外の世界の話  世の中のはなし

 午後から半日週休をとって、「昔話を聞く会」第6回として、某巨大大学法人の中等教育部門の責任者をしていた先生から、いろいろと話をうかがう。大学の定員充足のために付属校があり、そのために巨額の金が動く、というのは、やっぱり釈然としないけど、それが現実というものだ。

 夜、久しぶりに、某新聞社の論説委員さんと飲む。異業種の人と飲んだくれるのは、やはりなかなかに刺激的である。 
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酷暑は続く。  世の中のはなし

京田辺で、最高気温が39.9度を記録したらしい。
せめて夕立くらい降れば、少しは地面も冷やされるなるのだろうが。
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「ジャーナリズム」ねぇ。  世の中のはなし

 いろんな意見があることを前提として、それらを等価値で処遇し、その表現の自由は必ず保障する、というのが、民主主義の大前提である。
 サンデーモーニングは、TBSの報道局が制作している番組である。TBSは、ジャーナリズムの看板を降ろし、エンターテイメント一本に会社の生き残りをかけたのだろう。もっともTBSは、ベトナム戦争報道でも自民党の圧力を受け入れてニュースキャスターを切った前科あるから、もともとこういう姿勢だったというだけのことかもしれない。
 真相のほどはわからないが、それにしても、こんなことがあっても、一緒に出演していたリベラルと目されるコメンテーターたちが一同に黙っているというのは、彼らもひな壇芸人になったということか?
 映画『沈まぬ太陽』で、新聞記者氏が「俺はジャーナリストだ〜」と叫びながら、国民航空の金で豪遊しているシーンがあったが、これがジャーナリストという言葉の正しい使用方法でないと思いたい。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100802-00000021-dal-ent

江川紹子氏「サンデーモーニング」降板

8月2日9時29分配信 デイリースポーツ
 ジャーナリストの江川紹子氏(51)が1日、自身のツイッターでTBS系情報番組「サンデーモーニング」(日曜、前8・00)で野球解説者・張本勲氏(70)とあつれきが生じた騒動についてコメントし、不定期出演していた同番組を“降板”したことを明かした。
 閲覧者からの「まだ復帰しないんですか?」という質問に、「張本さんがお出になっている間、私の復帰はない、とのことです。数日前、正式に通告がありました」と回答。番組関係者は、デイリースポーツの取材に「江川さんとは年間契約などをしているわけではない。コメンテーターとしての出演をお願いしないということです」と説明した。
 江川氏は5月23日に出演した際、張本氏の意見に反論。それが張本氏の怒りを買い、6月20日の出演をキャンセルされたことをツイッターで打ち明けていた。
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ないなら、ないで・・・  世の中のはなし

 野球賭博問題に揺れる大相撲名古屋場所の生中継がなくって、全国(全世界)のファンが困っているとか言われているが、たぶんほとんどの人にとっては録画中継でも何の問題もなくて、むしろダイジェストで全取組を30分で見られた方がいい人の方が多かったかもしれない。
 つまり、「当然あるはずのものだから、あるのが当然」以上の理由はなかったということではないだろうか。
 同じことは、おそらく甲子園中継についてもいえると思われる。全試合を1会場で開催し、しかも全試合を全国中継することで、インターハイや高校サッカーと比べてはるかに非効率な大会運営が行われているあの大会は、きっと「全国にファンがいるから」という理由以外には考えにくいし、ましてやそれは教育的理由ではない。これもまた「当然あるはずのものだから」以上の理由ではないわけで、いい加減、ベスト8までは複数会場で開催し、1週間で全日程を終えるようにしたらどうか。
 すごい寄付金を集めて大応援団を引き連れなければ出場できない運動部の試合は、学校スポーツとして間違っている。
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いい話。  世の中のはなし

http://www.sanspo.com/worldcup2010/news/100630/wca1006301031033-n1.htm
http://southafrica2010.yahoo.co.jp/news/ndetail/20100630-00000513-san-socc

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6月30日 7時57分配信(産経新聞)

PK外しうつむく駒野、誰が慰めたか…

 ドイツ公共放送「ARD」で解説を務めたかつての名選手ネッツァー氏は「駒野はこの場面を生涯忘れられないだろう」と話したという。PK戦。駒野のシュートはクロスバーを直撃して大きくはねた。頭を抱える駒野。そして大会からの敗退が決まると、泣きじゃくった。敗戦は、駒野ひとりの責任ではない。誰が、駒野を慰めたか。

