スクールカースト  教育のはなし

1月24日
鈴木くんの力作です。
修論ベースで、インタビューやアンケート調査に基づいているので、安心して読み進められます。
内藤朝男「いじめの構造」とセットで読まれる本になっていくのかもしれません。
あとは、彼が消費されてしまうことなく研究者としてサバイバルできることと、「スクールカースト」概念がひとり歩きして、言い出した本人の手を離れていってしまわないことを、祈ります・・・。
http://www.amazon.co.jp/dp/4334037194/ref=cm_sw_r_fa_dp_jXparb1W9EQ2C



3月4日
心配したとおり、「スクールカースト」のひとり歩きが始まった。
スクールカーストを教師が増幅させるということを、著者は強調したつもりはない(と理解している)のだが、この見出しを見た人の中には、そう理解する人もいるだろう。
実際、保護者面談でスクールカーストの話を持ちだされた教師もいるという話。
さて、この後、スクールカーストはどこへ行く?
http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=14708
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全寮制によるエリート教育の可能性  教育のはなし

 去年の夏か秋かに、軽井沢のコミュニティペーパーを見ていたら、全寮制のインターナショナルスクールの開校準備が進んでいるという記事があった。「ここに勤めれば、軽井沢に住めるのか(笑)」なんて思った記憶がある。
 もっとも、学校教育法の一条校でないから私学助成は出ないので、全額自己負担となる上に、高卒資格が得られないわけで、どれだけニーズはあるのかな、と思っていたら、「東京には、これくらいできる富裕層はいるよ」と言われた。内容次第では成り立つという読みである。
 そういえば、トヨタなどの肝いりで愛知・蒲郡につくられた、全寮制の中高一貫校にも、かなりの高学費にもかかわらず、首都圏を中心にそれなりの人が集まった。今年最初の卒業生を出したので、来年の生徒募集にどう影響するか、注目である。

 全寮制の私立高校の数はそれほど多くないし、どちらかというと、不登校をはじめ、それぞれに事情を抱えた子どもたちが、都会を離れ親元を離れ、共同生活を営む中で成長していくことをめざすところが多いように思われる。
 そして、意外と知られていないのだが、「日本で全寮制の学校を作って、イギリスのパブリック・スクールのようなエリート教育をしよう」という動きは、愛知の海陽が初めてのことではない。
 たとえば、1996年には那須高原海城が、そのような理念を掲げて開校している。
 また、スポーツ強豪校のイメージが強い明徳義塾も、1973年の中学校開校当初は、やはりエリート教育を標榜していた。

 軽井沢の試みが、どのように新しいのかはわからないが、成功するかどうかは、あえて「高校」とならずに独自の教育を貫徹する覚悟と資金力が、学校側にも保護者の側にもあるかどうかである。
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国連人権規約、留保撤回  教育のはなし

 日本政府が中等・高等教育の無償化について、国連人権規約の留保を撤回したそうな。
 大学無償化もそうだが、それ以前に、公立高校授業料無償化が制度として定着することを意味する。
 また、一部の府で実施されている、私立高校授業料実質無償化についても、国の制度として拡大する可能性がある。
 大学は生徒減が本格化することを2018年問題といっているそうだが、ということは高校は2015年問題を迎えるということである。
 制度設計のための猶予はあと3年。待ったなし。
http://www.asahi.com/politics/update/0317/TKY201203170184.html
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なんでこれができんのだ!  教育のはなし

 授業中、問題がわからない生徒に対して、「なんでこんな問題が解けないんだ!」「考えろ!」とは、ふつう言わない。挙句の果てに「アホか」とは口が割けても言わない。
 それなのに、ハンドボールの試合では、「なんでそんなプレーをするんだ!」「考えろ!」という指示がしばしば飛び交う(ベンチにいるのはみんな学校の先生なのに)。挙句の果てに「アホか」と言ってしまっても、そんなものか、と思えてしまう雰囲気がある。
 自分も、そうしないように意識しているのだが、土曜日にはつい熱くなって、口を衝いて出てしまって反省しているところである。
 学校教育としてのクラブ活動というものを考えたとき、そういうところは変わっていかないといけないと思うのだが。
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来るべき総選挙と、その先にある「教育改革」を見通す。  教育のはなし

