2009/1/7

ノー・ディレクション・ホーム(’05)  アメリカ

マーティン・スコセッシ監督のボブ・ディランのドキュメンタリー。スコセッシ作品は、劇場では2年前「ディパーテッド」、DVDでオムニバスの「ニューヨーク・ストーリー」('89)以来。姿は今村監督追悼番組でが最新。

同監督の上映中の「シャイン・ア・ライト」は、気にはなったけれどローリング・ストーンズで結構好みだった「悲しみのアンジー」演奏シーンはないようで、という事もあって見送り、でも昨年ディラン題材の「アイム・ノット・ゼア」は見に行ったけれど、このドキュメンタリーは未見だった、と。3時間半の長編でDVD2枚組み、1枚目PART1は見た。

本人、縁の人々のインタビュー+昔の本人、影響を受けたシンガー達の演奏、当時の街の様子等の映像。ディランは「天国への扉」「風に吹かれて」等、私にとっては耳に残る曲が何曲かある伝説のシンガー、で、人物自身はそう馴染みなく、「アイム・ノット・・」も生粋の伝記、でなく多面的各ファクターで斬った異色作、だったけれど、

この作品でも最初の方で、ミネソタ州の田舎町に生まれ、父が電気屋経営、等という以外は、家庭や家族についての紹介はなく、冒頭本人の言葉が「”自分の家”を見つけたかった」だったけれど、余り生身の、というよりやはり音楽通しての理想の探求者、放浪者、の印象。

音楽への馴染みは、10才の時引越し先にギターやラジオ、78回転のターンテーブルがあり、そこにあったレコードの「ドリフティン・トゥー・ファー・フロム・ザ・ショア」というカントリーを聞き、違う自分になれた気がした、と。

高校卒業後街を出て、ミネアポリス、NYのグリニッジ・ヴィレッジへと渡り歩き、影響を受けた様々なミュージシャンのモノクロ映像。ウディ・ガスリー、が最も強く影響を与えたシンガーのようで、折々登場、「アイム・ノット・・」の放浪者パートで、マーカス・カール・フランクリンが演じた黒人少年の名がウディ、だったのだった。

印象的だったのは、平らに置いた(多分)ギターの一種を弾きながらのジョン・ジェイコブ・ナイルズの浪々と響く歌声、折にギターを叩くようなストロークと同時に「パッ」と強く発しながら歌うオデッタ、という独特な黒人女性シンガー等、それと、一番耳に残ったのが、唯一知っていたジョーン・バエズ。

随分久方だけれど、改めて、神々しい、という感のした澄んだ力のある歌声、何だかディランの歌唱シーンよりも、インパクト残ったかもしれない。ディランは、彼女については、フォークそのもので、圧倒された、パートナーの予感がした、等とコメント。彼女とのジョイントや、本人のディランに関するコメントもあったけれど、密接ぶりが伺えた。

流れた中、馴染みの曲は「朝日のあたる家」と「風に吹かれて」。当時、社会不安の中、「アトミック・カフェ」でもあったような、学校等で、核攻撃に備え机の下に身を隠す訓練シーンとかもあったけれど、心を和ますような、穏やかな声の美しい曲が優勢、ハーモニカを下げたディランの粗い声、は当初業界に受け入れられず、

本人は政治的には無垢に見え、実は余りよく判っていなかったのでは、と苦笑する業界人のコメントもあったりしたけれど、本人の不屈のアピールもあって、NYの人の心を代弁するような、という無骨な歌が、プロテストソング、として巷に浸透、

当時グリニッジ・ヴィレッジは、芸術家の自由な表現の場ではあったけれど、共産主義者への逆風で、暴行シーンも見られたり、自分達は赤子のようなものだった、というコメントもあったけれど、最近見た同時代の「いちご白書」での学生達が、火炎瓶、石、こん棒、座り込み、等で社会の矛盾に立ち向かうしかなかったのに比べ、ヴィレッジのシンガー達には、一応音楽という人の心に訴える武器、があった、とも思った。

ディランはある時期その旗手の一人、だったのだろうけれど、「アイム・ノット・・」のロックスターパートだったと思うけれど、その時もあったように、商業的に見られた変容振りに、ライブで、客席から罵声が飛び交い、それをいなしながら演奏、というシーンも。

当時20才頃の飄々としたディランは、「アイム・ノット・・」の6人の中では、ほとんど抽象的なファクターでの人物、という事もあるけれど、やはり、髪型とか風貌的にも、ロックスターパートのケイト・ブランシェットのイメージが一番近かった。PART1は、’65年「ニューポート・フォーク・フェスティバル」の映像までだった。


1/8追記:DVD2枚目のPART2も、そう年代が進む訳でなく「ニューポート・・」の映像も折に出て、その前後の頃の回顧。’63年のワシントン行進、多くの民衆の前で歌ったディランとジョーン・バエズ、そこでのキング牧師の「I have a dream.・・」の演説をすぐ近くで聞き、今でも影響を受けている、というくだりも。ベトナム戦争や、ケネディ大統領暗殺、逮捕されたオズワルドが撃たれた瞬間、等、当時のニュース映像も。

やはりアコースティックギターをエレキに、フォークからロックへ、という変動ぶりが起こした、反感、ブーイング。観客のみでなく、ピート・シーガーがディランのポップな歌を聞いてコンサートで斧でケーブルを切ろうとしたり、等、敬愛するミュージシャンからの攻撃までも受け、ナイフで刺されたかのようだった、というコメントもあったけれど、基本的に周囲は余り気にしない姿勢、

スタジオでの演奏時にも、日によって拍子を変えたり、と周囲が戸惑う変化ぶりや、「Don't Look Back」('67)というディランの映画を撮ったD.A.ペネべイカーが、状況に応じた変容、と指摘していた自在な適応の才、というのも伺え、

自分が「時代の代弁者」「何がしらの良心」等、社会派、とされることへの不服、見方によれば、やや照れ臭さ、の混じったかのような不本意さ、の感情は、現代の語りや、過去の、質問に苦笑シーンも少なくない、斜に構えたような記者会見、での随所に見受けられ、

ジョーン・バエズが、ディランは座り込み等、抗議運動の類には決して姿を見せず、社会的弱者の気持ちを理解していないと、あんな曲は書けないけれど、彼は、その中心的存在にはなりたくなかった、と、説明、

でも、とても複雑な人で、彼を理解しようとしたけれど諦めた、等とも語り、最も密接なシンガー仲間でさえ、そう言う、捕え所のなさ、も伝説の所以、かもしれないけれど、自らプロテストシンガー、と認め、それも確かにある真摯な一面であっても、そのファクターだけに留まらない、多面性を持ち合わせ、音楽面でも活動でも、レッテルに縛られず自由を求めたい、という意識が強かったシンガー、という感触も、「アイム・ノット・・」と合わせて改めて。

バエズが、彼の歌は、ドアも壁もなく、彼を信望する人達には、心の奥底にあるものに直接訴えてくる、と。それはやはりあるファン層にとって、理屈抜きにそういうものなのだろうし、私にはやや時代も機会もずれた、感だけれど、抑えた照明の場所、黒のジャケット姿で淡々と語る67才の現代の風貌、初めてじっくり本人を見たけれど、余りカリスマ感、というより変動する時代の中自分を泳がせてきたシャープな感性、という印象だった。

ラストは、ライブ映像〜エンドロールにかけて「Like a Rolling Stone」上から11、12番目「風に吹かれて」「Like a・・」の歌詞・訳詞)、ヒットチャート表で、1位がビートルズ「Help」、2位がこの曲、というシーンもあったけれど、タイトルからして、この作品でのディランというシンガーの象徴、という感もした1曲だった。(http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9C%E3%83%96%E3%83%BB%E3%http://www.imageforum.co.jp/dylan/http://www.bounce.com/news/daily.php/10027/ETV特集 今村昌平に捧ぐニューヨーク・ストーリー(’89)ディパーテッドアイム・ノット・ゼア