 バーをたたき、上方に大きく弾んだ自らのシュートに、駒野は天を仰ぎ、頭を抱えた。うつむいてセンターラインの仲間の所へ戻る駒野を抱きかかえるようにして迎え、列の中へ招き入れたのは、大会前にその腕からキャプテンマークを剥奪された中沢だった。

 5人目のキッカー、カルドソが決勝のゴールを決めると、歓喜の輪をを抜けだし、1人のパラグアイ選手が駒野に駆け寄り、額をすりつけるようにして何かを語りかけた。自身4人目のキッカーとして落ち着いてゴール中央にPKを決めたアエドバルデスだった。おそらくスペイン語だったのだろう。駒野は何を言われているのか分からないはずだが、しきりにうなづいていた。気持ちは通じていたのだろう。

 一番長く駒野の肩を抱いていたのは、松井だった。そして駒野以上に泣いていた。何も言わず、しゃくり上げ、ただただ肩を抱き続けていたようにみえた。そして逆の肩を、阿部が抱いた。

 サポーターへのあいさつに駒野を背を押していざなったのは、稲本だった。努めて笑顔だった。駒野は笑顔を返すことはできなかった。それでも稲本は笑みを送り続けた。

 ロッカ−ルームに引き上げ、ミックスゾーンに姿をみせた駒野は、無言でうつむき、報道陣の前を通り過ぎた。バッジオが、バレジも味わったPK戦の残酷。だが多くの仲間に支えられ、駒野は立ち直らなくてはならない。
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葬式は、要らない。でも、葬式は、必要だ。  世の中のはなし

 友人のお父さんのお通夜に行ってきた。生駒山の麓まで近鉄を乗り継いで、2時間。
 河内のしきたりなのか知らないが、紙のシキビが貼り出されていて(一口1000円)、読経が始まるとすぐに焼香が始まり(葬儀センターの人が「焼香は1回で!」と繰り返し叫んでいた)、15分ほどで式場を後にした。
 仏教の葬式はどうも納得いかないことが多いが(キリスト教の方がはるかに「死と向き合い、生の意味を確認する」という儀式として優れていると思う)、ともあれみんなが遺族のもとに集まるきっかけという意味では、どんどん簡素化され形を変えながらも、葬式は行われる。
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剰余価値と搾取 in China   世の中のはなし

 中国の工場で、あまりの待遇の悪さに自殺者が相次いだり、ストライキが起きてホンダの操業がストップしたりだとか、いろいろと労働問題が起きているらしい。
 資本主義の本質は、無産階級である労働者が働けば働くほど貧しくなる巧妙な搾取のシステムであるとは、マルクスとエンゲルスが看破し、社会主義革命の大前提となる理論だと思っていたのだが、この資本家による労働者階級への搾取を、マルクス主義と毛沢東思想に基づけば、中国共産党はいったいどのように説明するのだろうか。
 
 NHKスペシャル「アフリカン・ドリーム」の第3回は、経済が崩壊し失業率が90%を超えるジンバブエから、経済難民が南アフリカに大挙して流入し、南ア経済を支えているという話であった。今はいいとして、難民たちが定住して子どもを生み、その子どもたちが就学年齢に達したとき、あるいは彼らが働けなくなったとき、南ア政府はどう対処するのだろうか。どうも、そのときには追い返すだけさ、という感じがしてならなかった。

 中国でも南アでも、流入する低賃金労働者を利用して国際競争に勝ち抜く戦略を採ろうとしている。これって、一昔前に流行ったという世界システム論における「周辺」からの「中心」の搾取の問題ではないか。欧米諸国が植民地からの収奪ができなくなった一方で、中国では自国の内陸部に、南アでは隣国に、新たな周辺を獲得し、収奪による成長をスタートさせた。グローバル化というが、結局、資本主義が周辺を必要とする構造は何ら変わっていないということか。
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役に立つ大学教育  世の中のはなし