 大阪維新の会が、国政進出するにあたり、国会議員や首長経験者を集めて公開討論会を開いたそうだ。その最初の議題が「教育について」であったと知り、これからいろいろとかまびすしくなるな、と思ったので、備忘録として久しぶりにブログにエントリーしておこうと思う。

 大阪府の教育改革については、今年の教育系の学会でいろいろと話題になっているのだが、どうもすっきりしない。出版されている著作の多くは、批判的な立場からの緊急出版的なものだが、これも効果的な反論になっているとは思えず、むしろ「こういうバカなことをいうから教育学者はダメなんだ」と橋下氏の恰好の餌食になりそうな話をしているな、とも思う。
 そしてこれに対して、政治評論家やエコノミストをはじめとして、教育に感心があったがそれまで直接手を突っ込むことができずにフラストレーションを溜めていた層が、この改革を支持し、さらに推進するように求めているように見える。
 こうした動きは今回に限ったことではなく、戦後ずっとあったことなのだが、自民党文教族が緩衝帯となって、教育政策の自律性を担保してくれてきた。しかし、文教族が93年選挙で打撃を受け、さらに高齢化が進んできたことで、教育政策が直接政治的アジェンダとして取り扱われる機会が増えてきた。
 教育改革を声高に主張して、実際にいろいろと法改正をした直近の例として、安倍内閣がある。今回、維新と安倍氏は連携姿勢を強調しているらしいので、この路線の延長に、大阪府の教育改革を位置づけたあたりに、今後の日本の学校教育政策の流れが置かれると予想しておくべきだろうか。民主党内でも前原氏あたりと近いというし、彼も安倍氏と立場の近い人だから(なぜ一緒にならないんだろう?)いいとして、ただ、維新と公明が接近というけれど、公明党はどこまで新保守主義を
 安倍内閣の教育政策といえば、教育基本法改正と教員免許更新制度が有名だが、前者はさておき、後者は現場にとっては迷惑千万であって、これで学校教育がよくなったとはお世辞にも言えない。
 大阪府の教育改革は、財政難の中で、競争原理の導入による経費削減の方針を示したことと、既得権者としての教師、とりわけ教職員組合を狙ったというのは、新自由主義的改革としてわかりやすい上に、保守主義的・家父長主義的な観点からのセーフティネットの整備も一定伴っていると考えると、十分に国民の支持は集まるだろうし、実現可能な政策だろう。

 それにしても、だ。
 選挙の候補者を、塾で養成したり、公募したり。
 「私の考え方にそぐわない人は、来なくて結構。出て行ってくれ」ということを、後からやるんだろう。政治って、そういうものではないし、教育というのも、そういうものではないと思うのだが。

・・・というのを、テストの採点をしながら考える。
 「5.15事件」の正解率が半分もないことにため息をつきながら、勇ましい言論が好まれるという時代がかつてもあったのだが、申し訳ないことに、日本の社会科教育は、小学校社会でも中学校社会でも、20世紀の日本をきちんと教えられていないので、そりゃ、竹島や尖閣で覚醒したナショナリズムの受け皿に、わかりやすい歴史観が好まれる。「歴史教科書問題」「自虐史観」うんぬんのときもそうだった。
 歴史というのは、政治というのは、そんなわかりやすいものではない、ということが、歴史を学び政治を学ぶ意味なのだが、そういうことをわかりやすく教える方法を、もっともっと突き詰めていかないといけないのだろう。

 以上、思いつくままに。
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「新聞記事ノート」から  教育のはなし