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2009/1/5

HERO(’07)  日本

一昨年公開、一昨夜放映を一部オンタイム一部録画で見た鈴木雅之監督作品。’01年放映の連続ドラマの劇場版。傷害致死事件を巡る巨大な陰謀劇に、主人公の検事、久利生公平(木村拓也)が立ち向かっていく物語。

ドラマ版は初回だけ見たのだったか、冒頭、久利生が通販のCMをテレビで見ていたり、玄関広間からそれぞれの検事の部屋へ、という事務所は記憶にあった。顔ぶれはキムタクと松たか子以外、余り覚えなかったけれど、検事役で阿部寛もいたり、「バブルでGO!・・」のような、余り肩が凝らないテンポ。

「武士の一分」以来のキムタクの、ラフな服装、正義感テイストの検事の、ややコミック的ヒーローぶり、が一時リフレッシュ感。ドラマ「ラブジェネレーション」以来の、事務官雨宮役の松たか子とのコンビも、「ラブジェネ」の時のように、保身でなくピュアな使命感で仕事に没頭するキムタクに、好意を寄せる松たか子、の感覚で、互いにツッパリながら、の応酬が、少し懐かしかった。

筋的には、大物議員花岡(タモリ)の贈収賄疑惑もみ消し工作で、その夜歯医者に行った、という偽アリバイを成立させるために、巻き込んだ歯医者のビルの警備員梅林(波岡一喜)が、同時刻、ビルにはいず、傷害致死事件を起こしていた、という因縁で絡み、それを久利生が少しずつ解していく流れ、だったけれど、

そういう大物からコナをかけられていて、それが同時に自分のアリバイにもなるのに、どうして梅林が、捕まった当初あっさり容疑を認めていたのか、それが、自分の罪悪感の後ろめたさからの供述だったとしたら、また何故法廷で、その証言を、強制されたからだった、と覆したのか、どうも不可思議さが。

また、その梅林が、その夜起こった、犯行現場近くの火事の現場にいた、という証拠が、その放火犯の携帯に写っていた写真で、それを、雨宮らが法廷に直接持ち込んで、梅林の弁護士蒲生(松本幸四郎)がそれを証拠として認める、というのも、漫画的、ではあったけれど、

そもそも携帯での写真が、確かに火事の赤っぽい映像ではあったけれど、その問題の場所での本人とも断定出来ないのに、等、大事な証拠の扱いにしては、何だか気にはなったりしたけれど、余りシリアスな深みというより、やはり勧善懲悪のヒーローもの、の後味だった。

梅林の処分した車を追って、久利生と雨宮の韓国シーンもあって、そこでイケメン検事、としてイ・ビョンボンの姿、DVDでの「夏物語」('06)以来、日本人俳優との絡みは初めてで、2人を取り持つキーとなった韓国語科白、もあったりした。

また、ドラマでのエピソードだったのか、今一つ成り行き不明だったけれど、久利生が過去に扱った事件の被疑者で親交あるらしい滝田役中井貴一が、たまたま先日の「風のガーデン」同様、人生を達観したような物腰の末期癌患者として登場したり、放火魔役古田新太、検事達行き付けらしい店のバーテンダー 田中要次ら、ユニーク個性。絡みは余りなかったけれど、松本・松の親子映画での共演は初かもしれない。

法廷劇としてキムタクVS松本の応酬も、緊迫した臨場感、というよりエンタメ的、ではあったけれど、脇役陣の顔ぶれが、ドラマでの常連+特別ゲストが混じっていたようで、社交ダンスシーンもあった小日向文世のいつもの緩い味、姉御肌的、阿部寛との不倫関係もさり気なく匂わしていた大塚寧々、らの周囲の検事達+花岡を追うエリート肌のニヒルな特捜検事黛役の香川照之、東京地検次席検事鍋島役の児島清ら、の存在感が渋く締めていた。(http://www.hero-movie.net/index.html夏物語(’06)武士の一分(’06)

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2009/1/4

新作スレッド・TB、コメントについて  分類なし

★先日’08年ベスト10スレッドにも、お知らせとして書いたのですが、このダイアリー(ブログ)と別に、新作を書き感想募ってきたスレッド(例:崖の上のポニョ)のAOLブログトークが、1月末でサービス終了、という事になり、投稿は期限まで出来ますが、スレッドの編集機能が年末で終了、新たなダイアリー表示、こちらからのTB送信等が不能になってしまいました。

それは予定外だったのですが、スレッドを作った「ブロードウェイ♪ブロードウェイ」「ザ・ムーン」(「GSワンダーランド」は年末終了していましたが、何か関連事項・作品があればと)については、鑑賞後、こちらにも掲載してダイアリー記事にもしようかと思っています。

★トラックバック、コメントについて:昨年中このダイアリー(ブログ)、新作スレッドにTB、コメント投稿頂いた皆さん、どうも有難うございました。このAOLブログサービスも今月一杯でサービス終了、との事になり、2月以降、何らかの形でブログは続けるつもりではありますが、まだ新たな場所等未定です。

当面、5年ばかり続けてきた、掲示板としての映画ブログトークと、その延長としてきた感のこのダイアリーを、期限まで全うしたい、という気持ちで手一杯という事もあり、近頃自分からのTB、コメントは、定期的なTB欄登録以外は控えており、受信分にはお返し、というパターンにさせて頂いてます。また、新作スレッドについては、上記のように、こちらからTB送信出来なくなったので、基本的に当面、受信記事のURL欄に当スレッド分を入れてコメントでの形でご返答を、と思っており、宜しく了承下さい。(http://diary.jp.aol.com/vz9fmp6/306.html

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2009/1/4

’08年DVD・ビデオ・放映鑑賞  分類なし

昨年ここに書き込んだDVD・ビデオ・放映・映画祭での鑑賞作品感想は、単発ドラマ含めて102作品、’07年は95、’06年は119だった。昨年イラン作品鑑賞は、東京国際映画祭で「ハムーンとダーリャ」、DVDで「オフサイドガールズ」。例年のように、新作とは別に、その中の何らかの形でインパクト残った10作品を、今回鑑賞順で挙げておくと、

記載日
4/18 草の上の昼食(’59 フランス)
5/11 殯(もがり)の森(’07 日本)
6/27 ONCE ダブリンの街角で(’06 アイルランド)
7/6  シルク(’04 カナダ・イタリア・日本)
7/16 世界はときどき美しい(’06 日本)
7/20  エコール(’04 フランス・ベルギー)
7/26  雪の女王<新訳版>(’57 ロシア)
9/23  BU・SU(’87 日本)
10/13 病院で死ぬということ(’93 日本)
11/30 いちご白書(’70 アメリカ)

本数には入れていないけれど、久方に秋〜冬に連続ドラマ「風のガーデン」(11回分+特番)も追った。特番は映画、北京五輪関連、追悼、紀行等11本。AOLサービス終了の変遷期の中、起こる事に、何かと思う所はある。でも日々戻らないのだから、とは。昨夜「HERO」録画。(’06年DVD・ビデオ・放映鑑賞’07年DVD・ビデオ・放映鑑賞

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2009/1/3

長江哀歌(’06)  アジア

日本では一昨年公開のジャ・ジャンクー監督作品。長江の三峡ダム建設で水没する運命の古都奉節が舞台、16年前自分の元を去った妻子を探しに来た炭鉱夫、同じ山西省から、2年間音信不通の夫に会いに来た女、の姿を追ったヒューマンドラマ。

主演の2人が接することはなく、炭鉱夫ハン・サンミン(俳優名も同じ)のストーリーの間に、女シェン・ホン(チャオ・タオ)のエピソードが挟まれる、という構成、男は終盤ようやく会えた妻と、やり直したいと願い、女は夫に別れを告げる、という対照的な展開。

当地の、くすんだ色の長江や対岸、解体が進む建物、瓦礫の山、半裸の労働者達の汗臭さ漂うような狭い部屋等、モノトーン的な背景。そこでの、事務所の具合が良くないパソコンや、彼らが持つ携帯、また、近くの街のビルのトイレの、手の温風乾燥機、等現代的なものが、妙に浮いている気がした。北京五輪や都会の華やかさに対して、こういう土地もまた中国、という一面も。

