2008/2/2

血の味(’00)  

昨日「アース」を見に行った劇場への往復の電車内で、ずっと手元にあった沢木耕太郎初の長編小説「血の味」読み終わり。最初はややとっつきにくかったけれど、進めるうちに、やはり沢木さんの文体、と。漂々とした主人公の中学生の少年。風呂屋で出会ったオカマ風の元ボクサー、彼の昔話への心酔は「一瞬の夏」のカシアス内藤を思い出す。

その自分への性的興味を露呈した元ボクサーへの殺意、から自分と二人暮しの大人しい父親への殺意、への変化は、本人の無意識の感覚のみぞ知る、憤り、が迷走した心の闇。酒鬼薔薇少年事件等が重なるけれど、実際事件を起こした少年の内部は、もっと、無機質であったと思うし、何度か触れたけれど、情報の氾濫で言葉の空虚さ、が言われ、信頼、誠意、人としての良識とか、そういうものの蓄積が、ないがしろにされる今の空気、への若者の敏感な反応、を沢木目線で斬った、感。

もし映画化するなら、主人公の少年役は、見るからに危うそうな、というよりは、普通の少年らしさの中に未知数がある若手が、とは思うけれど、なかなか浮かばず、デビュー時の柳楽君、とか、元ボクサーは、これも難しくやや設定より年配ながら田中泯や、やや微妙ながらオダギリ・ジョー、父役は小林稔侍(のような雰囲気の俳優)等、とは浮かんだ。(http://www.amazon.co.jp/%E8%A1%80%E3%81%AE%E5%91%B3-%E6%B2%A2%

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2007/4/7

暗い旅(’61)  

最近保管場所にも困るし読書時間も少なくめったに本を買うこともないけれど、近隣には古本屋が結構多く、商店街を通っている時、一軒の店先のワゴンに倉橋由美子の「暗い旅」の単行本があるのが目に止まり思わず買った。これは文庫で持っていたはずで、「あなた」という二人称で描かれたヒロインが、失踪した恋人を求めて鎌倉から思い出の地の京都までさ迷う、かなり前に読んで、独特なメランコリーの余韻が残った作品。

他の倉橋作品も何冊か読んだか読もうとしたと思うものの余り記憶になく、とにかく「暗い旅」はアンニュイな雰囲気、具体的な地名や店名、音楽の曲名等多数織り込まれていたり、どこかフィクション感覚で、幻を追う内面の旅に引き込まれる感覚だった覚えが。映像化も難しいかもしれないけれど映画化はされておらず、今更企画もないかもしれないけれど、もしされたら興味はわくと思う。「アルゼンチンババア」も進んでおらず、じっくり読み返すのは多分先に。(http://www.shinchosha.co.jp/book/865306/

(C)学芸書林
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2006/12/21

半島を出よ(’05)  

秋口から何度か図書館で借り直している村上龍の「半島を出よ」(上下)、これまでの彼の作品は、大抵、題材的に自分の興味外のものでも、文章(力)で引き入れられていつしか読み進んできたのだったものの、どうもこれは余り進まず、上巻4分の1程で停滞したまま。

ずっと手元で引きずっているのも、で、今年中にはケジメというか、出来れば読んでしまいたい気が。(http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20050425bk04.htm

(C)幻冬社
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2006/11/9

青い鳥のゆくえ(’95)  

先日図書館で薄手で読みやすそうなので借り、「ダ・ヴィンチ・・」関連本と共に読み終え、著者同様、昔絵本で読んで、幼い兄妹が旅に出て探した青い鳥が家の鳥だとわかり「幸せは身近な所にある」という話だと思っていた「青い鳥」が、実は原作では、その鳥は2人を残して飛び立ってしまう、というある意味虚無的な感もする顛末だった、とのことで、やや意外な事実。

父のような愛情で人を励ます”慈”、相手の悲しみを黙って傍らで共有する母のような愛情”悲”を合わせた、元々インド仏教思想の背後にあった”慈悲”の考え等をヒントに出しつつ、結局”幸福の青い鳥”は、どこにある、という訳でなく各自で作り出し求めるしかない(のでは)、という結び。

