2007/5/31

組織  
 我がチームは(財)日〇太鼓連盟に加盟している。日〇太鼓連盟は文〇科学省の管轄となる。文〇科学省は財団運営に関して事業の制約を加えてくる。その一点は指導者育成制度や技術検定制度などがある。指導員1級とか2級・3級等がそうであり、検定制度では、1〜5級の講習会を行い各級別の試験がある。
 (財)日本ス〇ー連盟も同じ事をしている。私は日本ス〇ー連盟のA級検定員資格と指導員資格を持っている。(現在はペーパードライバーですが)どの資格も財団での資格である。また、技術検定(級別テストやJrテストなど)を行っている。文部省はスポーツ指導者養成に国家検定を行うことになった。その移行で財団資格をそのまま移動できないか陳情したがそれは受け入れられず、現在は国家資格の指導者と財団法人の資格者が混在している。現実にはSIAという自称プロ組織の3つの団体の資格者がいる事になる。
 (財)日〇太鼓連盟は、日本ス〇ー連盟とは違いごく最近組織された団体だ。全国を網羅するすることが目標である。組織運営上どうしても通り抜けれない制約と葛藤していることがうかがい知れる。資格テストを行うには、その為のテキストが必要になり、検定制度も必要となる。だが、太鼓を一つの技術に集約することは、到底無理難題なのである。財団は、太鼓普及に大きな力になるだろう。しかし末端の太鼓チームにとってはそれは個性を失いかねないことになる。財団の動きで末端の私達太鼓チームが従うというやり方を、今後は下位から上位への意見集約になる方法を作る必要があるのではないだろうか。日本ス〇ー連盟は、全てがお上であった。全国への道は魅力だが、醜さを持たない魅力であってほしい。
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2007/5/29

何をしてやれるか?  
 チームや団体に入会してくる。それは何かを望んで、何かを求めて入会してきたはずだ。その望んだことや求めたことが、幾らかでも自己満足しているからそのままチームを離れないで入会し続けることになる。子供ならここまでの気持ちでいいだろう。だが、技術を持ち評価を受ける存在になったらそれは別だ。チームがしてくれる。チームがやってくれる。そんな望みを持ち続けることでは困る。チームに自分が何をしてやれるか。自分の力をどうやってチームの為に使おうか。そういう人になってほしいと思う。
 人には個性がある。太鼓のプレーだけでなく、先頭になって皆を引っ張れる人や縁の下的に力を発揮できる人、後輩にリズムを教えることが上手な人や皆を笑わせてチームを明るく出来る人、人の気持ちを和らげる上手な人・・・・。それはちっぽけなことかも知れなくても、チームの為にという気持ちが大切だ。何をしてくれるかという考えと何をしてやれるかでは雲泥の差である。「何をしてやれるか?」皆がそういう考えを持ったら、そのチームはすごいチームになるだろう。
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2007/5/28

進化  
 今、毎回の練習には常時20名以上のメンバー達が、限られた太鼓で練習している。数年前までは、太鼓を使い放題ぐらいのメンバーしかいなかった。練習内容も随分変わった。メンバーのレベルが上がれば、それに合わせて練習方法や練習内容も進化していく必要がある。当然、指導する立場もそれに合わせて進化していかなければならない。更には、組織運営もそれにあわせて進化しなければ成らないし、そして更には、人間も進化していく必要がある。
 数人程度のチームから20名のチームになれば、それに合った曲構成も必要となる。そして練習方法も組織的に動かせれる効率のいい練習方法にも変わっていく必要になる。当然、組織のルールも進化していく必要となる。たくさんメンバーが増えたからうれしい。と喜んでばかりではすまないのだ。数名の時に許されていたわがままは、今の時代では決して許されない。ベテランだから、太鼓がうまいから上手だからと特別扱いなどしないし、むしろそういう人間が後輩達の手本になっていってくれなければならない。それが出来ない人間は、今のチームではお荷物な存在になる。一番進化してほしいのは人間である。技術に見合った大人になっていってください。
 大人数になって華やいだ団体が、組織運営の失敗や人間の対立で衰退していく例はいっぱいあります。私達のチームは、そんな失敗をしたくはありません。現場に立つリーダー達の行動が大切になります。人に尊敬される存在になっていってほしいと思います。それが出来ない人間には立ち去ってもらうこともやぶさかでないでしょう。厳しい選択を私にさせないようにお願いします。
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2007/5/27

