時間があったらやりたいこと  学校のはなし

時間があったら学校でやりたいこと(順不同)

(1)しばらく開いていない、京都私学の社会科教科懇談を復活させる。

(2)ハンドボール部を生徒によるマネジメント研修の場として組織替えし、生徒によるゼネラルマネージャー、戦術担当コーチ、フィジカルコーチ、財政担当、戦略担当などを置く。新顧問にMBA保有者を招聘する。

(3)文化祭での映像コンクールを立ち上げたい。

(4)「車いす講習会」のようなボランティアスクールを定期的に開催したい。
0

Quality of Life の低下  学校のはなし

 今年度、帰宅時間が平均2時間近く遅くなっているので、それだけで週12時間の労働時間の延長だし、代休をとるヒマがないこともあって、去年に比べるともっと長時間働いているんだろうというのはわかるが、それ以上にしんどいと思うのは、食事が摂れないということである。
 月曜日、水曜日は大丈夫なのだが、それ以外の曜日、とりわけ火曜日と木曜日は、ほんとうに食事を摂る時間がない。
 1時間目から6時間目までぎっしりと授業や会議が詰まっているので、50分の昼休みに何かを食べるしかないのだが、その時間は、生徒会の会議が入ったり、用事のある生徒がやってくる時間帯なので、ゆっくりと食べるわけにはいかない。せいぜいおにぎりか菓子パンを口に放り込むくらいであるが、朝に買い忘れてしまうと、食いっぱぐれることにもなりかねない(食堂は大混雑なので、とても5分で帰って来られない)。
 金曜日は時間割変更をかけてもらって5時間目を空けてもらえたので、少しほっこりできるのだが、たまに5時間目も詰まることなると、同じことになる。土曜日は4時間目が終わるとすぐに生徒が飛び込んでくるので、意外と食事のタイミングがない。
 ペアを組んでいる先生は、すきがあれば弁当を頬張っているし、前任者の先生が職員室に移ってきたときにも、4月5月くらいには11時ごろに弁当箱を広げて「食べられる時間に食べておくクセがついてしまったんですよ」って言っていた。自分もそうなるんだろう。
 ちなみに担任をしていても、昼休みに面談があったり生徒指導したりするわけで、状況は変わらない。要するに、昼休みが昼休みではないために、4時間目と5時間目に授業が入っていることによって、事実上休憩時間がない状態になる、ということになる。
 これって、労働基準法的にどうかと思うのだが、生徒を呼ばなきゃいいのだし、面談はしなけりゃいいのだから、「休憩時間に勝手に仕事をやっている」ということになるのだろう、きっと。
4

近況  学校のはなし

月曜日 高2政経(1クラス)+職員会議or教科会議
火曜日 中1歴史(5クラス)+生徒部室当番
水曜日 立命館大学教育社会学(1コマ)+活動部会
木曜日 中1歴史(5クラス)+高2政経(1クラス)
金曜日 中3公民(5クラス)
土曜日 授業準備、書類作成、午後はクラブ

 マルチタスクは苦手ではないが、さすがに4種類の授業を抱えていて、毎日頭を切り替えていると、体調が悪いときには切り替えがうまくいかなくてなんだか中途半端になってしまい、その上に会議やらクラブやら、そして生徒会担当なので昼休みや放課後に生徒の相手をしていると、今何をやっているのかわからなくなるという、今日この頃。
6

2012年度  学校のはなし

 今年度は、生徒会顧問に13年ぶりに復帰した。ずいぶんと学校の制度も生徒の状況も変わっていて、あのときと同じようにはできないので、気分を一新して、職務に励もうと思う次第。あのころは毎晩日付が変わってから帰宅するような生活であり、それはそれでいい思い出ではあるが、あれは若かったからできたのだと思う。
 授業については、初めて中学1年生の歴史を担当することになった(2時間×5クラス)。中1担当の先生からは口々に、「授業というより、しつけやで」と言われている。そうだろうなぁ、と思う。まさに「学校の社会化機能」全開なわけだ。
 これに加えて、中学3年生の公民を週1時間×5クラス、高校2年生の政治経済を週2時間×1クラス。丸一日の休みをとるのは、なかなか難しい時間割になった。
 さらに、夕方から某大学で教育社会学を週1コマ。
 研究会が2つ。もちろん自分の研究は進めないといけない。
 まぁ、なるようになるでしょう。
1

