(無題)  

 共同研究の打ち合わせと、ゼミの年度末コンパのために上京。
 「心柱を抱えていないで、早く柱を建てて家を建てなさい」と先生。
 4月からの1年間が勝負です。


「クリックで救える命がある。」
http://www.dff.jp/
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3年後の有権者たち  

 中3公民の学年末テストで、時事問題として「18歳成人」「定住外国人地方参政権」「選択的夫婦別姓」について出題した。珍答の多さはいつものことながら、「夫婦別『性』にする」という答えがけっこう多いのには苦笑する。中には「夫婦同性を認める」というのもあったけど、それはなんぼなんでも、この国ではまだ早いだろう。
 18歳以上に投票権を付与することを定めた憲法改正の国民投票法がいよいよ5月から施行される。猶予期間があるので、すぐに18歳投票権ということにはならないものの、それに関連する成人年齢見直しにともなって、民法や公職選挙法など、さまざまな法改正が必要となる。これをきっかけに、この国の家族制度やコミュニティのあり方など、あらゆる社会の成り立ちについてのこれまでのこれからを考える格好の機会となるはずなのだが、どうも世の中は(民主党が期待していたほど)盛り上がってはいないようである。
 15歳の彼らは、3年後の参院選(あるいは衆参ダブル選挙)のときには、かなりの確率で投票所に足を運ぶことになるのだ。中学校での公民教育が、ますます重要になるのは間違いない。

ネットサーフの合間に・・・(1クリック募金リンク集)
http://park7.wakwak.com/~f-x/THEOLOGIA/bokin.html
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牛に引かれて善光寺参り  

ぐふ
ぐふふ
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ビッグイシュー日本版
http://www.bigissue.jp/
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メモ  

 忙しくて文章にすることをしないまま、賞味期限が切れそうなメモがたまっているので、とりあえず放出。

 公立入試・・・というか、適性検査というやつがあって、内申書をほとんど使わず、テストの点数が大切らしい。
 これって、塾に通った方が合格しやすいってことだから、いわゆる経済格差の拡大ってやつ?(2/15)

 「政権交代すれば何とかなる」みたいな感じの民主党政権って、「東大に入れば何とかなる」みたいな東大生と同じノリかもしれない。手段が自己目的化したための悲喜劇。
 政策立案を内閣に一元化するという画期的な試みは今や風前の灯となっており、さらにころころ閣僚を入れ替えることをすれば、閣僚のイスが空気のように軽かった自民党政権と変わらなくなる。(2/16)

 ちょっと早めについて品川でうろうろして、久しぶりに上野から不忍池を渡って池之端門から大学に入って、4時間ぶっ通しのゼミで7人の発表をたたき台にアタマの錆を落とし、そのままラーメン屋に繰り出して話し込んで、最終のぞみで帰る。(2/17)

 中3の「身のまわりのバリアフリーを探してみよう!」レポートをメールに写真を添付させて提出するのもOKにしたら、114通届いて、ダウンロードだけで4時間かかってしまったのは、想定外。(2/18)

 授業が脱線して、これが電子黒板で、きみらの手元にキーボードがあって、すぐにきみらの反応がTwitterで書き込まれたら、かなりいろんなことができるかもね、と話したら、「それは荒れるだけ」と一蹴された。そういうことDSのピクトチャットの方がいい、ただし16人しかできないけど、というのは彼らの弁。(2/19)

 私学SLA研修会(2/19)

 中3の卒業発表会(2/20)

 京都私学教研。久しぶりに社会科分科会に出て、授業研究が最近できていないと猛省する。(2/21)

 レポートの写真を使って「バリアフリー」の授業(2/22)
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星に願いを  

 仕事を終えて校門を出ると、まんまるな明るい月が、雲ひとつない東の空に煌々と輝いていた。
 その左下には、再接近中の真っ赤な火星がちょんと光っていた。地球とあの月までの間には真空が広がっているだけで、その隣の星の火星はあんなにも小さく見えて、月と火星との間にもまた何もないのかと思うと、なんと宇宙はスカスカな空間なんだろうと思った。
 月の右側には冬の大三角形が輝き、ベテルギウスが赤い光を放っていた。640光年離れてもこんなに明るく大きく見えるなんて、なんともでかい星なんだろうと思った。あの星は、今この瞬間にも爆発して、その隣にある満月のように光り輝いてもおかしくないという。空に2つの満月が輝く様子を想像するとわくわくする。今この瞬間に、あの星はもうなくなっているのかもしれないと思うと、なんと宇宙というのはでかいんだろうと思った。
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謹賀新年  

新年あけましておめでとうございます。
本年もますますご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

おみくじは「小吉」。謙虚に努力せよという戒めであった。
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よいお年を!  