命名  
 Jrコンクールに向けての新曲の名前を新班長に委ねられた。思いつかない、考えられないと、愚痴をこぼす。新しく創作される曲の命名権を与えられるなんてことは、これからの生涯に何回あるだろうか。その貴重な権利を安易に行使しないでほしいというのが私の気持ちである。充分に悩んで悔いの残らない素晴らしい名前を付けてほしい。名前はその人を決めるぐらい大切である。曲名も同じである。栗沢太鼓の「雄飛」という曲は、どこのチームも知るぐらいの曲になった。それまでには無かった斬新なアイデアと打ち手の思いが込められた曲だったからだ。新班長には、自分が太鼓にかけた思いとメンバーが一つになって挑戦するにふさわしい曲名を考えてほしい。とこれぐらいプレッシャーをかけます。
 掲示板にきた最初の発案は、再考願います。
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2007/5/26

トタン屋根  
 3年前に住宅の外壁や屋根をホー〇ックで塗料を購入して自分で塗装した。建築して25年も経つと何も手をかけなかった住宅は惨めな状況だった。細かな軒先とかは素人が塗ったのが見ればすぐわかるような状況だったが見た目よりも我家をもたすことの方を優先した。屋根は3〜4年前に業者に塗ってもらったので大丈夫だろうと思っていた。ところが上ってみるとあちこちに塗装がはがれていていた。そんなにもたないのだろうか?あの業者にやられたかなアと思いながら外壁を塗り終えた後、屋根を塗ることにした。これもホー〇ックのトタン用アクリル塗料を買って、書かれた通りの希釈剤で延ばしはけ塗りをした。
 そして3年目の今年、屋根は惨めに塗料がはがれ地肌が出ているではないか。高所恐怖症と戦いながら必死で塗り終えたのに、また屋根に上がるかと思うと夜も眠れない。しかし、安いとはいえ、あのホー〇ックの塗料はナンだったんだ。業者に任せればいいのだろうが、その業者の塗装も5年も持たなかった。
 インターネットで塗料業者を詮索。そしてメールで相談をした。今日返事がきた。親切丁寧に方法や塗料を紹介してもらった。やはりホー〇ックなどで販売している塗料は性能に問題があるそうだ。頭にくるなあ〜。問題のある塗料など売るな!。本職用の塗料はやはりそれなりの値段もする。手間もかかる。塗装を磨き、下塗りをし、その上に2度塗りをしないともたない様である。これから、その塗料業者(兵庫県)からペンキを買い込んで体調を見ながらまた屋根の上に上がろう。怖いなあ〜。いやだなあ〜。
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2007/5/25