 今年度最後の「新聞記事ノート」のチェックをして、いつものようにおもしろい記事・レポートはコピーして廊下に掲示した。こちらも勉強になるし、手間はかかるがやっていて楽しい授業実践である。
 教育に関係するものとして、いくつかあったので、メモ代わりに。

「大阪府条例案「不人気校切り捨て」」(京都新聞2月24日)
 大阪府の府立学校条例案に、3年連続定員割れした学校を再編整備の対象とする条文が盛り込まれたことについて、教育関係者から「不人気校の切り捨てが始まる」と警戒する声が上がっているという。
 公立中学校長は「人気校と底辺校の序列化が進むだけだ」とし、「私学無償化の背景には、私学に学力の低い子の受け皿になってもらおうという意図を感じる」と指摘しているそうだ。
 さて、この記事を書いた記者はこれ以上書いていないのだが、あまり好意的に評価しているように見えないので、おそらくは、「不人気校が整理の対象になること」「学校間の序列化が進むこと」「公立底辺校を整理縮小し、代わりに私学に受け皿になってもらおうとすること」が問題と言いたいのだろう。
 しかし、ほんとうに問題なのだろうか。大阪府は実質的な私立高校授業料無償化を進めているので、学費負担という点からは問題がない。公立学校を縮小することが問題だというのであれば、公立の方が私立より優れた教育活動を行えると前提が必要だが、おそらくそのような証拠はない。むしろ財政危機の大阪府では、代替策があるのであれば公立高校の削減は不可避であろう。
 ひとつ問題があるとすれば、公立高校は広域人事を行うため、過疎地に人材を送り込むことが可能となるというメリットがある。今、研修医制度が変わって過疎地の医師不足が深刻化しているのと同じことである。ただし、大阪府でそれが必要かどうかは不明。

「大学生24%が「平均」誤解 数学の学力不足鮮明」(京都新聞2月25日)
 数学の授業で先生もコメントしたそうで、5人がこの記事を取り上げていた。「ゆとり教育と推薦入試のせいだ」と日本数学会理事長さんがコメントしたらしいが、おそらく言葉尻をとらえただけだろう。発表資料にはぜんぜんそんなことは書かれていない。また、解説に「国公立理系がたくさん参加してこの成績では事態は深刻だ」と書かれているが、発表資料では、国公立の上位校はきちんと得点していて、むしろ大学間格差の大きさが問題と見るべきである。
 京都新聞以外にも、読売新聞や朝日新聞の記事を持ってきた生徒がいたが、似たような感じ(読売は五十歩百歩で、朝日は少し慎重に言葉を選んでいた気がする)。
 いずれにせよ、この記事を書いた記者が、いちばんリテラシーがない。情けない。

大阪府立高卒業式 君が代斉唱8人不起立 橋下氏「直ちに辞めて」(京都新聞2月25日)
 生徒のコメントは「せっかくの式を大人の事情で台無しにはしてほしくない」というものであった。そうだろう。
 最近のAERAの記事に、橋下氏は勤務中には一切のプライバシーがないという立場だと買いてあったが、勤務時間中に送られたメールやメモ類をサーバーやゴミ箱から拾い上げてチェックすることも、同じ感覚なのだろう。
 労働者は「賃金」と引き換えに「労働力」と「時間」を提供しているのであって、全人格を金のために捧げているわけではないはずで、ちょっと気持ち悪い話。
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経済学から見た教育論争  教育のはなし

 古雑誌の中から、WEDGEの2011年12月号が出てきた。

 原田泰「経済の常識 vs 政策の非常識 大阪W選挙の争点 教育論議には根拠が足りない」
 少し前の記事になるが、論点の提示がシンプルなので、メモ代わりに書いておく。

(1)大部分の大阪府民の感情は「教師がきちんと教えていないのではないか」というものであり、公務員という安定した身分に高い待遇を受けているのにきちんと仕事をしていないという見方は、教育改革が公務員バッシングの一環として出てきているためである。とすると、最低評価の教職員を分限免職の対象とするという条例案は、他の府の職員の待遇と比してあまりに厳しい。

