日本における原子力発電所立地受入れの政治過程 (1)はじめに  政治のはなし

T はじめに

 1963年10月26日、日本原子力研究所の動力試験炉JPDR(電気出力12,500キロワット)が運転を開始して以来、日本の原子力発電は着実に成長を遂げ、97年9月現在、運転中の商業用原子炉は52基、発電設備容量は4508.3万キロワットと、アメリカ、フランスに次いで世界第3位の設備容量を持つまでにいたった(図表1、2)。そこから生み出される電力は、電気事業用に発電される総発電量のほぼ3分の1に相当し1)、もはや電気なしでは済ますことのできない今日の日本社会において、我々は原発抜きにしては生活を語ることができないといっても過言ではあるまい。しかしその一方で、原発建設にあたっては地域共同体を二分しての深刻な社会紛争が引き起こされることは少なくなく、筆者の見るところいまだにこれへの有効な解決策が発見されているとは言い難い。本稿の目的の1つは、原発問題について筆者なりの整理を行うところにある。また、原発立地政策から原発問題を論じるならば、原発問題は国家のエネルギー問題として理解されることが多かった。しかし後述するように、この視角だけでは、政策過程における諸アクターの動きをきちんとした形で論じることができない。そこで本稿では、原発立地政策に関するアクターを複数のサブカテゴリーに分類したうえで、それぞれのアクターどうしの関係性によって形づくられるネットワークに焦点をあてて考察を進めていく。本稿は以上のような問題意識に立ち、日本の原発問題についての包括的描写を試みるものである。
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