気になっていること  
 前回の練習にちょっとした小競り合いがあった。たわいも無いことだが。(本人達はそう思ってはいないのだろうが) 何も気にせずに「チビ」だとか「デブ」だとかいった一言が、売り言葉に買い言葉となってしまい大きなトラブルになってしまう。その最初で治まった。このまま後を引かないでほしいと思う。
 人にはそれぞれいい面と悪い面を持ちあわせている。欠点の無い人間なんていないし、逆にいい点が何も無い人間もいない。その欠点を非難されれば腹も立つし、喧嘩にもなる。仲間としては、欠点のある所はお互いにかばいあう包容する気持ちをもってほしいと思う。そしていい所は認め合う、そういうチームになってほしいと思っている。チームの中にはリズム感がいい者もいれば、なかなか覚えれない子もいる。運動能力のある者もいれば、運動が苦手の者もいる。一般社会にあるものが、太鼓チームの中にもある。そんな様々な個性のメンバー達が最良になるように私も努力しているし、メンバーたちも努力している。それをまず理解してほしいと思う。
 そこで、前々から気になっていることがあります。それはメンバーの父兄の皆さん達にです。子供達の前で人の悪口や批判を決して言ってほしくないことです。大人同士では腹に収めるという知恵があるでしょうが、子供たちはみんなまともに受けてしまいます。親のいってしまった悪口を、そのまま子供たちが喋ってしまうこともあります。子供は親の感化をまともに受けます。デリケートな子供が多いです。せっかくみんな一生懸命練習し、私が思う以上の上達をしています。みんな仲良く活気もあり理想的なチームになってきたと思っています。批判したいことはあるでしょうが、どうかその点を気遣っていただけることをお願いいたします。
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2007/5/23

太鼓フォーム  
 和太鼓は、芸事である。スポーツの様により早く、より遠くへ・・・という様な数字で現されるものではない。伝統に則った打ち方のチームもあれば、様々なバリエーションで様々な打ち方のチームがある。だとしたら、こういうフォームでこういう打ち方で無いと駄目であるとは決していえるものではない。しかし、チームとしてはその方針を持ち方法を模索していかなければならない。様々なリズムや様々な打ち方の太鼓があることは、和太鼓の発展には大切なことで、某スポーツ界のように一つの技術に固持してほしくないのが私の考えでもある。
 我がチームは、師匠から伝授された力強く・豪快な太鼓を目標にその方法や打ち方を模索してきた。基本的な目標の打ち方・フォームは他のチームとそんなに変わらないと思っている。しかし、個人にあった個性のあるプレーヤーを育てたいというのが私の考えである。個性的なパフォーマンスの集団が我がチームの目標である。
 太鼓の音をいかに出すか。バチから太鼓の皮にいかにパワーを伝えるかだ。バチには様々な力が加わる。バチの重量(重力)・体重・筋力・遠心力(慣性モーメント)である。これらの力を一番出せるフォームにすれば太鼓は大きな音を出すことになる。横向きに置かれた台や平置き台・斜め台など打つ方向によってもそのフォームは変わるだろう。
 柔軟な腕の振りやバチさばきは、美しさや華麗さを表現できる。手首・肘・肩関節の柔軟さが要求される。そしてその振りに振り回されない安定したフォームが必要だ。
 早いリズム・早いバチさばきは、無くてはならない表現力だ。前腕・上腕・肩の柔軟な筋肉が必要だ。この早いリズムを打つためにも、それにあったフォームが必要である。
 動きのある太鼓は、観客を魅了する。太鼓の音を身体の動きで表現することは、躍動感を生み表現力を倍加してくれる。パフォーマンスには必要不可欠なものだ。いつでも動けるフォームが必要になる。
 これらの要素を一つのフォームで補うことは困難である。必要な時に必要なフォームに変更する。或いは兼用したりと臨機応変さも必要になるだろう。リズムを打つそれだけでも大変なのに、強さや早さそして様々な動きも加わる太鼓とは奥の深いものがある。
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2007/5/22

