先日の日曜日、夢お花畑の土壌改良の資材散布を終やしたあと、改良の済んだ山の新道(
運動公園の野田側外縁部、これまで木ノ下農道などと唱えていた道)に廻ってみた。この先に野田ダムがある。
ダムの手前、まだ舗装されない砂利道の傍らで 写生をしている方を見かけた。
顔見知りの東川口のHさんだったので、お許しをいただいてスナップする。
そして、しばらく話し込みました。
絵のことは全く分からない三郎次です。キャンパスいっぱいを茶色で塗りつぶしている。視線は魚野川の向こうの男山です。10.23地震で崩れた山肌の風景を写そうとしていることが分かる。
まだ緑のよみがえらない春の山は、地震の傷跡のせいだけでなくとも、やはり侘しい感じがしていた。
ところが、春は爆発である。それから2〜3日、男山の稜線にうす緑がさしてきた。
今日見ると、濃さを増しているブナの緑のすき間に、コブシの白い花が、気持ちのよいアクセントになっている。
Hさんは一回の写生で、絵を仕上げるのではないと云われていた。次回は下絵の上に色を重ねてゆくのだと言う。その二回目が何日なのか知らないが、仕上げのときには、春の緑に白いコブシの花が冴えて、華やかな魚沼の春が画かれているに違いない。爆発する春が。
そのHさんのお話、ここ(
中山)は写生によいポイントが幾つもあるとのこと。町外の絵の仲間からは、良いところに住んでいるのだね、と羨ましがられるのだそうである。川口の風景は変化に富んでいるから、絵を描くに さま ≠ノなるのだと言われるのです。
絵には全くの素人で分からない三郎次が、余計な口を挟むことになる。風景が変化に富んでいることは、そこに住む人たちの暮しも変化に富むのではないかと。絵に写すことが面白いことは、川口の歴史とか、文化にもきっと面白いことが沢山あるに違いないと思えてきたのです。
今日の町の窮状を、ただ財政面からだけで追っているのは少しも面白くない。川口の持つ多様な姿、地域の意味を多面からとらえることが出来るなら、面白いふるさとが見えてくるのではないかと、Hさんとの会話でした。
ふるさと夢つくりの会も、夢花畑のことも、ふるさとの多様な意味を探りたしかめる活動です。地域の意味を内面に深めることなくしては、外との交流にだけこだわっても大きな意味は見出せないと・・・、花畑の土壌改良の作業の帰りの気持ちでした。

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