 担任がないと、朝の遅刻立ち番が回ってくる。11年ぶりに立ってみると、まぁいろいろと変わるものだ。
 指導の成果もあって遅刻の生徒が激減したことを、会議資料ではわかっていたが、あらためて立ち番をしてみると変化を肌で感じる。
 まぁそれよりも、校門前の道路は近くの大学の通学路になっているのだが、朝の8時半からお行儀よく1コマ目に出るためにぞろぞろ歩いていることにびっくりする。夕方6時台のバスも、その大学の学生で満員であることが多いことにも、びっくりする。 
 ぼくたちのときには、5月になると出席しなくなるから、混んでいるのはそれまでのガマン、などと言っていたけれど、ほんとうに大学生さんたちは、講義があるからということで、高校生のように遅刻しないで登校している。授業中の私語が問題となっているそうだが、それもむべなるかなである。
 そういえば、学校の近くの学生ワンルームのオーナーさんが、最近の学生さんは4回生の途中で下宿を引き払って実家に帰るコが多いと話していた。単位をきちんと3回生までにとって、あとは卒業するだけなので、大学には用がないかららしい。
 大学とは夕方に起きて生協にごはんを食べに行って、バイトした後に夜中のサークルボックスでうだうだしに行く場所だった自分からすれば、大学に用がないということはなかったのだけれど、まぁそれも時代かなぁと思う。
 「大学の教育力」を強調すればするほど、「役に立つ/立たない」という基準で大学生活が切り刻まれる。たしかに大学は商売上手でなければやっていけないとは思うが、それでもどうだかなぁ、と思ってしまう。
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(無題)  世の中のはなし

「それにしてもなぜ、公園に出てきてまでバーベキューか。答えは、家でやれば煙と脂で汚れるからである。家を汚したくないので、公園でやる。さらに言えば、公共の公園を汚し、散策者に迷惑をかけてでも、肉を食うということである。新緑の下でのその姿は、沖縄に基地を押しつけるがごとくで、醜い。」
(高村薫「平成雑記帳」AERA 2010.5.17)
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気味が悪い  世の中のはなし

 新聞ノートにあった記事に、鉄道会社が不正乗車には刑事告発で対応する方針を打ち出した、というのがあった。フランスの地下鉄なんかでは、改札がいい加減なかわりに、しょっちゅう抜き打ち検札があってがっつりと罰金を徴収するけれど、その上に刑事罰まで課すということまではしないだろう。
 ビラ配りのために私有地(といっても共同住宅の入り口の郵便受け)に侵入したとして、拘留され起訴されて最高裁で有罪が確定した事件があったが、このように市民生活の問題に国家権力が介入することが、平然と議論されて、違和感なく受け入れられていることが、ぼくにとっては気味が悪い。
 今の社会では、起訴された時点で解雇されることが就業規則に定められていることが多い。つまり、微罪や形式犯でも簡単に起訴されて、職を失うなんてことが増えるおそれがあるわけで、そんなのはいやだから、みんなしっかりと法律を片っ端から守るようになるのを期待するのだとすれば、それって、どこかの将軍様の国と根本的に変わらないのでは?
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バイリンガル  世の中のはなし

 なかなか私立高校ネタで書くことがない。正確には、あることはあるんだけど、全国学校総覧をコピーした話だとか、日私中高連の周年誌を読んだ話だとか、国立教育研究所の報告書に目を通した話だとか、ブログにアップするような話ではない。ひとりつぶやいておけばいいことなんだが、かといってTwitterでつぶやくほどのものでもない。

 ジュンク堂に行ったら、子どもをバイリンガルに育てるための本を買い揃えているお母さんがいた。お子さんに外国語を母語とする彼/彼女ができれば、教えなくても勝手にバイリンガルになるんじゃないですかね、と教えてあげようかと思った。
 そういえばこのあいだ、東南アジアを旅行してきた知人が、「東南アジアでは観光地の物売りの子どもでさえ流暢な英語を話すのに、日本の子どもはなぜあれくらいのことができないのか?」と尋ねてきて、あきれて物も言えなかった。日々の生活費を外国人相手に稼がなければならない子どもたちと、この国の子どもたちとでは、あまりに環境が違いすぎるというのに。
 子どもがバイリンガルになるのは簡単で、外国に占領されて自国の言葉を学校教育から奪われるか、母国語で高等教育を受ける機会がなくて外国語でなければ大学での教育を受けられなくするか、あるいは国境を開放して外国語を話す人たちとつねに接触する社会環境をつくるか、である。
 もちろん、これからは英語と中国語ができなくては大きな仕事はできないだろうから、外国語は必要なのだけれど、その必要性に迫られない以上、そりゃ身につくものではないと思うのだけれど。
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チェルノブイリから24年  世の中のはなし