理にかなったフォーム  
 スキーのインストラクターが同じフォームで滑っているのは、皆あのようなフォームになるように練習しているのか?と尋ねられたことがあった。答えに詰まった。実際にはそれぞれに個性のあるフォームで滑っているのだが、その人にはみんな一緒と感じたらしい。スキー板をいかにずらさないで(いまでいうカービング)コントロールし、スピードを殺さず加速させるターンを目指していくと、みんなああいうフォームになるのが答えである。しかし、一般の指導員では失敗ターンが少し少ないといったところである。
 早く滑走しそしてコントロールしていけるか。それはいかにスキーをずらさないで強く踏みつけていけるかということになる。その為のフォームを作っていくことになる。足の裏から雪面を強く踏む、その為の運動がある。その運動を出来るための上半身の姿勢がある。ターンを開始する。そのための運動があり、体軸の移動がある。そしてその為の姿勢がある。ターンのコントロールをする。その為のエッジング操作や雪面を加圧する操作がある。そしてその為の姿勢がある。・・・様は、ある運動をする。その運動が効率よく出来る為に理にかなった姿勢(フォーム)が必要になってくるのだ。そして、理にかなったフォームは見ていて美しくダイナミックである。
 他のスポーツも太鼓も、理にかなったフォームでプレーするプレーヤーは美しく・ダイナミックであり、そして結果もともなうのだ。物真似のフォームでは結果はついてこない。理にかなった運動の中に理にかなったフォームが生れる。
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2007/5/22

「太郎」惨殺体で発見  
 我が池の長男「太郎」の遺体が用水路で発見された。遺体にカラスが集り更にこの事件の惨たらしさを感じた。この事件は、他殺と事故の両面で捜査中だが不法入国のアライグマによる他殺説が有力視されている。遺体は田んぼの畦に土葬で埋葬された。事件は、20日未明から21日未明の間と考えられる。目撃者はいまだ現れていない。事件の特殊性から迷宮入りになりそうである。
 遺族の11匹は、悲しみにふけおびえきっている。遺族の心配を癒そうと池周りを網で囲った。今後の事件の成り行きによっては抜本的な対策が必要になるだろう。謹んで「太郎」のご冥福を祈り哀悼の意を奉げます。アーメン。南無阿弥陀仏。
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2007/5/21

練習方法  
 講習方法や練習方法に、ダイレクトに目標に向かう方法と様々な練習を組み立てて目標に向かうネットワークという二つの方法がある。
 ダイレクト方式は、目標をはっきりさせることは出来るが練習が単調になりがちである。ネットワークという方法は、総合力を上げるのには有利だが、目標がはっきりせず意欲を継続するのが難しい。どちらも良い点悪い点がある。この二つの方法をミックスさせて取り組む方法がベストだといえる。
 練習は、ややもすると単調になりがちである。一方的な指導者からという方法になってしまう。リズム伝達などは子供から子供というやり方もできるし、個人練習・マンツウマン・班単位などとその状況で工夫し飽きさせず活気ある練習になるようにすることが大切である。
 何の為にこの練習をしているかを指導者だけでなく、子供達がはっきりと理解していることが第一である。目標とするものは具体的で、その子レベルで可能な範囲内としなければならない。可能性が厳しいと思ったら、速やかに可能性の範囲内に変える。逆に更に上達が望める者にはレベルを上げてやる。10人がいたら10人の個性がある。10人が満足することが大切である。10人を一つの個性にすることはナンセンスである。そして子供達の様々な性格を理解することも大切である。
 太鼓を何故するのか。皆で練習し演奏をしたり、用具を皆で準備したり後片付けをしたりすることで、チームワークや仲間を思う思いやりが生れるだろう。ステージを経験することはすごい度胸もつくだろう。そしてそれはすごい自信となるだろう。演奏が終わって観衆からたくさんの歓声を受けてすごい満足感と達成感を味合うだろう。そんな経験を何度も何度も積んで、皆は大きな大きな人間になっていく。それが太鼓をする最終目標だ。
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2007/5/20