(2)生徒の学力評価と教師の評価とを結びつける考え方は、そもそも生徒の学力の大きな部分は、子ども自体の素質と家庭環境で決まるのであって、学校のできることはそれほど大きくはないのだから、問題である。ただし、成績の低い学校に人と金を投入するという方針は橋下知事(当時)は示しており、これはイギリスのブレア政権が行ったことである。

(3)しかし、評価が難しいから評価しないというのはおかしい。生徒の成績の向上と教師の評価とを結びつけることが難しいのであれば、公立高校の無償化、35人学級制、教員養成課程の6年制化などの政策についても、子どもの学力向上との関係を実証的に議論されたことはない。これは教育関係者の思い込みに基づく議論に過ぎない。

(4)教育が政治の恣意を嫌うのであれば、教育も思い込みを捨て、証拠に基づく教育政策という考え方を受け入れるべきである。(以上)

・・・この話の土俵に乗るとすると、どうも、組織論とか経営学とか、そっちの方面からのアプローチが、この議論にはフィットするような気がする。
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持続可能な日本の将来  教育のはなし

 スーパーに買い物に行ったら、お年寄りばかりで、あぁ、日本は高齢社会なんだ、と実感する。普段、10代に囲まれて暮らしているので、ぴんと来ていなかったのかもしれない。
 そのスーパーの商品の棚は、野菜も魚も肉も、半分は外国産なのだ、あぁ、日本は輸入できなくなったら食べるものがなくなるんだ、と怖くなる。円高だから輸入品が安くて済んでいるが、円の価値が暴落したらどうなるのか。
 米と野菜と味噌があれば生きていけると言われていたが、もはやそれもできそうにない。

 3.11以降、「社会の持続可能性」ということについて考えることが増えた。
 ますます若者が仕事に就けなくなり、そして人口減少は加速度的に進む。国民経済はそれに対応して縮小を続ける。
 そんな未来を生きなければならない子どもたちに、何を教え、何を伝えればいいのだろうか。どうも、今巷間で言われていることとは違うような気がするのだが、漠然としていて掴みきれていない。
 
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西岡武夫氏に聞いた話  教育のはなし

 たまたま手にした雑誌に載っていた書評についてのメモ。

 取り上げた本は、教育財政について、政府と家計の負担割合がどのように決まったのか、ということがテーマなのだが、「どこが政治経済学やねん」と軽く突っ込んだ上で、政治学者が教育学者による政策過程分析を批判するポイントについて触れて、「本章では、議事録がそれほど用いられておらずもっぱら審議会答申と白書に依拠する。しかし、それらの文言がアクターの政策選好や政治過程をすべて説明できるわけではない。」とコメントする(青木栄一,2010,「書評:末富芳『教育費の政治経済学』」『教育学研究』77(4))。
 しかし、残念ながら、一部の教育行政研究者によって行われているような、議事録をリストアップして、そこから何かを浮かび上がらせる手法もまた、政治過程論という観点からすれば、不十分であるように映る。
 政治過程とは、権力過程と政策過程とを包括し、議題に上がるか上がらないか、それ自身が権力過程の結果である。そして、教育政策そのものが、他の政策領域との関連で動いているのだから、教育政策の中で自律的に物事が進んでいるように見える時点で、すでにステージは次の段階に入っているといえるのである。
 自分がやる気がないから、好きなことが言えるのだが、だから、議事録を追うことは、審議会答申を読むよりはマシだが、それだけでは不十分である。良質の政治ジャーナリズムが、すぐれた政治研究となるように、公式な場での議論の外にこそ何かがあるのだ。
 たとえば、人材確保法をつくるとき、田中角さんは小学校の先生だけのつもりだったが、西岡・森・藤波・三塚・河野あたりの面々で、なんとか中学校の先生も入れようと動いてしぶしぶ認めてもらったり、内閣委員会に出すと潰されるから後藤田氏の入れ知恵で文教委員会に回すためにまどろっこしい法律の名前にしたり、なんてことをして、成立させたらしい(これは西岡氏ご本人からうかがった話)。もちろん国会議事録には何らかの言及があるかもしれない。しかし、そこには、角栄首相に掛け合った文教族たちは登場しない。
 議事録は最近はデータベース化されているから、簡単にキーワード検索をかけることができる。しかし、その裏側にあるものは、そこからは見えてこない。
 政策過程研究を生業とする教育行政学者たちの中には、官僚へのインタビューをする人はいるけれども、キーパーソンとなった政治家へのインタビューをしている人は少ない。
 なんだか木を見て森を見ていないように見えて、もどかしい思いがするのである。