教師の世界では、1+1が2になるのか?  学校のはなし

 某予備校が、高校の先生を集めて、新指導要領に対応した授業について説明し、実際に模範授業も見せるのだそうだ。
 そんなことなら、いっそ、学校の授業はみな、アウトソーシングして、予備校から人を送ってもらえばいい。担任は、予備校みたいにチューターを雇えばいい。課外活動は、それはそれ専門のコーチを招けばいい。
 ひとりで全部やるよりも、得意な領域に特化して仕事を融通しあう方が、全体の生産も高まるし、それぞれの利益も増加する。分業の利益というのは、リカードもマルクスも認めるところであって、経済の世界では確立した定理である。
 それでは、なぜ学校の先生は、ひとりで何役もこなすのだろうか。
 もしも日本の学校においては、分業するよりもひとりですべてこなす方が生産力が高い(あるいは分業すれば生産力が低下する)のだとすれば、それはなぜか。それは教師の仕事が「ジョブ型」ではなく「メンバーシップ型」であることと関係はあるのだろうか。
0

入学試験  学校のはなし

 入試の試験監督で、いろいろと注意を読み上げる。
 受験生を番号で呼んで匿名化し、不正行為を定義して周知徹底する。その上で試験を一斉に開始して終了し、公平性を担保する。
 なるほどなぁ、学校と監獄は、規律・訓練型施設という点では共通するが、公平性の部分はともかく、匿名化して時間管理するあたりは、まさにその極致という感じがする。
0

センター対策問題演習に思う。  学校のはなし

 今朝の朝日新聞を読んで、目が点になる。
 2016年センター試験から、「倫理、政治・経済」がなくなるかもしれないというのだ。まだ実施すらしていない科目をやめるだなんて、それなら最初から、こんな面倒な科目をつくらないでいただきたいものです
http://www.asahi.com/edu/center-exam/TKY201201060384.html

 さて、そのセンター試験まで2週間。昨日から高校3年生はセンター直前演習なるもののために登校してきている。12月ごろからそうだったが、センター形式の演習問題一色である。
 マーク式の問題というのは、問題数の割に紙面を食うので、大量のプリントを印刷せねばならず、コピー機や印刷機が唸りを上げていた。さらに解答解説プリントもあるから、ものすごい量の紙が吐き出され、そして1回さらっと解かれた後、多くがゴミとなる。
 数学の問題演習を見たときにも思ったのだが、これこそ、PDF化して配布したらどうなんだろう。タッチパネルで@〜Cの番号を触れば、すぐに○か×かが表示され、解説が出るようにすれば、いかがだろうか。あるいは、売上が低迷しているという任天堂DSでそういうソフトを作るというのは、どんなものだろう。
 これも持論なのだが、年度の最初の授業で、PCを自作し(できればタブレット式がいいのだが)、それを使って1年間あるいは卒業まで授業する。最低限のスペックでいいので、お手頃価格でできないものか。
3

審判の資質  学校のはなし

 今日は、審判として(人手不足につき名ばかり副審判長)、3試合吹かせてもらってきました。
クリックすると元のサイズで表示します

 ペアを組ませてもらったのが、A級資格を持ち、国体の決勝戦のレフェリーも務めるような人でして、こちらはなんちゃってC級なわけで、恐縮至極。いちおうルールとしては、2審制では2人の審判の権限は対等で、分担し合ってジャッジをするのだが、実際は1.5審制、というか、おかげでゲームが荒れることなく、つつがなく終了。
 よく見えてるなぁ、と思う以上に、ゲームのコントロールの仕方がうまい。たとえば・・・
○警告をゲーム序盤で出して「今後このプレーは禁止する!」ときっちり基準を示すこと
○微妙な判定については、ベンチがごちゃごちゃ言いたくなる前に、さっさとジャッジしてしまうこと
○きっちりとプレーを止めなければならないタイミングと、流しても構わないタイミングとの使い分け
○選手と一緒にちゃんと走ったり、息詰まるプレーの連続する時間帯と、ゆっくり流してこちらの呼吸を整えたり、カードを出しながら一呼吸置いてゲームを整えるメリハリ
 う〜ん、奥が深い。

