2009/1/28

ぼくの大切なともだち(’06)  ヨーロッパ

日本では昨年公開のパトリス・ルコント監督作品。中年の美術商の主人公フランソワ(ダニエル・オートゥイユ)と、博学のタクシー運転手ブリュノ(ダニー・ブーン)が、紆余曲折しながら友情を築いていく物語。

ルコント作品は、2年前シンフォニー音楽+映像の「DOGORA」('04)DVD以来だけれど、その前見た「列車に乗った男」('02)も、ジャン・ロシュホールとジョニー・アリディ演じる2人の男の人生の交錯劇で、ブルーがかった映像も渋味だったのだった。

今回も、主役はタイプの違う2人の男、ダニエル・オートゥイユは「そして、デブノーの森へ」('04)以来だったけれど、仕事はやり手でも、そのため周りが見えず他人に対する不器用さ、というのは「八日目」('97)のセールスマンアリー役のイメージが重なった。仕事仲間との賭けで親友を得るため、真剣に自分を”感じよく”見せようと奮闘するコミカルさ、

そういう彼を見守る、愛想のいいブリュノを演じたダニー・ブーン、「戦場のアリア」(’05)に出ていたのだったけれど、実は妻と親友に裏切られた傷を隠し持つ、という繊細な役。運転しながらの豊富な話題に、歴史や、フランソワとの、この通りにルノワールのアトリエがあった、それはロートレックだ、住んでいたのは息子ジャン・ルノワールだった、等の応酬も。

互いの家に行って両親、娘と交流したり、サッカー観戦したり、自然に近寄っていたものの、フランソワがブリュノを”試そう”としてしまった、信頼、というものへのスタンスの違い、から、決裂してしまったけれど、

ブリュノの武器、積み上げた膨大な知識で、欠員で出場出来たフランス版「クイズ・ミリオネア」で、緊張しながらもクリアしていき、押し迫っての美術問題で、「ライフライン」で頼みの綱にして電話したのは、TVで見守っていたフランソワで、生番組の緊迫の場で、解けていったわだかまり、という展開が、ちょっとしたスパイス。音楽も、アコーディオンの変拍子の曲等、エスプリが効いていた。月曜夜「ガレージ・デイズ」録画。AOL時期総括の整理、等途中。(http://www.amazon.co.jp/%E3%81%BC%E3%81%8F%E3%81%AE%E5%A4%A7%E5%戦場のアリア八日目(’96)そして、デブノーの森へ(’04)DOGORA(’04)

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2009/1/13

あなたになら言える秘密のこと(’05)  ヨーロッパ

先月初旬放映の録画を見たスペインのイザベル・コイシェ監督作品。イギリスのある工場で黙々と働く補聴器を着けたヒロインが、余りの勤勉ぶりに一ヶ月休暇を言い渡され、旅先で、石油掘削所で大火傷を負った男の看護をする事になり、病床で心の傷となった出来事を語る彼に、自分も誰にも打ち明けられなかった秘密を語るように、という物語。

無機的な工場、旅先の港町、海にポツンと浮かぶ掘削所、等の風景が、元々孤独・寂寥感のようなモードに沿うものがあって、抑えた色彩、でも何処かスタイリッシュな映像、使われる音楽も、シーンに応じて個性的・叙情的だったり、感覚的には、割と気に入った作品だった。

序盤港町で、ハンナが入った中華料理か日本料理店のシーンで、女性ボーカルで馴染みない日本語の曲が流れ、ちょっと不意を打たれたけれど、後で検索中、神山みきというストリートミュージシャンの「ケンカは嫌い」という曲、と判った。この女性監督は日本通でもあるらしいけれど、スペイン作品で日本の曲が使われたのは、これが初めて、と。

2度見たのだけれど、クロアチア女性だったヒロインハンナ(サラ・ポーリー)の、生半可ではなかった、内戦中の非道・残虐さに巻き込まれて、心と体に受けていた深く重い秘密。それを語る部分は、何だか再度聞くのも辛く、2度目はその前で止めた。サラはややスカーレット・ヨハンソンをクールで地味にしたような、という印象もあったけれど、この孤独と気丈さの入り混じったヒロインに似合っていた。

でも、見知らぬ病人ジョセフ(ティム・ロビンス)との精神的な歩み寄り、怪我で目も見えず、姿も判らない見知らぬ女性に、自分の幼少期の海への恐怖の思い出や、もつれた恋故起こった悲劇への罪の意識を吐露、というのも非日常かもしれないけれど、

