2007/8/31

出演決まる  
 『工藤じゅんきの十人十色』の「いきいき!道産子元気サークル」に出演が決まりました。今日、STVラジオの守田さんから電話がきました。ちなみに守田さんは女性です。これから、メールや電話で細かな打ち合わせをするそうです。
 ところでこのコーナー今まで聞いたことがありません。来週の放送を聞こうと思います。どんな事になるのかどきどき物です。いい宣伝になるといいですが、期待は余りしないでいてください。恥半分で頑張ります。
 過去に同じSTVラジオで、今回のように電話で出演したことがあります。緊張しました。まいりました。けっこう聞いている人がいるものでした。楽しみでもアリ、心配でもアリです。
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2007/8/30

ビックリ  
 とんでもないメールが掲示板に飛び込んできました。「STVラジオ 工藤じゅんきの十人十色」の出演依頼です。ホームページを見ての依頼との事です。どんな事になるか心配で、もう緊張しています。誰か代わってください。みんなが一生懸命太鼓をしていることを話しましょう。けっこう話題があるかも・・・。
 今日から1年生が一人仲間に入りました。次回に紹介します。仲良くしてください。 農業祭も終わり、一段落。でも百餅祭りやJrコンなど次の目標もあります。思いつめず、楽しんでやりましょう。今年も話題いっぱいになりそうです。HPの写真もいっぱいになりそうです。私のPCも限界に来ています。いいPCを買ってください・・・。
 
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2007/8/28

爽快な気分だ!  
 ちょっと前までは、小学生の2年生が大人盆踊りを打つという自体考えられなかった。2年生の雅〇がやぐらの上で盆太鼓を打っている。すげーなあと俺は思う。うちのチームの3分の2は小学生達だ。こんなチームないぞう。それらが大仮装盆踊りの太鼓を打っているのだ。恵〇がやぐらのてっぺんで、自信満々な顔をしている。その下には有〇や雄〇や修〇が何の不安な顔をせず黙々と盆太鼓を打っている。この間入ってきた莉〇まで楽しんでいる。ちょっと前までは、先頭でみんなを引っ張っていたのになあと思いつつ、こいつらの頼もしい姿に自分で酔いしれた。
 『みだれ打ち』は俺のチョンボがみんなの足を引っ張った。ゴメン。来年はまた違った見せ場を考えよう。でも、紹介は良かっただろう。あれを入れたいばかりに考えた企画だったのである。回転するやぐらは出来ないものか・・・。
 仮装は、いっぱい来ると予想していた。でも、私の希望ではまだ足りない。個人の参加がまだまだあってもと思うのだ。賞金が個人の低位が薄いのが原因か?。
 でも、喧嘩して意地を張ってこの企画を通したことが、今の農業祭の屋台骨を背負っていることが内心気分が好くてどうしようもないのだ。そして、みんなが・・・そう・・、太鼓のみんなだけでなく街の人たちみんながその中で笑い喜んでいることがうれしくてしょうがない。すごい祭りになったなあと思う。これも俺のバックには太鼓のメンバーが後ろを押してくれると確信しているからだ。そして、汗いっぱいかいて打ち続けている。楽しかっただろう。俺も汗で目を開けられないぐらいいっぱいかいて打つつづけたものだ。それをみんなに味合わせたかった。その為には、いっぱいの人達が集まり自分たちの太鼓を見入ってほしい場を作りたかった。ようやく俺が考えるお祭になったとどうしようもない気持ちでいっぱいだ。
 たかが盆踊りが、こんなに人達を引きつけ大イベントになろうとは誰も思わなかっただろう。大やぐらと大勢の仮装がこの宵祭りとなったのだ。花火を打ち上げてそれに集まる祭りよりどんなに意味があり内容が深いと思うのだ。人が人を呼び、人が人を動かすのが祭りだと思う。
 楽しかった。爽快な気分だ・・・。
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2007/8/26