リズムと運動  
 イチローが打席に入るとき、必ず同じ動作をして構える。準備動作のリズムだ。松坂がコントロールを乱した。これもほんの僅かのリズムの乱れだ。僅かの乱れはリリースポイントを狂わせフォームを見出しコントロールを乱した。
 準指導員を受験した時、私のストックワークは左右バラバラだった。シュプールも左右均等ではなかった。左のストックワークが弱点だった。内側に捲いてしまう癖があった。ためしに左ひじを動かないように固定して滑ってみた。左ターンが出来なかった。その時の私のターンは、ストックワークがリズムをとってターンに入っていたのである。だが、このストックワークはいつの間にか直っていた。何の意識もせづにである。そして左右とも理想的なストックワークとなっていた。何がそうさせたのだろうか。そのストックワークとなった時、ターンも理想的になっていた。リズム変化のターンもそのときには、ストックワーク無で連続的に行えていた。小回りターンも、ストックをつく必要は無かった。下半身の動きだけで小回りから大回りとこなせた。面白いように。
おそらくは、考えていたターンのリズムを、それまでは腕が動いてそれから下肢が動いていたのだろうと思う。練習を重ねるうちに考えていたリズムは直接、下肢の動きへと変わったのではないかと思う。(それまでに成るまでには、随分と歳月がかかっていたことを付け加える。)
 太鼓はそれ以上にリズムは大切になる。考えるリズムが直接バチを打っている。いや、考える前に身体がリズムを覚えるようになるのだろう。そうなる為には、やはり練習を続けることしかないのだろうと思う。
 天才・怪物といわれる、イチローや松坂ですらそうなるのだから・・・。
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2007/5/18

錦鯉来る  
 我家の隣の〇君の叔父さんが、錦鯉を持ってきてくれた。社長の池掃除をしていて貰ってきたのだそうだ。早速、我家の池に放した。色とりどりの8匹。10〜12cmぐらいのチビだが、元気一杯に泳ぎ回った。池は華やかに変身した。一番驚いたのは、先にいる「太郎」他のデカ4匹。情けない「ぬし達」である。8匹のチビどもに追い立てられ池の渕周りをでかい身体を小さくしてぐるぐると回っていた。
 クリックすると元のサイズで表示します
 <雨で池の水がにごり、ちょっと見づらい写真となっています。>
 8匹は、赤や白や人面顔見たいのやらで個性豊かだ。池の中は4匹から12匹へとなり、これから成長したら2m四方では狭くなりそうだ。池の拡張をしなければならないか・・・。
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2007/5/17

シンジラレナ〜イ!古い?  
 昨年は幌向太鼓との合同チームでJrコンクールに挑戦して準優勝だった。じゃ、栗沢太鼓単独だったらどうだったのだろうか。おそらくは下位に甘んじていたと思う。実力だとかメンバーが揃わないとかそんなものではない。昨年のコンクールは、それに向かうまで、そして向かってからも様々な出来事や物語があった。そんな困難を通り越してようやくチームが一つになった。そんな勢いの中でコンクールがあった。特別に厳しい練習をしたわけではなかった。高学年を中心のメンバー編成でもなかった。だが、合同チームという緊張感やそれまでのプロセスが子供達の中にも私達にもあった。その結果がいい方向に出た。
 そのいい方向は栗沢太鼓に続いている。参加した子供達はすごい自信を持った。参加しなかったメンバーもあの演奏を見て魅力を感じた。練習にも身が入るのは当然だ。ちょっと前まで、あの「雄飛」のソロを、チームで打つとはいえ小学生の低学年がメンバー編成に入るなんてのは想像できなかった。それだけ高いレベルに全体が上がってきているのだ。それは、作ってつくられるものではない。その子達に意欲があるから私達も前に進んでいく。そして彼らもそれに答えようとする。経験はこれから何度も積んでいくだろう。その一つ一つの経験は彼らに自信を積み重ね、また意欲が生まれ更にレベルが上がっていくだろう。
 低学年のメンバーに、これまでにはない高いレベルで厳しくいうのがシンジラレナ〜イ!。
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2007/5/14

