日本の世代交代  

 今年も各紙各局が「あの戦争を振り返る」特集をいろいろと組んでいる。64年経つと、軍国主義・敗戦・廃墟からの再出発という「戦後」そのものを体験した人が、目立って公の場から退いていくようになる。
 今回の総選挙の意味というのは、政権交代もさることながら、戦後を生きた最後の「昭和人」たちが永田町から引退するということではないか、と考えるようになってきた。古賀誠元自民党幹事長は日本遺族会の会長でもあるが、すさまじい逆風にさらされている。保守系リベラルということでは、河野洋平衆議院議長が引退する。ネオリベラルとは一線を画す、湿っぽい共同体主義が保守の屋台骨であったのだとすれば、小泉改革はこういう意味でも自民党をぶっ壊したのだといえようか。
 「世代感覚」という言葉を使うならば、「自分はあの戦争を生き残った」という自覚をもって、亡くなった仲間たちのためにもこの国を守らなければ、という思いは、政治や経済の世界に向き合った人たちの中で共有されていた感覚であったのではなかろうか。そして「55年体制」の根底にあったのはそうした「お約束」であったのではないだろうか。靖国問題も、昨今の単純で声高なナショナリズムではなく、そういった思いの発露であったのだろうと、今なら思える。
 戦争ですべてを失いながらも、父方の祖母は自民党を一生懸命支援し、母方の祖父は社会党を応援し続けた。どちらも思いは反戦であり、恥ずかしくない国を子孫に残すことであった。こうした素朴な反戦ナショナリズム感情の受け皿が、自民党にも民主党にも感じられない。かまびすしい論争もいいが、声なき声に静かに耳を傾ける政治がなくなってしまうのではないかと、ちょっとした不安を抱いてしまう。ベスト・アンド・ブライテストが国策を誤ったのは、実は昭和初期がそうだったし、ベトナム戦争だってそうだったではないか。
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