ベルルスコニーイズモの終焉か?
5月15・16日、2011年の全国統一地方選挙が実施された。
選挙民は約1300万人、改選は11県議会・県知事と大都市ミラノ、トリノ、ボロニャー、ナポリ市を含む30の県都市、人口15000人以下の町村の首長と議会であった。選挙結果は投票率が71%を超え、大方の予想に反してトリノ市を中心に中道左派の大勝利をもたらした。詳細は5県で中道左派が、4県で右派が勝利。一方、改選30の市長・市議会では13県都で中道左派が勝利を納め、4市が右派の勝利。2県とミラノ、ナポリを含む13県都が2週間後の決戦投票に持ち込まれた。
注目を集めたミラノ市では左派候補が予想外の得票48,04%を得て、現職の右派候補を6,46%も引き離し、10数年ぶりに左派の市長と市議会が誕生しそうだ。また、曰く付きの首相の豪邸別荘が在るサルデニアの地元オルビア市でも左派市長が誕生した。
著名な企業家のデ・ベネデッテイ氏は“ベルルスコーニ的政治はミラノで生まれ、ミラノで死んだ”と評した。事実、“自由人民“彼への記名得票は50%も下げた。最大野党民主党のベルサーニ書記長は“ベルルスコーニは家に帰れ、政局の危機は総選挙が解決策で次の首相候補は私自身だ”と言っている。
ベルルスコーニは言葉もなく、ボッシの復讐と首相の座を外される怖れに怯えている。北部同盟の党首ボッシは敗北原因がベルルスコーニに引きつられて下げた。彼との協労は次の決選投票まで、と時間を切った。
4大市の3大政党選挙結果を表にすると以下の通り( )内は昨年の州選挙結果
ミラノ トリノ ボローニャ ナポリ
民主党 28,6(26,3) 34,7(25,1) 39,0(41,0) 18,2(25,4)
自由人民 28,7(36,0) 18,3(21,8) 16,6(25,1) 23,8(33,8)
北部同盟 9,6(14,5) 24,1(26,7) 6,8(10,1) 10,7(8,6)
昨年の州選挙から1年間に右派系は地滑り的な凋落ぶりである。
その原因は国政の私物化でありモラル問題が自ら墓穴を掘った。
1994年ベルルスコーニ政権誕生後は
”第2共和国制“と呼ばれるが憲法を制定した当時の制憲政党が消滅、現憲法の改憲が右派から揺すぶられている。政界の浄化を謳ったはずの中道右派政権は未だに政界の構造的汚職の体質に手を付けず、金権政治のベルルスコーニ政 権は司法と敵対し世論の批判を高めている。
事実、1996年5月逮捕されたマーフィア大ボスはベルルスコーニの企業から月額6億リラの上納金を受け取っていたと、法廷で証言している。
昨年4月に開かれた与党「自由国民」の党大会で、
首相と下院議長が怒鳴り合いを演じ党は決裂、フィーニ下院議長は新党FLIを立ち上げた。首相は安定的国会運営が怪しくなると国会議員を現金や地位ポストで釣り上げて辛うじて上下両院で多数を維持している。
経済危機が生んだ200万人を超える失業者市民
国家中央統計局によればこの10年間に国民一人当たり5500ユーロの減収に陥って、租税の負担割合が43%(対GDP)に上昇、貧富の差は拡大し、ジニ係数は0,35に迫っている。首相の経済運営を厳しく批判するのは野党や労働界に止まらず経団連の女性会長も<もう少し、政府が出来ることがあるはずだ。。>と批判した。
市民側・勤労者の激しい抵抗
最大労組CGILイタリア労働総同盟(550万)が昨年から今年の春までに単独で2回のゼネストを決行、政府に対して雇用安定と促進を求めて経済政策の転換を要求し、5月6日にはローマ、ジェノヴァ、トリノ市を含む全国130の広場で集会を開き参加率は58%で国の半分以上がゼネストの影響を受けた。FIATグループでは50−70%、国家公務員は13,28%のスト参加となった。
100万の女性がベルルスコーニ首相に辞任を求める一斉全国集会
ミラノ地裁は首相を未成年者買春罪と職権乱用罪で起訴、
女性たちは「首相だから何をやってもいいということではない。国の指導者 だからこそ、私生活においても自由には限度がある」と、今年2月13日、全国で首相辞任を要求した。大富豪家・首相の不倫騒動は離婚した夫人に毎月30万ユーロもの慰謝料を支払っている。この金額は事務職員標準月給の150人分に相当する。
決選投票は2大政党(民主党と自由人民)に挟まれた第三党が鍵
教会系UDC,旧国民同盟Fli,はミラノとトリノで5,5-5%を得票した。
ベルルスコニーと民主党を嫌う市民運動系の5星運動ではそれぞれ3,3-5%得票従って、決選投票ではこれらの第三党がキャスチンボードを握っている。
現在の2大政党の候補者がどの第三党と組むかによって新市長・議会が決まる。
もう一つの注目はゴミの問題を抱えているナポリ市長・市議選である。
現職中道左派市長の引退にともなって、後任に民主党から出た中道左派候補者が左派(IDV,市民運動、左翼連合、その他)推薦の元検事のデ・マジストリス(IDV選出の欧州議員)に負けた。決選投票は右派と左派デ・マジストリスの一騎打ちとなった。彼は自分の道を進み民主党にはアッピールしない、と言っている
しかし、ゴミ問題のナポリでは棄権者が約40%を超し、62000人に達した。
今でもゴミの山に埋もれた市民の行政への信頼回復には行政の有言実行が求められている。ベルルスコーニの時代は終わりを告げたと、最大野党の民主党は
”イタリアのチェンジは北から始まる” 言うが。。。。。
本当にイタリアの風向きが変わるのか!
結局、”ベルルスコニーイズモ”とは国益より私欲・私益が招いた金権による国政の私物化であったとと言えまいか?

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