大満足の農業祭  
 絶好の天気の中、2007年の新しい『農業祭』は予想を超える盛会の中で開催された。初日の25日の宵祭り、『栗沢音頭』『太鼓みだれ打ち』『子供盆踊り』『大仮装盆踊り大会』は、我太鼓チームのメンバー全員の力を存分に出した壮大な夜祭となった。終わった後のみんなの笑顔が忘れられない。満足でいっぱいの素晴らしい顔だった。その彼らの顔を見ただけでこのイベントが大成功と確信した。応援の幌向・豊幌の太鼓衆のみんなもいい顔をしていた。21台の太鼓を、3チームのみんなが一糸乱れず打った太鼓は見ている観衆や踊り手・仮装の参加者そして民謡の歌い手達、参加したみんなが魅了するものだった。この宵祭りを企画し運営してきた9年の中でも最高の夜だったと思う。そして、この企画を続けてきた甲斐があったとあらためて感じた。
 我チームのみんなをはじめ、幌向太鼓のみんな、豊幌太鼓のみんな、民謡の歌い手の人達、踊り手の人達、仮装の参加者、やぐらを組んだり片付けてくれた人達、我チームの父兄の皆さん、実行委員会の関係者など、全ての人達でこの企画・この場面が共有できたことに感動し、そして感謝している。
 新しくなった『農業祭』は「みんなが参加するお祭に」を合言葉に企画し開催された。その言葉通りの『農業祭』になったと思う。合併してすさんだ住民の意地をこの祭りに感じた。その意地は、みんなの笑顔に変わった。「栗沢」はまだまだ底力があると思った。太鼓のメンバーの熱い太鼓の響は、栗沢の人達の勇気を掘り起こしたように感じた・・・。
 太鼓を打ち終えて大満足の太鼓衆達 
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2007/8/24

明日は本番  
 明日の夜は、この太鼓シーズンの最終章だ。冬シーズンから何ヶ月も練習して、6月からの太鼓シーズンを向かえ、何度もの出演をしてメンバー達は一皮も二皮も剥けた。その集大成が明日の『農業祭』である。期待と不安というのが率直な気持ちだ。
 この数ヶ月で何人かのメンバーが太鼓を去り、何人かのメンバーが入会してきた。去ったメンバーは、それなりの理由があり事情があった。入会してきたメンバーは、太鼓に期待し夢を持って門を叩いた。去る者、来る者はあれど太鼓の時計は動き続ける。集大成の一時ではあるが、これから更に飛躍する一時でもある。それは更に夢や創造性を膨らむそんな祭りとしたい。なる予感がする。
 小さな子もベテランのメンバーも全員が一つとなり未来に雄飛する祭りとなるだろう。
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2007/8/23

近づいた農業祭  
 明日午後から『大やぐら』を準備、夜は最後の仕上げでいよいよ明後日の夜は本番だ。『栗沢音頭』と『太鼓みだれ打ち』が昨年とは変わった所だ。その分、土曜日の夜はハードな事になる。しかし、日曜の朝の『コンサート』はプログラムから消えた。
 「地元の人たちのお祭に!」が今年の農業祭のコンセプトで、栗沢の町の人達のステージ出演が増えた。その分、日曜日の日程が詰まってしまい栗沢太鼓のステージが減ったことになった。会長からは、スタートを早くしてステージ発表を入れてはといわれたが、前夜の・・から早朝の出演では余りにもきついと思った。その代わりに『太鼓みだれ打ち』を追加したプログラムとした。土曜日がハードスケジュールとなるが、メンバーには頑張ってほしい。
 天気予報も好天である。全員のテンションをいっぱいに上げて、期待以上のパフォーマンスをしてくれると信じる。最高の夜となってほしい。『栗沢太鼓』の本領を発揮しよう。
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2007/8/22