そういう近代化の波の中の人間模様、売春宿的な場所も見られたけれど、元々サンミンの妻もお金で買われ、その兄とも探索に来た時が初対面、という縁故の薄さ、また、携帯等を使ってはいるけれど、なかなか離れた土地で働いている妻とは連絡がとれず、解体の仕事をしながら機会を待つことになったり、またシェン・ホンの方も、最後に夫から携帯に連絡があったのは2年前、というやや想像しにくい距離感のギャップ。

それでも、相手また娘への想いに突き動かされて、長江を渡って会いに来て、男は金銭絡みの困難はあっても、妻との未来を描き、女は、夫に別の女性の影、も察知しつつ、相手との距離に、新たな相手が出来た、という嘘の気配りもしつつ、封をした形。多くを語る訳ではないけれど、切なくもそれぞれの月日や絆へのケジメのつけ方、というドラマだった。折々のハイトーンの女性の流行歌、半裸の労働者の搾り出し叩きつけるように歌う余興ライブ、等もスパイスだった。

折々に、右下に煙草、酒、茶、飴といった文字が出て、部分テーマ的というか、そういうものを、労働者仲間や親族と共有しながら流れていく日常生活の描写の中、明け方、シェン・ホンの背後で、当地の下部が細い奇妙な建物が、突如火を吹いて飛び上がり、これまで地道に現実的展開だったので、あれは実はロケットで、そういう基地でもあったのだろうか?とやや違和感あったけれど、

特典映像で、ジャンクー監督が、あれは、工事が中断した奇異な建物だけれど、この地域は余りに急激に開発が進み、それについていけないと、人は非現実な感覚になってしまう、という象徴でロケットにした、という意味合いだったようで、本編では気付かなかったけれど、シェン・ホン登場の時、眺めている空に、よく見ると小さくUFOが飛んでいたりしたのも、同様だった、と。

ラストシーンでも、サンミンが見上げる空に小さな人が歩いていて、高さ的にビルからの綱渡りにしても、綱も見えないし、やや奇妙な感だったけれど、これもそういう含みもあるのかもしれない。

同監督作品では2年前DVDで「世界」を見て、これも思えば世界の各地建物を縮小したテーマパーク、という幻想空間の中の、生の人間模様の物語、ではあったけれど、やはりこのロケットシーンは、シュールな味なのかもしれないけれど、地道な流れの中、どうも浮いている後味がした。

一番印象的だったのは、全体に殺風景な景色のトーンの中、シェン・ホンが夫と別れた後一人、長江クルーズで緑豊かな両岸の間、上海に向かう、そこだけ色彩潤いあったシーン。元々中国文化の重要な土地で、風景画や詩の舞台でもあるらしいけれど、そういう歴史の面影があって、幾ら近代化の波が色々なものを侵食しても、人が人を様々に思う心は変わらない、というような余韻があった。昨夜「タビうた」録画。(http://www.amazon.co.jp/%E9%95%B7%E6%B1%9F%E5%93%80%E6%AD%8Chttp://www.bitters.co.jp/choukou/世界(’04)

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2009/1/2

紅白歌合戦  音楽

一昨夜第59回紅白歌合戦、やや気忙しく、折々にオンタイムと一部録画で。浜崎あゆみと布施明でスタート。布施明は昨年と同じ「君は薔薇より美しい」、やはり「シクラメンのかほり」か「積木の部屋」ならば、と。

4組目「崖の上のポニョ」の前に宮崎アニメシリーズ。「となりのトトロ」から、男3人の羞恥心、女3人のPaboというユニットと少年少女合唱団で「さんぽ」、久石譲氏のピアノで「風のとおり道」。

「天空の城ラピュタ」から、平原綾香、青山テルマ、初耳の吉岡聖恵で「君をのせて」。平原綾香は久石氏の友人、とのことで、武道館公演でも「・・トトロ」の歌を歌っていたのだった。そして「ハウルの動く城」の映像が出た時、ハウルの声優だったキムタクが、久石氏のワルツ曲について、この映像の魅力を100%引き出せるのはこの音楽しかない、等コメント。

そして、このステージで一応解散、という藤岡藤巻と大橋のぞみの「・・ポニョ」。今改めて、でもないけれど、こののぞみちゃんというのは、美少女系ではないけれど、キョトンとしたコケティッシュさが、ポニョキャラクターにもマッチした感触。両側、赤いスモッグ状の服装の子供達がポニョ人形を両手に、一緒に振り。審査員達も、このポニョ人形を手に。

中盤、久石氏は「私は貝になりたい」の曲については、夫婦の絆を現したかった、と。そのワルツ曲演奏をバックに、劇中夫婦役、今回司会コンビの中居君と仲間由紀恵がコメント、中居君は、今は色んな事が恵まれすぎて横着になってしまっている、もの、人、お金、家族、何より命を粗末にしてほしくない、仲間由紀恵は、愛する人に先立たれた遺された人達の悲しみ、悔しさ、ぶつけようのない怒り、そういう心の傷は、いつまでたっても消えない、戦い、争いは決して許してはいけない、等。それに続いて、秋川雅史「千の風になって」は流れ的には良かったと思った。

見た中、視覚的にはやはり小林幸子の黄金の溶岩〜巨大な羽衣装はいつもの派手さ、久方の再結成SPEEDの「White Love」、意外に初出場だった、水谷豊のやや緊張気味の「カリフォルニア・コネクション」等もあったけれど、今回一番耳に残ったのは、徳永英明の「レイニー・ブルー」。一昨年「壊れかけのRadio」も良かったのだった。

それと、記憶に新しい平原綾香の「ノクターン」。この曲の前に、緒形拳さんの大河ドラマ「峠の群像」「プラネット・アース」、秋頃見たドラマ「帽子・・」での映像が出て、「武士の一分」で共演したキムタクが追悼のコメント。丁度昨年末、放映を見たのだったけれど、「武士・・」では緒形さんは彼の剣の師匠、なのだった。物語を離れた所でも、役者、人生の師匠として、大きな糧を与えてくれて、お芝居に対する情熱を真近で感じられた事を、今でも自分の大きな財産と思っている、等の内容。

「風のガーデン」の名は出さなかったけれど、最後の出演になったドラマの主題歌、とのことで、緒形さんは亡くなる5日前にドラマの発表の席で、この曲を聞いていた、と仲間由紀恵が紹介。平原綾香が黒のノースリーブドレスで熱唱。そう長い曲ではないので、出来れば一緒に「カンパニュラの恋」の方も聞きたかった。今年も勝ったのは白組。昨夜「コレリ大尉のマンドリン」録画。(http://www9.nhk.or.jp/kouhaku/’06紅白歌合戦’07紅白歌合戦 寺尾聡等崖の上のポニョ私は貝になりたい武士の一分(’06)カンパニュラの恋/ノクターン(’08)

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2009/1/1

二ノの空(’97)  ヨーロッパ

フランスのマニュエル・ポワリエ監督作品。数年前期間限定ビデオ店舗で買ったまま未見だった作品。ヒッチハイクで乗せ、車を盗んだ男と、車を盗まれた男との間に生まれた友情、2人の風来坊な旅を描くロードムービー。

放浪者のイタリア生まれのロシア人二ノ(サッシャ・ブルド)と、スペイン人の靴のセールスマンのパコ(セルジ・ロペス)の異国者同士が、パコと出会った女性マリエット(エリザベート・ベタリ)の冷却期間をおくことになった恋愛絡みもあって、共にあてどない旅に。

二ノは結婚直前婚約者が消え、パコは恋人と別れたばかり、という互いに苦い経験を持つ2人、二ノと女性との接近を図りアンケート員を装ったり、の計画をしたり、出会う女性達とのアバンチュールや、仕事探しをしたりの道中。