彼女の自身秘密を抱えつつ淡々と任務をこなす物腰で、そうさせるだけの何らかの資質、を察知して、という結果で、そうされた彼女も、彼の罪を贖罪する立場ではないけれど、相手との心の距離は縮まってきた感で、

やはりいくら姿は知った知己でも、重大な秘密、苦悩は、それを打ち明ける相手を間違うと、自分もかえって傷が深まったりしがちと思うけれど、見えない故に、感じ取れた相手の本質、という意味合いもあった気がした。

またジョセフとの関係だけでなく、掘削所の雰囲気、短期間ではあっても、少数の技術肌的男達が、彼女の彼の看護人としての、腕・プライド・立場を、暗黙の内に正当に認め、余り人に介入しない物腰や、

何気なく同性愛らしき2人の機関士、炎に身を投げた男が遺した一匹のアヒル、純粋な環境改善への思いを持つ海洋学者や、ラフなコックらとの、さり気ない交流が、相手に何らかを期待する訳じゃないけれど、徐々にそういう秘密を口に出来るような心情にさせていった、感もあって、

2人の再会以降は、少し甘めの付録で、あのまま別々の道、でもそれならそれで、という気もしたけれど、結局運命の出会いテイストになったのは、女性監督作品らしさでもあるのだろうか、とも。そう抽象的表現はなかった作品だけれど、冒頭やラスにト流れた幼い少女のモノローグは、隠れたエピソードの中の、彼女が失った子供、等だったのかもしれないけれど、やや意味不明だった。

世間からは隔離したような、無国籍風な海の上の狭い殺風景な施設で、心の鎧が外され、痛みの塊が吐き出されて、癒しあえた、という何気ない物語。場所は関係なく、そういう事は起こり時には起こり得る、という、地味ではあるけれど、じんわり沁みてくるような作品だった。(http://www.amazon.co.jp/%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%AB%E3%

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2009/1/1

二ノの空(’97)  ヨーロッパ

フランスのマニュエル・ポワリエ監督作品。数年前期間限定ビデオ店舗で買ったまま未見だった作品。ヒッチハイクで乗せ、車を盗んだ男と、車を盗まれた男との間に生まれた友情、2人の風来坊な旅を描くロードムービー。

放浪者のイタリア生まれのロシア人二ノ(サッシャ・ブルド)と、スペイン人の靴のセールスマンのパコ(セルジ・ロペス)の異国者同士が、パコと出会った女性マリエット(エリザベート・ベタリ)の冷却期間をおくことになった恋愛絡みもあって、共にあてどない旅に。

二ノは結婚直前婚約者が消え、パコは恋人と別れたばかり、という互いに苦い経験を持つ2人、二ノと女性との接近を図りアンケート員を装ったり、の計画をしたり、出会う女性達とのアバンチュールや、仕事探しをしたりの道中。

最後に会った、シングルマザーのナタリー(マリー・マサロン)と二ノとのハッピーエンド、結局マリエットに振られてしまったパコを加えて、父が違う10人程の子供達と食卓を囲むラストシーンが、2人が辿り着いた居場所、アットホームというか、少し圧巻なシーンだった。

セルジ・ロペスは「歌え!ジャニス・ジョプリンのように」('03)でマリー・トランティニャンの夫役、だったのだった。サッシャ・ブルドはフランス版電車男だった「メトロで恋して」('04)に出ていたようだった。フランスの片田舎の田園や港の風景をバックに、彼らの間のコミカルなバランスの妙。

二ノが、行きずりの家出息子の家を尋ね、その父に「愛を持たないと、人生が辛くなりますよ」等と、間を取り持ったり、というさり気なく人情的くだりも。全編に流れる、フラメンコ調のギターの旋律が、ラフな旅のムードに合っていて印象的だった。月曜夜「青春漫画〜僕らの恋愛シナリオ〜」昨夜「紅白歌合戦」一部録画。(http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8B%E3%83%8E%E3%81%AE%E7%

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2008/7/26

雪の女王<新訳版>/鉛の兵隊(’57)  ヨーロッパ

先日新作DVDリリースのレフ・アタマーノフ監督作品。作品誕生50年記念として、昨年日本でオリジナル版初公開、雪の女王に連れ去られた少年を、幼なじみの少女が探しに旅に出る物語のロシアのアニメ。原作アンゼルセン童話との事でも気になっており、先日「人魚姫」モチーフの「崖の上のポニョ」を見た折もあったので。

