イベントとしてのお正月は、どうせなら2月に。  世の中のはなし

 今年の紅白では、いつもより「ふるさと」が強調されることが多かったように思う。ただし、日本国民のうち、いったいどれだけの人が、「うさぎ追いしかの山」を心の中に持っているのだろうか。首都圏に人口の4分の1が集まり、大都市郊外のニュータウンに生まれ育った世代には、かの山もかの川もなければ、三丁目の夕日もまたない。
 お正月には、近所の神社に初詣して(もっとも初詣という習俗が鉄道会社の営業戦略から始まったのだから、それもまたコマーシャリズムといえばそれまでだが)親戚一同集まっておせちを食べる、というのが「古き良きお正月」イメージだとすれば、それは地縁と血縁を確認する時間だといえよう。だとすれば、地縁もなく血縁も薄くなった現代社会にあって、お正月もまた、生活の中から季節感がなくなっていく中で、無理やり季節を進めて新たな購買意欲を刺激する、イベントのひとつだと考えたらいいのだろうか。
 親戚一同集まるわけでもなく、凧揚げできる広場もなく、テレビもどこも同じようなものなので、それならば新春初売りにでも、となるのか、元旦から店を開けるところがやたらと増えた。年末年始もあったものではない。お正月に休める人の数がどんどん減っていくということは、ますますお正月のお正月たる所以がなくなっていくということにならないか。
 それならば、この時期のイベントはクリスマスに任せて、日本のお正月は、旧正月にするか節分にするかして、しっかりとやった方がいいと思う。

 さて、世の中は今日が仕事始めということだが、もう1日余分に休ませてもらい、四条に買い物に出た。古いお店では、玄関先に家紋入りの幕が張られ、門松にしめ飾りが出されていた。気持ちも引き締まる。
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 旧松坂屋京都仕入店の前を通ると、とうとうホテルとして改築することになったと、看板がかけられていた。地上5階、地下1階というから、この築100年の商家は取り壊すということか。もったいないなぁ・・・。
http://www.matsuzakaya.co.jp/corporate/history/edo/04.shtml
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Good Loser  世の中のはなし

12月29日、まさかの劇的延長勝利で京都サンガの天皇杯決勝進出が決まったので、急いでネットオークションでチケットを手に入れて、国立に行って参りました。
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「お前らJ2、おれたちJ1」と煽る東京サポ。相変わらず口が悪い
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負けておりません!
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いよいよです。
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キックオフ!
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13分、先制!!(しかし2分後、コーナーキックでニアポストをガラ空きにするというミスで失点し、すぐに同点に。)
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1ー3でハーフタイム。なんぼなんでもディフェンスがザルすぎる・・・。パーサくんとコトノちゃんの相手をしているのは、ドロンパというタヌキらしい。
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後半開始、なんとか一矢を!
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いけ〜〜!!
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しかし、今野のディフェンスの前にはまったく歯が立ちません。
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それでも、最後まで攻める!
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2ー4で終了。しかし、準優勝は見事でした。まだACLに出るには早すぎる。
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表彰式。東京の選手が花道をつくり、審判団と京都の選手を迎えていました。
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よくやった〜〜
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続いて東京の番。
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おめでと〜〜(今野と大熊監督抜きで、J1とACLは大丈夫?)
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すると、京都の選手が東京のサポに向かって・・・!(これには正直、感動しました)
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よく頑張った!!
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東京の選手も、お返しに。とてもすがすがしい気持ちで、スタジアムを後にできました。(でも、やっぱり悔しい・・・。)
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 ほんとうに被災者と出くわしたとき、「がんばろう」「ひとつになろう」なんて言えない。


 おもしろい論考を読んだので、メモ。
 湯浅誠「くらしの明日 興味深い新市長のあいさつ」(2011年12月16日毎日新聞)
http://plaza.rakuten.co.jp/shchan3/diary/201112170000/
http://d.hatena.ne.jp/ujikenorio/20111217/p2