最後に会った、シングルマザーのナタリー(マリー・マサロン)と二ノとのハッピーエンド、結局マリエットに振られてしまったパコを加えて、父が違う10人程の子供達と食卓を囲むラストシーンが、2人が辿り着いた居場所、アットホームというか、少し圧巻なシーンだった。

セルジ・ロペスは「歌え!ジャニス・ジョプリンのように」('03)でマリー・トランティニャンの夫役、だったのだった。サッシャ・ブルドはフランス版電車男だった「メトロで恋して」('04)に出ていたようだった。フランスの片田舎の田園や港の風景をバックに、彼らの間のコミカルなバランスの妙。

二ノが、行きずりの家出息子の家を尋ね、その父に「愛を持たないと、人生が辛くなりますよ」等と、間を取り持ったり、というさり気なく人情的くだりも。全編に流れる、フラメンコ調のギターの旋律が、ラフな旅のムードに合っていて印象的だった。月曜夜「青春漫画〜僕らの恋愛シナリオ〜」昨夜「紅白歌合戦」一部録画。(http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8B%E3%83%8E%E3%81%AE%E7%

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2008/12/31

’08年度ベスト10作品 AOLブログトークスレッド  映画

アクセス数:516
投稿日時 2008/12/31 10:00:09
更新日時 2009/1/29 14:00:14

毎年年頭に、前年劇場鑑賞した中から個人的年間ベストを挙げてきましたが、新規スレッドを立てられるのも今日までなので、ケジメとしても今挙げておきたいと。AOLメッセージボード時代から、当面、これが私が立てる最後のスレッドになるかと思います。

今年は特に後半、市川準監督追悼で旧作を追っていたり、余り食指の動く新作がなかったりしましたが、振り返ると、やはりベスト1に浮かぶのは「崖の上のポニョ」、思えば昨年度(’07年度ベスト5作品)ベスト1もフレンチアニメ「アズールとアズマール」でした。

1崖の上のポニョ
金魚の時のポニョが好感、初めて海が舞台、絵本のようなタッチの宮崎アニメ。

2マイ・ブルーベリー・ナイツ
初のアメリカ舞台のカーウァイ作品でしたが、何処かカーウァイ的色彩、レトロ感の味わい。

3赤い風船
パリの街舞台、赤い風船と少年の交流が微笑ましい、シネマ・ポエムと呼ぶのが似合った感の珠玉短編。

4大いなる陰謀
派手さはないものの、レッドフォードの久方の姿もあり、結構見入ってしまった硬派ドラマ。

5WALL・E/ウォーリー
ロボットのウォーリーとイヴの仄かな恋、宇宙、巨大宇宙船の未来都市スケール等、見応え感。

6タカダワタル的ゼロ
健在の頃の「タカダワタル的」に続いて、伝説の高田氏のオーラがスクリーンから。

7魔法にかけられて
お伽の国のアニメ+ニューヨーク舞台では実写、でのファンタジックな王女物語。

8サーフズ・アップ
主人公ペンギンは渋めでしたが、架空の島のエキゾチックさ、波や海中のリアルさがインパクト。

9王妃の紋章
豪華スケール、金や赤の色彩煌びやかな映像+愛憎劇を演じたコン・リーの美しさ。

10ざ・鬼太鼓座
太鼓パフォーマンス迫力+四季の自然美が織り込まれ、少し新鮮だったドキュメンタリー。

その他、歌唱賞:エヴァン・レイチェル・ウッド(「アクロス・ザ・ユニバース」で「If I Fell」等熱唱)、動物賞:「ミーアキャット」の主人公コロの兄、アーティスト賞:ヘンリー・ダーガー(「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」の画家)、スポーツ賞:ブラック・ジャック(「燃えよ!ピンポン」)等でした。

上記作品(群)についてや、独断と偏見のベスト10、5、3、1、〜賞、印象に残った俳優、キャラクター等.あれば自由にどうぞ!(投稿でもメールでも結構です)<修・訂正、TB送受信の度に更新に。ダイアリー表示ではコメント欄クリックで感想等投稿欄に。>



7 >6 続き

投稿者:Autumn 投稿日時 2009/1/29 14:00:14
更新日時 2009/1/29 14:00:14

以上、やはり、こうして挙げてみて改めて、嗜好で音楽ものが多い、という事と、’06年冬から並行して、ダイアリーへの旧作感想も記録してきたのでしたが、全く個人的な枠のブログとは違うのは、その時々の、メッセージボード、ブログトークの様子が重なって、この作品の時は、ああいう事があった、とか、同時に記憶に残っている場合も、割とあったりする点だったかと思います。

現各自スレッド保存はしましたが、終了後は、ブログトークと共に前MBも、ついに本当に閲覧出来なくなるのか、どうなのか、AOL側からは以前、’05年末ブログトークに移行後、まもなく消滅、とは聞いてましたが、いまだに生きているし、なってみないと判らない、という所で、折に関連作品感想中、リンクしたりもしてきたので、私は残る事を、願いたいのですが。

何にしても、この5年間の私の生活の軌跡の一部、と思います。改めて、ですが、自分のスレッドに投稿、トラックバック下さった方々、他のスレッドマスターだった方々、アクセスして、自なりにしか書けませんでしたが感想を読んで下さった皆さん、どうも有難うございました。

(訂正:3の4つ目ジョぜと虎と魚たち→ジョゼ・妻夫君→妻夫木君、4の4つ目プリンス&リンセス→プリンセス)



6 >5 続き

投稿者:Autumn 投稿日時 2009/1/29 12:58:14
更新日時 2009/1/29 12:58:14

★アズールとアスマール’07年9月鑑賞:
’07年度個人的ベスト1作品。独特なタッチの色彩で描かれた、イスラム世界の渋味アニメでした。

★エディット・ピアフ 愛の讃歌’07年10月鑑賞:
マリオン・コティヤールが、波乱の歌姫人生を、情感豊かに再現してました。

★マイ・ブルーベリー・ナイツ’08年3月鑑賞:
やはりアメリカ舞台でも、レトロな味、カーウァイ色、を感じた作品。

★タカダワタル的ゼロ’08年5月鑑賞:
高田氏が’05年逝去、再びライブ映像等でのオーラ。「生活の柄」等、やはりある意味生活テンポの指針、とも。

★崖の上のポニョ’08年7月鑑賞:
’08年度個人的ベスト1作品。ポニョ、というコケティッシュなヒロイン、海舞台、絵本タッチ、何にせよ、この宮崎アニメが昨年マイベストになったのでした。