追記:
 西岡武夫先生には、2004年の秋、学校五日制の成立過程についてお話をうかがいたい、とダメ元でメールを書いたら、その日のうちにご本人から電話がかかってきて、2時間、長崎のカステラをいただきながら、いろいろなお話をうかがうという僥倖を得たことがあります。西日の差し込む議員会館で、このような話をわかる人が、文部科学省にも自民党にも民主党にもいなくなっているということを、どこか寂しそうに語ってくださいました。その後、復権して参院議長になるとは、もしかするとご本人も予想されていなかったのでは?
 ご冥福をお祈りいたします。
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シティズンシップ教育の可能性?  教育のはなし

 正直に言うと、「シティズンシップ教育」というものに、いい印象を持っていなかった。というのも、身近に、「シティズンシップ教育」に目覚めて、自分の授業実践を本にした人が身近にいて、その人から研究会などで話を聞いていたのだが、どう聞いても、従来の「開発教育」だとか「総合学習」との違いがわからなかった。そして実際に、彼の授業実践報告は、これまでの授業の焼き直しみたいなもので、この授業を通して「市民性・公共性」が養われたとも、反対にこれまでの授業ではそれらが養われてこなかったとも、思えなかったのである。
 だから、「シティズンシップ教育論」は、かつて雨後のタケノコのようににょきにょき現れた「フィンランド教育論」みたいなものだと思っていた。
 そんなこんなで、今日、日本の「シティズンシップ教育」の第一人者、小玉重夫先生の講義を聞く機会を得たので、講義の後に、「開発教育とどう違うのですか?」と、日ごろの疑問をぶつけてみた。「シティズンシップ教育は、学校のガバナンスや関係性自体を問い直すものなんですよ」ということだった。
 う〜〜〜〜〜ん・・・。

 さて、講義冒頭の「情報は政治的文脈の中でつくられるものであるから、情報リテラシーを政治的リテラシーととらえる」という問題提起は、きわめて重要だと考える。
 政治過程論で登場する「アジェンダセッティング」についての理論では、政治的アクターの交渉過程のみに注目するのではなく、その前段階にも権力過程があることを指摘する。何を争点とするか、何を問題とするか、あるいは問題として取り上げないか、さらには問題とすら認識させないか、ということであり、それは権力論としては「2次元的権力」(バカラック&バラッツの非決定権力)、「3次元的権力」(ルークス)という形で指摘されている。
 その意味で、クリックの「政治的リテラシーの構造」のいちばん頂点に「争点を知る」があるのは、きわめて正しい指摘だと思う。
 そして、政治的リテラシーのない「社会的道徳的責任」や「共同体への参加」は、戦前の国家総動員体制のように危険なものとなりかねないという指摘も、また重要なものだった。
 しかし、「専門家の最先端の知識を、教師が系統的に習得させれば、自立的な市民となる」という系統主義的カリキュラムではなく、アカデミズムと教師・専門職と市民との間の「専門性の批評空間」の中で市民性が涵養されていくのであり(裁判員制度がこれを体現したもの)、学校はバーチャルな公共空間を立ち上げる実験室である、というようになると、ちょっと話が見えなくなってしまった。「系統主義と経験主義の振り子」は戦後ずっと揺れ続けているのであり、シティズンシップ教育も、戦後何度目かの波のひとつなのだとすれば、じきに系統主義の揺り戻しがやってくる。そして実際に、それは起きている。
 そもそも、こういう問題意識に基づいてシティズンシップ教育を実践することの政治性について、シティズンシップを身に付けた市民ならば、どのように評価することが可能なのだろう?

