部屋当番をして過ごす。  読書メモ(09.6〜)

 昨日は梅雨の晴れ間の球技大会だったので、すさまじい湿気の中、グラウンドに立つ羽目になった。今日もまだ疲れが抜けなかった。
 午後は保健室で部屋当番をしながらノートをチェックする。けっこう早く終わったのと、クラブの子が放課後延長して練習したいというので(=帰れない)、久しぶりにまとまった時間ができたことだしと手にしたのが、竹中平蔵,2011『日本経済こうすれば復興する!』アスコム中村亜希,2011『Beフラット』亜紀書房
 前者は、相変わらずの竹中節で、特に内容として目新しいものはない。帯についたコピーには「30のウソを見抜き、複合連鎖危機を乗り越えよう」とあるが、30のウソと断罪された言明のうち、いくつかは「??」だと思う。しかし、そのあたりを強引に押し切るあたり、さすがは竹中先生で、小泉政権の5年間をひたすら自画自賛するのは首尾一貫している。しかし実は、小泉改革の中身うんぬんよりも、5年間政権にあり続けた安定感の方が重要だったのではないか、と最近の政治を見ていて思ったわけで、彼も、1年やそこらで退任していたら、ここまで言うことはできなかっただろう。
 後者は、 ロスト・ジェネレーションの中村さんが、自身の体験(荒れた学校→アメリカの大学へ→帰国して日雇い派遣→世界放浪)と、国会議員18人へのインタビューとを交差させながら、現代日本を描き出したノンフィクション。彼女が竹中氏にインタビューしたら、どう表現することだろう。言葉にすらならないんじゃないだろうか。
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教育の経済分析  読書メモ(09.6〜)

 実習生くんは経済学部でバリバリ数学を使ってマクロ経済だとかゲーム理論を研究しているので、彼がいるうちに勉強させてもらおうと、小塩隆士『教育の経済分析』『教育を経済学で考える』(ともに日本評論社)を読んでみる。ちなみに彼の研究テーマは、就職活動の早期化と企業行動の関係についてうんぬん、らしい。
 研究授業を1時間終えてほっとしているところへ、わからなかったこと(のうち、これなら聞いたらわかるかも、というところ)について教えてもらった。
 初歩の初歩であるが、ラグランジュ乗数とかミンサー型賃金関数だとかを教えてもらう。きちんと経済学の教科書を使って体系的に勉強しないと、あいまいなままではダメだと思うし、かといって数式を用いないでひたすら文章で記述した非経済学関係者向けの本もあるが、それだと厳密性だとかモデルが犠牲になるように思う。
 まだわからなくて「?」がついたままになっているのは、こんなところ。
@教育は消費の「非競合性」を満たすが「排除不可能性」は認められないので「準公共財」である、というが、スティグリッツの教科書では両方とも満たさない「純粋私的財」として書かれていたぞ?
A教育を「親にとっての投資」「親にとっての消費」「本人にとっての投資」「本人にとっての消費」という4つの性質に分けて考察するという観点は重要だと思ったが、「投資」か「消費」かではなく、「保険」として考えた場合、説明はどう変わるのか?(つまり、高校くらい出ていないと、大学くらい出ていないと、という進学は、期待される収益率には関係なく、リスク回避というその一点において支出が正当化されるはず)
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あんどぅ氏のあとがき。  読書メモ(09.6〜)

安藤理(2011)『福祉国家への態度形成』東洋館出版社
 あとがきが彼らしい。博士論文をトイレットペーパーで本にするということまでは、彼をしてもできなかったということか。早く彼の書くベストセラーが読みたい。

 中学を卒業してすぐ働きに出た父は、「5」ばかりの通信簿を持って帰っても「学校の勉強なんてクソの役にも立たない。」と言ってほめてもくれなかった。「本当に役に立たないのか?」それが東京大学に進学し、勉強を続けてきたモチベーションだった。その問いに対して「博士」になったから答えを出せる。
 小学校1年生から博士課程修了まで、22年間かけてケツを拭くにも役に立たない紙の束を作った。父の命題は正しかったと思う。
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私立大学研究と私立高校研究の共通点?  読書メモ(09.6〜)

 両角亜希子(2010)『私立大学の経営と拡大・再編―1980年代後半以降の動態―』東信堂を読み直す。
 私立大学も私立高校も、私立学校法および学校教育法を根拠として設立され運営されているのだから、少なくとも分析の大枠においては援用できる部分が多いはずだ。
 ただし、大学と違って高校は公立に比べてシェアが著しく小さく、大学と高校とでは人口変動と生徒数の変動との連関が大きく違っていた。それ以外にも、大学と高校との共通点を考える上で押さえておくべきことは多い。