何度か映像化されたらしいけれど、この原作は未読、アンゼルセン原作作品は、4年程前にアニメフェスティバルで見た渡辺和彦人形アニメ作品、「みにくいあひるの子」「マッチ売りの少女」以来。「・・ポニョ」に続き、やはりCGにはない手描きの温かいタッチ、鮮やか、ではないけれど柔らかい色彩、背景等そう精密、という訳ではないけれど、余り50年前、という古さは感じなかった。

冒頭淡いオレンジ屋根の隣り合う家の、窓と窓に渡された橋、その上で仲良く花を育てる少年と少女の姿、のファンタジックな素朴さ、魔法で邪悪な心にされても、連れ去られた少年を一途に思う少女の冒険が展開、美しさや喜び等全て忘れた冷たい心が幸福、という雪の魔女に対して、

少女が出合う、花園に住む善良な魔女、また少女に大抵は好意的、またはその一途な健気さに協力するようになる人々や動物、という対比、ラストは少女の勇気が打ち勝つ構図で、「太陽の子と氷の魔女」という童話等もあったのを思い出したりも。

また昨年同時上映の「鉛の兵隊」も収録、これは子供時代に読んで、おぼろげに、一歩足の鉛の兵隊人形が下水道のような所を流れていく所等、覚えがあったけれど、バレリーナ人形との悲恋物語だった、というのは忘れていた。バレリーナが兵隊の落ちた暖炉に、踊るように身を躍らせるシーンが印象的。

これはジプリ関連DVDで、特典映像に宮崎監督の「想いをつらぬく」というタイトルの、昨年夏のインタビューがあり、この「雪の女王」は自分がアニメーターになって良かった、と思えた作品で、人物の目の優しい描き方等にも驚嘆、影響を受けたそうで、劇中物語の舞台回しの老人の鼻の周りのシワ等が、宮崎作品の老人に似ていた感もしたり、

少女の道中、川が差し出された靴の代わりに彼女を船で運んだり、アニメーションの元はアニミズムからきている、と思い、そういう神話的なものを童話に取り入れた事は凄い、等のコメント。

それとやはり、この少女に、山賊の娘が本来持っていた素の心を動かされたり、ヒロインが少年を救おうとする一途な健気さ、が琴線に触れたそうで、庵珍清姫の物語の清姫のように、大蛇になって火を噴きながら後のことは顧みず追いかけるような、と例え、丁度今、ポニョ、という、周りに迷惑をかけながら自分の思いを貫いていくヒロインの作品、を作っているのだけれど、と述べていたけれど、

庵珍清姫由来の道成寺は私の故郷の隣町で、遠足等で馴染みだった事もあり、最近ではそれが題材の牧瀬里穂主演の「娘道成寺〜蛇炎の恋」を見に行ったり、先日「・・ポニョ」を見て、少年に会うため海上を疾走する姿は、幼いながら清姫のような、とも思ったのだけれど、ルーツ的な部分はやはりそういう激しさもあったのだった、と。それとやはり、パターン的とも言われつつ「・・ナウシカ」「もののけ姫」等の、救おう、守ろうとするカリスマヒロイン、また宮崎アニメ自体のルーツ、という興味もあった作品だった。(http://www.ghibli-museum.jp/snowqueen/「崖の上のポニョ」プロフェッショナル 宮崎駿スペシャル

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2008/7/22

ミネハハ 秘密の森の少女たち(’05)  ヨーロッパ

日本では未公開のイタリア・イギリス合作のジョン・アーヴィン監督作品。「エコール」のリメイク、という訳ではないようだけれど、未読だけれど原作が同じドイツの劇作家フランク・ヴェデキントの小説「ミネハハ」。再映画化作品とのことで、「エコール」と共に目にはついた、同じ様な緑の森と白い服の少女のDVDパッケージデザイン、似たムードで違う切り口、を期待はしたけれど、内容はかなり違っていた。

やはり舞台は森の中の洋館の女学校、でも最初の子供の学校への登場の仕方からして、馬車でゆりかごで運ばれて、と現実的。主人公の少女達は10代後半らしく、「エコール」の6〜12才という少女達も背景的に見かけたけれど、上の年代。白い制服、バレエのレッスン、厳しい規律等同様のシチュエーションでもあり、前半美しい森の背景で、女子高生達のような他愛ないムードもあったりしたけれど、