五木寛之著作、といえば浮かぶのは記憶薄れているけれど「風に吹かれて」や井上陽水との対談その他、秋吉久美子と渡部篤郎で映画化され、フィレンツェ等イタリア舞台ということもあり見た「レッスン LESSON」(’94)の原作を、その後買って読んだのが多分最新。(http://www.amazon.co.jp/gp/product/4041294312

(C)朝日出版社
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2006/9/15

ロングボードの宇宙  

「エンドレスサマーU」の字幕担当とのことで思い出した片岡義男、日系二世という背景も似合うようなあっさりした文体と描かれている別次元の世界、一時期赤背表紙の文庫を読み続け、エッセイは頭を冷やしたい時には効用があった気が。見た映画化作品も「スローなブギにしてくれ」「メイン・テーマ」「彼のオートバイ、彼女の島」「湾岸道路」等いくつか。

近年は英語を母語とする立場から見た日本文化論を多く書いているらしく、映画についての著書もあり、折あらば、と思いつつ遠ざかっているけれど、マイベスト作はエッセイ「コーヒーもう一杯」(’80)で、久々に取り出しめくってみると「ロングボードの宇宙」という文章中の、

 青い空は、底なしの宇宙空間だ。頭上いっぱいに、空はすっぽりと抜けきって、無限に深い。その宇宙空間に、太平洋が、むき出しで接している。接点の片隅に、ロングボードにまたがったぼくがいる。いま自分は宇宙の空間のなかにある、という感覚が、ぼくに心地よい緊張と解放のリズムを与えてくれる。
 ぼくは水平線を見る。水平線は、湾曲している。この球体のうえでは、いまぼくが見ている水平線のむこうにも、海がつづいている。ぼくがつかまえようとしてまっている波は、地球の丸さのむこうから、はるばる、えんえんと、うねってくる。

とかのくだりなど、波を待つサーファーの頭の中は想像しにくいけれど、その状況をあえて言葉にするとこういう感かも、と。今改めて読んでも上手い文なのか否か?ながらこの人の風景を描く時のこういう広くて立体的視点も好きだった、と。(エンドレスサマーU(’94)

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2003/11/29

遍路 AOLメッセージボードスレッド  


日本国内 スレッドマスター:- 投稿日時 2003/11/29 23:20
アクセス数:1579 更新日時 2004/2/2 22:37

妹がこの世にあっさり別れを告げて1年になります。

昔から本の虫で詩やらちょっとした文章書いたりしてましたが、十数年前に雑誌の中島みゆきさん特集記念のショートストーリー大賞で、好きだったみゆきさんに最優秀作品に選んでもらったのが、世間で認められた最高潮でした。

メッセージボードにこのジャンルを見つけ、自分なりの追悼として、少しずつ紹介させていただこうかと思いました。


<選評>  中島みゆき  
私は文芸評論の専門家ではないので、たくさんの応募作品のどれにも、優劣を問うという視点で読ませて頂くことはしませんでした。その結果「遍路」を選んだのは、この作品の言葉がたいへんテンポ感という点で整理されていて、音楽を聴くような起伏の美しさが感じられ、私にとってはたいへん読み易かったこと、**さんの、他人という観念における視線の暖かさや、スタンスの力強さに魅力と尊敬を感じたから、に他なりません。

<受賞の言葉>
最優秀作品に選んでいただき、編集部の方から連絡があったのですが、嘘じゃないかと思いました。本当に嬉しかったです。「遍路」を題材にしたのは、中島さんのファンになるきっかけの曲だったから。歌から女の人の人生が伝わってきたので、その後どうなったかを想像して書いてみました。中島さんに読んでもらえた、それだけでも嬉しいです。
                                1992年月刊カドカワ11月号より