 ちなみに、自分の経験から言えば、政治教育以前に日本の社会科教育で決定的に欠如しているのは、「近現代史教育」である。参加して未来をつくっていこうにも、GPSが壊れていて現在地がわからなければ、そして地図がなくてどこから来たのかがわからなければ、どっちに向かえばいいのかなんて、わかるはずがないじゃないか。
 そして、金科玉条のように条文を暗記する「憲法学習」もまた、主権者としてこの国をつくっていくという発想と真っ向から衝突するものである(「日本国憲法では〜〜と定められている」という表現が、その象徴である)。
 そのあたり、何とかしようとあがき続けて16年。成果のほどは怪しい。


おまけ:本郷三丁目交差点の「三原堂」にて発見。
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60年代の教育雑誌  教育のはなし

 休みをとらせてもらい、大学図書館で、60年代の教育雑誌などを眺める。
 ベトナム反戦だったり、沖縄との連帯だったり、なんとも、政治色のギラギラしたものばかりで、そりゃ、文部省や自民党や経済界と折り合いが合うわけがない。ただ、その根底にあるのは、国家権力への懐疑であり、弱者との連帯の姿勢であり、あるいは子どもたちを守るという姿勢であることは、今もそう変わらない。だた、これを実現するための手段が、教員自治の獲得(=これを「職場の民主化」と表現する)、そしてそのために職場闘争・政治闘争・法廷闘争を仕掛けていったというのは、その弊害として、革命勢力にありがちな、セクト主義と組織の硬直化がもたらされたのだろうから、今から見ればどうだったか・・・という思いがする。
 高校進学率が上がり続ける中、ベビーブーム世代が就学年齢に差し掛かったことで、日本中で高校の収容力が不足した。そしてそれになんとか対応した後、今度はその反動の生徒急減がおとずれた。しかもその生徒急減が全体的に起きるのではなく、特定の学校に集中して起きたことが問題となった。そんな中で、大阪においては、大教組としてはさらなる公立高校の新設による就学機会の保障を主張するが、私学部はこれに賛同しかねていた。それは当然だろう。結局、利益集団としての教職員組合の統一行動というのは、組合運動華やかなりし60年代から、すでに夢物語であったということだろうか。

 黄色いじゅうたん。ただし、相変わらずかなり臭います。
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 赤門とリアル「東大エンブレム」
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 ちょっと話題になった「みどりラーメン」。ミドリムシの粉末入り。
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 セント・ポールのクリスマス。
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近代、匿名性、「わかりやすいニュース解説」、職人としての教師  教育のはなし

 今日は、中学1年生の英語の試験監督をして、次の時間には、高校3年生の現代文の試験監督が当たった。なんだか、北海道から沖縄まで一気に移動した感じである(・・・と高3生に話したら、「どっちが北海道なんですか」と突っ込まれた。たしかに中1の方が亜熱帯っぽいけど、高3の手のかからなさ加減の方が南国の楽園という気もする)。
 現代文の問題は、完全にセンター形式の演習問題で、課題文が3つ。玉木明の評論文(「ニュース報道の言語論」)、司馬遼太郎のエッセイ(「この国のかたち」)、原田宗典の小説(貧乏学生が資産家の娘に捨てられるという「十九、二十」という話)であった。
 評論文とエッセイは、どちらも「近代における個と社会」というテーマであり、こういう問題が出しやすいし考えやすいものなのか、それにしても小説は、ちょっと身につまされる話やなぁ・・・、などとと思いながら、読み進める。