太鼓みだれ打ち  
 農業祭の新企画『太鼓みだれ打ち』は、栗沢太鼓とそのメンバー達を街の人たちにアピールしたいその一身の企画だ。私はみんなが打つ『雄飛』の一番のファンである。そして、一番の応援団だ。メンバーの打つ『雄飛』は、技術や上手さを超えた存在と思っている。それは、メンバーの気持ちがこの曲に確実に入り込んでいるからだ。
 その曲を使い、更に新しい企画を加えてみんなを輝かしたいと思った。まだ、その企画は中途半端でいる。何度もシュミレーションしてこの企画を本物にしていきたいと思っている。明日の練習、前日の練習でその企画は変わるかもしれない。これも、みんなを主役にした、新しく斬新なイベントにしたいと思うからだ。
 栗沢太鼓のメンバーは、この農業祭の主役である。その主役は輝いていなくてはならない。みんなには積極的に、そして恐れず今の自分の持っているものを存分に出し切ってほしい。キミ等の輝く姿を私は見たい、そして街の人たちに見せたい・・・。
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2007/8/21

指導者と生徒  
 『朋〇』の仲間だったメンバーが太鼓をやめた。残念である。彼女らには影ながら期待していた。それは、彼女らは私のチームのメンバーではない。手の届かない部分があるからだ。何か出来なかったか、自問している。
 中2の彼女らには、限りなく伸びていける可能性があった。その素質もあった。ただ心配していたのは、彼女らのまだまだ未熟な考え方だった。難しい年頃の頃である。指導者とうまくいっていなかったという。彼女らを導いていくには、並の指導者では手を焼くだろうと思っていた。しかし、その指導者は決して間違っていなかったと思う。大人として当たり前のことを注意し叱ったと思う。ただこの頃の子供達は自己意識が強い。自分本位の考え方をする。でも小学生からその組織で育っていたなら、その組織での育て方が誤ったということもいえる。そして、指導者の育成も失敗だったということだろう。
 彼女らの一人に気持ちを聞いた。「太鼓はやりたい。でも指導者が気に食わないと・・・。私のチームに入れてほしいという。」私はきっぱり断った。彼女が太鼓が好きで太鼓をやりたいのならば、やめたそのチームしかないのだ。そのチームの指導者から依頼されたのであれば受けいれる可能性はあるが、喧嘩別れした彼女らは決して受け入れられない。私は彼女に本当に太鼓が好きでやりたいならば、まずは頭を下げ謝罪すること、自分の気持ちを言うこと、指導者の気持ちを理解すること、それしかないことを告げた。そして、もっと大人になりなさいと・・・。その後の判断は彼女が決めるしかない。短気な判断は失うものは大きい。もし彼女が頭を下げ元のチームに戻ったなら、私は彼女に拍手を送るだろう。そうなった彼女は、大きな人に大きく羽ばたいたことになる。素晴らしい太鼓プレーヤーになるだろう。そうなってほしい。
 嫌われた指導者は、自分に自問しているだろう。でも、自分の信念を曲げないでほしい。彼が叱ったことは当たり前の判断だと思う。でも、この次に同じような場面があったら違った言葉使いや注意の方法を考えてほしいと思う。彼女らは、内心には気にしていたのだ、それを頭ごなしに言われるとむきに短絡的に反応してしまうのである。それは気にしていたからだ。いい勉強になったのではないだろうか。そう思ってほしい。これを懲りないでほしい。最初からいい指導者などいない。これぐらいの失敗は私は何度もしている。そして何度も反省している。でも、信念は変わらない。
 いい指導者は、いい生徒に育てられる。いい生徒は、いい指導者に育てられる。これは私が長い間に思ったことである。いいチームや組織はそんな間柄のメンバーに育てられる。どちらかが大きくても小さくても、いいチーム・いい組織は出来ない。私はそう思う。
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2007/8/19