 オフレコ会見の内容を暴露した琉球新報の記者を批判する声が、マスコミ内部から上がっているそうだが、佐藤優氏によれば、そもそも「これはオフレコだから」という発言は、あえて伝わることを念頭に置いて、観測気球として利用したり、世論形成に利用したりと、本来はそういうものであったそうで、「オフレコ」と文字通りにとらえて何でもアリの場にしてしまったというのは、官僚も記者もどちらも力がなくなったということになるのだろうか。


 自民党政権とは、右肩上がりの時代に拡大するパイを分配するためのものだった。
 今や、縮小するパイをどう再分配するかが政治の役割であり、民主党の使命はそこにあったはずだ。それが、自民党以上に既得権に絡み取られていることが明らかとなった今、そりゃ、政党不信にもなる。
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高校教育義務教育化の可能性 in 1979  読書メモ(09.6〜)

 トヨタ財団の研究助成報告書に、「高校教育義務化の可能性に関する基礎的研究」というものがある(1979年、研究代表者=潮木守一)。各章の執筆者は、潮木先生をはじめ、藤田英典、江原武一、米川英樹、麻生誠、秦政春、宮崎和夫、という面々である。
 第6章には、高校教育についての有識者にコメントを求めたその回答がそのまま収録されている。現役の高校教員や校長、官僚、大学教員など28人+共同研究者の中から3人。その内容は多様かつ多彩で、今読んでも十分通用する。ということは、30年以上、「希望者主義」と「適格者主義」をめぐる高校教育を取り巻く状況は大して変わってこなかったということでもあり、それどころか、その問題は大学にも派生し、より状況は進行していることを実感する。
 たとえば、ある大学の先生の寄稿は、「高校」を「大学」に置き換えても、まったくもって通用する。きっとこの先生は、まさか30年後、大学が高校と同じ状況に陥るとは、当時は予想だにしなかったことだろう。以下、長文ながら引用する(pp.255-256)。

「正円尊重主義の清算を」(大学教官)
 昭和54年度の高等学校等への進学者は1,537,000人で、進学率は史上最高の94.0%を記録した。ほかに専修学校、各種学校等への入学者が43,000人(2.6%)いるので、中学校を卒業してなお勉強を続けたい者には、いわゆるヨコの格差さえ問わなければ、教育を受ける権利がほぼ完全に保障されていると見てよい。
 もっとも高等学校への進学が、「なお勉強を続けたい」ためかどうかは、率直なところはなはだ疑わしい。中学校を卒業した子どもにとって、進路といえば高等学校のほかにまず考えつかない。授業はどんなにつまらなくても、そこに行けば同性や異性の仲間にめぐりあえることができる。十分ではないまでも体育館やグランドがあって自由に利用できる。運が良ければ甲子園やインターハイの舞台も踏めるかもしれない。いずれ就職するにせよ、高等学校ぐらいは出ておかないと相手にされないし、大学に進学するならなおさらだ。せっかく気楽なモラトリアム期間を楽しまずにすます法はない。こうして高等学校は、若者が成人社会の仲間入りをするために欠かせないイニシエーション(=成人式)の場になりおおせた。今日の高等学校はかつてのエリート教育機関とはこと変わり、希望者のほとんど全員を収容する大衆教育機関である。これからの高等学校を考える場合には、まずこの明確な事実を認識してかからなければならない。
 したがって、これからの高等学校は当然、希望者主義を前提とすることになる。ことの是非はともあれ、進学率が94.0%に達した現在、適格者主義を採ることは、現実問題として考えられない。ただし、希望者主義を採る高等学校は、教育段階として高等な(傍点)学校を意味するのではなく、多様な能力・適性・関心を備えた満16歳から満18歳までの若者を収容する「高等学校」という名前の教育機関であることを心得ておく必要がある。
(後略)
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「個人と社会」  中3社会(公民)