本年もお世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
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知らんかった  

 「図1」というのは図の下に書いて、「表1」というのは表の上に書く、というのが論文の作法だというのを、今日始めて知った。へぇ。
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デフレの時代には自己責任論がよく似合う  

 イオンモールに買い物に行った。不況だデフレだというが、駐車場は満車で、なんだかんだとお客さんはやってきて、それなりに買い物をしていた。全館20%オフで、さらに特売品が山積みになっていて、衣料品売り場にはこれでもかというくらいコートやセーターが並べられていた。いい加減、買いたいものは買った気がするが、まだ買わないと世の中はうまく回らないということらしい。
 なるほど、デフレの時代には、いいものが安く買えるのだから、資産にゆとりがあるならば、ほしい物を買うなら今だということだ。それは人でも物件でも会社でもいい。今のうちに価値ある物件を買い叩き、将来の事業展開に備える。デフレの時代とは淘汰の時代であり、よくよく考えれば20世紀の恐慌は独占資本の成長の時代であった。
 だから、デフレの時代にはすべての人の生活が苦しくなるわけではない。むしろ、「勝ち組」にとってはこれ以上のチャンスはないわけで、多くの脱落者を踏み台として、さらなる一握りの「勝ち組」が生み出される時期だといえる。そしてそれは、この厳しい時代に才覚を発揮し、まさに自らの力でチャンスをつかみとったのだとして、「勝ち残れなかったのは、努力や能力が足りなかったからだ」として結論づけられる。
 この「自己責任論」を乗り越えるのは、相当難しい。さぁ、どう考えたものか。
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新聞読み比べ。  

 午後はずっと、図書館のカウンター当番である。
 朝日新聞が春のセンバツを後援し、毎日は夏の甲子園を後援することにするそうだ。そういえば毎日は先日、共同通信との業務提携を発表したばかりである。いよいよ日本の新聞も本格的に再編の時代に入るということだろうか。
 ドバイの信用不安と円急騰の行方が気になるので、今日は普段あまり読まない日経を隅から隅まで目を通してみる。情報量としては、一般紙の2倍くらいある気がする。光ったのは「その後の郵政人事」と題したコラムだ(「大機小機」)。事業仕分けのお祭りイベントの陰に隠れて着々と進行する郵政人事第2弾には次の3つのメッセージが読み取れるという。
 @「天下りの方々は実質的に汗をかくような仕事はしなくていい。」(4人の副社長は直接的業務をしない)
 A「実務の仕事は公社時代通り、郵政省の天下りと郵政のプロパーのペースですべてやっていきます。」(ゆうちょ銀行のCEOとCOOに金融業務の経験がまったくない)
 B「郵政を厳しく改革する人は要らない、郵政ファミリーの居心地を良くする人を残す。」(219のファミリー企業に2000人の天下りがいることを暴露した松原社外取締役を解任した)
 なるほど。これが本当なら、ひどい話だ。
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情けない。  

 高3の授業があまりに騒がしいので、怒鳴ってしまった。今年に入って2回目である。中学生ならいざ知らず、卒業間近の高3がやることか・・・、と思うと情けなくなる。
 物の分かった生徒が「いかに我々に自主性が欠如してきたか・・・」という回顧を始めた。要するに、手をかけられないと何もしなかったから、先生たちが不本意ながら口を挟むと、ますます言われるまでやらなくなって・・・、という悪循環から、結局今の今まで抜け出せていないのだと思う、という話である。
 ただし、中学生のときからうるさく口を挟まなかったら、いったいどうなっていたのか、それを確認する手立てがないわけで、放っておいたら目も当てらない状況になっていた可能性は、きわめて高い。事実、このクラスは「大人扱い」をしたことが仇となって、高3の秋になるまでエンジンがかからなかった(秋になってもまだアイドリング)わけだから、高2のときに締めるべきだったのかなぁ、もう今までのやり方は通用しないのかなぁ、と考えることしきりである。
 このあいだ大学の先生が嘆いていたのを聞いたのが、レポートの出来がひどい学生を呼び出して問いただしたところ、「先生からいわれた資料を探して、いわれた通りに書いたのに、なんで文句を言われなければならないのだ」と逆ギレされたのだそうだ。
 手を離すだけなら簡単だが、手を離して落ちてしまってはどうしようもない。落ちても納得して落ちてくれるようになるまでが、難しいのだ。
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走れメロス  

