インビクタス  世の中のはなし

 今日は映画が1000円の日なので、イーストウッド監督の最新作「インビクタス」を観てきました。
 アパルトヘイトのことを知らないと「?」というセリフが多くて、それがなければよくできた熱血スポーツ感動ドラマ、なんだろうな。
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内弁慶  世の中のはなし

 報道番組で、池袋のビックカメラとヤマダ電機とさくらやとをいったり来たりしながら、値切り交渉をする客を取り上げていた。競合相手が出してきた値段や価格比較サイトで出た最安値をちらつかせながら、店員にねじ込んでいく様子が放映されており、全店閉店するさくらやはぜんぜん相手になっていなくて、そりゃつぶれるはずだ。もちろん自分が買いに行ったときも、多かれ少なかれそういう行動をとるので、他人のことは言えないけれど、なんとも釈然としないのはなぜか。
 おそらく、この商取引の背後に、商道徳が見えなかったからではないのだろうか。この国には、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という「三方よし」という、近江商人の経営理念がある。どうも、この価格競争に参戦する売り手にも買い手にも、その感覚がうかがえないのが、薄気味悪かったのだと思われる。本来、売り手も買い手も対等なのであって、店員は消費者様の下僕ではない。お客様が神様になったのは、松下がジャブジャブ生産し、ダイエーが価格破壊で売りまくるようになったからであって、人間社会の歴史の中できわめて異常なことなのだと思う。
 ふと、関空の出国ゲートで手荷物検査する係官にえらそうに食ってかかっていたおっちゃんが、ドバイでは借りてきた猫のようになって唯々諾々と係官の指示に従っていた光景を思い出した。もちろん、ふんぞり返った店員に売っていただくよりはありがたい商慣行だとは思うが、日本のこうした強気の消費者が、たとえば中東のバザールでチャイを飲みながら値段交渉できるのかなぁ、と思うと、あまりそういうふうには思えない。
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新聞・テレビの次  世の中のはなし

 中3の公民の授業の冒頭では、その日のInternational Herald Tribuneの1面記事を紹介するようにしている。日本のメディアが取り上げないことでも、世界ではこういうことが起きている、という話をするためである。NIE(教育に新聞を!)で各紙の1面を読み比べて紙面づくりの違いを論じさせるという授業実践が推奨されているが、それってコカコーラとペプシコーラが違うよね、という程度にしか思えない。
 さて、「もちろん1面は、ハイチの地震です〜」と紹介すると、「え、何それ!?」という生徒が現れる。「お前、そんなんも知らんのか」「ニュース見ろや」と突っ込みが入る。
 「ニュース見てへんもん」
 「おまえゲームするとき、ネットで見るやろ」
 「お気に入りから直接行くから、知らんねん」
 「ポータルサイトくらいリンクしとけや」と生徒どうしの突っ込みは容赦ない。
 世の中にはこういう人はきっと少なくないのだろう。また、新聞テレビのニュースは見なくても、Yahoo!やmixiのトップページからしかニュースを見ないという人は、かなりの人数がいるのではなかろうか。だから、いくら新聞やテレビのニュースがいろいろと紙面構成をがんばってキャンペーンを張ろうとしても、それがポータルサイトの次々と更新される1行ニュースに並ばなければ、こうしたターゲットにはどうやったって届かないのだろう。
 少し次の時代を見た気がした、そんな10分間だった。
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象は鼻が長い。私はうなぎ。  世の中のはなし

 来週提出の修士論文のチェックを頼まれて手伝う。「てにをは」だとか句読点の場所だとか、接続詞の使い方だとか、人それぞれに好みがあるので、最低限ねじれているところを指摘するにとどめる。
 そういえば、ヘンなガイジンごっこじゃないけれど、「ワタシ、コレ、タベマス」みたいなことを言ったって、それでも意味は通じるわけで、エレガントな日本語でなくてよければ、「てにをは」は誤用すると間違いだけれど、抜けていてもいいのかもしれない。
 中国で英語教育が普及して、仮に中国の英語人口が5億人になったとしたら、イギリスとアメリカの総人口を上回って、インドとともに世界最大の英語人口を抱えることになる。そのときには、活用だとか前置詞とか、日本の学校の生徒たちがテストで四苦八苦していることが、エレガントさを求めなければどっちだっていいことになってしまうのかな。


 キップを手配しに旅行会社へ。ネット販売が増えてきたことで、各社とも窓口業務を縮小する傾向にあるらしい。
 インターネットと宅配便、さらにコンビニの普及は、市場における「場所」と「時間」というコストを一気に小さくした。それだけに市場メカニズムの前提の1つである「一物一価の法則」が成立しやすくなったということだ。
 人件費が底を抜けて下がり続けることで、価格の下方硬直性も小さくなった。「市場の限界」は限界とはいえなくなり、いよいよ市場メカニズムは世界を席巻する。


