(三味線の音)さて、愚痴が長くなりましたので、もう落語しろといっておるのでございます。あたしももう頭の中、ごっちゃごっちゃになっておるのでございます。
ハチ ご隠居!ハチで〜す!
隠居 おやおや、なんだい、ハチさんかい。
ハチ おやおやなんだいじゃあねえでしょ。いつもの時間にいつもの通りやってきた、いつもの、ハチで〜す!
隠居 ははは(力なく笑う隠居)。ハチはいつも明るくていいねえ。
ハチ ?ハチで〜す!
隠居 わかった。わかった。はははははは。
ハチ あらあらあら?ご隠居、目の下がなんか黒ずんでいまっせ。どないしはったんです。大丈夫ですか?
隠居 あ、そうか、目の下に隈ができているか。いや、何、ここのところちょっと夜眠れなくてな。何、たいしたことじゃないんじゃ。
ハチ へ〜、寝ないとそうなるんですかい?でぇじょうぶかなあ?ご隠居。お布団に横になったほうがいいんじゃねえですか。
隠居 いや、何、なんの心配もありゃせんのじゃ。大丈夫じゃ。おや、お茶がないのう。ばあさん、ばあさんや。お茶をな、うん、うん、頼んだよ。
ハチ 本当にでぇじょうぶでやすか?ご隠居。へえ、いつもすんません!(お茶を出すおばあさんに頭を下げる。お茶に手を伸ばしながら)ところで、ずずず、ご隠居、あの、薄皮まんじゅうって知ったはりますか、薄皮まんじゅう、あのあんこの、こうたくさん入った・・・
隠居 もちろん、薄皮まんじゅうくらいはしっとるわな。で、その薄皮まんじゅうがどうしたんだい?
ハチ どうもこうもありゃあしやせんや。あの、今朝方ね、駅前の竹中饅頭で薄皮まんじゅう買うてきたんですがね、これが皮ばっかし。あんこなんかちびっとしか入ってやしねえんですよ。腹立つ!
隠居 ほうほう、薄皮饅頭を買って皮ばかりだったんじゃな。まあ、あたしは皮がすきなんでな、それでもいいと思うがの。それでどうしたんだい?
ハチ いやややや、だからね、薄皮饅頭って名前なのに、皮ばっかりだったんで、あっしゃあ頭にきちまって、怒鳴りこんだんですよ。おかしいじゃないかってね。駅前の、竹中饅頭に。
隠居 ほほう。
ハチ ところがね、竹中のやろう、薄皮ってのは、薄味の皮のことだって言うんでやすよ!でもって皮ばっかりの饅頭だから薄皮饅頭だってぬかしやがるんでさあ。こんなん詐欺でっしゃろ?どない思わはります?どない思わはります?
隠居 ははあ、うまいこと言うなあ。名前が竹中饅頭というくらいだから言い訳もうまいのんじゃのお。
ハチ で、今日はその薄皮饅頭もって来やした。土産に。まずいやつ。
隠居 はははは。ハチさんにはかなわないねえ。まずいやつって、土産にかい?まあ、ためしにひとつお相伴に預かりましょうかね。
ハチ 食べとくんなはれ。ほれ、食べとくんなはれ。
隠居 まあ、そうあわてたらあかん。(饅頭を両手で割り中を見る)
ほほう、確かに皮ばっかりじゃな。
ハチ でしょ?でしょ?
隠居 どれ。(口に入れる)ほう(もご)ほう(もごもご)うんうん(もごもご)
ハチ どうです?まずいでっしゃろ?まずいでっしゃろ?
隠居 (お茶を飲む)うんうん、あ〜、ん、確かにまずい!
ハチ でしょ?でしょ?だからもって来たんす。まずいだ、これが、本当にまずい!
隠居 ははは。本当にまずいなあ。ははは。
ハチ まずい。確かにまずい。ひどいでしょ?これで薄皮饅頭ってんだから。
隠居 これじゃあ名前と実が違いますなあ。政府みたいなもんじゃな。
ハチ え?政府もこんなひどいことをしちゃうんすか?・・・またまたあ・・・そんなことねえでしょ?
隠居 いやそうでもないんじゃな。ほら、昨日も話したんじゃないかな。共謀罪の話とか、天下り規制法とか。
ハチ そうでしたかね。はあ。そういえばどこかで聞いたような、聞かなかったような・・・(上目遣いで隠居を見る)
隠居 よいよい。ハチさんはそれでいいんじゃ。いちいち覚えておったら、こんな隠居の話なんぞ毎日は聞けせんからの。それでいいんじゃ。(と横を向いてため息をつく)ふう。
ハチ いやいや、そういえば、選挙に行くんでやした。それが一番でぇーじだってぇことは覚えてやす。大丈夫ですよぉ。
隠居 そうじゃな。それが一番大事なことじゃ。じゃあ今日は年金のことについて話してみよかいのう。年金じゃ。知っとるわな、ハチ?
ハチ 年金?ハテ、どこかで聞いたような聞かなかったような。。。そういやあ、うちのかかの和歌山の実家に盆にけぇったときに、近くの山に行ったなあ。。。確か、年金がどうのこうのと・・・
隠居 和歌山?え?ハテ、何のことかいの?
ハチ いやだからね、世界で一番えらい年金の学者がいたでさあ。年金ってあれでしょ。カビの親戚みてぇな、じみーなやつでしょ。
隠居 はあ?
ハチ その研究で世界一のおっさんが、確か・・・熊・・・熊田・・・熊がどうのこうのっていうおっさんが確か、かかの近所の住んどったんですわ。年金。仰山みてきましたでえ。スケッチがぎょうさんありましたわ。
隠居 はははあ。それは南方熊楠のことじゃな。ほう、ハチ、難しいことを知っておりますな。そうか、ミナカタクマクスなら確かに粘菌の権威じゃな。
ハチ そうでしょ?でしょ?でしょ?