 中学社会(公民)の日本文教出版の教科書(旧大阪書籍バージョン)では、「日本国憲法と基本的人権」の章に先立って、「個人と社会」の章がちょこっと差し込まれている。わたしたちはさまざまな社会集団に所属しているのであり、ルールを守りましょう、という趣旨である。
 当然のように話が脱線し、「個人が集まって、その合意の上に社会(社会集団)が成り立つ?」「連綿と続く社会(社会集団)があって、個人はその中に組み込まれている?」という考え方の、どっちの方がしっくりいくかな、ということを聞いてみた。保守とリベラル、みたいな話なのだが、どうも彼らにはつかみどころのない話のようで、食いつきが悪い。
 たまたまなのだが、生徒とやりとりしている中で、「同性婚について、どう思う?」という話が、ちょうどこの「個人と社会」についての態度についてのリトマス試験紙として、中3の彼らには考えやすいネタだということがわかった。
 生徒の反応としては、意外と同性婚容認派が多かった。

 1月から、民主政治と人権保障についての授業に入るが、この単元では、明らかに社会契約説、すなわち「個人→社会」を所与としなければならない。クラスの半分の「社会→個人」派にどうアプローチするのか、いつものことながら頭を悩ませる。
 安易に「人権のカタログ」を暗記させて終わりだとか、「人権を守ろう」のスローガンを掲げて終わるだけでは、むしろ理解の妨げにしかならないと思うからである。


 それにしても、この絵を見て、何が問題か考えてみよう、って・・・。

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 生徒のコメント:
  @迷惑自転車が撤去されかけている。
  Aゴミ箱に投げようとして、外した。
  B実はワニのおもちゃ。
  C吊り革が低すぎる。

 はい、みんな、よく考えましたね。

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日本語の響き  読書メモ(09.6〜)

 ぼくは、劇団四季のミュージカルが、苦手である。何度か観に行って、うまいな、とは思うが、それ以上ではない。
 ひとつには、日本人(正確には「ヤマト民族」)だけでいろんな役をこなすことに限界があって、いくらカツラをかぶって白人になろうとしても、顔に色を塗って黒人になろうとしても、それはダウンタウンやウッチャンナンチャンのテレビのコメディと大差ないように思える(劇団四季に限ったことではなく、これは舞台芸術全般に言えることである)。その点、ブロードウェイやウェストエンドでは、難なくクリアできる問題だ。また、NHKの「坂の上の雲」が(国籍や民族を無視したいわゆる外タレではなく)きちんとアメリカ人やロシア人やイギリス人によって演じられていることで、見応えが増しているのも、同じことだろう。
 しかし、どうもそれだけではないことに、気づいた。
 日本語の歌詞が、どうにもしっくりこないからだ。

In sleep he sang to me,
in dreams he came . . .
that voice which calls to me
and speaks my name . . .
And do I dream again?
For now I find
the Phantom of the Opera is there
inside my mind . . .
 ↓
夢の中であなたは 
この心にささやく
今姿も現れ
ザ・ファントム・オブ・ジ・オペラ
そう あなたね
http://enbi.moo.jp/phantom/text.html#prologue


・・・やはりどこかムリがあるでしょう。

 そんなことを思っていた折、NHK大河ドラマ『龍馬伝』でも登場した、土佐の民権運動家・坂崎紫瀾による新聞連載『汗血千里の駒』(岩波文庫)を読んだときのこと。
 どうもこの文体が目から頭に入っていかず、もう止めようかと思って、文末の彼の略歴を読むと、彼は一時期、講談師をやっていたというではないか。
 そこで、本文を、声に出して読んでみた。

然れば坂本龍馬は一たびかの千葉家の息女光子を見染めてより兎角にその面影の忘られず大息つきて独語しける様は 我れ熟ら江戸の風俗を観るに三百年の太平に欺かれて坂東武者の勇気と参河士の節義を併せて地を払うの有様となり果てゆき・・・
(第九回)

 なるほどなぁ。透谷、逍遥、四迷たちが日本語を整えていく前の日本語、そして漱石や鴎外が登場して近代小説を完成させていく前の明治の戯作というのは、こういうものだったわけだ。