★赤い風船’08年9月鑑賞:
意外と余り古さを感じなかった、瑞々しいパリの風船+少年のファンタジーでした。

★WALL・E・ウォーリー’08年12月鑑賞:
記憶に新しい、ロボットながら(なり)の感情表現、スケール感あるCG映像堪能でした。

★ザ・ムーン’09年1月鑑賞:
先日見たばかりで、やはり、この時期の締めの作品、として良かった、とつくづく思う作品でした。



5 >4 続き

投稿者:Autumn 投稿日時 2009/1/29 12:55:46
更新日時 2009/1/29 12:55:46

★ニライカナイからの手紙’05年6月鑑賞:
’05年度個人的ベスト1作品。沖縄発、蒼井優の繊細な魅力と、作品のてらいない優しさでした。

★四月の雪’05年10月鑑賞:
ヨン様+ソン・イェジンの抑え目ラブストーリー。時が経って、もう一度見てみたい気もする作品。

★春の雪’05年11月鑑賞:
三島由紀夫世界を、大正時代の背景、妻夫木君のナイーブさ+竹内結子の優雅さ、で映像化。


〜ブログトーク期(’05年12月〜現在)〜

★ダ・ヴィンチ・コード’06年6月鑑賞:
作品、というより、原作に意外にはまり、当時MBにいた方と「映画しりとり」でシリーズ化もありました。

★フラガール’06年8月鑑賞:
’06年度個人的ベスト1作品。蒼井優達のフラダンスシーン+人情テイストで、久方の感涙作でした。

★リトル・ミス・サンシャイン’06年10月鑑賞:
映画祭で見て、ラストのアビゲイル嬢のパフォーマンスには、やはり久方に可笑しく感涙しました。

★ウインターソング’06年12月鑑賞:
これは、見た当時より、時が経って、意外と叙情性が良かったのでは、という気がした作品。

★マリー・アントワネット’07年2月鑑賞:
マリー・アントワネットというテーマを、コッポラが華やかに斬った、徹底した絢爛さ。



4 >3 続き

投稿者:Autumn 投稿日時 2009/1/29 12:49:07
更新日時 2009/1/29 12:49:07

★ロスト・イン・トランスレーション’04年8月鑑賞:
スカーレット・ヨハンソンとビル・マーレイが、まったりと東京を漂うムード、「風をあつめて」も使われました。

★千の風になって’04年8月鑑賞:
オムニバスの、天国への手紙、形式作品。歌のブレイク前で、ひっそり上映、という感じでした。

★スウィング・ガールズ’04年9月鑑賞:
ラストのステージに盛り上がっていく、上手くはないけれど、生徒達が楽器に取り組み健気な演奏ぶりでした。

★プリンス&リンセス’04年9月鑑賞:
いまだに壁にパンフレット兼大判ポスターが張ってある、影絵の素朴なタッチのアニメ。

★オーバードライヴ’04年10月鑑賞:
柏原収史や、三味線演奏家達の、迫力津軽三味線パフォーマンス。

★岸辺のふたり’04年12月鑑賞:
DVDも買いましたが、たった8分間の珠玉の短編アニメ。’07年春、「春のめざめ」と共に再度劇場で見られたのでした。

★清河への道’04年12月鑑賞:新井英一が、叩きつけるように歌い上げる、カツ入れ曲でした。

★イブラヒムおじさんとコーランの花たち’05年12月鑑賞:
オマー・シャリフの懐深く渋い存在感+エスニックなトルコ舞台の作品。



3 AOL時代の総括として

投稿者:Autumn 投稿日時 2009/1/29 12:45:19
更新日時 2009/1/29 12:45:19

明後日で終了になりますが、5年間投稿してきた、AOL時代の総括として、色々と具体的に回顧し始めたら、様々な思いも、キリがありませんし、とりあえず、今、振り返って、何らかのインパクトの残り香ある劇場で見た作品を、ベスト〜という事ではないですが、鑑賞順に、感想を書き込んだ現状のスレッドと共に、ここに挙げる形でしておきたいと思います。

私は’04年の2月に、AOL前メッセージボードの映画カテゴリーに「KYOKO」というスレッドを立てて参加して、自分で作品スレッドを立てたり、他の方のスレッドに投稿を始めたのは、その5月頃からでした。以前のものからピックアップしてきて、切りよく30作品にしました。


〜メッセージボード期(〜’05年11月)〜

★花とアリス’04年5月鑑賞:
’05年度個人的ベスト1、蒼井優のバレエシーンや、トーンの柔らかな映像の「宝石箱」のような作品。

★タカダワタル的’04年5月鑑賞:
高田渡氏健在の頃、上映後、初めて体験の同氏のライブ付きでした。

★スクール・オブ・ロック’04年6月鑑賞:
ジャック・ブラックの破天荒ロック教師が、炸裂はまり役、の可笑しさ。

★ジョぜと虎と魚たち’04年6月鑑賞:
ジョゼはサガン作品のヒロイン、池脇千鶴+妻夫君の、気丈で切ない恋模様でした。

★永遠のモータウン’04年7月鑑賞:
チャカカーンの「What’s Going On」等、迫力のモータウンサウンド。

★下妻物語’04年7月鑑賞:
ロリータ深田恭子+ヤンキー土屋アンナの、ミスマッチコンビの友情の疾走感。



2 リンク訂正

投稿者:Autumn 投稿日時 2009/1/6 10:00:04
更新日時 2009/1/6 10:00:04

上記の、1「崖の上のポニョ」のリンクが、「’07年度ベスト5作品」スレッドの方リンクになっていました。

正しい該当スレッドは⇒崖の上のポニョですので、こちらに訂正しておきたいと思います。



1 訂正、編集機能終了にあたってお知らせ

投稿者:Autumn 投稿日時 2009/1/1 12:00:18
更新日時 2009/1/1 12:00:18

上から6行目「アズールとアズマール」⇒「アズールとアスマール」です。訂正編集しようとした所、再保存が効かず、先程AOLにも確認したのですが、新作スレッド作成終了と同時に、編集機能も終了したようなので、こちらに、と。

スレッドのレスやTB削除の管理は出来るようで、試してみると、TB受信も大丈夫なようですが、何分編集が効かないので、こちらからのTB送信等は出来なくなりました。現状1月中こちらからTB送信の場合は、代わりに、コメントで、又はダイアリーに記事を写して等、何らかの形で出来れば、と思っています。
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2008/12/29

チャン・イーモウ 北京五輪を語る  分類なし

昨夜放映の一部録画一部オンタイムで見た番組。北京五輪開会式について、映像を交えながら、チャン・イーモウ監督に香川照之がインタビュー。

当時見たのはダイジェストだったので、今回初見の演目もあり、最初の方に映った、最もこだわった、という、昔紙代わりだった「竹簡」という竹の用具を持った、大きな羽のついた髪飾り、古風なチャコールの長い裾の着物姿の人々が掛け声と共に踊る演目、も新たに見たかもしれない。

イーモウ監督と香川照之は初対面のようで、中国映画で主演した事もある、と紹介され、多分「故郷の香り」('03)ではなく「鬼が来た!」('00)の事かと思うけれど、そういう経験もあってインタビュアーに起用されたのか、思えばイーモウ作品には日本人では高倉健が出たのみだけれど、香川照之にはあなたの作品を見た事がある、と言っていた。

香川氏が、五輪開会式、というより、イーモウ監督のフィルモグラフィーに加えるべき1本の映画、として堪能した、と語り、同監督は、自分のバレエやオペラ演出の仕事の経験も役立ったけれど、映画100本分の困難があった、悠久の歴史を、古いやり方でなく最新技術で表現したかった、等とコメント。

1万5千人の出演者皆が、耳にイヤホーンを付けていて、そこからは、音楽でなく号令が流れ、それに合わせて動いていた、と、多くの生の”人”を使った、あたかもコンピューターグラフィックのようなプログラムの裏話も。

一番印象的だった、活版印刷の文字が躍動する演目では、それぞれの漢字の四角のプレートの下に、人が入って動かしていたのだったけれど、2人共最も好きな演目だった、とのことで、香川氏は、機械で動かしているかグラフィックだと思い、人が入っていたとは思わず、そう判った時、思わず鳥肌が立った、と語り、

同監督は、あの演目だけで1年半練習、一人で千回の動作を絶え間なく続け、号令はかけるけれど、中の人間は何も見えないし、とても複雑な演出だった、と。演じたのは人民解放軍兵士達で、1つの活字の重さは18キロあり、波がうねる様な動きは至難の技、とナレーション。やはりあのダイナミックな演目の裏話でちょっと興味深かった。

子供時代、国民党員の父は満足な仕事がなく、家族は迫害され、文化大革命で「下放」され、18才の時から3年間農村で働き、貿易工場で働いた後、28才で国立の映画学校(北京電影学院)に入学、ようやくチャンスを得た、等の略歴の紹介。

この、自分の主張を持てず、個性の許されなかった10年間の苦い時代、人間や社会の悲劇を体験した事が、自分の財産で、人生の考え方が変わった、やはり自分の映画作りの原点は、農村での体験、とのことで、「あの子を探して」('99)の映像も少し出たけれど、

その頃のモノクロの青春、の反動で、今カラフルな色彩に満ちた作品を作っている、失った個性を取り戻そうとしている、等の「HERO」「LOVERS」等のテイストに関するコメントもあり、この五輪イベントがその凝縮ハイライト、になったかもしれない、とも改めて。

