2006/9/26

ジュニアの顔  
合同チームの名前が決まった。『朋友』である。友達・仲間・師を同じくする同胞というような意味だ。リーダーの「拓馬」が発想した。更に彼にはケガで出場できないメンバーの名前の一部も加味してのことという。「拓馬」にしてはよくやっただ。(失礼)さすがこのチームのリーダーだ。彼は、少しづつ少しづついいリーダーに変身してきた。何をやったら良いのだろうか?どうしたら良いのだろうかと彼なりに考えてきている。周りから言われるのではなく自分でそういう気持ちになってきているようだ。いいリーダーが誕生した。
 入会してきた頃は、彼は暗い子だった。突然、感情をむき出しにすることもあった。チームリーダーをこなせるような子ではなかった。それが今ではみんなの気持ちを大切にして雰囲気を盛り上げようとしている。学校にアルバイトに、太鼓にと身体も疲れるだろうが良く頑張っている。たのもしい良い男になった。大締めを打つ姿も絵になってきた。こいつはどうなるかなと思っていたが、この一年ですばらしい打ち手になった。
 ジュニア最後の年の彼が、合同チームの顔になって華を咲かせてやりたいものだ。
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2006/9/21

市町村合併で得たもの  
 市町村合併して、市の和太鼓連絡協議会に加盟した。今までの他に新しい発表の場が増えることとなった。新たな発表の場はメンバーに更に意欲をもたらしたようだ。祭りの後の練習も意欲的である。
 市町村合併によって、地域の文化活動が低迷しだした。助成金のカット、練習会場費が活動にズシリと負担となったからだ。練習会場費の負担は、様々な文化活働を休止に追い込んだ。私達が使っている会場もガラガラの状態だ。私達の活動も同じである。負担はそのまま会費の値上がりへとならざるを得ない。
 合併して励ましの言葉を随分と受けるようになった。『太鼓だけは頑張ってくれ』『太鼓だけはつづけてくれ』そんな言葉はメンバー達にすごい意欲をもたらしているようだ。地域の人たちの励ましが子供達の意欲を生み出した。その意欲はそのまま技術の進歩にもなっている。この一年でメンバーの太鼓はすごい変化をした。自信にみなぎる太鼓は見てくれている観衆が一番受け止めてくれる。その評価の言葉はまた彼らの意欲を増し更によい方向にむかっていってくれる。
 合併して子供達のモチベーションが失うのではないかと心配していた。しかし逆だった。『栗沢の太鼓よかったよ』という言葉を随分もらった。子供達は自信にみなぎっている。岩見沢の中での栗沢太鼓の存在感を存分に子供達は出してくれている。一つの地域の太鼓が岩見沢市の太鼓へと羽ばたきたい。
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2006/9/12