この時期が技術を磨く時  
 『雄飛』などの曲を打つのは、100や200mの短距離みたいなもので全力を出し切っていい。しかし、長丁場の盆太鼓はマラソンのような長距離といっていい。全力で立ち向かえば、自沈してしまう。その状況状況で手加減をしたうち方はある。しかし、それだけではない。長丁場の盆太鼓には、そのうち方がある。最初から最後まで同じ強さ・リズムを打ち続ける技術がある。
 柔らかな筋力の使い方と柔軟な間接の動かし方がある。動きを極力少なくした省エネ型の打ち方がある。だがこれは、手を抜いて打っているわけではない。しっかりとした太鼓の音を奏でながら、疲れを極端に無くすうち方である。みんなには、そのうち方をマスターしてほしい。
 身体は垂直に構える。体重は両足に。大きな上下動をせず膝・足首のバネをやわらかく使ったうち方にする。手首を柔らかく動かし打ち込みの時のインパクトを意識する。二の腕の緊張感をなくし肩関節を柔軟に使う。・・・これらの一つをまず意識していって、一つずつ増やしていく。身体に疲れがきたときに特に意識して打つと少しずつわかってくると思う。両足に体重ののった、安定感のあるフォームがまずは大切だ。片足を上げたり前後の動きがあるフォームは、体力を無駄に使っているといっていい。そしてリズムも体力が劣るにしたがいズレ出す。
 どのスポーツも、いいフォーム・いい運動をしている人の顔は安定して動かない。自分の視線でチェックできる。見る景色が絶えず動いている人は、いいフォームいい動きとはいえない。踊り手を絶えず観察して打つ方法は、視線を安定していいフォームをつかむ手助けとなるだろう。
 ただ、お遊び感覚で盆太鼓を打っている人と意識している人では、数段の技術差となるだろう。この盆太鼓の期間で私は技術が上がっていった。さて、みんなはどうだろうか・・・。
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2007/8/18

太鼓祭りを楽しもう  
 盆太鼓を始めた頃は、やぐらの上には太鼓が2〜4台が普通だった。民謡の歌い手と三味線に鐘が加わっていた。栗沢の駅前で行われていた盆踊りは、それは盛会だった。何重もの輪になり駅前から通りにまで届くほどだった。その盆踊りも何年か後に予算削減で子供盆踊りしか行わなくなる。農業祭の盆踊りは、農協の職組が担当していた。宵祭りという一つのイベントだった。農業祭実行委員会とは別に開かれた前日のイベントで行われていた。『栗沢太鼓』が発足した翌年から、駅前の商工の盆踊りと宵祭りの盆踊りの太鼓を依頼された。その頃は、みんな未熟だった。盆太鼓がどんなものか解らない全くの素人だった。草〇先生が頼りの綱だった。そんな未熟な時から盆太鼓との付き合いが始まる。
 宵祭りの盆踊りも仮装の賞品が悪くなり、時間も徐々に削減していった。太鼓を始めて何年も経ってのことである。もうその頃の太鼓のメンバー達は太鼓技術も上がり、バリバリの油ののった頃である。さあこれからという時間に盆踊りの終わりを告げられた。打ちたくてしょうがない、打ち足りなくて不完全燃焼の盆踊りが何年かつづくのであった。仮装の賞品は更に減額されて宵祭りに集まる人たちも徐々に減っていった。駅前の大人盆踊りも無くなっていた。
 栗沢太鼓が15周年を向かえる年、栗沢太鼓は低迷していた。何とか起死回生の方法を模索していた。練習会場を文化センターに変更したのもその一つだった。平成9年のことである。15周年発表会を農業祭に行うことにした。そして、宵祭りの活性化を願い15周年の助成金の中から仮装盆踊りの賞金を捻出した。目標は全道仮装盆踊り大会だった。優勝賞金5万円だったと思う。10万円を賞金に栗沢太鼓の予算から捻出した。そしてそれまでの主管していた農協職組との合同主管として栗沢太鼓が始めて農業祭の担当団体の仲間入りをすることになる。それまでは依頼団体の一つであった。開会式前の太鼓披露やパレードの太鼓、宵祭りの盆太鼓などを依頼されて協力していたのである。農業祭は農協青年部が発案して立ち上げたイベントだった。しかし、青年部部員が減少してその任務を終えようとしていた。しかし祭りの存続は必要と、実行委員会事務局が農協青年部から行政へと移行された年でもある。
 何故、宵祭りの盆踊りに栗沢太鼓の予算を捻出したのか。それは私が、私達が自分の思う太鼓を打ちたいからだった。たくさんの人たちや仮装する人たちが何重もの輪をして踊る前で太鼓を打ちたい一身だった。それが始まりである。その頃の私達は、太鼓に自信を持っていたのである。そして認められてもいた。三味線を長くしていた〇さんからも「あなた達の太鼓はすごい。」と評価された。(亡くなられている。)
 行政に替わった実行委員会事務局と大喧嘩をしたことがある。それは仮装の予算だった。「予算さえあれば、人集めることは何でも出来る。」の一言だった。今までの努力を何もわかってない一言だった。プッツンと音がした。場合によっては全て手を引く、そんな思いで今の賞金の予算を喧嘩ごしで捻出した。あの時ジョッパっていなかったら、今の仮装盆踊りは無かっただろう。そのかわり、このイベントは失敗できないプレッシャーでもあった。しかし、太鼓のメンバーの意地は、『大仮装盆踊り大会』へと飛躍し、今の農業祭のメイン事業へと羽ばたかせた。そして、「盆太鼓」の楽しさを今のメンバーに受け継いだと思う。今年の「宵祭り」、栗沢太鼓の『太鼓祭り』を楽しもう。
 
