2009/1/13

あなたになら言える秘密のこと(’05)  ヨーロッパ

先月初旬放映の録画を見たスペインのイザベル・コイシェ監督作品。イギリスのある工場で黙々と働く補聴器を着けたヒロインが、余りの勤勉ぶりに一ヶ月休暇を言い渡され、旅先で、石油掘削所で大火傷を負った男の看護をする事になり、病床で心の傷となった出来事を語る彼に、自分も誰にも打ち明けられなかった秘密を語るように、という物語。

無機的な工場、旅先の港町、海にポツンと浮かぶ掘削所、等の風景が、元々孤独・寂寥感のようなモードに沿うものがあって、抑えた色彩、でも何処かスタイリッシュな映像、使われる音楽も、シーンに応じて個性的・叙情的だったり、感覚的には、割と気に入った作品だった。

序盤港町で、ハンナが入った中華料理か日本料理店のシーンで、女性ボーカルで馴染みない日本語の曲が流れ、ちょっと不意を打たれたけれど、後で検索中、神山みきというストリートミュージシャンの「ケンカは嫌い」という曲、と判った。この女性監督は日本通でもあるらしいけれど、スペイン作品で日本の曲が使われたのは、これが初めて、と。

2度見たのだけれど、クロアチア女性だったヒロインハンナ(サラ・ポーリー)の、生半可ではなかった、内戦中の非道・残虐さに巻き込まれて、心と体に受けていた深く重い秘密。それを語る部分は、何だか再度聞くのも辛く、2度目はその前で止めた。サラはややスカーレット・ヨハンソンをクールで地味にしたような、という印象もあったけれど、この孤独と気丈さの入り混じったヒロインに似合っていた。

でも、見知らぬ病人ジョセフ(ティム・ロビンス)との精神的な歩み寄り、怪我で目も見えず、姿も判らない見知らぬ女性に、自分の幼少期の海への恐怖の思い出や、もつれた恋故起こった悲劇への罪の意識を吐露、というのも非日常かもしれないけれど、

彼女の自身秘密を抱えつつ淡々と任務をこなす物腰で、そうさせるだけの何らかの資質、を察知して、という結果で、そうされた彼女も、彼の罪を贖罪する立場ではないけれど、相手との心の距離は縮まってきた感で、

やはりいくら姿は知った知己でも、重大な秘密、苦悩は、それを打ち明ける相手を間違うと、自分もかえって傷が深まったりしがちと思うけれど、見えない故に、感じ取れた相手の本質、という意味合いもあった気がした。

またジョセフとの関係だけでなく、掘削所の雰囲気、短期間ではあっても、少数の技術肌的男達が、彼女の彼の看護人としての、腕・プライド・立場を、暗黙の内に正当に認め、余り人に介入しない物腰や、

何気なく同性愛らしき2人の機関士、炎に身を投げた男が遺した一匹のアヒル、純粋な環境改善への思いを持つ海洋学者や、ラフなコックらとの、さり気ない交流が、相手に何らかを期待する訳じゃないけれど、徐々にそういう秘密を口に出来るような心情にさせていった、感もあって、

2人の再会以降は、少し甘めの付録で、あのまま別々の道、でもそれならそれで、という気もしたけれど、結局運命の出会いテイストになったのは、女性監督作品らしさでもあるのだろうか、とも。そう抽象的表現はなかった作品だけれど、冒頭やラスにト流れた幼い少女のモノローグは、隠れたエピソードの中の、彼女が失った子供、等だったのかもしれないけれど、やや意味不明だった。

世間からは隔離したような、無国籍風な海の上の狭い殺風景な施設で、心の鎧が外され、痛みの塊が吐き出されて、癒しあえた、という何気ない物語。場所は関係なく、そういう事は起こり時には起こり得る、という、地味ではあるけれど、じんわり沁みてくるような作品だった。(http://www.amazon.co.jp/%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%AB%E3%

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