*前出
http://sun.ap.teacup.com/applet/kodamac/20100523/archive
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積の微分  読書メモ(09.6〜)

 先日、ある論文を読んでいて、高校法人の資産の増加を分析するにあたり、次の式が立てられている。

資産額=法人数×(負債額/法人数)×(自己資金額/負債額)×(貴族収入/自己資金額)×(学納金/帰属収入)×(補助金/学納金)×(資産額/補助金)・・・式3.1

 そして、各項の変化率を取り、次の近似式を成立させている。

△資産額=△法人数+△(負債額/法人数)+△(自己資金額/負債額)+△(貴族収入/自己資金額)+△(学納金/帰属収入)+△(補助金/学納金)+△(資産額/補助金)・・・式3.2

 家に帰ったら調べよう、と思っていたら、出口でばったり卒業生と出くわした。阪大基礎工のコなので、「掛け算を微分したら足し算になるの?」と質問してみたら、「近似値っていうからそうかもしれないですけど、ふつうは対数でやりますよね。logとってから微分したらいいと思うんですけど。」ということだった。
 
 今度、数学の先生に聞いてみよう。こういうとき、学校って便利。


<追記>

 今日、新入生健康診断の準備の合間に、数学の先生に聞いてみた。

 一般に積の微分は、

△(xyz)=△x・yz+x・△y・z+xy・△z

 だから、xy , yz , zx がほとんど1であれば、近似値として

△(xyz)=△x+△y+△z

 が成り立つ、ということもできますよね。
 または、経済学で使うけど、

△(xyz)/xyz=△x/x+△y/y+△z/z

 だから、この xyz , x , y , z が1に近ければ、そういうこともできますね。

・・・ということだった。立ち話だったので、ちゃんと伝わってなかったかもしれないし、間違って理解したかもしれないけれど。
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高度成長期の西陣と奥丹後の学校と子どもたちについて  読書メモ(09.6〜)

橋本紀子・木村元・小林千枝子・中野新之祐編『青年の社会的自立と教育 高度成長期日本における地域・家族・学校』大月書店
 個人的には、1960年代の西陣と奥丹後について、オーラルヒストリーを中心に組み立てられた調査の比較がきわめて興味深い。人口移動と産業構造の転換を背景として、スループットとしての学校について、そこを通り過ぎていく子どもたちを通じて描写した論考である。
 ちなみに西陣について書いた中野先生は、うちの副校長の同級生なんだそうだ。ということは、この章を再検証するには、副校長に「ほんとにこんな感じだったんですか」と聞くのがいちばん確実だということになる。
 
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ワーク・ライフ・バランス(2)  読書メモ(09.6〜)

 これは、ひどい。
 優秀な看護師さんは、中途半端な医師よりも頼りになるというが、あまりにこの待遇はひどすぎる。

小林美希(2011)『看護崩壊 病院から看護師が消えてゆく』アスキー新書

 以前、医者の友達に進められてこの本を読んだが、深刻さはそれに匹敵する、あるいはそれ以上かも。
小松秀樹(2006)『医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か』朝日新聞社
本田宏(2007)『誰が日本の医療を殺すのか―「医療崩壊」の知られざる真実』洋泉社新書
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Twitter初体験  読書メモ(09.6〜)

 田原総一朗2010『Twitterの神々』講談社、がおもしろい。
 堀江貴文、三木谷浩史、佐々木俊尚、津田大介、上杉隆、夏野剛といった錚々たる面々とのインタビュー集である。
 このあいだ読んだ『カンブリア宮殿<特別版> 村上龍×孫正義』(日経プレミアシリーズ、2010)でも、ツイッターの可能性の話も出ていたし、どんなものか気になるので、ツイッターのアカウントをつくってみた。
 さて、この道具をどう使ってみたものか。
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公共部門と民間部門のベストミックス  読書メモ(09.6〜)