22 お礼

投稿者:- 投稿日時 2004/3/20 21:21:26
更新日時 2004/3/20 21:21:26

思えば、この作品自体について本人と話したりしたことはありませんでした。
なんだか聞くのも話すのも照れくさかったんだと思います。

深い洞察に満ちた感想をいただいて、感激しました。
JudasI4915さん、どうも有難うございました。



21 ひとまず、感想。

投稿者:- 投稿日時 2004/3/20 01:49:58
更新日時 2004/3/21 14:13:39

2回読みました。
面白い。

いわゆる上手ではないが、乾いた文体が、余計に哀しみと諦めを畳み掛けてくる。
知らず知らずにフェイドアウトするような、途中で演奏を諦めたボレロはこんな感じだろう。

この話は「相互交流における自己の変容」という部分が核になっている。
これ自体はもちろん目新しいものではない。

「僕」の歩み−「僕」は悲しみから影から逃れるように歩む
「老婆」の歩み−「老婆」は思い出すため、語るため歩む。
この二つの歩みが交錯し、なんらかの変容があるかどうかは、分からない。

しかし、届けられた似顔絵は、何か他のものも届いたのではないか、というささやかな希望を
もつことができる。文末、「僕」が「老婆」について考えることは、それ自体は哀しいが、やはり
それも2人の交錯をしめすものであろうと、爽やかな読後感を感じることができた。