 2試合目の途中、ターンオーバーからの速攻に対応しようとしてムリな体勢でダッシュをしたら、軽い肉離れを起こしたらしい。
 キネシオテープをもらって生徒に巻いてもらい、なんとか3本をこなす。
 25分ハーフの試合だったので、いつもは15分とか20分で吹いていることもあり、最後の5分は息が上がって思考能力が落ちてくる。判断に必要な反応時間がコンマ何秒遅くなることで、それはレフェリング全体に影響を及ぼす。
 大統領でも首相でも、軍の司令官でも、研究者でも、社長さんでも、頭を使って決断する仕事においては、まずは体が資本だし、最後は体力だと痛感する。

 プレーヤーとしての資質と、コーチとしての資質と、レフェリーとしての資質と、チームマネージメントの資質とは、共通する部分はあっても、別の能力であり、たとえばうちの学校の選手は、将来レフェリーやチームのGMになると、能力を開花させられるコが多いと思う。そういった分業も、育成システムとしてあってもいいと思う。

 ともあれ、なんとか終わりました。来年は奈良、次の京都開催は2015年。
0

いい試合を見せてもらいました。  学校のはなし

 決勝トーナメント進出をかけた兵庫のチームとの予選3試合目は、下馬評を覆して一進一退の攻防となったが、何度か訪れたうちの時間帯に突き放せず、終盤に連続失点や退場があって、そのままタイムアップ。
 高2の生徒にとってはこれが引退試合となったのだが、たぶん1年でいちばんいい試合をしたのではないだろうか、悔しそうではあったが、思いのほか晴れやかに見えた。
 すべて自分たちで試行錯誤を重ねてここまで力をつけてきたわけで、個性の強いメンバーの集まった、とてもいいチームであった。
 ごくろうさま。今晩は、みんなでキーパーの生徒の家に泊まりに行くらしい。楽しい夜になっているだろうか。明日は、選手で参加できないのが残念だが、運営補助員として、ほんとにほんとのこのチームの最終日。
1

近畿私学ハンド  学校のはなし

クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します

田辺中央体育館を、うちともう1校で管轄する。
参加校としては、うちのチームは今日は1勝1敗。
明日の対戦で決勝に残れるかが決まる。
夜の顧問会議→懇親会で、いろんな先生と話をしてきました。
1

教師の家系  学校のはなし

 「学校の先生って、親も先生だったって人、多いよね」というのは、よく話題になることである。
 クラスで教師を助けてくれる生徒の中にも、親が教師という生徒が多い気もする。お手伝いのやり方がわかるのだろうか。
 もちろん、教師という職業が150万人以上いて、その数字は全労働者の2%とかなのだから、石を投げれば教師にあたるのかもしれないが、やはり多い気がする。
 「家庭内における教師文化の再生産」が行われているのとすれば、それはどういうことなのだろう?
1

社会科宛に届くいろんなもの  学校のはなし

 とある検定試験から、生徒さんに配布してください、というチラシ一式が届いた。「受験者数に違いがあるので、希望者にではなく、全員に手渡ししてください」という依頼文までついていた。すでに学校で受検するものに、英検、漢検、さらにはGTECという英語能力検定がある上に、世の中には歴史検定や京都検定、さらには科学関係でもいろんな検定があるので、どうしようかと思う。先行者利得というか、英検と漢検はがっちり学校教育に食い込んでいるので、その牙城はそうそうには崩れまい。会場確保・試験監督・答案整理などは、一切を教師が請負い、さらに自前で発行している副教材を買ってもらえるわけだから、学校採択かどうかは営業として天と地ほどの差があるはずだ。