幼女のように無垢に日々を過ごすには多感な年代、学校の不穏さを怪しみ行動を起こす好奇心、同性愛的関係もあったり、割と生々しい思春期の描写。後半になって、彼女達への扱いが、何ともシビア、オカルト色も漂うサスペンスタッチで、

学校から逃れようとする少女を襲う番犬の群、同性愛から思い余っての悲劇、後援者に見初められる時の、ダイレクトな性的視線、また、「エコール」では”選ばれた”=自由への道、という暗示だったけれど、この作品では選ばれたゆえ容赦なく欲望のはけ口にされる悲運、等。

イレーネという少女役の女優が透明感ありキュート、と思ったけれど、ジャクリーン・ビセットが「エコール」では前面に出なかった校長で重々しい監視役、またその運命も悲劇的。「エコール」序盤シーンにもあった、水が滝のように溢れる小川で「ミネハハ」とは「笑う水」の意味、と少女が言っていたけれど、この作品の方が、原作には忠実、と見かけ、それなら「エコール」は、少女の世界、としてファンタジックなエキスを中心に、シビアさは密かな危険な香り、に留めて、かなりソフトな描き方をした作品だったとは。

またオブラートに包まれていた、少女、が持つ生々しい魅力、内面の激しさ、注意深く彼女らへの視線、に留まっていた欲望が、ここでは露骨に描かれていたようで、夜の森の映像等も、「エコール」でのように神秘性も、というより濃い不安や人間の暗部、の表われのようで、好みにもよると思うけれど、「エコール」が淡い白日夢、だとしたらこちらは余り目覚めがよくない悪夢、的で、後味重い作品だった。(http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%8D%E3%83%8F%E3%83%エコール(’04)

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2008/7/20

エコール(’04)  ヨーロッパ

日本では一昨年公開のフランス・ベルギー合作のルシール・アザリロヴィック監督作品。原作は19世紀ドイツの短編、深い森の中の、外界から閉鎖された女学校、エコールで暮す幼い少女達の姿を描いたミステリアスドラマ。マリオン・コティヤールが出演、ファンタジックなDVDパッケージでも気になっていた作品。

小さな棺での眠りから覚めて、学校に迎え入れられたヒロインの少女、その夢の続きのような物語。原題「INNOCENCE」(無垢)の象徴のような、少女達の白い制服やタイツ姿と、森の濃い緑とのコントラストが印象的。春に見た「非現実の王国で・・」が思い浮かび、異色画家ヘンリー・ダーガーの描いた少女達の世界の一部実写映像版、のような感触もしたり。

バレエのレッスン、野外での縄跳び、フラフープ(大きな輪を腰で回す遊戯)、側転等、躍動する姿、でもそこで求められるのは、時が来て外の世界に送り出されるまで、まさに無垢であること、で、自分の好奇心で外へ出ようとする少女は、破滅の道を辿ってしまう世界。

彼女達の間の、友情、というより無邪気な思慕や、ふと垣間見える幼いゆえの残酷さ、少女期の不可思議で不安定な内面の心象のような、夜の森の小道に並ぶ仄かな街路、そこを行く少女の謎の行動、それに対するヒロインの好奇心、その好奇心に向けられる嫌悪感、等。実際のドラマ、というより寓話的ムード。

マリオンは、そこでのバレエ教師役で、「エディット・ピアフ 愛の賛歌」でのようなドラマティックさも「プロヴァンスの贈りもの」のような躍動感も抑え、エレーヌ・ドゥ・フジュロールと共に、その世界に根付いて少女達を管理する、彼女達と対照的な、成熟した肢体のクールな大人の女性像、また違う一面を見たようでもあった。

この作品の呼び声、ロリコン耽美芸術、と一言で言うのも、だけれど、箱庭的な世界での無垢な少女達の成長を味わいたい、という密かな視線、それを、それぞれ感受性を持つ少女側目線を交えて、ファンタジックに映像化したという感で、やはりある時期の少女だけが持つ甘酸っぱいエッセンスが散りばめられた、幻想的な白日夢、のような後味だった。(http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A8%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%http://www.cinematopics.com/cinema/works/「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」

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2008/6/27

ONCEダブリンの街角で(’06)  ヨーロッパ

先日新作DVDリリースのジョン・カーニー監督作品。ダブリンの街舞台、ふと出会ったストリート・ミュージシャンとピアノのたしなみあるチェコからの移民女性が、音楽を通して心を通わしていく物語。音楽題材、今回アカデミー賞のオリジナル歌曲賞でオスカー、等でも気になっていた作品。

