教師の世界では、1+1が2になるのか?  学校のはなし

 某予備校が、高校の先生を集めて、新指導要領に対応した授業について説明し、実際に模範授業も見せるのだそうだ。
 そんなことなら、いっそ、学校の授業はみな、アウトソーシングして、予備校から人を送ってもらえばいい。担任は、予備校みたいにチューターを雇えばいい。課外活動は、それはそれ専門のコーチを招けばいい。
 ひとりで全部やるよりも、得意な領域に特化して仕事を融通しあう方が、全体の生産も高まるし、それぞれの利益も増加する。分業の利益というのは、リカードもマルクスも認めるところであって、経済の世界では確立した定理である。
 それでは、なぜ学校の先生は、ひとりで何役もこなすのだろうか。
 もしも日本の学校においては、分業するよりもひとりですべてこなす方が生産力が高い(あるいは分業すれば生産力が低下する)のだとすれば、それはなぜか。それは教師の仕事が「ジョブ型」ではなく「メンバーシップ型」であることと関係はあるのだろうか。
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