鉄。の集い  

 おもむろに赤福餅が食べたくなったので、朝の6時半から京都駅に行きました。いえいえ、仕事でもなければ出張なんかではありません。
 京都駅には鉄研の生徒が4人いて、たまたま同じ電車に乗り合わせました。彼らも三重に行くところだったそうです。なんという偶然。
 近鉄特急に揺られて2時間、その筋では「?駅」として有名な津に着きました。なんでも、全国高等学校総合文化祭が、今年は三重で開催されているのだそうです。いえいえ、仕事でもなければ出張なんかではありません。
 ふらりと入ったホールでは、全国(といっても6府県)の鉄研が交流会を開いていました。鉄研部門というのはないのですが、神奈川県を中心にちょっとしたネットワークがつくられていて、うちの生徒はそこからお声をかけていただいたのでした。
 ぼくはぼくで、他校の顧問の先生からいろいろと話をうかがいながら過ごしました。いえいえ、仕事でもなければ出張なんかではありません。
 その後、桑名に移動し、三岐鉄道北勢線の北大社車庫を見学しました。車庫見学は初めての体験だったのですが、車両の下にまで潜らせてもらえるなんて、なかなかないことなんだそうです。762ミリの特殊狭軌の路線なんてほとんどないために、車両の維持管理も大変なんだとか。その後、CTC(列車集中制御装置)ものぞかせてもらい、高員駅で解散して、3時間ほど鈍行列車に揺られながら帰洛しました。

 あ、赤福買うの、忘れてた。

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集会の自由  

 プリンスホテルが日教組の全国教研への会場使用拒否した事件について、東京地裁が3億円の損害賠償を命じる判決を出した。「集会の自由を事実上認めた判決」という鼻息荒いコメントが載っているが、むしろ「一方的な契約破棄→債務不履行→2度の裁判所からの仮処分決定を無視」という点が極めて悪質と判断されたとする方がいいように思うのだが・・・?

 8月6日、広島原爆の日に、広島にて「ヒロシマの平和を疑う」というテーマであの前航空幕僚長が講演をするそうだ。市長から日程変更の要請が来ていたり、何かと物議をかもしているそうだが、主催者側は「言論弾圧に負けずにがんばります」といったコメントを出している。こちらも「集会の自由」という次元ではなく、デリカシーの問題だと思うのだが・・・?
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クールビズでは生ぬるい!  

 今日は朝ゆっくりさせてもらおうと思い、カフェで新聞と論文を読んでいたら、サラリーマン軍団が飛び込んできて「エアコンもっと下げられないの?」とのたまう。そりゃ、そのスーツとそのネクタイでは、さぞかしお暑いのでしょうが、こっちはポロシャツとサンダルなので、今でも寒いくらいである。奥の席の女性もけっこう薄着なのだから、暑いのはおたくらだけなんですけど、店員さんは律儀にクレーム対応し、設定温度を22度にまで下げてあげていた。そんなわけで、寒くて店を出る。
 連日スコールを思わせる夕立に見舞われ、ほんとうに日本は亜熱帯になってしまったのではないか、と思う昨今、夏でも冷涼な欧米由来のビジネススーツはいい加減に止めて、アセアン首脳たちがぴりっと着こなしている涼しそうなシャツに切り替えようじゃないの、と心から思った。

 民主党の「高校無償化」案について、ひとこと。
 公立高校の授業料を公費負担するとともに、私立高校生についてもほぼ同額の年間12万円を支給するというのは、悪くない案である。
 ただし、現在5倍程度である「公私の授業料格差」が、一方がゼロになるために比較不能になることについて、心理的な影響はいかほどなのか、若干の危惧を覚える。「タダの公立、高い私立」の構図が、受験生の学校選択そして個々の高校の経営にどのように影響するのだろうか。
 ちなみに、公立高校でも私立高校でも、生徒1人あたりに必要な教育費は、どちらも110万円程度である。公立ではそのうち100万円を税金で負担し、10万円を家計が負担する。私立では公的補助が40万円程度なので、残りの70万円を家計が負担している。高校無償化が実施されれば、公立高校では110万円全額を税金で負担し、私立でも50万程度を税金で負担し、残り60万円を家計が負担するという計算になる。