アイルランド、と言えばいまだに「ライアンの娘」の海岸風景がインパクト、でもダブリンの街並みは、都会ではあっても余り派手さなく楚々としていて、建物の落ち着いた色合いがボストン等に似たムード、と思ったりも。全体の映像も、抑えたトーンの2人の各部屋のイエロー、バイクで出かけた海を見下ろす丘、CD録音明けの朝の海岸、等ラフであっさり気味。

街角で弾き語りする主人公の前に、ふと現れた女性、ミュージシャンとしての興味だった感だけれど、当初彼女の方が押し気味に接近、でもピアノと歌声の才覚も知って、歩み寄っていく様子。

一旗挙げにロンドンへ、というのが、日本では地方のミュージシャンが東京でメジャーを目指す、という感覚に当たるようだけれど、将来への夢に現状打破を目指す彼と、別居中の夫がいて、単発の仕事をしながら母と幼い娘と暮す彼女、という、世界の違いから、互いを背負う事は出来ず、微妙なタイミングの折はあっても、恋人関係にはならないプラトニックさ、音楽という媒介だけを通した関係、に留まるのがこの作品の淡く粋な、という後味も。

主演のグレン・ハンサードはアイルランドの「ザ・フレイムス」というロックバンドメンバー、相手役のマルケタ・イルグロヴァは以前からグレンの知り合いで、チェコのシンガーソングライター、監督したジョン・カーニーはグレンのバンドの元べーシスト、という音楽畑(出身)の素地が全編漂い、少しスカーレット・ヨハンソンを地味目にしたような風貌のマルケタの物腰も、さり気ない作品テイストに似合っていた印象。

グレンが歌う曲の数々は、ロック調はなく、アコースティックギターを抱え、失恋した相手への切々とした熱唱系ラブソング、という感じで、その元恋人のビデオ映像が流れるシーン等も、未練の想いが滲み出るようで切ないものが。

2人が楽器店で演奏、デュエット、ラスト〜エンドロールにかけても流れたバラード曲が、逆境から這い上がる(のを見守る)ようなニュアンス、とも感じる歌詞共に一番耳に残って印象的、これが受賞曲でもある「Falling Slowly」という曲だった。やはり先日の「迷子の警察・・」同様、大作ではなく派手さもないけれど、音楽と共にしみじみ余韻、の珠玉作だった。(http://www.amazon.co.jp/ONCE-%E3%83%80%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%http://oncethemovie.jp/Falling Slowly

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2008/6/25

ハイジ(’05)  ヨーロッパ

日本では一昨年公開のポール・マーカス監督作品。原作ヨハンナ・シュピリの児童小説「アルプスの少女ハイジ」で、子供時代に読んだ郷愁、アニメか実写ドラマでも見た覚え、でも詳細薄れていて、どういうストーリーだったろうか、と。映画化は6作目のようで、こういう少女文学ものは、一昨年放映を見た「小公女」原作の「リトル・プリンセス」以来。

霧や雲もかかったアルプス山中、緑の牧草地帯、質素な山小屋に住む偏屈な老人と、その心を解す孫の少女。学校にも行かず祖父、ヤギ飼いの少年、ヤギ達と過ごす日々。桃源郷のような世界から、フランクフルトの街に戻されると、やはり彼女の伸びやかさが浮いて風変わり、でもあり、好意的な人々もいれば、生理的に嫌がる人々も、という現実。

郷愁の苦しみから夢遊病になり、本来の居場所である山へ帰還、街で親友になった足の悪い少女クララがやってきて、ラッキーなアクシデントが、という部分は、やはりすっかり忘れてしまっていた。ただ、山に戻る時、ヤギ飼い少年の祖母に柔らかい白パンを届けたい、という思いがあってそれが叶う部分は、本でのパン描写が美味しそうでインパクトあったのか、何故か覚えが。

天真爛漫ヒロインというイメージはあったけれど、自分が見捨ててしまった形で傷ついていた祖父、クララへの嫉妬心を持つヤギ飼い少年の心を読み取ったり等、少女らしい勘、というか鋭敏さも。