農村や学校での友人談で、よく働いていた、とても勉強家で普通の人より数倍努力しており、いつ眠っているのか不思議だった、等の話。本人は、この五輪でも、これだけ条件が良ければ成功するのは簡単、等と言われたけれど、3年間携わってきて1日たりともリラックス出来た事はなく、常に努力が必要だった、自分は中国で一番優れた監督、などと言う勇気はないが、一番勤勉だとは自信を持って言える、等と語っていた。

批判があった、少女の口パクの件については、それぞれ演技、歌の上手い2人の少女と5ヶ月練習を共にして、どちらかだけを選ぶ、という事はしたくなかった、というやや口を濁したようなコメント。CG花火については、当日、スタジアムまでの足型花火は打ち上げたのだけれど、それをヘリコプターで追う映像が、追いつかないため、一部リハーサルの時の映像を使った、等という説明。

何らかの事情はあったのかも知れないけれど、ヘリコプターを本番で1機しか使えない、という制限があったとも思いにくいけれど、実際花火は打ち上げたものの、伝えられる映像には手が加えられていた、という真相。やはり見る側にすれば、TV通してであっても、映画とは違い掛け値なしの一度きりの本番セレモニー、のつもりではあって、やや微妙、に思えたコメントだった。何にしても今年のビッグイベントの一つだった、と思い出された番組だった。(http://www3.nhk.or.jp/hensei/program/k/20081228/北京五輪開会式ハイライト報道ステーション イーモウ監督インタビュー故郷の香り(’03)王妃の紋章単騎、千里を走る

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2008/12/26

クリスマスの約束  音楽

昨夜クリスマス恒例の小田ライブ、一部録画一部オンタイムで。ブルーグレイの毛糸の帽子姿、歌ったのは「こころ」「愛を止めないで」「たしかなこと」「さよなら」「生まれ来る子供たちのために」「言葉にできない」「ラブストーリーは突然に」「もう歌はつくれない」、メドレーで「夏の終わり」「眠れぬ夜」「やさしさにさようなら」「between the word & the heartー言葉と心ー」、松たか子・佐橋佳幸とのセッションで「おやすみ」「今日もどこかで」、「東京の空」「さよならは言わない」。

昨年還暦を迎え、今年史上最年長のドームツアー、今回最初の方で各地でその名所に出かけた”ご当地紀行”の映像も。自然や建築物に感動したり、体力作り兼ねて走ったり、地元のファンとざっくばらんに接したり、呟いたりする様子。

ファンの希望で小田さんのひざに乗ったり握手した赤子が泣き出し、「親は良かったね、とか言うけれど、子供は嬉しくねえんだ」と苦笑い、また中学生か女子高生位の子から、通りで母が好きなんです、とサインを頼まれ、カメラに向けて「(ファンは)お母さんだと思ったよ」等とこれも苦笑い、等のシーンも。

ゲストは今回松たか子と佐橋佳幸夫婦のみ。松たか子は一昨年も出演、この夫婦は今回初めてツーショットで公の場に出たそうで、佐橋佳幸は松たか子のライブでもバックにいたと思うけれど、じっくり姿を見たのは初めて、もう少し長身2枚目系、と思っていたけれど、背は松たか子よりやや低く、どちらかと言えばずんぐり体型だった。

松たか子の初めての小田提供曲「本当の気持ち」、は元々小田さんと接触あった佐橋氏が、小田さんに書いて欲しいと頼んだ、という経緯だったのだった、と。松たか子にとって、音楽について、その場で素直に判らない事を聞けるプロデューサーだった、等のコメント、仲は良さ気でステージを去る時も、手を繋ぎ、肩を組んで、の姿。

松山市では伊丹十三記念館を訪ね、宮本信子が迎え、憧れだった人、ということで初対面だったのかもしれない。伊丹さんにはあちこち影響されている部分があるように思い、好きだったので、感慨深いものがあり、是非お会いしたかった、等と語っていた。小田さんと伊丹作品、というのはユーミンと市川準作品、等に比べるとやや意外な繋がり、ではあった。

例年より、オフコース時代の曲も割と多かった。小田版「眠れぬ夜」は多分初耳、毎年思うけれど、ゲストに鈴木さん(出来れば他の元メンバーも)登場で、一時でも再結成実現、はないだろうか。今回もやはりハンカチで目頭を押さえる女性達の姿もあった。

やはり一番インパクトは「ラブストーリー・・」、いまだにイントロで反射的に「東京ラブストーリー」のシーンの幾つかが浮かぶし、久方に聞いてDNA的切なさが掘り出されてしまう褪せない曲。この曲でステージから下りていって、観客にマイクを向けて小刻みに歌わせるシーンもあった。(http://www.tbs.co.jp/program/christmaslive_2008.htmlあの歌がきこえる「言葉にできない」フィルム空の鏡(’97)あの歌がきこえる「生まれ来る子供たちのために」’06クリスマスの約束’07クリスマスの約束

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2008/12/25

初恋(’06)  日本

月曜夜放映の録画を見た塙幸成監督作品。原作は中原みすずの同名小説、日本犯罪史上最大のミステリー、と言われる’68年の3億円強奪事件の実行犯は、18才の女子高生だった、という設定、その視点から事件までの日々、実行、その後を描いたミステリー。

やはり実際の迷宮入り事件題材、そして宮崎あおいヒロイン、とのことで気になってはいた作品で、この機会に。この事件自体は、グリコ・森永事件と共に時効になった謎の大事件、という伝説、の感触、劇中もあった指名手配のモンタージュ写真の印象はおぼろげに残っている。

この主犯者である岸(小出恵介)が、’60年代の権力への抗いの空気の中、話を持ちかけたみすず(宮崎あおい)に、自分も権力を憎んでいる、石を投げても角材を振り回しても、権力は痛くも痒くもない、頭で勝負したい、等と語っていたのだけれど、

東大生で、溜まり場のジャズ喫茶Bで一人詩集を手にしているインテリ、父が政治家、という背景は伺えても、そこまでの大事件を起こすよう、駆り立てられるまでの経緯が、どうも唐突な感だった。事件後、共犯格のバイク屋の老人(藤村俊二)を亡き者にし、岸を世間から遠ざけたのは、政界の影のようだけれど、何かの手掛かりで嗅ぎつけたとしても、岸が大臣の息子だった、という理由だけで、事件を闇に葬ろうとしたのも、不可思議だった。

まだ納得出来たのは、現行犯を頼まれ、引き受けたヒロインみすずの心情。あえて描かなかったのか、父が死に、母が兄だけを連れて出て行き、身を寄せた叔父の家は一切登場せず、また学校の教室でもポツンと一人だけ。離れていた兄(宮崎将)が現れ、渡されていたマッチのジャズ喫茶Bを見かけ、仲間入りし、そこの若者以外とは、一切交わるシーンがなく、やさぐれた、違う世界に住む感の兄とも血の通った兄妹愛、という場面はほとんどなく、孤独な風情漂う少女。

彼女自身に、体制への反抗、大事件の意義、等の意識は皆無、無垢に見え、ただ普段自分を気にかけてくれる青年から、自分が必要とされている、という一点のみで、現行犯を引き受け、相手と共にする、ある種のお祭り的イベント、の感覚で、実行してしまう。

それゆえ罪悪感、というものも皆無で、事件後大学受験に合格、でも岸の世話したアパートで、戻らぬ岸を待つ孤独、岸の自分への想いが綴られたノートを目にして涙する、その大事件とは裏腹なピュアな”初恋”の切なさが残った物語。ラストのテーマ曲は元ちとせだった。この役のやや影ある宮崎あおいは、「害虫」での彼女が重なったりした。実兄でもある宮崎将は、余り馴染みなかったけれど「EURIKA(ユリイカ)」でも共演していたのだった。

実際、実行犯が無免許者、というのは有り得ても、女子高生、というのは、その声が、現金輸送車に乗っていた数人の内、誰かは若い女、と気付きそうではあるし、やはりファンタジー的仮想物語、とは思うけれど、