 さらに民主党について。参議院議員会長の輿石氏は、日教組出身。輿石文相が実現したら、けっこう面白いことになるかもしれない。今、参議院の議院運営委員長をしているのは、元自民党文教族の中心人物であった西岡武夫氏である。参議院民主党に注目。
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雑記  

 府大会のためにもともと予定を空けておいた日だったので、今日は一日、生徒が問題を解いている横で新聞と雑誌を読み耽る。いずこも、民主党政権になったらどうなるか、という特集が盛りだくさんだけれど、ぼくがいちばん期待しているのは、民主党が記者クラブ制度を廃止することで日本の政治報道が健全化されることである。
 民主党が政権をとったとしても、麻生さんの100兆円の駆け込み大盤振る舞いで国庫はすっからかんのはずである。国民党が台湾に逃げるときに故宮から根こそぎ財宝を持ち去ったみたいなものだろうか。

 NIE(教育に新聞を)もいろいろとイベントをやっているけれど、NIEは結局は新聞の販促に過ぎないという以上に心配なのは、日本の新聞各紙を読み比べたってニュースの重み付けがメディア全体として偏っていることはわからないし、何より日本のメディアが報道しないことについて考える機会を失わせるわけである。ほんとうにNIEをやろうと思うなら、ワシントンポストやニューヨークタイムズと読み比べるべきであろう。

 次期衆院選立候補予定者が、ひとりでのぼりとハンドマイクを抱えて歩いていた。あ、この人ですか、と眺めていたら、すすっと駆け寄ってきておもむろに握手を求められた。
 どぶ板選挙とは、まさにこういうことを言うのだろう。最後の最後に、握手をしたことがあるかないかは、決定的に印象として違ってくる。
 どうせなら、公選法を改正して戸別訪問の制限を緩めたらどうか。タレント議員が重宝されるのは、後援会組織では拾いきれない有権者に対するアプローチが、結局マスメディアしかないから、というのも一因だと思われるからである。


*調べものをしていたら、こんなブログエントリーを見つけた。けっこうこの問題は現場レベルでは根が深い。
[高校演劇と上演許可]高校演劇の上演料は、なぜ5000円なのか?
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スポーツ強豪校の誕生  

 うちの野球部の夏はこのあいだ終わったけれど、対戦相手は市立高校だった。部員が100人ほどいて、ブラスバンドとチアリーディングが一生懸命スタンドを盛り上げていて、なんだか甲子園のアルプススタンドを見ているようであった。
 後で知ったことだが、去年、ある私立高校を何度も甲子園に連れて行ったまだ40代の監督さんが市に採用されて、新グランドが完成した普通の高校の監督に就任して以来、めきめき強くなったそうである。
 「公立高校でも甲子園をめざせるように!」というのがモットーらしいけれど、これって、「公立高校でも東大をめざせるように!」という昨今流行のフレーズと同じでは・・・?
 とすると、なぜ公立高校は「東大」にも行けなけりゃ「甲子園」にも行けなくなったのか。また、なぜ公立高校から「東大」や「甲子園」に行くことが「望ましい」ことなのだろうか。

 そういえば、セルジオ越後氏が嘆いていたけれど、「補欠」なんてのはもってのほかで、ゲームに出場してこそ意味がある、のだそうだ。たしかに、クラブチームがたくさんあってそれぞれが自分に合ったチームを選んでみんなでスポーツを楽しむ、というのが本来のスポーツクラブの趣旨なのだとすれば、スポーツ強豪校に何十人という選手が集まって出場機会に恵まれないまま飼い殺しされるというのは、スポーツ文化という観点からはおかしな話である。
 しかし、スポーツクラブが学校制度に組み込まれ、しかも1校から1チームしかエントリーできないというシステムのゆえに、選手の移籍の自由はほとんどない状態が生まれている。いわゆる「非効率」が生まれているとわけだから、「資源の有効利用」が求められることになる。
 そうなると「学校スポーツ」の解体という結論になるのかな、と思うのだが、そのためには体育の先生の再就職先を探さないといけないのだろうし、縦横無尽に張り巡らされた既存のネットワークを再構築するのはとんでもなく難しい話だから、天変地異でも起こらない限り無理だろうな。