 とある官庁から、授業用のDVDと指導書を作ったので、もらってほしい、という案内が届いた。去年、要らないから返事をしなかったところ、「今回は、去年もらってもらえなかった学校に案内を出しています。なぜ要らないのか、アンケートに答えてください」という添え状がついていた。きっと、もらわなければ来年もアンケートが届き、もらったらもらったで、どうでしたか、というアンケートが届くに違いない。こういうことが各省庁の広報活動として、それぞれの外郭団体を通して行われている。

 とある業界団体から「講師派遣します」という案内が届いた。これもしょっちゅういろんな団体から届く。ある先生が来てもらおうかと思ってファックスを送ったら、打ち合わせのために団体の方まで顔を出せ、と連絡があったらしい。他の講師派遣では逆で、会場をみる必要もあって向こうから担当者がやってきて校内で打ち合わせをすることが多いので、「??」と怪訝な反応を示したら、「これだから学校の先生は常識がない・・・」的な反応をされたらしい。おたく様のその「上から目線」もいかがなものかと思いますが?
0

リーサル・ウェポン  学校のはなし

究極のカロリー爆弾、食堂に襲来。その名も・・・

カレーうどん丼(カツのせ)

クリックすると元のサイズで表示します

で、怖いもの見たさについつい手を出してしまって、完食してしまった。
1

「立派になられて・・・」  学校のはなし

 このあいだ、カフェで用事をしていたら、学生さんに後ろから突然声をかけられた。最初は誰だかわからなかったが、すっかり風貌の変わった、中3のときに担任をしたコだった。元気に大学に通っているようで、なんとも、立派になられて。
 さて、先日の修学旅行の引率の折、新大阪で下りて、改札で生徒を見送っていたら、じっとうちの生徒たちを見ている女性がいたので、きっとお母さんが迎えに来たんだろうな、と思っていたら、つかつかと近寄って来て「もしかして・・・」とぼくの方に声をかけてきた。中3のときに担任した生徒のお母さんで、久しぶりに息子が帰省するので待っているところなのだという。しばらくして、本人が改札から出てきた。元気に大学に通っているようで、これまたなんとも、立派になられて。
 授業を受け持った生徒は、かれこれ3800人近くになるが、担任として進路指導して保護者面談をして相談に乗ったり説教垂れたり家庭訪問したりした生徒の数は、担任よりも他の校務を担当していた期間の方が長いので、延べにしても220人ほどにしかならない。
 それでも、ぼくのボスがかつて指導教官を務めた大学院生の数が、およそ50人ほどだったのに比べれば、はるかに多いことになる。もちろん単純な比較はできないけれど、知らず知らずのうちに、こんなにもたくさんの人生に土足で踏み込んでいたのだと思うと、びっくりする。もちろん、2人があいさつしてくれたが、それ以上に多くの人から顔も見たくないと思われているのかもしれないが、教師の仕事の評価は、こういう形で現れてくるのだろうし、「立派になられて」と少しでも多くの人に言えるということが、きっと教師冥利なのだ。
 そんなことを考えていたら、新任のころに一緒に遊んでいたコから、結婚披露宴への招待状が届いた。ありがたい話である。立派になられて・・・。
1

今日の一枚  学校のはなし

貫禄。
クリックすると元のサイズで表示します

大きいなぁ・・・
クリックすると元のサイズで表示します

大仏様の背中
クリックすると元のサイズで表示します

 中1の奈良見学の引率に行ってきました。
 中3の九州研修旅行も引率したので、予定では11月上旬の中2の百瀬川扇状地実地研修も引率して、本校史上初の三冠王(?)になるはずだったのですが、順延になって中3研修旅行と重なってしまったので、実現できませんでした。
 だからどうしたという話のですが。
2




AutoPage最新お知らせ