 劇団四季と龍馬伝とがひとつにつながったきっかけが、井上ひさし『日本語教室』(新潮新書)であった。
 東北出身の彼によれば、もともと日本語には、東北弁のようにアクセントがなかった。それが大陸からやってきた人たちの言葉の影響でアクセントがついたが、それでも英語のように強弱まではつかなかったという。そして、斎藤茂吉の短歌を例に、「あいうえお」の5つの母音の奏でる音韻の奥行きの深さについて解説する。脚本家であった彼は、できるだけ漢語ではなくやまとことばを用い(観客が咀嚼するための反応時間がコンマ何秒違うらしい)、銀行といえば必ず「三菱銀行」なのだそうだ(iの母音は遠くまで届くらしい)。
 言葉は精神そのものなのだと、彼は語る。
 そして、彼は日本語とこの国が大好きであることを宣言する。だからこう続ける。

 日本の悪いところを指摘しながら、それをなんとか乗り越えようとしている人たちがたくさんいます。私もその端っこにいたいと思っていますが、そういう人たちは売国奴と言われています。でも、その人たちこそ、実は真の愛国者ではないのでしょうか。完璧な国などありません。早く間違いに気がついて、自分の力で乗り越えていくことにしか未来はない、ということを、今回の講座の脱線と結びにいたします。(p.118)

 震災以降、東北とは何か、ということが議論された。東北とは何か、そしてそこから見える日本とは何か。
 日本について考える材料は、どこにでも転がっている。それを自覚するかしないか、だけの話だ。
 だから、ムリに学校で教える必要はない。ちょっとだけ、きっかけがあれば、そこから思考はどんどん広がっていくはずだ。

<追記>
 これを書いた後、影浦峡『子どもと話す 言葉ってなに?』(現代企画室)を読んだ。
 まったく違うアプローチから、実は同じようなことを言っているように思えて、もしも井上ひさし氏がご存命で、このふたりが対談をしたら、どんな日本語論、日本人論、日本論が展開されただろうと、想像をたくましくしてみる。
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なみはやドームに行ってまいりました。  世の中のはなし

なみはやドームに行ってきました。
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ディズニーか、劇団四季か、というくらいの肖像権管理。いちおうアマチュアスポーツの大会なんですけど?
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というわけで・・・

(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-
 (*'▽'*)わぁ♪
  ♪⌒ヽ(*゚O゚)ノ スゴイッ!!!
  °゚°。。ヾ( ~▽~)ツ ワーイ♪

結果。
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今年もいろいろ行きました。

こんなところとか、
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こんなところとか、
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こんなところとか、
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こんなところも。
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審判の資質  学校のはなし

 今日は、審判として(人手不足につき名ばかり副審判長)、3試合吹かせてもらってきました。
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 ペアを組ませてもらったのが、A級資格を持ち、国体の決勝戦のレフェリーも務めるような人でして、こちらはなんちゃってC級なわけで、恐縮至極。いちおうルールとしては、2審制では2人の審判の権限は対等で、分担し合ってジャッジをするのだが、実際は1.5審制、というか、おかげでゲームが荒れることなく、つつがなく終了。
 よく見えてるなぁ、と思う以上に、ゲームのコントロールの仕方がうまい。たとえば・・・
○警告をゲーム序盤で出して「今後このプレーは禁止する!」ときっちり基準を示すこと
○微妙な判定については、ベンチがごちゃごちゃ言いたくなる前に、さっさとジャッジしてしまうこと
○きっちりとプレーを止めなければならないタイミングと、流しても構わないタイミングとの使い分け
○選手と一緒にちゃんと走ったり、息詰まるプレーの連続する時間帯と、ゆっくり流してこちらの呼吸を整えたり、カードを出しながら一呼吸置いてゲームを整えるメリハリ
 う〜ん、奥が深い。

