モーツァルト生誕250周年を迎えて思うこと
1756年1月27日、オーストリアのザルツブルクで生まれた
モーツァルト
(Wolfgang Amadeus Mozart)。今年2006年は、生誕250周年ということで、ちょっとしたモーツァルト・ブームのようですね。(ですよね☆)
1791 年12月、 ウィーンで「レクイエム」(K.626)を作曲中に急逝。この年、彼は35歳という若さでした。その短い生涯の中で、父レオポルトとともに頻繁にヨーロッパ各地へ演奏旅行(就職先探し?)に出かけていたのは有名なお話。このパパが、またすごいやり手パパなんですね〜。この天才の陰にこの父ありっていうか…ホント。(笑)
で、ザルツブルク宮廷にコンサートマスターだの、宮廷作曲家だのといったいろいろな肩書きで就職するわけですが、そういう中で作った作品の数は、オペラ、交響曲、協奏曲、室内楽、ソナタ、ミサなど、あわせて700曲以上。
すごいですね。
さて、こういう話になってくると、どうしても思い出してしまうのは、やはり映画“
Amadeus”(アマデウス / 1984・アメリカ)。ちょうどYngwieのソロ・アルバム「ライジング・フォース」リリースの年というのも何か意味ありげなんですが(何も意味はない?)、この映画のタイトル「アマデウス」はもちろんモーツァルトのミドルネームから来ています。タイトルだけ聞いていると、私のような音楽の素人は、きっとクラシック音楽の専門家でなきゃ理解できないような硬い内容なんじゃないかと尻込みしちゃいそうなんですが、まったく逆で、この映画、本当におもしろいんです。
かつて宮廷音楽家だったアントニオ・サリエリの回想から入るという意表をついた脚本にまず惹きつけられました。当時、すでにヨーロッパ中にその名が知れ渡っていた天才モーツァルト。その才能に憧憬の念を抱きつつも、一方で自分自身の権威やプライドをズタズタにしたモーツァルトを妬み、彼の死まで願ったサリエリ。神は自分を見捨てたのだと、キリストの像まで焼いてしまう彼の覚悟のほどはいかばかりのものであったのか。
映画“Amadeus”(アマデウス / 1984・アメリカ)
米アカデミー賞の作品賞、監督賞(Milos Forman)、
主演男優賞(F Murray Abraham)、脚色賞、美術賞、
衣裳デザイン賞、メイクアップ賞、音響賞の8部門を
受賞。他、賞多数。
F Murray Abraham(F・マーリー・エイブラハム)演じる嫉妬深いサリエリ、そして、奔放な若き天才モーツァルトを演じる
Tom Hulce(トム・ハルス)。この対照的な二人の存在感の大きさといったら、とてもひとことで言えるものではありません。20年以上前の作品ですが、衣装も華やか、宮廷での音楽的な見せ場も多く、本当に見ごたえたっぷりです。
それから、忘れてならないのがオープニングで流れた交響曲第25番。これがまたよく効いてるんですね〜!(くぅ〜!)まさにこれから何かが起こりそうな予感。ミステリーを感じさせるのも、この作品のうまさと言えるのではないでしょうか。
さてさて、明日はモーツァルトのお誕生日ということもあってか、ついつい彼の話が長くなってしまいましたが、ここで関連してお話をしたいのが実はこれなんです。(ちょっと長いタイトルがついてますが)
Concerto Suite for
Electric Guitar and Orchestra
in E Flat Minor
Live with the New Japan Philharmonic
Yngwie Johann Malmsteen
2001.6.17 Tokyo
All Music Composed By
Yngwie Johann Malmsteen
All Guitars Played By
Yngwie Johann Malmsteen
Produced By
Yngwie Johann Malmsteen
このコンサートDVDを観た時、「Yngwie、私は今ほどあなたのファンであることを誇りに思ったことはありません」…そうつぶやいていました。本当に生で観たかった(聴きたかった)と思います。(ちなみに、Yngwieのメガ・ファンサイトには東京公演を2日間とも行かれた方がいらっしゃいました。なんとも羨ましい話ですね〜!)
母親がオペラ歌手だったこともあり、いつもクラシック音楽がかかっている家庭で育ったYngwie。1983年のデビュー以来、「いつかクラシック・ミュージックのスコアを書いて、オーケストラと共演したい」と言ってきたのにも頷けるものがあります。
「クラシックとロックの融合」といえば、これまで、Deep PurpleやUli
Jon Rothなどの一流ロック・アーティストたちが取り組んできていますが、天才ギタリストYngwie Johann Malmsteen の場合は、これがひと味もふた味も違うんですね〜。彼が求めていたものは、「クラシックとロックの融合」ではなく、「クラシック音楽」そのものだったんです。
彼には、Rising Forceという自身のバンドがあるわけですが、この新日本フィルハーモニー交響楽団とのコンサートには、バンドメンバーは一人も加えず、Yngwieはあくまでもオーケストラにおけるソリストとして一人で参加していることに気がつきます。Yngwieの言葉を借りれば、「クラシックの世界へ一人で飛び込んでいった」んですね〜!(そこがカッコイイ!)
そして、エレキギターを用いてはいるけれど、その奏でる旋律は、ロックではなく、まさに「Yngwie的クラシックの旋律」! すべて、Yngwieがオーケストラ用に書き下ろした作品ばかり。バンドでこれまで演奏してきた、
“Black Star”、“Far Beyond The Sun”などの名曲の数々もオーケストラ・ヴァージョン! あのエレキ・ギターのサウンドが見事に調和しているのには驚きました。
彼のデビュー以来の夢が実現した歴史的瞬間だったんですね〜。(パチパチパチ〜♪)
…と、何度観てもウルウルしながら絶賛している私ですが、「Yngwie &
Mozart」という点に関して少しまとめていきたいと思います。
なぜ、モーツァルトの生誕250周年から始まって、Yngwieのコンチェルト・ライヴにまで話が進んだかといいますと、実はYngwieはクラシック音楽の作曲家の中でもモーツァルトが大好きだそうで(メガファンサイトの管理人・
yokoさんから伺ったお話なんですが)、コンサートなどでも時々モーツァルトのフレーズを耳にすることがあるんです。(例:1994年武道館ライヴにおけるソロタイムなど)やはり、モーツァルトへのリスペクトなのでしょうか。
それから、これもyokoさんのお話なんですが、先にご紹介した映画「アマデウス」、Yngwieはこの映画も大好きだそうで、何度も観ているのだとか…。このお話、なんだか納得できるような気がしました。やはり天才同士、何か通じ合うものがあるのでしょうか。
クラシック音楽の格調の高さを感じさせるロック・アーティストYngwie
Johann Malmsteen。う〜ん、まだまだ奥の深さを感じますね。
コンチェルト第2弾を期待してやみません!

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