ハイジ役の芸達者なエマ・ポルジャーと、クララ役のしとやかなジェシカ・クラリッツのバランス、祖父役のマックス・フォン・シドーの老練さ、叔母役のポーリン・マクリンがヘアスタイル、キャラクターといいちょっと魔女風テイストの脇役。展開は粗筋をざっと追った、という感だけれど、温か味漂うハッピーエンド、広々とした風景といい、一種の癒し系環境作品、のような後味だった。(http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%B8-%E3%82%http://www.heidi-movie.jp/

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2008/6/8

4分間のピアニスト(’06)  ヨーロッパ

先日新作DVDリリースのクリス・クラウス監督のドイツ作品。日本では昨年公開、無実の罪で女子刑務所に服役する天才的ピアノの才能を持つ少女と、かつて名ピアニストだった老女ピアノ教師との、葛藤、愛情の物語。

最近ピアノ師弟物語で見た「私のちいさなピアニスト」のようなほのぼの感はなく、全体に抑えたトーンの映像、老教師が、少女の並ならぬ才能を開花させようと近付くものの、刑務所、という音楽に打ち込むには波紋の多い場、様々な過去の傷を負って、日常でも音楽に対しても、感情の激しさを露にする野生児のような彼女との、バトルのような日々。

ナチス時代の経験等、自分の波乱の年輪を秘めた教師役、ベテランモニカ・ブライブトロイと、オーディションで選ばれたらしい、射すような眼光の新人ハンナー・ヘルツシュプルングとの、個性が寄り添ってはぶつかる、予想より破天荒なピアノもの。

シビアな状況にも淡々と流れるクラシック曲、だけでなく、ハンナーが自由奔放に鍵盤を叩く、ロックやジャズアレンジの旋律。後ろ手に手錠のままでの、こなれたパフォーマンスは少し驚き。

圧巻は、やはりラストの演奏シーン。ラストに盛り上がりのステージ演奏、というのは、音楽もの定番ではあるけれど、かつて見聞きしたことのない、邪道というのか、斬新というのか、のピアノ演奏。

立ち上がり、ピアノの鍵盤以外の部分も自在に使い、自分の波乱の過去を全て吐き出すように、滑るように弾いていたかと思えば叩きつける、即興ジャズ版シューマンというか、インパクト残り、演奏後、おそらく、前に「誰にでも、頭を下げてもらいたがっているんだろう」と揶揄していた老教師に向けて、敬意のお辞儀ポーズを見せたのも、徐々に繋がっていた絆を感じられた瞬間で、

でも会場の喝采はあっても、まさに”4分間だけのピアニスト”という幕切れ、に、世間の裏側でうずくまるように過ごしながら、自分の持つ音楽、という武器を放って輝いた人生の一瞬、という切なさも残る、やや苦めでシュールな作品だった。(http://www.amazon.co.jp/4%E5%88%86%E9%96%93%http://4minutes.gyao.jp/top/

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2008/5/25

シャンプー台のむこうに(’01)  ヨーロッパ

今年年頭に放映録画を見たパディ・ブレスナック監督作品。イギリスの片田舎の街で、ヘアドレッサー選手権が開かれることになり、それをきっかけに、地元の、崩壊していた美容師一家の絆が繋がれていくドラマ。

選手権での、常勝チームの不正騒ぎ等もありつつ、お洒落、ユニークなヘアスタイル、部門によってファッションショー的華やかさ、でもその裏側での、過去を引きずる人間ドラマ。主人公は息子ジョシュ・ハートネットだけれど、実質、病魔を隠して過ごすナターシャ・リチャードソン演じる母のようで、「上海の伯爵夫人」ヒロインだったのだったけれど、今回の微妙な心情の訳あり妻・母の方が似合っていた。

ヘアサロン、理髪店も舞台といえば「髪結いの亭主」等思い出すけれど、イギリス風、なのか黄色+ブルー色調デザインの店内、カリスマ理容師の娘が、羊を見分ける助けのために、1匹ずつ違うヘアカラーデザインで染めて、カラフルな群が走るシーン、あと選手権で、ナターシャが馴染みの入院中の盲目の老婆をモデルに連れて来て、マリー・アントワネット風ヘアに仕上げるシーン、等印象的。

やや珍しいヘアドレッサー世界+コメディ的軽妙さもありつつ、わだかまりの和解、腕はありながら挫折していたアラン・リックマンの夫の理容師の復活、絆の再生、等ハートウォーミングな後味だった。(http://www.amazon.co.jp/BLOW-DRY-%E3%82%B7%E3%83%

