鯨が魚でないのは、馬が魚でないのと同じことだ。  世の中のはなし

 今でもそうなのかは知らないが、高校生のとき、英文法の授業で、no more thanがどうしたこうした、というのを習った。そこで必ず出てくる例文が、「A whale is no more a fish than a horse is.(鯨が魚でないのは、馬が魚でないのと同じことだ)」というやつだ。

 今日、影浦峡先生のレクチャーで聞いた話は、こんなふうになる。

 原発事故による低線量被曝は安全・安心だから心配する必要はないと主張するのは、小学校の校長が学校給食にバーボンを混ぜていたのに「私はもっと小さいときから酒を飲んでいた」「少量のアルコールは健康にいい」と言って保護者に心配ないというのと同じだ。

 ふと、こんなのが頭をよぎった。

 絶対安全だと信じていた原発の事故の被害を想定外だと主張して責任をとらないのは、絶対安全な避妊法を使ったのに妊娠したのは想定外だと主張して責任をとらない男と同じだ。

 イエスは古代ユダヤ社会の矛盾を白日のもとにさらけ出して体制を痛烈に批判し、新しい教えを人々に説くときに、必ずアナロジーを使っている。アナロジーというのは、大変難しいが、うまく使えばすさまじい破壊力を発揮する。

 高校を卒業して20年、初めてこの構文が役に立った。
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