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2007/8/16

プリンター、ダウン  
 暑さのせいか、我プリンターが再起不能となりました。『農業祭』の『仮装採点表』などの資料を作成中でありました。新品のインクを入れていざ印刷と思ったら、エラー表示、何度試しても駄目、ランプの点滅が7回、マニュアルではプリントヘッドの故障らしいです。取りあえずは入院でしょう。困ってしまい、ふと思い出しました。このプリンターを買った時に前のプリンターを阿〇さんに差し上げました。でも一度も使ってません。そして、ちょっと前にパソコン一式を購入しました。そのプリンターを回収することにしたのであります。
 回収に成功。新品のインクも使わずにありました。何年も使用してないので大丈夫か心配しましたが、無事に使用可能であります。問題は性能に難アリということぐらいでしょう。
 我プリンターはA3対応の高い代物です。修理不可の場合は・・・。このプリンターでしばらくは我慢します。というわけで、みんなの写真はしばらくはありません。ホームページから自分でプリントアウトしてください。または希望者にはCDーRにおとします。しかし、ITは金がかかりますなあ〜。
 
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SLです。栗丘から栗山に向かってのトンネル前です。何年ごろかは不明。40年前頃でしょう。
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2007/8/15

まいった暑さとスズメ  
 この2〜3日の暑さはなんだ。・・・ニーニョの影響だか温暖化なのかは知らないが参った。おまけに窓全開のせいで、換気扇に巣作りしたスズメどもの鳴き声である。夜明けとともに換気扇からピーチクパーチクの雛どもの合唱。ちょっと窓に近づくと親鳥のキキキキーの威嚇ときた。餌をとってくるたびに親と雛の大合唱。かんべんしてや。ちなみに、スズメは普段はあわやひえなどの雑穀を食べているようだが、子育ての時期はバッタなどの虫を取るということである。その数も半端じゃない、10分おきに虫を取っては換気扇に戻ってくる。その度に親子のコミュニケーションである。ちょっとは私ともコミュニケーションをとろうじゃないか・・・。
 「発つ鳥、跡を濁さす」というが、ちゃんと後片付けして換気扇を元に戻していくだろうな・・・。あつい〜・・・。
  網戸越しに・・・