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2008/4/21

女優ナナ(’26)  ヨーロッパ

昨日フィルムセンタージャン・ルノワール名作選2本目にやはり母と。原作エミール・ゾラの小説、ある女優が高級娼婦となり、次々と男を虜にして破滅の道に追い込んでいくモノクロ、サイレント作品。父子ルノワールの運命の女性、「浴女たち」のモデル、ジャン・ルノワールの妻で映画を撮ろうとしたきっかけにもなった、というカトリーヌ(元アンドレ)・ヘスリングがヒロイン、とのことで都合も合ったので行ったのだけれど、多分今までで見た最古の作品。

女優、女性としてエキセントリック、奔放な振る舞い、でもどうも、科白の情報がずれるサイレントに不慣れもあってか、それに魅了はされても、破滅に至るまでに翻弄される男達の心情、ヒロインの悲哀、をしみじみ味わう、というまでいかなかった。

「草の上・・」のように直接父の絵の影、というのは感じられなかったけれど、背景の豪奢な屋敷、毛皮のスツールや敷物、着飾ったドレス、優雅な扇子等の小道具、酒や食器の引き出し付きの客馬車、店のフレンチ・カンカンの踊り、等華やかさ、ノースリーブ衣装の時のヘスリングが、当時の慣習か腋毛の処理をしていない事、とか目に留まったりしたけれど、彼女自身は確かに豊満な肉体、視線等引き込むような魅力、やや京マチ子のような、でも演技力、というのはよく判らず、美人とは思えなかった。

客席はやはり結構埋まっていたけれど、静かな中時々いびきが聞こえて耳障りだったり。母の感想は「華やかな世界の裏の色々愛憎劇なんだろうけれど、サイレントだし判りにくかった。科白がない分、動作や表情とか大事なんだろうけれど。主演の女優はちょっと(メイクとかも)キツかった。」等で、今一つ。やはりこれは私にとっては見るなら原作を読んでから、の方が良かった。昨夜「新日曜美術館 モディリアーニ」「みゅーじん 岡平健治」等録画。(http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?http://www.momat.go.jp/FC/NFC_Calendarルノワール+ルノワール 2人の天才が愛した女性

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2008/4/18

草の上の昼食(’59)  ヨーロッパ

昨日フィルムセンターでのジャン・ルノワール名作選に母と。結構席は埋まっていた。ある生物学者が開いた野外の婚約祝いの昼食会で、突風が巻き起こり、それがきっかけで村の娘とロマンスが生まれ、という展開。

父ルノワールのアトリエがあった南仏ル・コレットが舞台、全編緑が鮮やか、やはり展示会で並べられていた「陽光の中の裸婦」から発想、と思っても納得のような水浴シーン、が改めて。素朴な爛漫さと豊満なボディの娘役カトリーヌ・ルーヴェル、学者役のポール・ムッスリームの堅物的コミカルさがいい味。

初めてスクリーンで見たルノワール作品、お話的にはシンプルなシンデレラストーリー、男の吹いた笛で突風が起こったりするのも牧歌的、思いがけず恋に落ちた2人の喜びや躍動感、折々の奥行きある映像の美しさ。階級差へのシニカルさとか、単純に”動くルノワール”の趣、というだけではないかもしれないけれど、2作品しか見ていないけれど好みの方のタイプかも。母は「ルノワール・・展」も見たのだったけれど、「突風でもテーブルのビンが倒れなかったのが不思議、話は漫画のようだけれど、絵の雰囲気があって、風景が綺麗だった」とかの感想、洋画は久方、「ハーフェズ・・」等よりは抵抗が少なかったようだった。

またセンターのサイトや展示会公式ガイドで、関連が言われている父と同時代のマネの「草上の昼食」、当時物議を醸した絵、どこかで見たとは思うけれどカードはなかった。初めてのカラー作品だという「河」、バーグマン出演の「恋多き女」等も出来れば、と思っていたけれど、都合合わないまま上映は終わってしまった。残りの日程で興味あるとしたら「女優ナナ」等。(http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD13231/http://www.momat.go.jp/FC/NFC_Calendarルノワール+ルノワール 2人の天才が愛した女性ルノワール+ルノワール展フレンチ・カンカン('54)

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2008/3/29

そして、デブノーの森へ(’04)  ヨーロッパ

フランス・イタリア・スイス合作のロベルト・アンドゥ監督作品。日本では昨年公開、その時やや気になった作品。ヨーロッパの上流階級舞台、過去を持つ作家とミステリアスな美女との官能サスペンス。