衣装  
 小学生の女子の着ている衣装は、発足の頃に制作されたデザインだ。男子の青い衣装は、6〜7年前に作られた衣装で、大人たちの衣装は15周年記念に作成されたものである。他に発足まもない頃に稲穂がデザインされた衣装が寄贈された。それと10周年記念に長半天が本格的に染めで作られた。寄贈された以外は、自己負担10,000円+会負担で制作された。数年前からは、先輩達の衣装をお下がりしながら何とか使いまわしている。
 新しい衣装をという声も聞かれる。皆にはかっこいい衣装で演奏してほしいしが、それなりの負担も伴ってしまう。助成事業に乗っかって、太鼓の皮の張替えと太鼓の補充そして新衣装と思っているが、まだ期待しないでほしい。出演していない先輩達やOB達から使っていない衣装を寄付してもらい、使いまわしで申し訳ないが何とか用意したいと思う。
 しかし、その衣装が集まらないのが今の状況である。このブログを見ていてくれている関係者がいたら衣装の寄付をお願いしたい。
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2007/5/13

メンバーを紹介しよう 6  
 時々、太鼓に顔を出す我が愛すべきメンバー達を紹介しよう。

K.Y.:小1から高3まで栗沢太鼓で活躍してくれた彼は、公務員となって根室支庁に赴任、そして一昨年網走支庁へと転勤し北見市に住んでいる。毎年『農業祭』にあわせて盆休みを取り、やぐらの上で私のバチを血だらけにして盆太鼓を打っている。正月には、『新年初打ち』に顔を出し子供達の出演にお年玉を置いていく。・・・太鼓の練習に彼が休んだ記憶がほとんど無い。少しはにかみ屋だったがナイスガイの少年だった。そして正義感が強く、私が説教されることもあった。今年の初打つにも顔を出し、「増えたなあ」といってお年玉を置いていった。彼の顔を見るのが楽しみである。

A.Y.:日本一寒い「陸別」の地に彼は就職した。よりによってすごいところにいったものだ。昨年の「農業祭」に有給を取って応援に来てくれた。「キャンビー公演」の活躍を思い出す。長身を生かしたダイナミックなフォームは、会場を沸かせてくれた。練習も熱心で、研究心も旺盛だった。まじめな好青年に成長してくれた。JA陸別で貴重な存在となってほしい。また休みを取って一緒に太鼓を打ちたいものである。

T.W.:『栗沢太鼓』のエースと成長した彼も、地元に就職が無く苫小牧に就職先を見つけ頑張っているようだ。身体をそらすダイナミックなフォームに改造した第一号のプレーヤーである。持ち前の筋力で予想以上の速さで、このフォームをマスターしてセンセーショナルを起こした。このフォーム改造は私の太鼓フォームの考え方を大きく変化させることになった。そのきっかけは彼がいたお陰である。最近、彼の顔が見れないのがさみしい。暇を見て、顔を出してほしいものである。

A.S.:彼女の太鼓は、親譲りの切れのいいダイナミックな太鼓だった。その彼女は美容師として埼玉で活躍している。小1から就職するまで太鼓を続け、「キャンビー公演」の中心的活躍をしてくれた。事務局長の長女の彼女は、親子ということでやりづらいこともあったと思う。就職した年に手紙をもらった。内容は「お世話になったお礼と、これからも父のことをよろしく・・」とのことだった。彼女の優しさが垣間見れた。また、帰省した時に一緒に太鼓を打ちたい思いだ。いや、親父とのコラボがいいか・・・。

T.K:「苫小牧高専」に進学した彼は、春・夏・冬の各休みに太鼓に出没する。顔を見れば合言葉のように「停学か?」である。「キャンビー公演」の最年少者で、思い出を話せば「洗剤事件」がすぐ話に上がる。参照:http://www.geocities.jp/kurisawataiko/report.htmlの11ページ。彼は、二回目の「キャンビー公演」の参加をたくらんでいるようだ。語学力を上げて、手助けをしてほしい。練習にこれなくても、みんなは太鼓の仲間と思っている。彼が出来ることで活躍してほしいと思う。

疲れたので、続きなし
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