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2007/8/15

誇らしい  
 幌〇の盆踊りの初日(ここの地域は3日間を開催する)、参加自由にしていたが栗沢太鼓のメンバーは10名が応援にいってくれた。猛暑のこの日だったが、Jrのメンバー達は汗びっしょりにかきながら太鼓を最後まで打ってくれた。身なりもしっかり衣装を着てくれていたし、参加する心構えもしっかり出来ていたと内心ほっとしている。遊びがてらという気持ちが無いのがいい。
 子供盆太鼓は全然心配しないでも見れるレベルまでなってくれているが、大人盆踊りはまだ不安げである。こういう実戦経験を幾度も踏み、彼らは一人前になっていくだろう。今日、参加したみんなは上手くなろうという意欲を持って参加していることがよく見えた。みんなを誇らしく思う。みんなは楽しんで上手になろうとしている。それは大切なことだ。楽しんで太鼓を打ち、そして上達していってほしい。 クリックすると元のサイズで表示します
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2007/8/12

マナー  
 盆踊りのシーズンとなった。しかし、昔と違い各地域で開催されていた盆踊りも中止したり短縮したりと寂しくなった。せっかく練習してきた盆太鼓も活躍する場面が少なくなってしまった。栗沢でも駅前で何日も開催されていたが、今は農業祭の私たちの盆踊りしかなくなってしまったようなもので、それだけに思いは大きく成功させたいものである。
 大やぐらには、他のチームからの応援の打ち手が多数やってくる。過去には勘違いしたのか、自分らが牛耳ってやぐらを支配しようとした団体があった。私達が準備してきた盆踊りは変な雰囲気のものになったことがあった。マナーの無いその団体は、その後内部分裂をおこすことになる。個人でもそんなことがよくあった。自分の太鼓が一番だと勘違いする者がその盆踊りを壊すこともあった。
 私達は、よその盆踊りやイベントの応援に出かけることが多くなった。その中で大切なのはその盆踊りやイベントを成功さす為に支援していることだという認識を持っていなければならない。自分の技術を見せびらかしたり、マナーを守らず不愉快な態度を決してしないでほしいと思う。そういうマナーを守らなければ、次回からの誘いはやってこない。悪いイメージとなるだけである。
 細かく言えば、身なりもそうである。サンダル履きでやぐらの上にあがることなどもってのほかだ。最低のマナーを守って応援に行ってほしい。栗沢太鼓のメンバーとして恥ずかしくない行動をとってもらいたいと思う。

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  いちい荘の夏祭りにデビューした一年生達
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2007/8/10

パワーを街の人たちに  
 農業祭の最終実行委員会が開催された。準備の打ち合わせや会場のレイアウトなど詰めた最終打ち合わせだ。新聞折込のパンフは太鼓関係の写真が3枚も乗っていたり、仮装の受付は事務局が対応してくれたりと『栗沢太鼓』が中心のお祭となる。今まで、みんなが頑張ってくれて太鼓に取り組んでくれた成果だと思う。栗沢の人達は、栗沢太鼓のみんなに期待しているのだ。最後に残された栗沢の意地だと思う。その意地を『栗沢太鼓』が守っていきたい。
 新企画の『太鼓みだれ打ち』をどうしても成功させたい。普段のみんなの力を出してくれれば、見てくれる栗沢の人達はきっと驚き感動してくれると思う。その為には、全員が何が何でも集まってほしい。普段強制したことはないが、今回は別だ。何が何でも全員が集まりみんなの力を結集してほしい。みんなには、栗沢の人達に力と希望を与えられるだけの、夢と未来に向かった太鼓を打つパワーを持っている。そのパワーを栗沢の人達に伝えよう。大きな雄たけびをあげよう。ダイナミックな太鼓を打とう。魅了するバチさばきを見せよう。そして、会場を唸らせるのだ。みんなにはそれだけの力がある。その力を伝えるのだ。
 その為の『太鼓みだれ打ち』だ。やろうぜ・・・。
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