 玉木の評論によれば、近代ジャーナリズムは、出来事自身が語るかのような「無署名性言語」を用いることによって、あたかも、代替可能な構成員による分業によって生産される工業製品のように、匿名性を身にまとった記者によって伝えられたニュースが生産される。そしてそれにより、「中立公平・客観報道」という理念を盛り込むことも可能となった。
 続く司馬遼太郎の話は、あるオーストラリアの小島に暮らす日本人が、今の日本を見て「働いている者(=体を使っている職業)とそうでない者(サラリーマンや医者や教師は、みんなこちらに入る)との服装が同じだった」と驚いたというエピソードから始まる。日本では、お坊さんも大工さんも溶接工も自衛隊員も、スーツを身にまとって、不特定大衆の中に身を隠す。そして日本には「大工さん」も「八百屋さん」もいなくなった。これを司馬氏は「職人の雄々しさ」と表現する。

 閑話休題。
 池上彰氏は「わかりやすいニュース解説者」の代表格だと思う。だからあえて、彼を引き合いに出す。
 彼は原発事故の後、各局のゴールデンタイムに登場し、ひたすら「原発は安全です」「放射能は安心です」と連呼してきた。
 なるほど、「○○と報じられています」ということは、明らかな事実である。だから、「原発は安全といわれています」「放射能は安心だといわれています」というそれ自体は、間違いではない。
 きっと、池上さんは「メルトダウンとはこういうことです」という解説もしたことだろうし、もしも健康被害が出れば「放射能による健康被害はこういうことです」という解説をするのだろう。ニュースをわかりやすく解説することと、メディアを読み解く力をつけることとは、まったく違うのである。
 この池上氏の語りは、玉木氏の評論の言葉を借りれば、「中立公平・客観報道」という衣を身にまとった、「無署名性言語」そのものではないか。

 ちなみに、玉木氏の評論で、「記者」を「教師」に置き換え、「ニュース」を「学校教育」に置き換えることは、十分に可能である。

 とすると、東京都が進める、あるいは大阪府が進めようとしている教育改革について、違和感を禁じ得ないのは、「私」という一人称を捨て、代替可能な匿名の教師として教科書の内容を教えるという「無署名性授業」をよしとする発想が、その根底にあるからだといえるだろう。
 そしてそれは、スーツを身にまとった「教育関係者」になることに対する、「職人」としての教師からのささやかな抵抗である。
 ただし、学校改革という近代的合理的組織への組み換えにとっては、これがもっとも排除すべき思想であり行動でもある。だからこそ、この衝突は熾烈なものとなるのだ。

 奇しくも今週のAERAの特集は、都教委を相手にひとりで裁判をしている、都立三鷹高校元校長の土肥先生である。
 さしずめ、明治近代に刀で立ち向かう、ラストサムライみたいなものか。あるいは学校組織は近代を飛び越えて、ポストモダンに突入するということは、あり得るか?
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私立学校とは何か。  教育のはなし

 11.11.11。
 yy/mm/dd でも dd/mm/yy でも mm/dd/yy でも大丈夫な、ありがたい日。

 武祐一郎『雪国の小さな学校 基督教独立学園校長7年の歩みから』新教出版社、2000
 山形県立図書館で見かけた本が心に残って、京都に戻ってアマゾンで手に入れた。
 この学校は、1934年、内村鑑三氏のミッションの遺志を受け継いだ鈴木弼美先生が、東京帝大助手を辞して、山形県の雪深い山村に開いた小さな私塾が始まりである。県内外の多くの人たちの志に支えられ、幾多の苦難を乗り越えて、現在もおよそ80人の生徒たちが寮に住まい労働に従事しながら、学ぶ、日本でいちばん小さな高校である。