 2試合目の途中、ターンオーバーからの速攻に対応しようとしてムリな体勢でダッシュをしたら、軽い肉離れを起こしたらしい。
 キネシオテープをもらって生徒に巻いてもらい、なんとか3本をこなす。
 25分ハーフの試合だったので、いつもは15分とか20分で吹いていることもあり、最後の5分は息が上がって思考能力が落ちてくる。判断に必要な反応時間がコンマ何秒遅くなることで、それはレフェリング全体に影響を及ぼす。
 大統領でも首相でも、軍の司令官でも、研究者でも、社長さんでも、頭を使って決断する仕事においては、まずは体が資本だし、最後は体力だと痛感する。

 プレーヤーとしての資質と、コーチとしての資質と、レフェリーとしての資質と、チームマネージメントの資質とは、共通する部分はあっても、別の能力であり、たとえばうちの学校の選手は、将来レフェリーやチームのGMになると、能力を開花させられるコが多いと思う。そういった分業も、育成システムとしてあってもいいと思う。

 ともあれ、なんとか終わりました。来年は奈良、次の京都開催は2015年。
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いい試合を見せてもらいました。  学校のはなし

 決勝トーナメント進出をかけた兵庫のチームとの予選3試合目は、下馬評を覆して一進一退の攻防となったが、何度か訪れたうちの時間帯に突き放せず、終盤に連続失点や退場があって、そのままタイムアップ。
 高2の生徒にとってはこれが引退試合となったのだが、たぶん1年でいちばんいい試合をしたのではないだろうか、悔しそうではあったが、思いのほか晴れやかに見えた。
 すべて自分たちで試行錯誤を重ねてここまで力をつけてきたわけで、個性の強いメンバーの集まった、とてもいいチームであった。
 ごくろうさま。今晩は、みんなでキーパーの生徒の家に泊まりに行くらしい。楽しい夜になっているだろうか。明日は、選手で参加できないのが残念だが、運営補助員として、ほんとにほんとのこのチームの最終日。
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近畿私学ハンド  学校のはなし

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田辺中央体育館を、うちともう1校で管轄する。
参加校としては、うちのチームは今日は1勝1敗。
明日の対戦で決勝に残れるかが決まる。
夜の顧問会議→懇親会で、いろんな先生と話をしてきました。
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シティズンシップ教育の日本での展開可能性についての所感  読書メモ(09.6〜)

 図書館に用事で行ったら、放課後当番に当たっているはずの先生が来なくて、司書さんが帰るに帰れなさそうにしていたので、代わりに入りますよ、と、今月2回目のスクランブル居残りをすることになった。
 ちょうどジュンク堂から届いたばかりの本が手元にあるので、読みながら当番することにした。
小玉重夫(2003)『シティズンシップの教育思想』白澤社と、バーナード・クリック(2000=2011)『シティズンシップ教育論』法政大学出版局、の2冊である。
 熟読したわけではないので、これは直感でしかないのだが、まず「シティズンシップの教育論を扱うべきは、政治学であって、教育学ではない」と思う。たとえば図書館学が図書館不用論を提唱できないように、原子力工学が原発反対派を閉じ込めてきたように、この教育論は、実は現行教育システムの解体なのだから、それは教育学の外部からでなければ核心にアプローチできないのではないだろうか。
 そして、シティズンシップ教育論では、「教師が、教師である以前に、一市民である」ということが大前提となる。「教師聖職論」あるいは「先生なのだから」的な発想が根底にあると、無制限無定量な教師の仕事の世界に入り込んでいく。もっといえば、日本社会が、就社主義を乗り越えて、ワーク・ライフ・バランスを実現できてはじめて、ヨーロッパのような個人主義を前提とする市民社会が成立する。ただし、もしもその背景にキリスト教が必要なのだとしたら、このシティズンシップ教育論はきわめて西洋的なものとして、留保が必要となる。
 そういう意味で、日本の学校や社会を前提としてシティズンシップ教育の方法論だけを取り上げても、それは似て非なるものにしかならないように思う。
 これは劇薬であって、生半可に手を出すと、おかしなことになる気がする。
 ちょっと未整理のままだが、メモとして記録しておく。
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大部屋における机の使い方の作法  世の中のはなし