それが恋愛絡み、でなくても、ある人間、集団から自分の存在価値を認められる、という、他人からすれば単純な原点で、若者が世間でいう”犯行”に走るのは、感覚的に判る気がするし、この事件は、一切人を殺めなかったけれど、ふとオウム事件が過ぎったりもした。

昭和の時代を感じさせるモノクロ風景、人物写真、折に流れた「ブルー・シャトー」「スワンの涙」「白い色は恋人の色」等の曲、流行りだしたミニスカート、首都高開通、アポロの月面着陸、等のニュース、アームストロングの「この一歩は・・」のコメントに、みすずが部屋で寝そべって「月まで行っても、歩くのか・・」等と呟いたりしていたシーンもあったけれど、

溜まり場ジャズ喫茶Bの退廃的な何か閉塞感、ラストで語られた、それぞれの若者の、故郷で実家の商売を切り盛りしている、というユカ、以外は、皆夭逝、の末路。その一人から生まれた「3億円事件」、と思えば、これはタイトルからしても、この事件をモチーフにした純愛作品、のテイストかもしれないけれど、”時代”が生んだあの大事件、というコンセプトなら、やはりそこに密かに渦巻いていた個人レベルの憤り、がもっと描かれていれば、とは思った作品だった。(http://www.amazon.co.jp/%E5%88%9D%E6%81%8B-%E3%83%97%E3%83%AC%E3%http://www.hatsu-koi.jp/

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2008/12/23

カンパニュラの恋/ノクターン(’08)  音楽・映画(ドラマ)

「風のガーデン」のテーマ曲だった平原綾香の「ノクターン」、毎回最後に流れ、特に強く気に留めていなかったのだったけれど、最終話で日本語歌詞版の「カンパニュラの恋」が劇中、札幌のチャペルコンサートで歌われるシーンで聞いて、初めて哀愁帯びた割といい曲、と思った。

元々「ノクターン第20番 嬰ハ短調 遺作」が原曲、史香という人が英詞を付けたけれど、「カンパニュラの恋」の日本語詞は平原綾香だった、と。出だしの「Love true love・・」の部分は同じだけれど、それ以外は余り忠実に和訳した訳でもないようだった。この日本語版は、第10話で、エリカ(石田えり)の店でラジオから流れてきて、白鳥(中井貴一)が耳を傾けた、というシーンは記憶に新しいけれど、その前にも第5話で茜(平原綾香)が歌っていた、と某サイトで見かけたけれど、どうもそういうシーンは思い出せず、

自分の感想を見直してみると、第5話はモチーフの花がカンパニュラ、で、病院を去り富良野に行く決心をした白鳥が、旅立つ事を茜に告げに行った回で、これからレコーディングする、と言って「カンパニュラの恋」の譜面を見せたりしていたのだった。その後、短くてもそういうレコーディングシーンがあったかもしれない。

第2話で2人で北海道に来て、茜の部屋で、茜が白鳥に、ショパンの曲が元の曲を歌うことになった、と告げていて、その時一部聞かせて流れていたのはショパンの原曲だったと思うけれど、原曲の事で、ショパンの恋人を亡くした悲しみ、等を話していた覚えがあったけれのだけれど、

検索中、「ショパンの死後26年もの間、封印されていた遺作で、祖国ポーランド(ワルシャワ)を去る1830年に作曲された作品である。妹を若い時期に亡くしたショパンの胸のうちが投影されているかのよう。」等という記述を見かけ、恋人でなく妹の事を話していたのかもしれない。「風のガーデン」は今となって、保存録画にしておけばよかった、と。抑えたメランコリックなメロディで、病魔に冒された主人公の残された日々、という物語の大筋には似合っていたテイスト、の感が。

最終話では、ルイから白鳥の死を聞かされた茜が、悲しみと動揺を抑えながら、チャペルコンサートでピアノバックにこの曲を切々と歌う、というシーン、途中からルイが歩く夜の札幌の街の雪景色にも、割とフィットしていた。何だか何度か書いていたように、霞のような恋模様、ではあったけれど、相手の死を知った、その静かで哀しい終焉、というニュアンスだった。

カンパニュラの花は何種類かあるようで(正式名不明だけれどこれも↓)、最終話で白鳥が、ルイ(黒木メイサ)を通して、茜にと手渡した押し花は、カンパニュラ・プンクタータ・ウェディングベル、第5話では鈴蘭の大粒のような白い花だったけれど、今回淡い黄色がかって見えた。貞三(緒形拳)の花言葉は「孫娘を嫁に出す日」で、昔、蛍を採った時、その花弁の中に入れていた、という事から、日本語名は「蛍袋」だった、等と語っていた花だった。

平原綾香は女優としては、今回本職であるシンガー役だし、テーマ曲も担当、というイメージ効果とかも加わって、終わってみて無難というのか、未知数な気がした。この人のクラシック原曲の曲、と言えば、ホルストの「組曲「惑星」/木星」原曲の、スケール感ある「Jupiter」もだけれど、マイベストはやはり平原バージョンのユーミン曲「晩夏(ひとりの季節)」、この2曲辺りは、久方に聞くと一時でも心洗われる。昨夜「初恋」録画。(http://www.fujitv.co.jp/garden/index.html風のガーデン〜第5話カンパニュラ風のガーデン〜最終話ナツユキカズラSONGS 秋川雅史・平原綾香

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2008/12/22

風のガーデン(’08)〜最終話ナツユキカズラ  日本

先週の最終話録画で。冒頭内山(伊藤蘭)が白鳥(中井貴一)からの、最後の手紙を読んでいるシーン、その後富良野の貞三(緒形拳)の所へやってきて、何とか白鳥に会えないか、役に立てないか、と訴えた。

白鳥とは携帯も繋がらず、連絡が取れなくなった、と言っていたけれど、白鳥が前の携帯を地中に埋めた後、後片付けに上京した時、自宅で彼女に会っていたので、連絡を絶とうとしたのは、彼女でなく茜(平原綾香)の方だと思ったし、内山には薬等を送る時の気付に富良野のエリカ(石田えり)の理髪店の住所を渡していたり、その気になれば方法はあったはず、等とは思った。

白鳥の意志、そしてルイ(黒木メイサ)が世話をしており、これまでバラバラだったし、家族だけで、他の方の申し出はお受けしたくない、と穏やかに告げる貞三。

内山が以前の白鳥の妻の事件の背後の女性、という事は、貞三も知っていたと思うけれど、そういう、そもそも家族の亀裂の因縁、また、白鳥のためなら、病院の看護婦長の座はどうでもいい、と言ってはいたけれど、白鳥のために全てを投げ打ってきた、という訳でなく、現に友人の妻という立場、を思っても、家族が世話する白鳥の最期に立ち合う、というのは、このドラマでは、実現していたとして、どうも違和感あった気もする。

実家の元自分の部屋に戻った白鳥、ルイに偽装結婚は判っていた、もう芝居はやめよう、と告げ、芝居の報酬に修(西野勇樹)に、と、キャンピングカーの鍵を渡したけれど、あのキャンピングカーは、元々、二神(奥田瑛二)から、娘(国仲涼子)を通して、同病である事を告白した白鳥へ、無言で贈られたもので、それが、また死期迫った白鳥から修に、という男同士の、ある種のエールを伝えるバトンのようなものになった。

二神は前回同様、白鳥の夢枕に幻の形で登場、生前のキャラクターには余り似合わないけれど、あちらでは花畑が本当に綺麗だ、ナツユキカズラが満開で、突然枯れるし、早くしないと見れなくなってしまう、等と天国に誘っていた。

自室のベッドで、時折貞三やルイにギャグを呟きながら、痛みと戦う白鳥、思えばこの最終回で、初めて本当に病人らしい姿、ではあった。昔、自室にテレビを買ってもらい、一人でドリフターズを見て、一人でゲラゲラ笑いながら、ふと寂しくなって泣いた、思えばそれが、自分が家族を捨てた瞬間だった、等と、何か心に引っかかっていたのであろう思い出を語ったり、医師としての思いを、搾り出すように語ったりしていた。