第25回京都私学図書館フェア
11月23日(祝)10時30分〜17時
@同志社女子中高 静和館ホール 
主催:京都府私立学校図書館協議会(京都私学SLA)

○開会のあいさつ(古田会長=同女)
○第1部 記念講演「読書から学ぶ」
・講師:佐藤洋二郎氏(作家・日大教授)
○第2部 読書感想文コンクール京都私学表彰式
・審査会講評 
・表彰
・最優秀作品朗読:青木さん(京女中3)・和泉さん(同女高3)
【休憩】
○第3部 第20回読書シンポジウム
・テーマ作品:
 太宰治『走れメロス』・森見登美彦『新釈走れメロス』
・司会・講評:木村功岡山大准教授
・パネリスト:
 田中さん(立命館高3)、鈴木さん(大谷高2)、西澤くん(洛南高2)、岡村さん(京女高1)、田中さん(京女高1)、林くん(洛星中2)
○閉会のあいさつ(児玉副会長=洛星)

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 太宰メロスは「メロスは激怒した。」で始まり「勇者は、ひどく赤面した。」で終わる。激怒して幕が上がり、赤面して幕が降りる。そしてメロスは勇者となった。これはメロスの物語である。
 森見メロスは「芽野史郎は激怒した。」で始まり「勇者たちは、今さらひどく赤面した。」で終わる。物語は芽野に始まり、3人の男たちによって締めくくられる。つまり、この物語の主人公は1人ではなく、野郎たちの奇妙な友情物語なのではないのかな。
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淘汰と進化(私立高校編)  

 先日、本校の高校2年生を対象に、京都賞を受賞されたグラント夫妻が特別授業をしていただく機会があった。なんでも、ガラパゴス諸島のフィンチたちは、気候変動や環境の激変に応じて、種としての個体数を増やしたり減らしたりしながら、その過程でフィンチのくちばしも変化していくらしいのだ。変異が非常に短いスパンで起きていることを実証する研究である。
 進化論といえば、 「社会進化論」あるいは「社会ダーウィニズム」というのが100年ほど前のアメリカで流行したことがある。要するに、弱肉強食と淘汰は自然の摂理なのだから、勝者はしかるべくして勝者となり、敗者もしかるべくして敗者となった。だから、弱者に優しい政策なんてものはよろしくない、ということになり、自由放任主義を要求する。
 1960年代前半にマンモス校化した私立高校は、1960年代後半に淘汰の時代を迎える。生き残りをかけて各校は、中高一貫教育の強化やクラブ活動の重点化に乗り出し、公立高校との差異化をめざした。甲子園出場校や東大京大合格者の中に、私立高校が増えていくのがこの時期であることが、これを傍証する。次の淘汰の時期は1990年代であり、各校は「国際コース設置」「共学化」「中学校開校」などによって生き残りを図った。
 今、私立高校は三たび淘汰の時代を迎えている。生き残りをかけた私立高校はどんな「変異」を遂げるのだろうか。その変異の結果、日本の高校教育は全体としてどのようなインパクトを受けるのだろうか。
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今日もmemo  

 今日の試合は第1シードのチームに4対41で大敗するも、ゲームが進むにつれてチームが成長していくのが見て取れて、どっちが勝ったのかわからない気分になった。強いチームの胸を借りて貪欲に吸収することは、何十時間自分たちで練習してもその効果は遠く及ばない。3日の試合と順番が逆だったら・・・と思わないでもないが、あの涙があったから今日の成長があったのかもしれないし、何ともいえない。

 午後からは明日の「私学フェス」の準備に車を出して、学校からいろいろと輸送する。鉄研としてもはじめての校外での発表なので、どこか落ち着かない。他校の女子生徒が鉄道模型を見てわいわい話している光景も、なんだか珍しい。昨日の図書委員交流会もそうだが、外部の刺激、そして「見られている」という意識は、うまくフィットすれば生徒たちの力をぐんぐん引き出すことになる。

 昨日の参議院予算委員会で、鳩山首相は答弁で「日本経済は、これからさらに厳しさを増す可能性がある」と警戒感を示したそうだ。
 税収は当初見込みの46兆円から大きく減少し、40兆円台を割り込むらしい。国債依存率は60%に迫ることになりそうだが、かといって今財政出動をためらうわけにはいかない。どこかで経験した光景だ。
 1998年、小渕内閣は空前の規模の財政出動によって緊急経済対策を実施した。景気は一時的に盛り返したが、カンフル剤が切れた2001年、日本経済は二番底に突入した。つまり、日本も2011年ごろに再び二番底がやってきてもおかしくない。しかも、当時と違って、国債発行の余地は小さく、しかも日米欧の同時不況ときた。
 アメリカでは失業率が10%を超え、ユーロ圏もマイナス成長だったらしい。日米欧に「景気の二番底」が訪れるのはいつか。そのときのショックはいかほどか。それまでに民主党政権の構造改革とセーフティネットの再構築は間に合うのか。