 今日は伏見港公園体育館で合同練習。近くて便利。
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 金正日総書記が「亡くなった」という言い方を、拉致被害者家族の前で口にしたテレビ司会者氏がいた。思わず口をついて出たのだろう。死者に鞭打つべきではないという日本的美徳なのか、あるいはまったく何も考えていなかったか。
 「ビンラディンが亡くなった」「フセインが亡くなった」「カダフィが亡くなった」とは言わなかったような気がするのだけど。

 ところで。
 研究室でプロジェクトのミーティングをしたときに気づいたのは、他の部屋でやったときもそうなのだが、「このイスは○○さんのだから座らないで」「その机はさわらないで」という、共同研究室であってもあくまで「個人研究スペース」なのであって「大部屋」ではない、ということだ。
 自分がいい加減なだけかもしれないが、いつも学校の職員室で、空いている机で勝手に仕事したり、話をするときに席を立っている人のイスを借りて座ったり、ちょっと採点用の赤ペンを拝借したりすることがあるので、なかなかこの感覚は新鮮であった。
 教科ごとの職員室を採用している学校の中には、なかなか教員集団としての連帯意識が生まれにくい面がある、という話を聞いたことがある。同僚意識を高めるというのは、「大職員室」の効用のひとつだといわれている。
 教師の仕事が一見個人戦のようでも、最後は団体戦であるのに対し、研究者の世界は、最後はあくまで孤独な戦い。職員室・研究室のつくりにも、そのことが表現されているのである。
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将軍様の訃報と鼓腹撃壌  世の中のはなし

太陽ヶ丘体育館を貸し切り!!
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夕方から授業を終えた学校が合流して、大会前の練習試合をしてきました。

 太陽ヶ丘に向かう途中、昼食に立ち寄ったラーメン屋のテレビで、朝鮮中央テレビの正午の緊急生放送を見る。金正日総書記、死去。昨日の日韓首脳会談がケンカ別れに終わったのを待っての発表か?
 隣のおっちゃんたちの話。
「どうなるんかね」
「えらい変わるんやろなぁ」
「日本なんか、毎年総理が変わっても、ぜんぜん変わらんのになぁ」
 比較するのもおかしい話だが、どっちを選ぶかと言われると、迷うことなく、トップが変わっても大して変化の期待できない国の方を選ぶ。ゆるやかに滝壺に落ちようとしているらしいのに、その巨艦の舵が効かないことは、それはそれで問題だと思うけれども。
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シティズンシップ教育の可能性?  教育のはなし

 正直に言うと、「シティズンシップ教育」というものに、いい印象を持っていなかった。というのも、身近に、「シティズンシップ教育」に目覚めて、自分の授業実践を本にした人が身近にいて、その人から研究会などで話を聞いていたのだが、どう聞いても、従来の「開発教育」だとか「総合学習」との違いがわからなかった。そして実際に、彼の授業実践報告は、これまでの授業の焼き直しみたいなもので、この授業を通して「市民性・公共性」が養われたとも、反対にこれまでの授業ではそれらが養われてこなかったとも、思えなかったのである。
 だから、「シティズンシップ教育論」は、かつて雨後のタケノコのようににょきにょき現れた「フィンランド教育論」みたいなものだと思っていた。
 そんなこんなで、今日、日本の「シティズンシップ教育」の第一人者、小玉重夫先生の講義を聞く機会を得たので、講義の後に、「開発教育とどう違うのですか?」と、日ごろの疑問をぶつけてみた。「シティズンシップ教育は、学校のガバナンスや関係性自体を問い直すものなんですよ」ということだった。
 う〜〜〜〜〜ん・・・。