また、タイトルが『遍路』であり、このような自己の変容や悲しみを湛えた表現等を加えて考えると
「同行二人」という観点は自ずから絡んでくる。

「同行二人」とは一人で行きつ、しかし一人ではない。
弘法大師といつも、おなじく歩んでいる、という考え方だ。

この観点から考えると「老婆」の存在に、また「律儀な宿のおかみ」の存在にも、
不思議なものを感じるのだ。


しかし、非常に味わいのある文だと思う。
このような場で読めて幸せです。
深く哀悼いたします。



20 感謝

投稿者:- 投稿日時 2004/2/8 19:52:16
更新日時 2004/2/8 19:52:16

ねこグレイさん、Tivoliparkさん、ありがとうございます。逐一お礼の投稿はしないかもしれませんが、感想を書いていただくこと自体がとても嬉しく思います。



19 こんばんわ

投稿者:- 投稿日時 2004/2/5 21:25:57
更新日時 2004/2/5 21:25:57




>中島さんに読んでもらえた、それだけでも嬉しいです。

僕は絵を描きますが、この言葉とても実感します。

読んでもらいたい人に、読んでもらえた、その謙虚で素直な気持ち、が
この文章には投影されているのですね。



18 「遍路」について 

投稿者:- 投稿日時 2004/2/4 00:07:22
更新日時 2004/2/4 00:07:22

時間がゆっくり過ぎて行く。
そんな文章ですね。
10回に分けた投稿も、とても効果があって。。。。


とても素敵です。



17 PS

投稿者:- 投稿日時 2004/2/3 01:07:46
更新日時 2004/2/3 01:07:46

ねこグレイさん投稿ありがとうございました。

もう廃刊になった雑誌でしたが出版社に確認した上、みゆきさんの選評と受賞の言葉を上に加えました。



16 オリジナル

投稿者:- 投稿日時 2004/2/1 23:35:39
更新日時 2004/2/1 23:35:39

ずっと読んでいました。

「遍路」は私の中ではオリジナルなもので、
イメージする人も曲も浮かびませんでした。

タイトル画面の画像が、そんな気持ちにさせたのかもしれません。



15 感想募集

投稿者:- 投稿日時 2004/2/1 21:01:01
更新日時 2004/2/1 21:01:01

Tivoliparkさん投稿ありがとうございます。

読んだ方、よろしければ何でも感想聞かせていただければ嬉しいです。主人公や老婆のイメージとか、連想する本、詩、音楽など何でも結構です。



14 あ、失礼しました。

投稿者:- 投稿日時 2004/1/31 23:33:50
更新日時 2004/1/31 23:33:50

妹さんの遺作なんですね。
中島みゆきさん、に選んでもらったんですね。
妹さんの心の投影なんですね。
ひじょうに多感な感性の方だったんですね。



13 まず、こちらにお邪魔します。

投稿者:- 投稿日時 2004/1/31 23:30:03
更新日時 2004/1/31 23:30:03

遍路というタイトルで、「砂の器」を思い出します。
Autumnroomさんの、心の投影と心の会話の変遷なんですね。
正直、ちょっとびっくりしました。



12 「遍路」10

投稿者:- 投稿日時 2003/12/31 00:55:25
更新日時 2003/12/31 00:55:25

 それから二ヶ月ほどして、僕は東京に戻った。
 旅の途中で偶然父親と会ってしまう、というようなことを、ばかげているが、ぼくはずっと漠然と想像していたが、もちろん、そんなことはなかった。
 家に戻ると、どこかで失くしてしまったと思っていたあの時の似顔絵が、律儀な宿のおかみから送り届けられていた。

 彼女の国がどこなのかを聞かなかった、とその時気付いた。
 それどころか、僕は、彼女の名前さえ聞かなかった。               「遍路」終



11 「遍路」9

投稿者:- 投稿日時 2003/12/28 13:54:15
更新日時 2003/12/28 13:54:15

 何かを、忘れたいんですか。忘れるために旅を?
 いいえ、何度でも、思い出すために。形を変えて、わたしがそれを、いとおしいものにするために。大きく目を見開いて、それを見るために、それをまっすぐに見ることのできる目を、取り戻すために。わたしの国の言葉で、わたしのことを、わたしの大切な人達に伝えることができるようになるまで、わたしは帰れない。
 ゆっくりと、確かめるように老婆はそう言って、緑色の目をしばたいた。
 でももう、みんな死んでしまっているわ、きっと。わたしはとても長生きなの。



10 「遍路」8

投稿者:- 投稿日時 2003/12/26 22:47:14
更新日時 2003/12/26 22:47:14

 できたわ、と言って僕に渡された似顔絵は、思ったよりも達者な出来映えだった。
 僕はずっと父親似だと言われていたが、そこに描かれた僕の顔は、なんとなく母親の方に似ているように思えた。
 へぇ、うまいもんですね、と、まんだらお世辞でもなく僕が言うと、ほら、やっぱり、あなたもとてもやさしい、と、嬉しそうに老婆は笑った。

 さびしくは、ありませんか。
 そうね。わたし泣き虫だから、すぐ泣いてしまう。ひとつのことを思い出すたびに。わたしの父さんは、人間はみんなひとりだ、っていうのが口癖だった。でも、わたしには、ひとりじゃない時もあったの。確かに、あったの。



9 「遍路」7

投稿者:- 投稿日時 2003/12/24 18:14:32
更新日時 2003/12/24 18:14:32

 三年ほどたったある日、母が新聞を見て、言った。
 ねぇ、蒸発した男の人がね、別の町で同じような仕事について、同じような家庭を営んでいるなんてことが、結構あるんだって。お父さんもそうだったりしてね。なんだかおかしいわね、それ。
 変な話だね、と、僕も笑ったが、なんとなく、親父は違うような気がした。
 親父は、無口な男だった。
 趣味らしい趣味もなく、かといって、とくに仕事熱心なわけでもなかった。
 僕は一人息子だったが、親父にあまり可愛がられたというか、かまってもらった記憶がない。
 親父がいなくなった時、怒りという感情が自分の中にほとんど湧き上がってこなかったことが不思議だった。
 僕が何を知っていたわけでもないが、ほとんど直感的に、親父はもう帰ってこないと思った。



8 「遍路」6

投稿者:- 投稿日時 2003/12/23 06:12:21
更新日時 2003/12/23 06:12:21

 老婆は、トランクから年季の入った商売道具を取り出すと、慣れた手つきで僕の似顔絵を描き始めた。その、人が変わったような真剣な顔付きをぼんやりと眺めながら、僕は、なぜだか両親のことを
考えていた。

 十四の時、親父が消えた。
 朝、いつものように家を出て、それきり戻らなかった。
 何が起こったのか、誰にもわからなかった。
 母はただ、茫然としていた。
 そして、ちょうどそのひと月後から、母は猛然と働きだした。パートや内職を三つも四つもかけもちし、定時制に行くつもりだった僕を説き伏せて昼間の高校に入れた。



