人がいて、それはこの作品に関してのみ、というより、市川作品全般への私の感触に一部重なる部分があるとも思った。(http://www.amazon.co.jp/%E6%98%A5%E3%80%81%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%春、バーニーズで(’06)−追悼・市川準監督ー

昨日、AOLから、来年1月末でダイアリー、ブログトーク終了、という通知。ダイアリーの移行ブログ案内等もあったけれど、初めてAOL旧メッセージボードにスレッドを立ててからほぼ5年、とても、とっさに一言では言えない、色んな事があった。(http://diary.jp.aol.com/help/info/0901.html

(C)文藝春秋
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