宮本輝『骸骨ビルの庭(上・下)』読了。
 あるひとりの菩薩の物語。「戦後文学」であり、「戦後」の文学である。
「自分のことを考えての苦労やから、苦労と感じるのやないのか?」(下巻166頁)
「お前たちがまっすぐに成長し、自分の道をみつけ、その道でそれぞれの花を咲かせるようになったときに、ぼくと泰蔵は初めて立派な親になれるのだ。この言葉の意味は、いまはよくわからないだろうが、とても大切なことだから、忘れないようにしなさい。以上でぼくの話は終わりだ。」(下巻173頁)
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フィギュアのオリンピック代表選手は6人ではありません。  世の中のはなし

 定期考査、採点、高3補習、近畿私学引率と、一気にこなした2週間であったもので、思った以上に疲れていたみたいで、今日もぐったりとして過ごす。
 テレビも新聞も、フィギュアスケート日本代表が決まったので大騒ぎしている。特に女子については稀に見る大激戦であったので、興奮するのもわからなくはない。
 でも、フィギュア日本代表には、アイスダンスのリード兄妹もいるのだから、シングルの選手だけが日本代表みたいな扱いはおかしいんじゃないのかな・・・
 ・・・と思っていたら、朝の「とくダネ!」にきっちり8人そろって登場していたので、どんなこと話すかなぁと期待して待っていたら、リード兄妹は「オリンピックに出られてうれしいです」の一言で強制終了させられた。
 失礼な話である
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「子連れ狼」を増やそう。  世の中のはなし

 大学時代のサークルの仲間の飲み会があって参加したときの話。
 都合がついたのは男ばかり5人だったのだが(正確には、2歳の男の子が1人いたので6人)、おもしろいもので「完全二馬力」ファミリーばかりであった。育休だとか時短とかについては、バリバリ働く奥さんが公務員と一部上場企業なもので、育児システムは非常に手厚い。
 大学時代にもうひとつサークルに所属していたが、そちらの方はまったく逆で、ほぼ専業主婦率100%。だから育児休業制度必要なし。
 バリバリ働く男たちの圧倒的多数が後者なのだから、そりゃ、子育て支援とかいってもなんだか実感のない職場の雰囲気になるんだろうし、また、現在の育児休業制度は大企業に勤める女性しか実際には適用されないような代物だということは、当然にその対象には社会階層の上での大きな偏りが出ることになる。
 まぁ、頭で考えるよりも、目の前の2歳児が「にく〜、にく〜」とお父ちゃんにおねだりする姿を見るに、子どもが暮らしやすい社会は、きっとみんなにとって優しい社会だと、理屈抜きでそう思う。
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日本の失業率  世の中のはなし

 日本の失業率が長らく低かったのは、女性が専業主婦になって労働市場に出てこなかったからという説がある。なぜならば、失業率の計算方法は、「仕事を探している人」を「働く意志のある人」で割って計算するから、「専業主婦なので働く意思がなく、仕事も探していない」という人だとか、「仕事を探したけれどあきらめて、結婚して主婦になろうと思う」という人は、失業率の計算には登場しないかららしい。
 失業率が低く現れるこうした構造を支えていたのは、夫婦の性役割分担という家族規範に加え、そうする方が有利になる税制や社会保障制度であった。
 だから、失業率を引き下げたければ、扶養控除の条件を今よりも緩和したり支給を手厚くして、専業主婦/主夫をもっと優遇すればいいのだ。是非はともかく、頭の体操をすれば、そうなる。
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差がつかないテスト  世の中のはなし

 テストを難しくするか、簡単なテストにするか、それとも提出物の点数を高くするか、いったいどれがいちばん「脱落者」を少なくできるだろうか。
 答えは、テストを難しくして、平均点を大きく押し下げ、一握りの上位者と大量の下位層をつくることである。簡単なテストにして平均点が高くなると、中上位層が分厚くなり、できない生徒がますます集団から引き離されるので目立ってしまう。提出物を基準とすると、成績上位の生徒はたいてい提出物をきっちり出し、成績下位の生徒は提出物の提出率も芳しくないことが多いので、むしろ成績の上位と下位との差は拡大してしまい、レポート課題は成績の上位と下位との差をますます拡大させる結果になることが多い。
 何をやったところで差はつくのだから、どのような格差ならば納得できるかという価値判断の問題になってしまう。「みんなが圧倒的に貧しかった時代の方がよかった」みたいな話になるのも、同じようなことだろうか。
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1ドル=70円  世の中のはなし