 さて、講義冒頭の「情報は政治的文脈の中でつくられるものであるから、情報リテラシーを政治的リテラシーととらえる」という問題提起は、きわめて重要だと考える。
 政治過程論で登場する「アジェンダセッティング」についての理論では、政治的アクターの交渉過程のみに注目するのではなく、その前段階にも権力過程があることを指摘する。何を争点とするか、何を問題とするか、あるいは問題として取り上げないか、さらには問題とすら認識させないか、ということであり、それは権力論としては「2次元的権力」(バカラック&バラッツの非決定権力)、「3次元的権力」(ルークス)という形で指摘されている。
 その意味で、クリックの「政治的リテラシーの構造」のいちばん頂点に「争点を知る」があるのは、きわめて正しい指摘だと思う。
 そして、政治的リテラシーのない「社会的道徳的責任」や「共同体への参加」は、戦前の国家総動員体制のように危険なものとなりかねないという指摘も、また重要なものだった。
 しかし、「専門家の最先端の知識を、教師が系統的に習得させれば、自立的な市民となる」という系統主義的カリキュラムではなく、アカデミズムと教師・専門職と市民との間の「専門性の批評空間」の中で市民性が涵養されていくのであり(裁判員制度がこれを体現したもの)、学校はバーチャルな公共空間を立ち上げる実験室である、というようになると、ちょっと話が見えなくなってしまった。「系統主義と経験主義の振り子」は戦後ずっと揺れ続けているのであり、シティズンシップ教育も、戦後何度目かの波のひとつなのだとすれば、じきに系統主義の揺り戻しがやってくる。そして実際に、それは起きている。
 そもそも、こういう問題意識に基づいてシティズンシップ教育を実践することの政治性について、シティズンシップを身に付けた市民ならば、どのように評価することが可能なのだろう?

 ちなみに、自分の経験から言えば、政治教育以前に日本の社会科教育で決定的に欠如しているのは、「近現代史教育」である。参加して未来をつくっていこうにも、GPSが壊れていて現在地がわからなければ、そして地図がなくてどこから来たのかがわからなければ、どっちに向かえばいいのかなんて、わかるはずがないじゃないか。
 そして、金科玉条のように条文を暗記する「憲法学習」もまた、主権者としてこの国をつくっていくという発想と真っ向から衝突するものである(「日本国憲法では〜〜と定められている」という表現が、その象徴である)。
 そのあたり、何とかしようとあがき続けて16年。成果のほどは怪しい。


おまけ:本郷三丁目交差点の「三原堂」にて発見。
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60年代の教育雑誌  教育のはなし

 休みをとらせてもらい、大学図書館で、60年代の教育雑誌などを眺める。
 ベトナム反戦だったり、沖縄との連帯だったり、なんとも、政治色のギラギラしたものばかりで、そりゃ、文部省や自民党や経済界と折り合いが合うわけがない。ただ、その根底にあるのは、国家権力への懐疑であり、弱者との連帯の姿勢であり、あるいは子どもたちを守るという姿勢であることは、今もそう変わらない。だた、これを実現するための手段が、教員自治の獲得(=これを「職場の民主化」と表現する)、そしてそのために職場闘争・政治闘争・法廷闘争を仕掛けていったというのは、その弊害として、革命勢力にありがちな、セクト主義と組織の硬直化がもたらされたのだろうから、今から見ればどうだったか・・・という思いがする。
 高校進学率が上がり続ける中、ベビーブーム世代が就学年齢に差し掛かったことで、日本中で高校の収容力が不足した。そしてそれになんとか対応した後、今度はその反動の生徒急減がおとずれた。しかもその生徒急減が全体的に起きるのではなく、特定の学校に集中して起きたことが問題となった。そんな中で、大阪においては、大教組としてはさらなる公立高校の新設による就学機会の保障を主張するが、私学部はこれに賛同しかねていた。それは当然だろう。結局、利益集団としての教職員組合の統一行動というのは、組合運動華やかなりし60年代から、すでに夢物語であったということだろうか。

 黄色いじゅうたん。ただし、相変わらずかなり臭います。
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 赤門とリアル「東大エンブレム」
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 ちょっと話題になった「みどりラーメン」。ミドリムシの粉末入り。
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 セント・ポールのクリスマス。
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