平成20年5月18日(日)、福岡市立南体育館にて空手拳法成道会主催「第1回・岩間統正師範の太気拳セミナー」が開催された。
福岡以外からも広島、長崎、熊本、鹿児島からも参加者が訪れ、その関心の高さが感じられた。
今回、セミナー開催に至った経緯としては、本村賢治、馬原浩の両参段が昇段した際の10人組み手の模様をビデオでご覧になった先生が、「一度、俺が福岡に行って彼らに太気の急所を直接指導しよう」と言われたのがきっかけで、それならば、成道会以外に九州で太気拳に興味を持っているという方々にも先生の動きを生で見ることのできるチャンスを作ろうではないかと考え、先生の承諾を得、実現にこぎつけたのである。
セミナーに入る30分前、門下生の質問からすでに実技の解説は始まり、まさに形にとらわれない太気拳そのまんまのスタイルでスタートした。
「今回の次はいつ九州を訪れるかわからない。一期一会なのだから、太気の核心に迫り、武術の本質に近付くものにしたい」「立禅、這いは要点を各自が持ち帰って、じっくり取り組めばよかろう。それよりももう少し入り込んだ内容を提示して、各人の武道観に迫るものを伝えたい」とのお言葉どおり、どちらかというと中・上級者向けのレベルの高い内容となった。
「動きの本質を身体で理解しなくてはならない。得意技を持つことは重要なことであるが、それにとらわれてはいけない。何気ない動きがそのまま奥義となることもある 」
「最終的には太気とか空手とかの区別はなくなる。本当の名人の動きとは全て共通したものとなる」
立禅、這いの要点解説とともに、太気拳と意拳との違いなどにも触れ、本質は同じものであるとは言え、王郷斎先生の拳法がその高弟により引き継がれて行った段階でそれぞれに少しずつ変容していった経緯も説明された。
「太気拳は、澤井先生が自身の武道家としての実戦経験とその才能によって、王郷斎先生の拳法を日本人の気質にそぐう様に動きの要点を練りの中にまとめた部分がある」
「推手自体は、あくまでも闘争の一形態であるので、そこを理解して取り組まないと推手が推手のみのために終始する。太気拳ではその様にとらえており、推手のみに稽古の比重を置くことはない」
「相手に触れた瞬間に身体全身が反応し、身体が勝手に次の行動を決定する。それを私は瞬間推手とよんでいる」
先生が実技の際に垣間見せる動きは、人間のそれではなくまさに動物そのものであり、現在63歳であることを考えると、それは驚異的であるとさえ言える。
しかし、それは先生ご自身が先天的なアスリートとしての素質を持っているのではなく、動物としての動きの本質を引き出してしまう立禅、這い、揺り、練りといった太気拳の訓練法に長年取り組まれて来られた成果なのであると思う。
「私は元来なまけものなんで、時間をかけて取り組むことよりも効率を重視し、合理的な内容を追求する」
相手と対峙した際の「間」をいかに制するか、といったことにも触れ、その際に身法、歩法が必要であり、従来の格闘技のように一発打たれても、3発返して相手にダメージを与える、などの発想は否定され、いかに安全に攻防し、自己の生命を保持するかといった武術の本質にも言及された。
「今回のセミナーもあの世にいる澤井先生のご意思によるものと思えてならない。そのような見えざる何かによって私も突き動かされ、これは偶然でなく、全ては必然である」
「今回のセミナーを受講された方々の中から、この九州の地から、ひとりでもふたりでもいいから、本当の武術を後世に伝えることが出来る人たちが現れてくれることを願います」
太気拳という難解な武術を、わずか数時間のセミナーだけで理解するということは到底不可能である。
しかし、岩間先生という希代の武術家を通じて武術の本質の一端に触れ、その動きを自身の目で見たことによって、言葉に出来ない何かを感じることが出来たならば、参加者ひとりひとりにとって今回のセミナーは成功であったと言えよう。
それにしても、63歳を過ぎても全く色あせない先生の動きは、闘争から生き残るための武術としてだけでなく、生涯追及していく価値のある至芸としての魅力にもあふれており、多くの可能性と示唆を含んでいるものと感じられた。
「差し手」
「廻し手」
「迎え手」
「差し手による実技」
「瞬間推手」
「瞬間推手からの変化」
「差し手からの入り身」
「全員での記念撮影」
空手拳法成道会
http://www.joudou.jp/

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