 円高を勘案してドル建てで計算すれば、日本の株価はそれなりに回復しているらしい。1ドルは70円台に突入しても不思議ではなく、むしろ110円台とかいうのが異常な円安だったという論考を聞いて、それもそうかも、と思う。
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競争的研究資金  世の中のはなし

 現職教員対象の「科研費奨励研究」に応募してみました。もらえるといろんなことが遠慮なくできるようになるので、ぜひとももらいたい補助金です。
 採択率は20%、さらに予算削減の折から、さてさてどうなることやら。
 まぁ、ぼくは本業があるから気楽といえば気楽です。
 これを取れないと研究ができない、あるいはこれを取らないと生活できないという人は、山ほどいるはずだし、何千万の研究資金を動かすラボの教授たちにとっては死活問題なんでしょうね。
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「知る権利」とは、誰が何を知る権利であるのか。  世の中のはなし

「臍で茶を沸かす」
 おかしくてたまらないこと、また、ばかばかしくてしようがないこと。(大辞泉)


 テレビを見ていると、某局の解説委員長さんが、松戸女子大生殺人報道について、いろいろと言い訳をしていた。
 どうやら彼女は実は、不法侵入してきた見知らぬ男に殺されたらしいのだが、これまでの報道では彼女が水商売をしていたり、男性関係がいろいろあったことをさんざん報じられて、メディアによる二次被害が発生していた。これについてキャスター氏は「国民の知る権利を守るために、知りえた情報は報道するのがメディアの責務だ」とのたまう。
 何をおっしゃる。
 圧倒的な差のある国家権力と一個人との関係性において、個人が国家と対峙する最後の拠り所として「基本的人権」があるわけで、その対象は国家権力あるいは社会権力に対して向けられるべきものである。大衆の野次馬根性を満たすことが「メディアによる国民の知る権利への奉仕」などでは決してない。
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事業仕分けに思う。  世の中のはなし

 行政刷新会議に「事業仕分け」が連日注目を集めていて、「ムダ遣い」判定された事業の関係者からいろいろな声が寄せられているが、本当にムダなのかどうかはともかく、必要性あるいは意義について大いにアピールする場というのはあっていいのではないかと思う。
 仕分け作業の過程では、1時間の時間内で「これだけの事業に対してこれだけの予算が必要だ」ということを、衆人環視の中でアピールしなければならないわけで、要するに、日本の官僚(を育てた日本の学校教育)が、こうした「人前でのプレゼン能力」を大切にしてこなかったことの証左ではなかろうか、とも思えてくる。
 先日の「読書シンポ」の際にも司会の先生と話していたのだが、日本の国語教育では「書かせる」まではやっているが「人前で発表する」ことはやっていない。「アメリカでは小学生でもできることが、日本では大学生になってもできないのですよ」とのことだった。たしかにアメリカでは、政治家の演説も、MVPをとった野球選手のスピーチも、同じように味がある。
 人前で話すためには、聞き手の側の「聴く態度」とがセットでなければならない。これは突き詰めていけば、異質な他者の存在と権利を受容し共存をめざす思想につながる。それは、政治教育であり民主主義教育であり平和教育であり人権教育である。
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日本国憲法第1条  世の中のはなし

 今日が今上天皇の即位20周年の日だということを、右翼の街宣車を見て思い出した。祝日になるという話だったが、解散総選挙で吹き飛んでしまったらしい。祝賀を強制されるのはどうかと思うし、何より陛下ご自身が望まれないことだろうと思うのだが、万歳三唱はしませんが、おめでとうございます。
 昨日の記者会見で、陛下は「むしろ心配なのは次第に過去の歴史が忘れられていくのではないかということです」「昭和の60有余年は私どもにさまざまな教訓を与えてくれます。過去の歴史的事実を十分に知って未来に備えることが大切と思います」という考え方を示されたそうだ(毎日新聞より)。天皇が日本国と国民統合の象徴であるのならば、今上天皇はまさに、世界平和と人権尊重と護憲の象徴だとつくづく思うし、だから日本とはそのような国であるのだ。

日本国憲法
第1条
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」
第99条
「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」



 ユニクロのヒートテックが大ブームである。半そでが1000円、長袖が1500円。
 イズミヤも同じようなのを売り出した。オール980円。
 ジャスコでも負けじと同じようなのを売っていた。特別価格で、半そで580円、長袖980円。
 3つとも買って着比べてみた。どれもあったかい
 フリースも同じようのが安売り競争になっていた。ダウンが1着欲しいのだが、もうすぐまた安いのが出てきそうな気がするので待とうかと思う。こうして現金を持っていることがどんどん有利になっていく。まさに底なしのデフレである。
 

