2006/11/28

要望  
 昨日、「朋友」チームの打ち上げを行った。総勢40数名。父兄の何名かも参加してくれてイートアップの半分のスペースを占拠した。一週間ぶりにあった2チームのメンバーははしゃぎにはしゃいだ。半年前の状況とは雲泥の差だ。こんな状況になろうとは想像すら出来なかった。
 チームをまとめるのに躍起となった班長の拓馬と副班長の利彰、修学旅行以外休まなかった智洋、入試優先と言いながら率先して練習に来た博、合同チーム絶対反対だった未来はこれからも継続してほしいと言い出した。智洋と組んだ悠太は一度も愚痴を言わなかった。斜め台はきつかったろう。幌向流と言い張った萌子は素晴らしいセンターに成長した。反旗をひるがえしたしおりは明るい子に変身した。怪我をした春菜を全国で打たせてやりたかった。突然の配置換えにも小言一つ言わなかった亜莉沙、きつかったろう。小締の中心のありすはリズムをリードしてくれた。泣きべそだった有紗はもう一人前だ。突然に小締に入った育美は立派にこなした。修平と大貴のコンビは会場を沸かせた。練習も疲れたろうがよく頑張ってくれた。最年少の佳那は、鐘のリズムを崩さなかった。サブの義樹・一歩・雄斗・風鈴は不満一つ言わず休んだメンバーの代わりを務めそして練習を盛り上げてくれた。
 「朋友」チームは昨日解散した。しかし、メンバー全員から要望があった。「朋友」チームの継続である。みんなの気持ちはうれしい。しかし、このプロジェクトは今回限りのものだ。この状況を更に継続することはみんなの負担が大きすぎると思う。子供達は学校が一番でならなければならない。小学生が夜の10時まで太鼓の練習をするというのは常識を外れている。勉強や部活にも影響が出る。互いの練習会場を往復し更には自分のチーム練習となると互いのチームにも負担となる。
 しかし、子供達の気持ちは尊重したいと思う。何とか定期的に合同で練習して、また機会があれば「朋友」チームの「空知の大地」を演奏できればと考えている。二つの兄弟チームは本当の兄弟のようになった。それはこれからも変わらずにつづけて行こう。
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2006/11/20

「朋友」準優勝!  
 全国大会を目指した「朋友」チームは、残念ながら準優勝で終わりました。無念でなりません。私の気持ちは全国制覇でした。この予選を突破したら全国ではかなりいい結果を残せると思っていました。この道西支部の予選が大きな難関だと思っていました。残念です。高校生を中心にしたチームに力でねじ伏せられたという感じです。
 春からの練習で二つのチームのメンバーは幾度も葛藤し苦しみ続けてきました。お互いに自分のチームへの愛着心を持っていました。お互いにプライドもあったはずです。その気持ちは大切です。しかし、その気持ちを持ち続けていたら次への大きな一歩が踏み出せないのです。その一歩をいつ踏み出せるかがこのチームの生き死にだと思っていました。それは随分の時間を要しました。その間には何度も駄目かと思いました。苦しい時間でした。・・・それを助けてくれたのは私を信じてくれていた低学年の子供達です。その笑顔に何度も何度も励まされました。私がこのチームをあきらめる事はこのチームを失うことだけではなく、これからの二つの太鼓チームに大きな汚点を残す事となったでしょう。子供達に夢をあたえず、大きな傷を心に負わせたでしょう。
 このチームが一つになったのはコンクールのほんの僅か前のことです。一人のケガをした人が出たことがきっかけだったと思います。不満と感情が吹き出ました。溜まったわだかまりがこのことをきっかけになくなったと思います。そして一つ皆が大人になったことだと思います。それからの皆は本当に朋友の中となりました。お互いを思いやる気持ちが生れたと思います。それは長い長い待ちに待った大きな一歩でした。この子達なら何かやってくれるそんな気持ちになれました。
 本番は舞台の袖で見ていました。みんなは生き生きしていました。足を地面に踏ん張り、腕がこんなに長いかのように伸び、太鼓は大きく響き、声は会場を一蹴しました。観衆は皆に見入ってました。それに答えるかのように皆は更に気持ちを深めていきました。演奏が終わったその時、会場は割れんばかりの歓声にあふれていました。私は腕や足に電流が走ったかのような身震いを感じました。こんな感情は久しくなかったことです。会場にいた全員がその感情を味わったと思います。
 演奏の後、その満足感で皆は目に涙を浮かべ気持ちを高ぶらせていました。そして涙が笑顔に変わっていきました。もう順位はいいと思いました。この子達にこの快感を与えられたことでこのチームのプロジェクトは成功だったと確信しています。
 素晴らしい準優勝です。
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2006/11/16