 昨日の藻谷『デフレの正体』で、おもしろい論考があったので、メモしておく。
 生産年齢人口の減少による内需の縮小に対してどのように対処し、日本経済を再活性化させるか、という課題について、筆者の持論が述べられている章がある(補論:高齢者の激増に対処するための「船中八策」)。その中で、「生活保護の充実」「年金から共済への切り替えを」に続き、激増する医療福祉サービスの需要に対する供給の確保の方法として「戦後の住宅供給と同じ考え方」で医療福祉分野の供給増加を図る、というものがある。その説明は以下の通り。
 現在の医療福祉分野における低賃金長時間労働は典型的な「政府の失敗」であり、需給バランスが著しく損なわれている。そこで、報酬の自由化による収入増と人手確保が主張されるが、お金を払えない人に対するサービスの低下が懸念される。そこで、「一定のサービス水準を維持しながら、より快適な医療福祉サービスを求める人たちには高いお金をもらって存分サービスする」という制度設計が必要となる。つまり、需要が著しく増加した局面で、弱者保護と金持ち相手の売り上げ増加を同時に達成しなかればならない。これを可能とした分野が、住宅供給である。
 戦後の住宅政策は、公共住宅の提供と民間企業による供給のベストミックスによって、求める者全員に健康で文化的な生活を営むことのできる住宅を供給することができた。ここで重要なのが、公営住宅に住んでいた多くの人が、何とかお金を貯めてそこを出て行こうとしたことである。公営住宅にずっと住んでいても、快適性が劣るだけで生存権までが損なわれたわけではないにもかかわらず、日本の中流階層の住宅購入志向は高く、公営住宅の潤沢な供給は民間による住宅供給市場の成長を阻害しなかった、という点である。
 そこで、反面教師として例示されているのが、途上国援助による公的住宅を建設したときの失敗の事例である。日本の援助で建設される公営住宅は、現地の民間住宅よりも快適な水準のものを建ててしまうために、政府関係者にコネを持っているような高所得層が公営住宅に入居してしまって庶民には手が届かなくなり、結局、スラムはなくならず、良好な民間住宅市場の発展も阻害されてしまっている、というのである。

 これは学校教育においてもまったく同じことである。快適性の追求は市場原理に従って自由に認めるが、すべての人に一定水準の教育達成を保障する、というシステムの構築が必要なのである。
 「公立学校」が保障するサービスと、「私立学校」が追加的費用を受け取って保障するサービスとを、どのように共存させるか、それはベストミックスという問題である。
 たとえば、公立中高一貫校に生徒1人あたり300万円(普通校の3倍)を支出することは、豪華な公営住宅を建設して所得制限をかけずに安い家賃で入居者を募集することと、どう違うのか。
 また、明らかに追加的サービスを供給する私立高校に通学するにあたり、所得制限を設けた上ではあっても授業料を公費で負担することは、民間の賃貸住宅に入居するにあたって低所得者には公営住宅と同じレベルまで家賃の補助を行うのと同じことになるのではないか。
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藻谷浩介2010『デフレの正体』角川oneテーマ21  読書メモ(09.6〜)

 目からウロコ。
 景気がよくなれば日本経済は復活するとか、国際競争力つけなくちゃとか、失業率が高いから消費が伸びないとか、デフレ退治のために金融緩和すればいいとか、少子高齢化だとか地方との格差が問題だとか、そういう次元の問題ではなく、生産年齢人口の減少(=高齢人口の増加+若年人口の減少。比率ではなく人数であるところがポイント)が、個人所得の減少と内需の減少を引き起こす、という、いたってシンプルな問題提起である。(よくよく考えれば、新古典派総合とかに立てば、不況時には需要にこそ注目するというのは、セオリーではなかったっけ?)
 人口動態によって経済変動を説明するということでは、吉川洋1997『高度成長』読売新聞社、を思い出す。1960年代には大都市圏への人口流入によって新たな世帯が生まれ、耐久消費財や住宅への旺盛な需要を呼び起こして内需が順調に伸びていったのだが、1970年代には人口移動が一段落し、ニクソンショックやオイルショックを吹き飛ばすくらい日本経済に元気がなくなってしまい、高度成長は終焉を迎える、という説明である。
 1990年代以降、その逆の動きが起きているのであれば、とても納得がいく。自動車販売台数が低迷したり、個人消費が増えないというのも、「嫌消費」というメンタリティの変化によるものではなく、人口の変化にともなう個人消費(=所得)の変化ときれいに対応する。
 なによりこの本がおもしろいのは、@筆者は全国ほとんどの市町村に直接足を運び、Aその実状を誰でも手に入れることができる官庁データに基づいて説明している、ということである。その結果、きわめてリアリティに富んだ記述になっているのである。
 この点、大いに参考とするべきだと思った。
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森口朗2010『日教組』新潮新書  読書メモ(09.6〜)