海外へのきっかけ  
 私達の太鼓は一時低迷していた。その解決に結びついたのは、発想の変化であった。発足した頃、わが町に太鼓ブームが起きた。そして出演も次から次へと舞い込んできた。結婚式や各種の祝賀会、祭りやイベントと忙しいくらいに奔走した。大した実力も無いのに私達は有頂天となり鼻も高くなっていった。数年後ジュニアの部を立ち上げ子供達も何人も入会していた。その頃の出演は、依頼されての出演だけだった。依頼があって初めて出演となる。そういう状態であった。太鼓の物珍しさが消え、経済が低迷すると出演の機会はめっきりと減っていく。そして練習会場の問題もおき、会場も3つ目の移動で街からはなれた場所に移動した。自分の車で移動できる大人たちは多少遠くても問題はないが子供達には問題となったのだろう。徐々にメンバーも減っていった。定期練習も集まりが悪く活力も無くなっていった。
 活力のある太鼓チームを目指して試行錯誤が続くことになる。ある車の事故をきっかけに、練習会場を本町地区に移動できることになる。これによって太鼓をやりたくても会場が遠くでこれなかった子供達が入会してきた。
 駅前で毎年開催されていた盆踊りが中止となた。盆踊りは『農業祭』だけになってしまった。その盆踊りも予算削減で毎年縮小されていき寂しくなっていった。それまでは依頼されての太鼓出演であった。盆踊りも依頼されての太鼓であった。受動態の活動であった。私達は私達が満足するような大規模な盆踊りになるようにと考え方を変え、主催者の道に向かっていくことになる。活動は、能動態へと変わっていく。
 活動は、活発化されていく。子供達も活力のある活動に引きづられるように活力のある太鼓へと変わっていく。そしてメンバーも増えていった。
 事業に施設慰問を加え、老人ホームや施設を訪問した。現在はすみれ幼稚園の運動会に出かけている。
 ただ受身だった頃のチームは、鼻を高くして活力をなくしていった。積極的に働きかけていったチームは、活力を増し勢いのあるチームへと変身し更には勢いのいい太鼓へと変えていった。
 その勢いは海外へと繋がっていった。今まで死んでしまっていた曲が復活し、大きな夢が出現し大きな結果へとなっていった。
 その夢のつづきはさらにつづく・・・。
 
 
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2006/9/5

「姉妹都市公演で得たもの2」  
 キャンビー公演は、私達に多くの財産を残した。今年の1月、二回目の海外公演「ハワイ公演」を行えたのも「キャンビー公演」を経験したノウハウがあってのことだ。前回無理して「ハワイ」を回ってきた事も大きい。前回お世話になった旅行代理店も精力的に演奏会場をさがしてくれたし安価な旅費設定もしてくれた。通訳のNさんもボランティアで協力してくれた。ましてや気持が楽だった。
 メンバーたちは、現実の目標にたちむかわなくてはならない状態となった。力も入り気持ちも盛り上がっていった。目標はでかければでかいほど真剣さが増すものだ。前回に経験していることが、初めて参加するメンバーの気持ちを盛り上げる効果にもなっていった。経験者は、もうリーダーである。そして、2回目の経験はいいリーダーを作る力にもなっている。
 千歳から成田、成田からサンフランシスコ、サンフランシスコからポートランドへ。日付け変更線を越えての22時間に及ぶ移動は大変だった。その翌日に、2会場の太鼓公演である。身体にも気持ちにもハードな試練だ。姉妹都市ともなると太鼓だけでないいろいろな催し事もある。気持ちはいつも緊張である。そんな中での太鼓披露は、子供たちには大変な出来事だったろう。いつもの練習とは違い、手を抜くことも無い。絶えず全力である。
 この僅か6泊8日の太鼓ツアーは、子供たちの精神を鍛え想像以上の太鼓技術をアップさせた。それは帰りに寄っての「ハワイ公演」で変化していた。驚くほどに・・・。
帰国しての連盟発表会は、その勢いを明白に現していた。大きな経験は、自信と技術を見る間に飛躍していた。
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2006/9/1

岩見沢和太鼓連絡協に加盟  
 合併して、岩見沢市にある和太鼓連絡協議会に加盟した。空知太鼓連盟などで大体は付き合いのある団体ばかりなのではある。幼稚園の太鼓チームが2チーム、施設の団体も加盟していて、今までとは違う顔ぶれとのつきあいがふえる。にぎやかになりそうだ。新たな演奏の機会も増えるし、メンバーにとっては目新しく頑張る機会も増えていいことだろう。
 昨年までは栗沢の中でのイベントが、これからは岩見沢市でのいろいろなイベントにも出演する機会が増えていきそうである。楽しみである。
 メンバーには、更に頑張って腕を上げて「栗沢太鼓」の本領を発揮し、岩見沢の中での「栗沢太鼓」の存在感をアピールして暴れまわってほしいものだ。彼らならやってくれると思う。
 まずは、17日の「百餅祭り」である。11月には発表会も予定している。目標がまた増えた。
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