2008/7/10

アジアンタムブルー(’06)  日本

一昨年公開の藤田明二監督作品。原作は未読だけれど大崎善生の小説。雑誌編集者と若い女性カメラマンとの恋、難病に冒された彼女と支える彼が南仏ニースに旅立って時を過ごすラブストーリー。「シルク」を見て、これもフランス舞台で日本人が、と気になっていたのを思い出した作品。

何というか、男女どちら側からしても、非日常の一種の夢の願望、的な美しいファンタジー。モチーフとなる観葉植物、細かい葉が柔らかく茂るアジアンタムがヒロイン松下奈緒の化身のようで、淀んだ日常を送る主人公(阿部寛)のオアシスとなって、という展開ではあるけれど、

真顔で地図のNice(ニース)を「ナイス」と読んだり、言動が余りに純なヒロイン像+アダルト雑誌の仕事に馴染みきれない編集者、という、阿部寛+松下奈緒でのキャラクター、気さくな小島聖の撮影シーンでのSM女王ぶり、不倫相手の高島礼子等も含め、余りドラマティックというより、微笑ましいパターン的コミック、を読み進んでいるような前半。

「水溜りに映った世界の方が現実より綺麗」、と水溜りの写真ばかり撮る彼女、その写真が2人の糸口にもなり、実際活躍中の女性カメラマンの作品らしいけれど、アジアンタムと共に瑞々しい小道具ではあった。

重病の彼女が普通の旅行者のようにニースへ旅立ち、散策したり、というのも白日夢のようで、非現実的な感ではあるけれど、「水溜りのように可愛い海」と表現したニースの風景は、海を見下ろす丘、オレンジ系の小振りな家と石畳等、さすがにどのシーンをとっても美しく心和むものが。この海岸は昨年「輝ける女たち」で目にして以来だった。

2人で教会のような所でコクトーの壁画を見て、港を歩きながらコクトーは34才の時20才の恋人を亡くした、等と話すシーンもあり、後でサイトを見ると実際コクトーが好んで滞在したという町もロケ地だった、と。

阿部寛は「バブルへGO・・」以来、思えば真っ向からのラブストーリー、というのは余り覚えなく、今回やや硬い気もしたり、松下奈緒は見たのは初めて、当時音大生で、劇中ピアノもこの人が弾いたらしいけれど、ラブシーン含めてぎこちなくも体当たり演技、という感。

そう話題作、という訳でもなかったようで、「大人版セカチュー」という呼び声は見かけたけれど、悲しさや切なさが、綺麗な風景に溶かされていくような、ファンタジックラブストーリー、という後味だった。昨夜「SONGS 絢香」録画。(http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%http://www.kadokawa-pictures.co.jp/official/adiantumblue/

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2008/7/10  17:17

 

あなたがくれた、いちばん美しい時間
 
 
■監督 藤田明二■脚本 神山由美子■原作 大崎善生(「アジアンタムブルー」角川文庫刊)■キャスト 阿部 寛、松下奈緒、小島 聖、佐々木蔵之介、村田雄浩、小日向文世、高島礼子□オフィシャルサイト  『アジアンタムブルー』 成人男性向け雑誌の編集者の山崎隆二(阿部 寛)は、新進カメラマン・続木葉子(松下奈緒)と出会う。 SM女王ユーカ(小島 聖)のヨーロッパ撮影企画を、エロ写真の専門でない葉子に、というユーカからの紹介があったからだ。 しかし、エロ雑誌に芸術は必要ないと考える編集長・沢井速雄(小日向文世)の判断で、葉子は落選する。 しかし隆二は、別の撮影で予定のカメラマンが急遽不在となったため、葉子に撮影を依頼することになる。 撮影後の通り雨でできた水溜りで、葉子は隆二を被写体に写真をとる。 「ほんとの世の中よりも、水に映った世界のほうがきれいでしょう?」 その写真の透明感と葉子自身の不思議な存在感に、我知らず癒されていく隆二だった。 おススメ度 ⇒★★★ (5★満点、☆は0.5)  cyazの満足度⇒★★★☆ まるで赤い糸で結ばれていた二人が、出会うべくして出会う愛もあれば、偶然が偶然を招いて実る愛もある。 この映画がどっちなのか、それは観る方の判断でいいように思う。 一時、書店に平積みしてあった大崎善生氏の原作「アジアンタムブルー」を走り読みしたことがある。 そのときは、さわりだけだったのであまり印象に残らなかったのだが、あらためて映像にされてみるとなるほどと思える部分は多かった。 人は誰も少なからず心に傷を持つ。 そしてそれは他人には決して介入して欲しくない部分でもある。 だけで時に直接そこに触れるのではなく、いつしか自分のほうから自然に心開いているときがある。 この映画の柔らかい部分は、きっとそんな一部分を拡大映像にしているかのようだった。  主役の阿部 寛はこういう孤独で寡黙な役柄は合っていると思う。 もちろんコメディタッチなものも十分こなしてしまう彼だが、他人の介入を阻止するような雰囲気もどこかに合わせ持っているような気がする。 人生を投げているわけではないが、夢を持って前向きに生きていない男が、友人と友人の奥さん(これも友人)との間のトライアングルを潜りながら、やっと自分の居場所に気付 



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