6 「遍路」5

投稿者:- 投稿日時 2003/12/6 21:57:19
更新日時 2003/12/6 21:57:19

 この国は、あなたに、やさしかったですか。
 ええ、とてもやさしかった。わたしには、たいていは。わたしの似顔絵、へたくそだけど、この国で文句言われたこと、一度もないわ。信じられない。みんな、よろこんでくれました。あなたも、どう? ああ、
お金は、あんまりいりません。
 あは、あんまりね。じゃあ、頼むかな。
 あなた、とても、いい顔してるわ。わたしのだんなさまに似てる。ええ、わたし、ちゃんとおぼえているのよ。ずっと昔、こんな大きなキャンバスにあのひとの絵を描いたわ。



5 「遍路」4

投稿者:- 投稿日時 2003/12/3 23:51:40
更新日時 2003/12/3 23:51:40

 その頃の、旅に出る前の、僕の日常。
 社員寮の六畳の部屋の白い天井。ラブホテルの少女趣味な部屋のダブルベッド。夜中までの仕事の後の、同僚とのやけくそ気味な馬鹿騒ぎ。
 終わるはずのなかった恋があっけなく壊れたのは、その年の春だった。
 そして僕は、過労死という言葉が冗談のように飛び交っていた職場に見切りをつけた。
 遠く、遠くまで、行きたかった。



4 「遍路」3

投稿者:- 投稿日時 2003/12/1 22:59:30
更新日時 2003/12/2 00:41:18

 ずっと、こんなふうに旅を?
 ええ、ずっと。大陸を歩いて、アジアの国を抜けて、船に乗って。わたし、似顔絵を描くことができます。そんなことをしたり、他のことをして働いたりしながら、この国にはもうすぐ3年目になるかしらね。  どうして、こんなところに、ひとりで。
 そうね。言葉のわからない異国で、ひとりで旅をしていると、いやでもしゃべらなくてはならないでしょう。本当に必要なことを、相手にわかってもらえるようにね。そういうことが、多分、わたしには必要だったんです。あなたはこの国の人ね。どうして旅を?
 ええと、日常の生活から、逃げたかったっていうか。
 そう。わたしはね。その、日常の生活が、消えてしまったんですよ。ある日突然ね。それで、いちから
やり直すしかなかったのよ。真っ白なところからね。



3 「遍路」2

投稿者:- 投稿日時 2003/11/30 17:26:10
更新日時 2003/11/30 17:26:10

 いまいち言葉がわからなくてね、と困っている宿のおかみさんに頼まれて、僕は、あやしげな通訳をつとめるはめになった。
 老婆は、片言の日本語に相当ブロークンな英語を混ぜながら、できることならここでしばらく住みこみで働かせてもらえないか、それが無理なら今夜一晩だけ泊まりたい、金はあるから心配しなくていい、というようなことを言った。
 ひとのよさそうなおかみさんは、戸惑いながら、雇うことはできないが、今夜は泊まっていくように伝えてくれと僕に言った。
 老婆は、丁寧に頭をさげた。
 それから、隣り合った部屋に泊まることになった僕たちは、少しずつ、いろんなことを話した。



2 「遍路」1

投稿者:- 投稿日時 2003/11/29 23:30:52
更新日時 2003/11/29 23:30:52

 旅のはじまりはいつだったのですか、と、僕が問うと、もう、ずいぶんと昔のことですよ、と、老婆はかすかに笑ってそう言った。もうずっと長いこと、こうやって旅をしていますよ。

 僕がその老婆に会ったのは、二十歳の旅の途中の田舎町だった。
 灰色がかった赤い髪と緑色の大きな瞳の彼女は、どこのものともわからない色あせた服を身にまとい、ごく古い型のかなりくたびれた小さなトランクを持って、僕が探しあてた安宿の玄関に、背筋をのばして立っていた。
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