香山リカ2009『しがみつかない生き方』幻冬舎新書
 そもそもカヤマーなんて言葉ができたきっかけになった本なのにまだ読んでいなかったので、やっぱり読んでみようと思った。
 執着することなく、生きづらい人生を引き受けて、それなりに生きていこう、だなんて、お釈迦さまのお話そのものじゃないですか。まるで『大河の一滴』でも読んでいる気分になった(もっとも、その当の五木寛之氏と彼女の対談(『欝の力』)を以前読んだが、なんだかかみ合っていないなぁ、と思ってパラパラとしかい読まなかったのだけれど。もしかすると、この対談の影響??)。
 となると、カツマー対カヤマーというのは、実は、キリスト教的個人主義と仏教的世界観との対峙であったのかもしれない。そして救済という目的を同じくする宗教どうしゆえに、カツマーとカヤマーは、似ているようにも見えたりするのかもしれない。
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memo  

 思いつくままに。

 民主党政権が次々と「元官僚」を実力本位として政治任用しているのは結果オーライとして別にいいと思うけれど、自民党政権時代に日銀総裁人事をはじめ、さんざん「元官僚だから」という理由で反対し続けたのは、ただ反対する口実が欲しかっただけだったんだな、ということがはっきりした次第。君子豹変と言うにもちょっと苦しい。

 JALが経営再建のために不採算路線を廃止し、神戸空港から撤退するそうで、神戸市は猛反発しているそうだ。そもそも、あれだけ「要らない!」と言われまくった空港を手前勝手な需要予測と収益見通しを立てて強引に建設したのは当時の市長や市議会多数派だったわけで、「ほら、案の定・・・」と言いたいところだが、誰に向かって物申せばいいのやら。

 昨日の朝日新聞に、韓国の受験事情が載っていた(「世界発 減らせ塾代 韓国手探り」)。韓国では、受験戦争の過熱ぶりが以前からずっと問題となっているのは知ってはいたが、「学校間格差をなくす」という理由で一般高校には入試がないらしく、そのために入試による選抜を行う「外国語高校」に優秀な生徒が集まり、名門大学への近道として人気を集めているのだとか。80年代には塾や家庭教師を法律で規制したが効果なく、元に戻ったとか。教育費支出はうなぎのぼりで、負担軽減のために中学校で課外授業をするようになったというのは、韓国版「夜スペ」である。大学を出ても正規職に就けるのは4割という厳しい雇用情勢にあって、生き残りをかけた学歴(学校歴)獲得競争は激しさを増しているのは、日本と同じこと。

 夜の繁華街で、塾の職員さんを先頭に、小学生がぞろぞろと駅まで行進する姿を見かけた。塾の前にお迎えの車が並ぶ光景も異様だなぁと思ったが、こちらも同じく違和感を覚える。

 何においてもそうだが、需要量よりも供給量が不足する場合、その分配をめぐって何らかの調整方法が必要で、くじ引きだとか配給だとかいろいろ手段はあるが、もっとも効率的なのは、いちばんお金を払った人から分配していくという市場メカニズムによる分配である。
 どんな方法を講じたところで、入学志願者よりも入学定員が少なかったり、正社員の採用人数が就職志望者よりも少なかったら、必ず競争は発生する。

 同僚のお通夜に参列して思う。祭壇の向こうからは、手を広げたイエスが自らの復活によって永遠の命を約束して死者の魂を天に迎え入れ、こちらではみんなで歌と祈りによって死者の門出を見送る。お焼香だけで済ませるよりも、ずっと死を受け入れられる気がする。
 自分が死んだとき、お経をあげてもらうお坊さんを指名することは、はたしてできるのだろうか。浄土真宗の僧籍を持つ仲のいい先生や、かつて担任をした浄土宗のお寺の跡継ぎ息子に、四十九日の道案内をしてもらう方が、よっぽど心強い。
 「墓を守る」ということを考えたとき、檀家制度という徳川幕府の遺構がいまだに幅を利かせる日本仏教界では難しいのだろうか。

 今年も図書委員を連れて大谷中高の図書館にお邪魔しに行ってきて、百人一首やしおり作りなどで交流して気分よく解散する。「外の空気に触れる」というのはお互いにとっていいことだ。
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