 ともあれ「スポーツ強豪校」というのは、なかなかおもしろい存在なんだと、三塁側スタンドで応援しながら思う。
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理解・協力・自発的  

 インターハイの準備が進んでいるけれど、結局は「ご理解とご協力」に基づく自発的な参加ということになっている。
 新型インフルに関して、保健所は絶対に休校を指示しなかった。あくまで強く要請しただけであって、諸決定は事情を理解して自主的に協力する学校の責任で自発的になされたものである。
 映画のシーンにあるけれど、軍人が自分の失敗を責められた後、目の前の机に銃を置かれたとする。こうして、あくまで理解と協力のもとで、自発的に引き金を引くことになるのである。
 「ご理解とご協力」という統治責任を個人の自己責任レベルにまで押し下げる論理は、戦前戦後を通してこの国の社会の隅々にまで浸透している。

 ・・・と、テレビで沖縄集団自決で軍の関与があったなかったと口角泡飛ばしているのを見て考える。仮に、ご理解とご協力に基づいて自発的になされた集団自決があったとしたとき、ここに軍の関与があって国の責任は発生するのだろうか。
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「断る力」抜きでホワイトカラー・エグゼンプションを実施に移せば、こういうことが起こる。  

 夏休みに入って1週間、そろそろ疲れがたまってきた感じがする。
 7月12日(日)に休みを取って以来、連続勤務が続いていて、次の休みは26日(日)、その次は8月4日(火)のつもりだが、それに失敗すると、8月8日(土)まで先送りになる。教師はふだん休めない分、夏休みをしっかり取ってください、というのがこの仕事の勤務形態のはずだが、残念ながら古きよき時代は終わった。
 休むためには、生徒に「クラブするな!」と言うか、「補習はしない!」と言うか、要するに「休みます!」と言えるかどうかが勝負になる。あるいは、頼まれ仕事を「それはできません」と断れるかどうかである。しかし「それはぼくの仕事ではない」「もう勤務時間終わったから」という機械的な断り方は、この職業には期待されていないし、実際にどこまでが仕事でどこからがそうでないのか境界がわからないことが多い。だからこそ夏が始まる前に『断る力』を読んで、強い決意で実践しようと固く心に誓ったつもりだったのだが、現実にはやっぱり断れない自分がこうしているわけだ。
 こう思っていたら、クラブの生徒が、「お盆も練習したいんですけど、だめですか」と聞いてきた。20日から大会が始まるので、1週間前から練習をしたいそうだ。規則の上では「顧問の監督のもとでなら学校が休みでもクラブをしてもいい」ということになっているため、だめという理由はただ1つ、休ませろ、という以外にはない。
 「ごめん、顧問みんな休んで、学校に来ないから、だめ」
 「そうですか・・・しかたないです」
 正直、しかたないです、と引き下がってくれて、助かったと思った。これで「なんでだめなんですか」「なんとかならないんですか」と食い下がられたら、困っただろうな、と思う。何なんだろうなぁ、この後味の悪さ。
 断る力って、中途半端に使うと、結局、言いやすい人だとか物分かりのいい人のところにいろんなものが向かうシステムになってしまう気がする。
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神様のいたずら  

 街中でみんな空を見上げている。
 太陽が月より400倍大きくて、月より400倍遠くにある偶然が起こした天体ショー。
 中世ヨーロッパの科学者や哲学者たちは、完全性や調和の美しさによって神の存在を証明しようとしたそうだが、その気持ちも少しわかる気がした。

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人的資本論とシグナリング理論  

 某大学の広告がデカデカと新聞に出ていて、しばし考え込む。
 「キャリア形成学部、新設!