 タイトルが気になって思わず手にしてしまった。
 きちんと日教組の歴史を記述した本はこれまで意外と存在しなかったので、そういう意味でよく書けた本だと思う。
 おもしろい指摘は、日教組は実は保守陣営によっても必要とされたというもので、選挙の前に反日教組キャンペーンを張ることによって保守としてのアイデンティティが確保されてきたのだ、というものである。55年体制が実は、自民党と社会党の馴れ合い政治であったことはすでに明らかにされているが、日教組と文部省あるいは自民党との共存関係もあったかもしれないな、と思わされる。
 本書では、「ある平凡な日教組教員の日常」を通して日教組の描写が始まる。こうした日教組的な「民主主義」がなぜそれなりに共感を集めるのかという点を補足しておくならば、おそらく日教組による職場づくりとは「職場の自主管理運動」という側面を強く押し出していたからではないだろうか。戦後日本の労働運動の多くが職場の「自主管理運動」的な要素が強く、1960年代以降主流と成った企業別組合による労使協調路線と親和性が強かったということを聞いたことがあるが、教職員運動もまた、教職員による学校自治を要求する運動であり、それを支えたのが、自分たちこそが子どもたちの利益の代弁者であるという思い込みであった。その思い込み(思い上がり)が音を立てて崩れたのが、1980年代以降急激に進んだ教師の権威の動揺によってであり、それ以降一気に教職員組合運動は自信と方向性を見失ったような気がしているのである。
 もっとも、本書は「日教組」についての本であって、教職員組合運動とは何だったのか、というものでなない。本書の中で「全教」が、日教組よりマトモなことを言う組織として登場するのには、思わず苦笑いしてしまう。

 ところで、「日教組」でキーワード検索をかけたら、こんなブログをみつけた。リンクもふくめ、なかなかおもしろい。
(現役おばちゃん教師 日教組の何が悪いのよ!!
http://suzumeschool.seesaa.net/
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総理大臣の回顧録  読書メモ(09.6〜)

 元総理大臣の回顧録というのは、ハードカバーで箱に入って、という印象が強いのだが、海部俊樹元首相の回顧録は、新潮新書からの出版である(『政治とカネ』)。
 祥伝社新書や光文社新書でなかったのが救いだろうか。
 中身はおもしろい。
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モチベーション理論の職務特性モデル  読書メモ(09.6〜)

 リクルートの豊田義博氏が出した『就活エリートの迷走』(ちくま新書)はとても考えるところが多かった。
 その中に、モチベーション理論の職務特性モデル(ハックマン・オルダム・モデル)というのが紹介されていた(38-39ページ)。
 これによると、次の5つの要素がモチベーションを高めるとされる。
  @技能多様性(職務遂行に必要な技能のバラエティ)
  Aタスク完結性(業務全体への関与度)
  Bタスク重要性(職務の意義・価値の認識)
  C自律性(職務遂行の自己裁量度)
  Dフィードバック(結果・成果の反響)

 そして、次の式が定義される。
  仕事そのものが人を動機づける程度
   =(@+A+B)÷3×C×D

 教師の仕事というのは、@からDのすべてが、かなり高い数値をたたき出す。なるほど。
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最近、仕事の合間に読んだ新書  読書メモ(09.6〜)

◎塩野七生2010『日本人へ リーダー篇』文春新書
◎塩野七生2010『日本人へ 国家と歴史篇』文春新書
○上杉隆2010『上杉隆の40字で答えなさい』大和書房
○伊佐進一2010『「科学技術大国」中国の真実』講談社現代新書
△春原剛2010『核がなくならない7つの理由』新潮新書

以下、選外。
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マネーの世界  読書メモ(09.6〜)

 マイケル・ルイス『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』文藝春秋を買ってみたのだが、どうも頭に入らない。最後まで何が何だかわからなかった。
 たぶんサブプライムローンをめぐるあのしくみの全容を見抜くことができたのはごくごく一部の人間であって、主人公はそれをできた数少ない人間のひとりだということはわかるのだが、こういう難解な話は、高村薫さんか幸田真音さんか真山仁さんあたりに書いてもらわないことには、読んで満足する本にはならないだろう。

・・・と思っていたら、いい本を見つけた。
橘玲2006『臆病者のための株入門』文春新書
この本をみんなが読んだら、金融アナリストと生命保険会社と投資信託や外貨預金を売りつける銀行の窓口だとか、一切合財が商売上がったりになるだろうな。なにせ、王様は裸だ、と堂々と言い切った本だから。
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