 4月から10月までの図書館の貸出冊数が、6000冊を超えた。去年1年間でも8000冊だったので、今年はすさまじいペースである。本を書架に戻すのが追いつかず、手に取った本を適当なところに置いて出て行くので書架の乱れも目立っている。利用者がいないよりはいた方がいいが、そのための対応がとりきれていないのが現実だ。
 図書館予算もハイペースで消化し、年間予算の7割以上をすでに消化してしまった。残る5ヶ月は最低限の本を買って過ごすことになりそうだ。とはいっても、まだ100万円残っていると考えると、公立高校の年間予算並みにあるわけである。返す返すも、図書館予算に関しては公立は大変だと思う。
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洋上の奇跡  世の中のはなし

 八丈島近海で転覆した漁船の乗組員3人が、90時間130キロの漂流の末に奇跡的に救助された。偶然冷蔵庫が倒れて船内に閉じ込められてしまったので、船底付近にできたスペースに板を敷いて横になって、ずっと救出を待っていたそうだ。
 江戸時代には、遠州灘沖で遭難した輸送船の乗組員が、1年半後に太平洋沖で救助された記録が残されている(『船長(ふなおさ)日記』)。ロシアに漂着しエカチェリーナ2世に謁見した大黒屋光太夫も、モリソン号に乗って日本に戻ろうとした山本音吉も、太平洋上の奇跡の物語である。
 フランクル『夜と霧』を思い出す。極限状態にあって、人が生きることができるのは、生への希望によってであり、自分を必要とする「誰か」「何か」があるからである。
 ともあれ、ほんとうによかった。
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給料の話  世の中のはなし

 先日、厚労省が日本の「相対的貧困率」(2007年)を発表し、所得が中央値の半分である114万円以下の国民が15.7%であることがわかった。2003年の数値よりも上昇しているらしい。

 2008年の民間企業の給与所得者の平均給与は429.6万円で、前年を7.6万円下回ったそうだ。300万円以下が1820万人(40%)と2005年比で130万人の増加を示す一方で、1000万円以上も224万人(5%)と9万人増加したとのこと(国税庁民間給与実態統計調査)。
 世帯所得で考えると、2007年の1世帯あたりの平均所得は556.2万円(厚労省国民生活基礎調査)。いちばん高かった1994年には664.2万円だったらしいので、15%以上下落したことになる。中央値は458万円。200万円以下の世帯は18.5%、300万円以下では37.4%になる。一方、1000万円以上の世帯は12.8%、1500万円以上は3.9%。

 日本経団連の調査によれば、この冬のボーナスは16%減なんだそうで、ますます財布のヒモが固くなる。法人所得も大きく減少し、税収は悪化。当然税収不足分は赤字国債の発行に頼らざるを得ず、来年度の国債依存度は50%を超えることになるだろう。まさにデフレ・スパイラル。

 大阪府は、不況の影響や公立高校無償化により公立高校への志願者が増加し、公立に不合格となっても経済的に私立高校に通えない生徒が出ることを懸念し、
 @低所得世帯の私立高校生の授業料を府が支出する。
 A経営の順調な私立高校への助成金を削減する。
 B公立高校の定員を増やす。
という方針を固めたそうだ。
 おそらく他の自治体もこのような方針で動くことであろう。私学はますますしんどくなる。
 
 公務員の冬のボーナスも軒並みカットとなっている。橋下流に言えば赤字企業なんだから当然、ということになるのだろうが、公務員が給与を上げるためには、税収を増やすためにいろいろな政策を実施して経済を活性化させるしかないということだろうか。なんとも迂遠な話だ。
 私立高校でも、生徒募集に苦労している学校では、ボーナスカットや給与引き下げが進んでいる。ボーナスなし、年収半減、という学校もある。その一方で、経営順調な某学校法人でもボーナスカットを断行し、訴訟にまでなってしまった(浮いた金が理事の退職金に回されていたらしいから、そりゃ教職員が激怒するはずだ)。
 そもそも、私学の経営は基本的に赤字体質(儲けを出さない。少しでも経営に余裕が出たらせっせと貯金する)であるのだし、定員を超過して生徒を集められない以上、人件費をカットするか、授業料を値上げするかしかないのだから、後者が難しい以上、前者しか手はない。
 となると、生徒募集に失敗しても成功しても、どうやったって給料は下がる。
 全体としてではなく個人レベルでの給与引き上げの可能性を残すならば、基本給を切り下げて、さまざまな手当てを上積みするという給与体系にシフトして、限られた人件費の中での給料の再分配をするしかない。
 あまり元気の出ない話。


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