2009/1/3

長江哀歌(’06)  アジア

日本では一昨年公開のジャ・ジャンクー監督作品。長江の三峡ダム建設で水没する運命の古都奉節が舞台、16年前自分の元を去った妻子を探しに来た炭鉱夫、同じ山西省から、2年間音信不通の夫に会いに来た女、の姿を追ったヒューマンドラマ。

主演の2人が接することはなく、炭鉱夫ハン・サンミン(俳優名も同じ)のストーリーの間に、女シェン・ホン(チャオ・タオ)のエピソードが挟まれる、という構成、男は終盤ようやく会えた妻と、やり直したいと願い、女は夫に別れを告げる、という対照的な展開。

当地の、くすんだ色の長江や対岸、解体が進む建物、瓦礫の山、半裸の労働者達の汗臭さ漂うような狭い部屋等、モノトーン的な背景。そこでの、事務所の具合が良くないパソコンや、彼らが持つ携帯、また、近くの街のビルのトイレの、手の温風乾燥機、等現代的なものが、妙に浮いている気がした。北京五輪や都会の華やかさに対して、こういう土地もまた中国、という一面も。

そういう近代化の波の中の人間模様、売春宿的な場所も見られたけれど、元々サンミンの妻もお金で買われ、その兄とも探索に来た時が初対面、という縁故の薄さ、また、携帯等を使ってはいるけれど、なかなか離れた土地で働いている妻とは連絡がとれず、解体の仕事をしながら機会を待つことになったり、またシェン・ホンの方も、最後に夫から携帯に連絡があったのは2年前、というやや想像しにくい距離感のギャップ。

それでも、相手また娘への想いに突き動かされて、長江を渡って会いに来て、男は金銭絡みの困難はあっても、妻との未来を描き、女は、夫に別の女性の影、も察知しつつ、相手との距離に、新たな相手が出来た、という嘘の気配りもしつつ、封をした形。多くを語る訳ではないけれど、切なくもそれぞれの月日や絆へのケジメのつけ方、というドラマだった。折々のハイトーンの女性の流行歌、半裸の労働者の搾り出し叩きつけるように歌う余興ライブ、等もスパイスだった。

折々に、右下に煙草、酒、茶、飴といった文字が出て、部分テーマ的というか、そういうものを、労働者仲間や親族と共有しながら流れていく日常生活の描写の中、明け方、シェン・ホンの背後で、当地の下部が細い奇妙な建物が、突如火を吹いて飛び上がり、これまで地道に現実的展開だったので、あれは実はロケットで、そういう基地でもあったのだろうか?とやや違和感あったけれど、

特典映像で、ジャンクー監督が、あれは、工事が中断した奇異な建物だけれど、この地域は余りに急激に開発が進み、それについていけないと、人は非現実な感覚になってしまう、という象徴でロケットにした、という意味合いだったようで、本編では気付かなかったけれど、シェン・ホン登場の時、眺めている空に、よく見ると小さくUFOが飛んでいたりしたのも、同様だった、と。

ラストシーンでも、サンミンが見上げる空に小さな人が歩いていて、高さ的にビルからの綱渡りにしても、綱も見えないし、やや奇妙な感だったけれど、これもそういう含みもあるのかもしれない。

同監督作品では2年前DVDで「世界」を見て、これも思えば世界の各地建物を縮小したテーマパーク、という幻想空間の中の、生の人間模様の物語、ではあったけれど、やはりこのロケットシーンは、シュールな味なのかもしれないけれど、地道な流れの中、どうも浮いている後味がした。

一番印象的だったのは、全体に殺風景な景色のトーンの中、シェン・ホンが夫と別れた後一人、長江クルーズで緑豊かな両岸の間、上海に向かう、そこだけ色彩潤いあったシーン。元々中国文化の重要な土地で、風景画や詩の舞台でもあるらしいけれど、そういう歴史の面影があって、幾ら近代化の波が色々なものを侵食しても、人が人を様々に思う心は変わらない、というような余韻があった。昨夜「タビうた」録画。(http://www.amazon.co.jp/%E9%95%B7%E6%B1%9F%E5%93%80%E6%AD%8Chttp://www.bitters.co.jp/choukou/世界(’04)

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