 ん?
 キャリア形成センターならまだしも、「キャリア形成学」を学ぶ学部って、いったい・・・?

 調べてみたら、東京六大学にもそんな学部がすでにあるらしい。
 キャリア形成学会とかいうのもあって、学会誌も出しているのでしょうか?

 教育の経済学に関する本を読むと、必ず「人的資本論」と「シグナリング理論」が出てくるけれど、こういう場合、キャリア形成学部によって他の学部出身者とは違うスキルを身につけていることをアピールするのだろうから、人的資本論が成り立つのだろうか。


 ところで、公立高校の先生と話すと、あちらも「補習」だとか「勉強合宿」だとかで大変みたいだ。
 「国公立合格○○人」というのが学校のランク付けの際のひとつの目安になるみたいだけれど、国公立がどうして指標となるかというと、おそらくは、国公立大学の多くが推薦入試を実施せず、しかも一発勝負だからであろう。推薦入試でがっつりと合格させて、その上に何度も何度も入試をするような私大と比べると、合格者の実力が推定しやすいということになろうか。
 となると、国公立大学の実力が評価されたというよりも、国公立大学の入学者あるいは在校生の入試学力水準が平準化されていて分散が小さいことに意味があるわけである。

 これって、シグナリング理論?
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予報の予報  

 天気予報のサイトがいろいろあって、1時間ごとの予報や細かい地域の予報を出してくれるのはありがたいことだが、サイトごとに予報が違うことがときどきあって困る。
 「今日の○○の予報が当たる確率は70%、▲▲の予報が当たる確率は80%です」という天気予報があればいいのに。

 お祭りの交通規制に駆り出された若い警察官とミニバイクのおにいちゃんが押し問答をしていた。
 「そこまでなんやし、現場で融通きかせろや!」
 「私はここを通さないでくれと地元の方に頼まれたから、やってるんです!」
 そういえば、とある国の警察官は、朝ごはん代稼ぎに勝手に交通取り締まりをして罰金を取っていた。とある国では裁判すら、どれだけ賄賂を渡すかで決まっていたっけ。
 「警察官の現場の融通」がまかり通れば、金も権力もないミニバイクのおにいちゃんの文句なんてけし飛ばされてしまうような、そんな社会になるかもしれない。日本の警察は民主的だなぁと、強く思ったできごとだった。
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夏の予定  

 「次の試合負けてくれた方が、休みができてうれしいんだけどな〜」と生徒に向けて冗談で言うことはときどきあるけれど、やっぱり負けてしまうというのは悔しいものだ。
 
 チームは朝からおかしかった。練習のときにも声が出ていないし、シュートも枠を外れる。昨日接戦をものにして勝っているのだから、引き分け以上で予選リーグを突破できる優位なポジションにいることが、逆にプレッシャーになっているらしい。
 ゲームが始まり不安は的中した。相手の術中にまんまとはまり、いつものプレーが出せない。キーパーのスーパーセーブに何度も助けられるものの、リードされる展開はますます焦りを生む。
 結局、3チームが1勝1敗で並ぶ予選リーグは、得失点差及ばす3位となって、あっけなくシーズンが終わった。

 昨日着ていたシャツを洗濯して干して朝には乾いていたのに、今日は別のシャツを着たからだろうか。昨日はかぶらなかった帽子を今日はかぶっていたからだろうか。昨日と違うスポーツドリンクを買ってベンチで飲んだからだろうか。

 今年は夏の補習も高校の夏合宿もキャンセルして、予定表に「ハンドボール」と書いておいたのに。もう少しだけ「休ませろ〜!」と言わせておいてもらいたかった。
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自民党の断末魔  