南イタリアカプリ島、ジュネーヴ等のヨーロッパのシックな風景を背景に、旅の途中ふと出合った2人の束の間のアバンチュール、に終わらず、絡んでいく運命。作家役ダニエル・オートゥイユは「八日間」以来、相手役の美女アナ・ムグラリスはブランドを着こなし、セクシーではあったけれど、作家の妻役グレタ・スカッキの、普段快活な妻、夫の秘密への苦悩を内面に抑えた、情感ある演技の方が印象に。

モチーフであるデブノーの森はポーランドのようで、そこでの結末は後味重かったけれど、森の緑の鮮やかさと深さが目に残った。もう少し幻想的ムード漂う作品かと思ったら、途中からサスペンスタッチになっていき、予想とは違っていた。(http://www.amazon.co.jp/%E3%81%9D%E3%81%97%E3%81%A6%E3%80%81%E3%83%八日目(’97)

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2008/3/9

フレンチ・カンカン(’54)  ヨーロッパ

近隣店にDVD在庫があった中のジャン・ルノワール監督作品。1890年代のパリ舞台、有名なミュージックホール「ムーラン・ルージュ」が生まれる過程の中、歌、踊り、興行師と周囲の女性達の恋愛模様を描いた作品。

女性達が、ロングスカートとペチコート姿で踊りまくる”フレンチ・カンカン”のダンスシーンが見もの、どちらかと言えば、父ルノワールよりは、ロートレックの絵を思い出したりも。六本木で今日までのロートレック展は、行きそびれてしまった。(追記:と思っていたら夕方予定の仕事が夜に変更、時間が空いたので駆け足ながら見てきて、それは後日に)

ヒロイン役フランソワーズ・アルヌールは、興行師、王子、パン屋の青年の間で揺れ動くもてぶり、女性をショーの道具、としか見なさない興行師の振る舞いに傷つきつつ、ダンサーとしての熱意に目覚めて踊る姿が、力強くも切なくも。「ルノワール・・展」ガイドによると、アルヌールは’50年代を代表する”可愛い女”系、とのことで、当時の優雅なドレスや帽子が似合い、なかなかキュート。

興行師役ジャン・ギャバンは貫禄の物腰。エディット・ピアフがユージンという歌手役で出演、とのことで気をつけていたけれど、誰がそうだか判らなかった。パリの裏通りや、石の階段、その手すりをアルヌールが滑り台のように滑ってくるシーンもあり、風車型のムーラン・ルージュ、観客と一体になってのショーの華やかさ、に一時リフレッシュ、だった初のジャン・ルノワール作品体験。後は来月近代美術館フィルムセンターでの「草の上の昼食」に都合が合えば、という所。(http://www.amazon.co.jp/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%ルノワール+ルノワール 2人の天才が愛した女性ルノワール+ルノワール展

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2008/2/6

それでも生きる子供たちへ(’05)  ヨーロッパ

先日新作DVDリリースのフランス・イタリア合作の7人の監督によるオムニバス作品。公開時やや気になった、厳しい現実の中で生きる子供達を主人公に描いた作品集。

否応ない環境で、少年兵として銃を持つ少年、冤罪で少年院に送られ、理容師の腕を持ちつつも、盗みを働く少年、両親がエイズ患者、自分も感染し、いじめに合う少女、等と、最初数編、結構重たさが続いたけれど、サンパウロで、貧民街に暮らし、お金になるガラクタを集めながら、都会をさ迷う兄妹の姿には、子供ながらの生きる知恵、楽天的力強さ、を感じたリも。

一番情感あって印象深かったのは、最後の中国舞台の「桑桑と子猫(ソンソンとシャオマオ)」。裕福な家の少女と孤児の少女が、あるフランス人形で微かにつながり、それぞれ性質の違うシビアな境遇で、生きていく姿。

幼少時、周囲から受けていた、無意識の愛情とか、背後の大人の事情とか、そういう原始感覚が蘇えって、ある種、心洗われた小品。他の作品も、現地の素人の子供の抜擢が多いようで、この作品も、役柄と割と似た境遇の少女2人が演じたとのことで、聡明・素朴な表情が残った。

ファンタジー的、哀愁漂う作風のもあったり、半々位で、フィクションとノンフィクションが入り混じったような作品群、という後味。今日は雪。(http://www.amazon.co.jp/%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%A7%E3%82%http://kodomo.gyao.jp/

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