 この本を職員室で手にしているとき、近くにあった某大手予備校が配っている冊子がふと目に入った。
 中京大学が、ネットで出願すると受験料を割り引くとかいう、「ネット割」の広告を出していた。
 もちろん、経営が大切なのは百も承知だが、いったい何のために学生を集めるのか。何のために学校を維持していく必要があるのか。

 どちらが「私学」のあるべき姿なのだろう。
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1950年の「学校五日制」  教育のはなし

 『山形県高等学校十年誌』(1959)という資料に、3ページほど、おもしろい記述があるので、紹介する。

 山形県では、1948年、いくつかの小・中・高校を実験校として選び、学校五日制の導入について検討した。
 その結果、1949年3月の教育委員会において、「県下の状勢は全面的実施の機運に向いつつある」として、4月以降は届出制によって五日制授業実施を可能とすることとなった。
 届け出に当たっては、@実施までの準備(職員の研究調査、父兄の世論調査、父兄・社会の啓蒙等)、A実施計画:(1)開始時期、(2)教科課程の編成、(3)年間月別授業日数及行事予定、(4)土曜日の使い方(教師・父兄・児童生徒)、(5)家庭・社会との連絡、の提出が求められている。
 1949年度の実施校においては、次のような状況であったと、1950年2月の教育委員会で報告されている。
 1、実施上の難点は多いが、趣旨として賛成である。
 2、上級学校に進むに従い賛成である。
 3、農山漁村は都市に対して賛成が多い。
 4、完全授業は確保されている。
 5、本制度実施上の学校設備、社会設備が不十分であり社会の協力が欠如している。
 6、季節によって考慮することが必要である。
 7、研究指定校の意見
   1、教師生徒共に学習に計画性をもち、自主的学習の態度が養われる。
   2、PTAその他の教化団体の参加協力が漸次積極的になっている。
   3、家庭の理解協力、社会の協力は今後の研究課題である。
 この報告に基づき、1950年から山形県では学校五日制が本格実施される。その目的は、「教育の社会化促進、授業の完全実施、教育能率の向上、土曜日の活用による教師の資質の向上」とされ、全県下の学校に対して週五日制授業実施校に協力するために、諸会合は土曜日に集約することが推奨された。ただし、五日制実施はあくまで原則レベルに留まり、その地域の実情と季節に応じて、適宜六日制を勘案することが望ましいとされた。
 その結果、学校五日制は導入されたものの、年を経るに従って六日制に戻っていったという。
 (山形県教育委員会『山形県高等学校十年誌』1959、298〜301ページ)

 1980年代の「内需拡大」論から派生した「時短」議論に「ゆとり」教育論とが結びついた結果、今につながる学校五日制が月1回導入されたのは1992年、隔週五日制を経て、完全実施は2002年からであった。
 実はその40年前に、学校五日制についての議論が行われ、一部で実施されていたことは、どれほどわかっていたのだろう。そして、なぜ五日制は定着せず、六日制に戻ったのか、どれだけ検証されたのだろうか。
 もしもそのとき、慎重な議論が行われていれば、公務員の労働時間短縮は、学校五日制によってではなく別の方法によって行われていたのではないだろうか。
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「つくる会」教科書  教育のはなし

 教科書の採択見本が送られてくる中に、新しい教科書をつくる会系の「自由社」と「育鵬社」のものも入っている。育鵬社の体裁はいたってふつうで、他の教科書会社のものと見分けがつかないが、自由社はちょっと異形で、添付資料には、いわゆる「自虐史観」的教科書批判とともに、いかに育鵬社の教科書の記述が不十分かという徹底比較にほぼ同じくらいの分量が割かれている。それはそれで読み応えのある資料であるのだが、なんだか思想団体の内ゲバである。こういうことをすると、自由社は極端だが、育鵬社くらいならいいか、ということになることになって、敵に塩を送ったことになるんだがなぁ・・・。
 あ、なるほど、つくる会が分裂したのは、ここまで見越した壮大な計画だったわけか。
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