60年代の教育雑誌  教育のはなし

 休みをとらせてもらい、大学図書館で、60年代の教育雑誌などを眺める。
 ベトナム反戦だったり、沖縄との連帯だったり、なんとも、政治色のギラギラしたものばかりで、そりゃ、文部省や自民党や経済界と折り合いが合うわけがない。ただ、その根底にあるのは、国家権力への懐疑であり、弱者との連帯の姿勢であり、あるいは子どもたちを守るという姿勢であることは、今もそう変わらない。だた、これを実現するための手段が、教員自治の獲得(=これを「職場の民主化」と表現する)、そしてそのために職場闘争・政治闘争・法廷闘争を仕掛けていったというのは、その弊害として、革命勢力にありがちな、セクト主義と組織の硬直化がもたらされたのだろうから、今から見ればどうだったか・・・という思いがする。
 高校進学率が上がり続ける中、ベビーブーム世代が就学年齢に差し掛かったことで、日本中で高校の収容力が不足した。そしてそれになんとか対応した後、今度はその反動の生徒急減がおとずれた。しかもその生徒急減が全体的に起きるのではなく、特定の学校に集中して起きたことが問題となった。そんな中で、大阪においては、大教組としてはさらなる公立高校の新設による就学機会の保障を主張するが、私学部はこれに賛同しかねていた。それは当然だろう。結局、利益集団としての教職員組合の統一行動というのは、組合運動華やかなりし60年代から、すでに夢物語であったということだろうか。

 黄色いじゅうたん。ただし、相変わらずかなり臭います。
クリックすると元のサイズで表示します

 赤門とリアル「東大エンブレム」
クリックすると元のサイズで表示します

 ちょっと話題になった「みどりラーメン」。ミドリムシの粉末入り。
クリックすると元のサイズで表示します

 セント・ポールのクリスマス。
クリックすると元のサイズで表示します
1



トラックバックURL

トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ




AutoPage最新お知らせ