 自民党内で反麻生の動きがあって、署名を集めて独自のマニフェストを打ち出してなんてやっているそうだ。
 1つの政党から2つのマニフェストを出して有権者に訴えるなんて、どう逆立ちしたって理解に苦しむ話だし、それなら離党して堂々と政策を争えばいいのだけれど、離党は総選挙の後なんだそうだ。政党助成制度があることを割り引いても、格好のつかないことばかりである。
 しかし、今の自民党の300議席は「郵政解散」に対する小泉首相への支持だったわけだから、よくよく考えたら、今の自民党執行部のやっていることそのものが政権公約違反だということを忘れるところであった。そういう意味では、政権公約の一貫性という点では反麻生グループの方にも一理ある。
 要するに、安倍政権時に郵政反対派の復党を認めた時点で、自民党としてのマニフェストはご破算になっていたということになる。というわけで、五十歩百歩。
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リスクと「ため」  

 修学旅行で海外に行く学校が増えているが、ぼくは正直、賛成しかねる。旅をするということは、自分の生活圏の外に行くことなのだから、当然リスクと隣り合わせとなる。それがないのであれば、海外に行くのもディズニーランドに行くのも同じだ。

 大雪山系での遭難で10人が亡くなった。高齢者のパックツアー旅行だったそうだ。詳細はわからないけれど、もしも荒天が2日ほど続いて、山小屋に閉じ込められて、帰りの飛行機に乗れなかったりしたらどうなっていたのだろう。帰りの飛行機に間に合わないかもしれませんから登山はやめましょうと旭川空港で宣言するなんて、やる気満々のお客さんを目の前にしてできたのだろうか。

 尼崎のJRの脱線事故も、綱渡りのような乗り継ぎダイヤを組んで、少しの延着も許されないような状況がつくられたことも、原因のひとつだったという。

 湯浅誠氏によれば、現代日本の貧困問題は、社会的に「ため」がなくなったことによるという。

 今の社会に必要なのは、少々のリスクを吸収できるだけの、さまざまな「ため」の仕掛けなのかな、と、漫然と思う次第。
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年のとり方  

 昔担任団を組んだメンバーが毎年恒例にしている「梅雨どきのビアガーデン」企画を今年も実行した。夕方にいい風が出てきて、夕日に東山の山並みがほのかに紅く染められて、とても気分のいい宵であった。
 この学年を最後に定年退職された先生も今年も来ていただいた。ずいぶんと声のトーンも下がり、口ぶりもゆっくりになったなぁ、と思って最初は近況などうかがっていたのだけれど、どうしてどうして、どんどん若返っていって、昔のはつらつとした声色と高笑いが復活した。
 年をとるというのは、ほんとうに、環境次第なんだと思った。
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イギリス政治  

 イギリス出身の先生が図書館で「新しい歴史教科書」について調べていて質問を受けたので、しばらく話をする。歴史教科書問題は今どうなっているのか、というところから、天皇制についての最近の論調に話が移る。
 実はイギリスでも、最近の欧州議会の選挙で民族系政党(BNP)が議席を獲得したり、歴史リビジョニストが植民地政策は正しかったのだだとかいろいろと発言しているそうで、そのあたり日本と比べて論文にしたら書けるかな、なんてことだったらしい。

 そういえば、イギリスのブラウン首相は麻生首相並みに支持を失っているそうだが、労働党内で「ブラウン降ろし」の声は沈静化して、どうやらブラウンで選挙をして負けた後、自分が立て直す!、という方向で動きが進んでいるらしい。下野を目前にあたふたしている自民党と、何度も政権交代を経験している労働党とでは、そのあたりが違うらしい。
 民主党も側も、仮に200人当選したとしても、今の勢力は100人そこそこしかいないわけだから、100人もの新人議員を政府や党の要職に就けなければならないわけだ。いくらネクストキャビネットを準備しているとはいえ、民主党にしてもその後が大変だ。

 今日は祇園祭の宵々々山。多くの人が浴衣姿で街に繰り出していた。新型インフル騒ぎで観光客が一時的に減少したけれど、少しずつ回復してきたそうである。
 京都でも感染者数は着実に増えているのだけれど、関係者としてはそりゃ騒ぎにならないようにしたいだろうな、と思う。
 祇園祭とは疫病払いの祭りである。八坂さんにばっさりと退治してもらおうじゃないか。
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