貞三は、これからの白鳥の最期の戦いを見守ろう、とルイに告げていたけれど、その最期も、現実的な末期の姿は避け、ソフトな扱いで、旭川で花の世話をする岳(神木君)への、白鳥の呼びかけ、ナツユキカズラの花言葉を尋ねる空耳、のような形だった。

前回予告で、茜(平原綾香)もやってきて、白鳥と再会かと思ったら、白鳥の死後3ヶ月位に、札幌のチャペルコンサートに来ていた彼女に、ルイが連絡、喫茶店で、白鳥の死を告げ、頼まれていたカンパニュラの押し花が渡される、という流れだった。

茜も、携帯が繋がらなくなり、白鳥と連絡が取れなくなった、電話番号を変えたようで、と言っていたけれど、それは、どちらかと言えば、浅い関係の知人、友人の一人、的で、やはりHPの人物関係図に載ってる通り、”恋人”という立場であって、心の繋がりの積み重ねがあったなら、

何らかの理由で突然彼が去った、としても、平気な程には自立していた、かもしれないけれど、最後に会った時も普段通り、ではあったし、何か身に起きたのでは、という場合も考えられるし、その後、何かの形で手掛かりから彼を探そうとしたと思うのだけれど、そこら辺は語られていなかったけれど、”恋人”が突然消えても、マイペースで普段の生活を続ける位、だからこそ、大ブレイクのシンガー、になれたのかも、等と思えたりも。

富良野の街角で、大画面に映った歌う茜を見かけ、白鳥がしばらく眺めて微かに微笑んだり、というシーンもあったけれど、ルイと会った後のチャペルコンサートで、押し花を胸に、今日はダメなんです、大事な人が死んだもので、1曲だけで、と断わって「カンパニュラの恋」を歌い、冬の札幌の街の、何処となく東京等よりはソフトな感のイルミネーションの風景、に溶け込んで、

白鳥と家族が、それなりの形で、和解の時間を重ねたのに対して、やはり今時の、人間関係の希薄さを出しているのかもしれないけれど、現実的で生々しい、というよりやや浮世離れした儚い淡い恋模様の美しい終わり、の演出、という気がした。癒しのミューズ的シンガー、で平原綾香の女優デビュー役、と思えば、この位が無難だったかもしれない。

ラストは、ガーデンの近くに見つけた犬を、岳が追いかけ、ルイが続き、その先は、以前白鳥が植えていた、ルイが好きなエゾエンゴサクの紫の花が一面咲いていて、その光景の俯瞰、で終わった。エンドロールは今回「乙女の祈り」の旋律。

今回のモチーフ花はナツユキカズラ、花言葉は「今年の冬に降るはずの雪」。番組最後に「緒形拳さんありがとうございました 心よりご冥福をお祈り致します」というテロップが出た。緒形さんの訃報と重なって、という事情の話題もあって始まった番組だったけれど、何だか、ある期間の終了、でもある気がして一抹の淋しさも、感じたりする。

連ドラも久方だったけれど、やはり北海道舞台の倉本作品、ストーリーとは別に、特に後半四季の豊かな自然の風景や、思ったよりも多彩な、ガーデンの花々、そのナイーブ、ユニークな花言葉含めて、一時楽しみ、潤いにもなった、珍しいドラマではあった。(http://www.fujitv.co.jp/garden/index.html風のガーデン(’08)〜第1話スノードロップ風のガーデン(’08)〜第2話エゾエンゴサク風のガーデン(’08)〜第4話ゲルニウム風のガーデン(’08)〜第5話カンパニュラ風のガーデン(’08)〜第6話デルフィニウム風のガーデン 感動の後半突入SP風のガーデン〜第7話サボナリア風のガーデン〜第8話クロッカス風のガーデン〜第9話ラムズイヤー風のガーデン〜第10話ユーフォルヴィア

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2008/12/21

宙船(そらふね)(’06)  音楽

先週の「SONGS」はTOKIO、歌ったのは「青春」「AMBITIOUS JAPAN!」「あきれるくらい 僕らは願おう」「宙船(そらふね)」「雨傘」。彼らの歌はどうも馴染み、というのか、今まで聞いた覚えなく、割愛しようかとも思ったけれど、

中島みゆき作品「宙船(そらふね)」は、インパクトあったので。一昨年日テレのドラマ主題歌としてTOKIOが歌い、中島提供曲、としては研ナオコの「あばよ」以来のオリコン1位になった曲だったのだった、と。今回長渕剛からの「青春」、椎名林檎からの「雨傘」等も提供曲だったけれど、やはり重量感が違う、という感が。

長瀬君は、俳優としては映画では「真夜中の弥次さん喜多さん」や、ドラマ「白線流し」等印象に残っていたり、浜崎あゆみ関連で浮かぶ位、ボーカリストとして、というのもほとんど意識なく、今回イメージよりは骨太、と思ったけれど、

「宙船(そらふね)」は、先月この番組で工藤静香も歌っており、本人版(「宙船(そらふね)」)がやはり真打ち、にしても、他のシンガーが歌っても、曲自体に言霊、というか、幾度となく挫け倒れかかっても、筋を通して一歩一歩歩いてきた、歩いていく(べき)一筋の道、が根底にあるカツ入れ曲、という感触も。今この曲を聞いた、というのも、何か偶然でもないのかもしれない。(http://www.nhk.or.jp/songs/archive/index.htmlSONGS 工藤静香

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2008/12/20

ハロー・ドーリー!(’69)  アメリカ

「WALL・E/ウォーリー」劇中で使われていたジーン・ケリー監督作品。近隣店でDVD在庫見かけたので。原作はワイルダーの「結婚仲買人」、ブロードウェイミュージカルの映画化。ウォーリーが住処の倉庫で、お気に入りビデオとして見ていて、そこへやってきたイヴも見入ったりしていた作品。

結婚斡旋業の未亡人ドーリー役はバーブラ・ストライサンド、ひたすら「追憶」('73)がインパクト。今年春ドラマ版「眉山」でバーブラ歌入り曲「追憶」が流れ、やや鼻白む感あったのだった。それより4年前の出演作のようだけれど、さすがの声量と歌唱力、やはり正統派美人、という訳ではないけれど、コケティッシュ+したたかさ、の女っぷりヒロイン、ではあった。

飼料工場経営者の無骨なホレス(ウォルター・マッソー)に相手の紹介はしたものの、自分が彼に好意を抱くようになって、その縁談話の邪魔をするため、彼の店の都会や恋に憧れる若者達に手を廻したり画策し、恋の取り持ち役もしながら、奔走するコメディ。

舞台は1890年ニューヨークとその郊外の海沿いの街で、馬に引かれてゆっくり走る市街電車、等も背景に見えた。バーブラ達が身にまとう、腰が細くスカート部の広がった色とりどりのドレス、飾りの多い帽子、洒落た小振りな日傘、踊っている時に見えるぺチコート等レトロなファッション、幾つかの恋模様も絡んで、賑やかな歌+ダンスの作品だった。

「WALL・E・・」で映っていた、向かい合うカップルは、バーブラとウォルターだったか、ウォルターの姪と恋人の画家達の方だった気もするし、両方のシーンがあったのか、はっきりと記憶と重ならない。

「WALL・E・・」劇中、「バラ色の人生」が流れたルイ・アームストロングは、終盤レストランのシーンで、オーケストラの指揮者役で登場、渋いダミ声で、バーブラとデュエットしていた。歌ったのは、ミュージカル版の方の挿入曲としてヒットしたらしい「ハロー・ドーリー」、これはラストの教会の結婚式のシーンでも皆が合唱、エンドロールでインストだけが流れていた。昨夜「ラスト・プレゼント」保存録画。(http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8F%E3%83%AD%E3%83%BC%WALL・E/ウォーリー眉山(’08)

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