全国大会  
 昭和60年(1985)、第13回北海道青年祭の郷土芸能の部に出場した。見事最優秀賞を受賞して全国青年大会に出場した。くしくも今回のJrコンクールと同じ会場の文化センターである。縁起がいいことを祈る。
 全国大会は、東京で行われた。開会式は国立競技場、郷土芸能の部の会場は日本青年館。その他にも青年大会全出場者(約8,000名)が集まった東京体育館での交換会や明治神宮外苑で開催された全国物産展などにも出演した。
 印象深かったのは、本番の出演よりも8、000名の前での交換会での出演だった。いまだかつてこんな人数の前での出演は栗沢太鼓ではないだろう。メンバー達はコチコチの状態だった。なつかしい思い出である。
 石川県を代表して出場した「御陣乗太鼓」は、私の太鼓への考え方を変えるものだった。全国からはお囃子や神楽など先祖伝来の長い歴史のものが多かった。京都の神楽は千年の歴史だった。百年そこそこの北海道とはわけが違った。でも結局は最優秀賞を該当するものがないという審査結果だった。「御陣乗太鼓」は優秀賞を受賞した。全国の郷土芸能を実際に見たことはいい経験となった。
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2006/11/11

Jrコンクール近づく  
 いよいよJrコンクール道西支部大会も来週となった。合同チームを組んで何とかかんとか形ができた。だめかなあと思った事が何度もあった。でも子供達にあきらめないでやろうと言い続けてる私が投げ出すにはいかないと思った。私を信じてつづけてくれたメンバーやサポートしてくれたスタッフに感謝したい。練習会場がうるさいぐらいに和気あいあいとなった今、私の仕事は90%終わった。後10%は彼らの勇気とチャレンジ精神と意欲だ。結果はほしい、ほしいがこればかりは解らない。優勝してもだめでも春からの半年の練習は、私にも彼らにも大きな勉強となった。両太鼓チームの信頼は更に強くなり友情も深まったはずだ。そして太鼓の技術もそして考え方も大きく変わったはずだ。その成果は優勝よりも大きいと思う。でも・・・優勝させてやりたい・・・。クリックすると元のサイズで表示します
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2006/11/2

太鼓との出会い  
 私と太鼓との出会いは、もう24年前になる。その頃、青年会を退会後の組織として栗沢町青年会議というものがあった。その組織に無理やりのように入会させられたのである。それをくわだてたのは現会長である。入会してまもなく栗沢にも郷土太鼓をと、我が組織が中心になって創ろうという話があったらしい。知らない中で連れられていったのが『幌向太鼓』の練習場だった。周りが田んぼだらけの倉庫の中だった。そして知らないうちに栗沢太鼓実行委員会の事務局長になっていた。今考えるとここまでの道筋はどうも現会長のたくらみとしか考えられない。
 幌向太鼓の先生だった草野先生が栗沢太鼓の立ち上げに協力してくれることになった。その状況を準備してくれたのは今井会長である。練習は2月から開始された。はじまりは30名以上の青年達が集まった。全員25歳以上である。太鼓は各地の部落や神社から借り受けた。今の子供達の上達速度を考えたら無謀といえるものだった。よく先生も耐えたものだ。30名以上いたメンバーは回を重ねるごとに見る間に減っていった。農繁期には私と先生の二人きりの時もあった。9月に開催される町90周年祝賀会が初披露の目標だった。秋の収穫期の忙しい中、夜遅くに集まり練習を重ねた。
 初披露の当日朝から集まって練習をした。しかし、もう緊張していて昼までにまともに一曲が出来ないでいた。いまの子供達はたくましいなあ。なさけない話である。
 90周年式典・祝賀会の会場はこけら落としの町民センターである。あのステージで恐ろしいほどの緊張を今でも忘れることが出来ない。子供達も初ステージは私達と同じように緊張していることと思う。でも、今の子供達は幸せである。お姉さんお兄さん達がしっかりサポートしてくれる。みんな仲がいいのはそんなところから来るのだろうと思う。
 だまされた様な太鼓との出会いは、こんにちまで続いてしまった・・・。クリックすると元のサイズで表示します
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2006/11/2

子供盆踊りの師、逝去  
 1ヶ月前に渡辺春光さんが亡くなられた。遺族から彼が所蔵していた締太鼓を寄贈したいという。春光さんは盆太鼓が大好きな人で私達が太鼓を始めた頃、よく一緒にやぐらの上で太鼓を打ったものだ。今、栗沢太鼓で打っている子供盆踊りのリズムを伝授してくれた人でもある。いつも笑顔で楽しそうに太鼓を打ち、そして盆踊りをしていた人であった。その後この子供盆太鼓のリズムは幌向太鼓へ伝わり、更には枝分かれして数チームの太鼓チームが打っている。彼が栗沢太鼓や数チームの太鼓チームに残してくれた大きな財産である。
 農業祭の盆踊りには必ず顔を出しその盛会さを喜んでくれていた。2〜3年前まではバチを私から奪い取り10分ほど打っては満足した顔をしてやぐら周りを踊っていた。去年はやぐらには登らず笑顔を見せていた。今年は来ていないなあと思っていたところだった。
 今機会を見て春光さんのご霊前にお参りしてこようと思う。そして、その寄贈された締太鼓を新年初打ちで栗沢太鼓の最初のお披露目としたいと思う。
 春光さんのご冥福を心からお祈りさせていただきます。
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