隠居 南方熊楠というお人は、日本の誇りとなるような天才だったらしいのお。
ハチ へえ。そうでやすか。粘菌のスケッチばっかり描いとったみたいですが、そんなにすごいお人なんすか?
隠居 いや、あたしも詳しくは知らんがの、どうも一冊のこれくらいの辞書を一月ばかり読めば、もうその国の言葉を話せるようになったという話じゃな。博覧強記の天才と呼ばれているな。
ハチ へえ。すげえ。おらぁかかを見直しました。
隠居 ははは。ハチのおかみさんも熊楠記念館にハチを連れて行ったんじゃから、まあえらいなあ。
ハチ うちのかか、熊みてえですからね。
隠居 ははは。しかし、それは粘菌違いじゃな。あたしの聞いているのは、1年2年の年と書いて、お金、ほら、年ととるともらえるお金のことじゃがな。
ハチ ほお、そんなお金、どこでくれるんですか?いいなあ。
隠居 これこれ、誰でももらえるというわけではない。年金は積み立てたものだけがもらえるんじゃな。
ハチ へええ。どんのくらい積み立てるんですのん?
隠居 最低25年じゃな。
ハチ 25年?へ?そらあかんわ。ご隠居はん。今、おいくつですか?確か70でっしゃろ?そらあかん。お勧めできませんわ。
隠居 これこれ、積み立てるのは若いときじゃ。わしはもう年金はもらう方の年じゃな。
ハチ するってぇと、ご隠居はもらうばっかりですかい?ずるいな、ずるいな。
隠居 これこれ、指を指すでない。ずるくなどないでな。若いときに年金をきちんと納めたから、今もらえるんじゃからな。
ハチ ほほう。あ、そうか、年金てぇのは、貯金みたいなもんですね。わかった、わかった。ふんふん。
隠居 貯金みたいなもんじゃが、そうではないんじゃな、これが。いや、貯金みたいな仕組みにしておけば問題がなかったんじゃがな。ハチはかしこいのお。
ハチ でしょ?でしょ?若いときに貯金して、年くって、働けなくなって、近所の暇な職人なんぞからかって、ぼんやりと遊んで暮らす。いいねえ、いいねえ。ぼけても大丈夫やし。やっぱり貯金はしなくちゃいけねえなあ。うん!
隠居 これこれ、わしはまだぼけてはおらんつもりじゃがな。しかし、貯金と年金とはちょっと違うんじゃな。
ハチ どこが違うってんですか?
隠居 まず、わしら年寄りがもらっておる年金は、今、働いてせっせと年金を納めておる若い連中のお金をもらっとるんじゃな。だから、貯金ではないんじゃ。
ハチ え?わしらが働いて、金を渡す、それを隠居が使う。あっしが働く、隠居が使う、あっしは貯金できねえ。隠居は使う。え?え?お、おっかしいなあ。
隠居 おかしいことはないんじゃな。一応な。わしらが若いときに納めた金は、わしらの時の年寄りがつこうたんじゃな。で、こんどはわしらより若いもんが納めたお金をわしらが使うというわけじゃな。
ハチ そっかあ。だったら、いいじゃねえですか。わしが働く、金入れる、隠居がつかう、わしが働く、金入れる、隠居がいなくなる。わし使う。わしの子供が金入れる。するってえと、わし使う。ははあ?え?ご隠居、あきませんや。あっしにはガキおりまへんで。
隠居 そうか。そうじゃな。そこが問題なんじゃな。これを少子化問題というんじゃがな。子供が少なくなってしもうたから、年金を納めるものも少なくなってきたんじゃな。
ハチ ほんなら、わしらの年金はだれが支払うでやすか?孫か?孫やな。そうかあ、孫がおったな・・・あら、そらあかんで。わし、孫もおらへんがな。ご隠居、どないしょう?
隠居 いやいやハチに子も孫もなくても、年金さえきちんと納めておれば年金はもらえるんじゃがな。問題は、世の中全体で子供が減ってきていることじゃな。
ハチ で、どうするんですかい?
隠居 年金をもらえる年齢を上げるんじゃな。昔は60歳でもらえたのが、今は65歳になっておる。そのうち、70歳になるかもしれんな。
ハチ え、するってぇと、あっしがもらえるときには80歳になる場合もあるってぇことですかい?そりゃだめだ。あっしの親父は60でぽっくり行ったんでさあ。あん時は悲しくてよお。ずずっ。あっしもね、60歳で死のうと決めたんでさあ。だからだめだ。あっしは年金もらえねえ。あっしは年金なんざもらえませんや。
隠居 ははは。心配するんでない。ハチ、お前さんは長生きするよ。あたしが保障してあげるからね。大丈夫。大丈夫。
ハチ そうすか?長生きのプロみてえなご隠居にそう言われると、そんな気もしやすね。長生きはしてえなあ。でも、80歳ってのは無理だなあ。と、と、と、じゃあ、若いとき納めた分だけ損したことになるじゃねえですか。あ、損だ。損だ。でしょ?でしょ?
隠居 ははは。ようやくそこに気がついたかの?そうじゃな。お金を納めてくれる若いもんが減れば、困ってしまうんじゃな。
ハチ 誰が考えてもわかりそうなものでしょ?でしょ?
隠居 そうじゃ、誰が考えてもわかりそうな当たり前のことじゃな。しかし役人どもはそこまで考えなかったんじゃな。
ハチ ひでぇ話でやすねえ。

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