 チェルノブイリの被災者を支援する団体の報告会に出てきた。もっとも被害の深刻なベラルーシから病院長先生が来日されての現地報告があった。やはり甲状腺がんの発生は続いているそうだ。
 こういう集会に出るのは10数年ぶりであったが、その間に原発をめぐる状況はひとまわりして、撤退の流れからふたたび推進へと戻ってきているのに、反原発運動のもつコトバがまったく同じであったことに驚いた。質問を受けた院長先生が「安全な原発がほしい」と発言したことについて、それから先に議論が進まなかったことが象徴的であった。
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どうすれば・・・?  世の中のはなし

 スパークリングワインを買ってきて飲もうとしたら、コルクが硬くて、悪戦苦闘しているうちに、ぼきりと根元からコルクが折れてしまった。
 ふつうのワインなら強引にこじ開けるところだが、スパークリングワインは中に押し込むこともできず、「コークスクリューは絶対に使用しないでください」とデカデカと注意書きがあるのでそれも使えない。
 ネットで検索しても、意外とこういう事例はないのか、コルクの折れたスパークリングワインの開け方にはなかなかたどり着かない始末。
 次の日にお客様センターに電話して開け方を聞こうとしたら、えらくたいそうにも、営業の人が家までやってきてビンごと回収していった。すっかり恐縮してしまって、玄関先でちゃっちゃとブツを引渡し、新しい同じものと交換してもらった。
 しまった、肝心の開け方を聞くの、すっかり忘れてた。
 で、どうすればよかったの??
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The Heart Rocker  世の中のはなし

 ハートロッカーというから、ソウルフルでハートウォーミングなロック歌手をめざす若者の話を想像してしまうけれど、どうしてどうして、すさまじい映画ではないですか。今日がTOHOシネマズデイで1000円ではなく、この映画がアカデミー賞6部門を獲得していなければ、客は3分の1も入っていなかったんじゃないだろうか。途中退出もちらほらあったし、2時間の上映が終わってエンドロールが流れ出したら、堰を切ったように観客が席を立ち、渋い顔をして出て行った。
 アバターとハートロッカー(The Hurt Locker)はどちらも、それが3D映像かカメラワークかという違いはあっても、「あたかもその場にいるように思わせる映画」という点では共通しているんではないかと思う。ともあれ、まだ観ていないけれどもアバターがそうであるらしいのと同様に、これまで体験したことのないような感覚が残る映画であった。
 ひとつ思ったことは、これを作品賞として選出したアカデミー会員は、同じような思考回路で、太地のイルカ漁を隠し撮りしたThe Coveに投票したんだろうなぁ、ということで、太地町の猟師さんが「権威あるアカデミー賞がなんであんな映画なんかに!」と憤慨していたけれど、アカデミー賞だからこそ、だったのかもしれない。
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のぞみ249号新大阪行き、4号車1番A席  世の中のはなし

 日本私学教育研究所の委託研究員報告会のために上京。小中高ありとあらゆる教科の実践報告を12本、朝から夕方までぎっしり聞く。生徒の気持ちがよくわかる。あいつら、えらい。

 東京に来るたびに、「うる星やつら ボーイミーツガール」を思い出す。友引町ににょきにょきとキノコが生えて、あたるとラムが鬼ごっこする話だ。新幹線が品川を過ぎ、汐留のキノコのすき間から、隅田川の向こうのキノコが見える。
 やっぱりこの光景は好きになれない。早くルパのブタに食べてもらった方がいい。

 それにしても、11日のうちに3回の東京行きというのは体力的にキツイものがある。最近の発見は、車両の先頭座席の窓際をとるのがいいかも、ということだ。足を思い切り放り出してもいいので姿勢も楽だし、テーブルが大きくて、N700系はもちろん700系でも電源がついているので、PCを開いてカタカタ打ち込んだりしているうちに、あっという間に京都に着く。そしてポイントを貯めて、ときどきタダでグリーン車にアップグレードしてくつろぐ。もちろん早得ICでひかりのグリーン車にするのも悪くない。新大阪止まりののぞみだと結構座席に余裕があることが多く、隣のシートも占拠できたときには、肘掛を上げてさらにゆったりと座って帰る。

 以上、行きのグリーン車でもらった「ひととき」を読みながら。

「クリックで救える命がある。」
http://www.dff.jp/
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